第一幕‐8
染谷は突然自分の胸ポケットから1枚の銀色のカードを取り出す。
それは大きさも色も形も、千敦が通学のときに使っているIC乗車カードそのものだった。
「えっ? これって……あれですよね?」
「んー…………多分、関岡君の思っているものとはだいぶ違うと思いますよ」
染谷が珍しく少しだけ苦笑した。
「これに触れてみてくれませんか?」
そう言われて差し出された銀色のカードの端には、赤い字でOdinと記されている。
千敦はおでんと読みそうになったが、すぐにローマ字読みするとオディンだということに気づき、口に出さなくて良かったと心の底から思った。
そんなことはともかくとして、千敦は染谷が差し出したカードを受け取る。
手に触れた瞬間、カードは眩しい光を放つ。
それは照明が反射したのではなく、間違いなくそのカード自体が眩しい光を発している。そしてその光は空気のように千敦の肌を通して吸収されていき、皮膚を通り血管を抜けて血に混じり全身に行き渡る。
全て千敦の感覚でしかないのだが、そんな気がしてならなかった。
「うえぇぇぇっ!」
予想外のことに展開に思わずカードを落としてしまう。
手から離れるとカードから発せられた光は途端に弱まり、床に落ちると完全にそれは失われてしまう。
「なんで千敦が!?」
「そんな馬鹿な!」
祐美と莉穂が驚きの声を上げる。でもそれ以外の女子達もまてひどく驚いた顔をしていて、やはり千敦には何が何だか分らなかった。
「…………やはり君は選ばれたようですね」
染谷はゆっくりと腰を曲げて床に落ちたカードを拾うと、千敦を見つめながらなぜだか少しだけ悲しそうに笑った。
そして再びカードをこちらに差し出してくる。
千敦は恐る恐るそれを受け取ったが、今度はさっきのように光り出すことはなかったので、拍子抜けしながらもとりあえず受け取った。
「あのー…………選ばれたってどういうことですか?」
だが千敦の質問に染谷は答えなかった。
「とりあえず説明から入りましょう。では、かすみ先生お願いします」
「はーい。じゃみんなその辺に適当に座って」
かすみは部員達に指示すると、どこからともなくホワイトボードを運んでくる。
「これ聞くの4回目なんっスけど……」
ちょうど千敦の向かいには朱梨が座っていて、心底面倒くさそうな顔つきで机に頬杖をついている。その横の席に莉穂が腰を下ろすと、背筋を正し綺麗な姿勢のまま顔だけ朱梨の方に向ける。
「私はこれで8回目だぞ」
固まる朱梨。
「で、ですよねぇ…………サーセン! 佐渡ヶ谷先輩!」
いつもは強気で乱暴な朱梨だが、さすがに3年で副部長の莉穂には強気に出れないらしい。ただこの光景は結構見るので、千敦はさして気にも留めなかった。
それから他の部員達も各々好きなところに座ったが、未だ事情が飲み込めない千敦だけがその場に立ち尽くしていた。
「説明って何ですか?」
「いいから千敦もここ座って!」
と祐美に注意されてしまったので、千敦はとりあえず空いていた祐美の前の椅子に座る。
「何度も聞いている方もいると思いますが、定例行事なのでしばらくお付き合いください」
染谷は軽く頭を下げるとホワイトボードの前に移動する。
それから終末の聖少女達という文字を書く。千敦は聞き慣れないその言葉に小首を傾げた。染谷は指で文字を軽く叩く。
「ではまず、関岡君がこれからなる終末の聖少女達について説明しましょう」
まるで授業をするかのように話し出す。
けれど本格的に話を切り出される前に、千敦は遠慮がちに手を上げた。
「何? 関岡。別に早押しクイズじゃないんだけど?」
かすみが露骨に顔を顰める。
千敦は少しだけ言い及んだが、意を決して口を開いた。
「あのー……終末の聖少女達って当然女の子のことですよね? この場にいるのも俺と染谷先生以外は全員女子ですし。俺……場違いじゃないんですか?」
「その質問自体が場違い」
正論であり、全く持って優しさの欠片もないかすみの言葉に千敦は押し黙る。
けれどさすがに可哀想だと思ったのか、かすみは小さな溜め息を吐くと横目で染谷の方を見る。目だけで会話する2人。
すると染谷が静かに口を開いた。
「本来、終末の聖少女達は名の通り女子しかなれません。男子がなったことは今まで史実にもないですし、それについては私も驚きましたよ」
「なんで俺なんですか?」
「さぁ? それは私にも分かりかねます。突然変異か、それとも神様の気まぐれか」
染谷は人の良い笑みを浮かべる。そういう風に微笑まれると強く出れないから困る。
「あと終末の聖少女達ってそもそも何なんですか? 名前もダサいですし」
「それについては追々説明していきます。名前に関しては随分と昔に名付けられたものですからねぇ。当時はかなりナウい名前だったんですよ」
染谷が困ったように笑う。
ナウいというのは確か随分昔の若者言葉で、今で言うところの超ヤバイみたいな意味だった気がする。きっとその当時ではイケてる名前だったのだろう。
とはいえアース娘とかアースガールズZとか、ASG48だったら良かったのかと言われると微妙だし、千敦は名前に関しては気にしないことにした。
「そろそろ話を先に進めたいんだけど?」
「あっ、はい……」
まだまだ気になることは山ほどあったが、これ以上質問するとかすみの不機嫌度が増しそうだったので仕方なく頷いた。
「では次にこれを見て下さい」
と言って染谷はズボンのポケットからハンカチを取り出す。そしてそれを開くと中には小さな木片が包まれていて、それを手のひらに乗せて見せてくれる。千敦にはただの木片にしか見えなかった。
「これは心を繋げる枝葉と言われていて、これが先程渡した銀色のカードの原型になっているものです。これがないと皆さんは戦うことができません」
染谷に言われて、千敦は思わず自分の持っているICカードもどきを見つめる。
画面の中の木片がこんな薄い1枚のカードになっているらしい。それだけ日本の技術力は進歩したんだなぁ。とつい純粋に感心してしまった。
「このICカードを構内の至るところにある消火栓――神々の武器屋の赤い丸部分に置いて、そこから武器を取り出して戦ってもらいます」
ICカードって言ってちゃってるじゃん。と喉元まで出かかったが、言うと他方向から批判されそうだったので、千敦は自重することにした。
それからボードの文字を消して、ボードの真ん中に線を1本引いて上に良衛高校、下にはニヴルヘイムという見慣れない横文字を書く。今更だけど国語の先生だけあって字がすごく綺麗だった。
「私達の通うこの学校の地下には闇の国という、人間ではない者が住む世界があります。ただこの世界は私達の世界とは次元が違うらしく、単純に地下帝国が広がっているわけではありません」
いきなり話がファンタジーになったな、と思ったが、化け物に襲われて普通に武器で倒す朱梨を見たときから、思えば十分ファンタジーだった。
「この闇の国から皆さんは既に会ったことがあるでしょう、トロールと呼ばれる成人男性より2周りくらい大きい泥人形達が送り込まれてきます」
染谷は文字の横に絵を描いてくれたのだが、その絵が可愛すぎた。多分ユルキャラ選手権に出たら優勝できる気がする。
それはともかく、この泥人形というのが先程千敦に襲い掛かってきたあの化け物のことなのだろう。上げられた特徴が殆ど一致しているし、それにさっき染谷先生もトロールがどうとか言っていた気がする。
「このトロールは学校に居る生徒や外に出て人に襲いかかります。でもその人達は死んだりしません。ただ……悪意の種を植え付けられてしまうのです」
千敦はいまいち理解できなくて首を傾げる。
するとそんな千敦の様子を見兼ねてかすみが補足で説明してくれた。
「これには個人差があるみたいだけど、悪意の種が育って花開くと急に凶暴になって暴力を振ったり、最悪の場合は衝動的に強盗や殺人を犯してしまうの」
千敦は一瞬息が止まった。




