第四幕-10
梗はごく自然にニダベに向かって歩き出す。スカートのポケットからカードを取り出し、久しぶりにお願いね。とカードにキスしてから、ニダベの上に置くと静かに塚がせり上がってくる。
それを引っ張り上げ、片手で器用に手の中で1回転させてから塚を握り直す。
梗の武器はまるで鉈のような剣だった。刀身は小さめだが刃の幅が異様に広い。また色はショッキングピンクなのでかなり目立つ。
「……Tyrか。それを構えているお前を見ていると、あのときのことを思い出すよ」
「私はあんまり思い出したくないかな。でも、あのときから随分メンバーが変わっちゃったね」
梗は千敦達の見て微笑んでいたが、不意にそれが悲しげなものへと変わる。
「よぉ、梗。久しぶりだな」
少し遠くからロキが片手を軽く上げながら声をかけてくる。
「久しぶりだね、火魅ちゃん。また随分と小さくなっちゃって。でも私としてはそっちのほうが好みかも」
「……お前は相変わらずだな」
ロキは困ったように笑う。
この2人もまた旧知の仲らしく、敵味方とはいえ親しげに話していた。どういう関係なのかは分からないが、ロキの顔つきから梗が扱いずらい人だったということだけ何となく想像がつく。
突然、すまない! と言って莉穂が深々と頭を下げる。
「梗……愛のこと、本当すまない」
「話は染谷先生から聞いたけど、別に莉穂ちゃんのせいじゃないでしょ? というか……本当に誰のせいでもないよ」
言い終わってから梗は千敦の方を見る。
目が合うと柔らかい微笑みを浮かべてくれて、その慈愛に満ちた微笑みになぜか母親を思い浮かべてしまう。
「あなたが愛から引き継いでくれた人ね」
「は、はい!」
「あなたの目は愛と似てる。人を守りたい、って強い思いがすごく伝わってくる。すごく良い目だね」
梗は微笑みながら千敦の頬に触れようと右手を伸ばすが、咄嗟に止めて素早く体を反転させる。振向き様に左腕を体の前に持ってくると、梗の腕はフェンリルの長い爪によって貫かれていた。
いつの間にか千敦の梗の目の前にフェンリルがいる。
「山之内先輩!」
咄嗟にOdinを構えたが、梗は左腕を貫かれている状態にも関わらず、大丈夫だから。と笑顔で千敦を制止する。
それからフェンリルの方に顔を向き直る。
「全く。待てもロクにできないなんて、本当に脳みそが足りてないね。ワンワンは」
「貴様は我が腕を取った女! よもや再び相見えることができるとは……今度こそその体を切り裂いてくれようぞ」
「それはこっちの台詞。乙女の左腕を千切り取ったワンワンには、厳しいお仕置きをしなくちゃね」
梗は冷たく笑うと左手で長い爪を掴み、動きを固定させてから右手でTyrを回転させ逆手に持って突き刺すが、空いている反対の手でフェンリルに受け止められてしまう。
僅かに睨み合いが続いたが、今回はフェンリルが引いてその場から大きく後ろに跳んだ。
しばしの沈黙。
莉穂が戸惑いながらも梗に声をかける。
「その左腕……やはりダメだったのか」
「うん、義手にした。ちょっと間に合わなくて」
悔しそうに唇を噛み締める莉穂。それ対して梗は優しく微笑むと、幼い子どもにするように莉穂の頭をそっと撫でる。
「おぉぉぉぉ! 佐渡ヶ谷先輩が頭撫でられてるとこなんて初めて見たぜ!」
「レア動画ですね!」
千敦は朱梨と並んで貴重な光景をまじまじと見つめていると、うるさいぞ、お前ら! と普通に怒られた。
「……本当に馬鹿」
「2人とも、というか全体的に緊張感が足りないと思うんですけど。相手のほうが力量が上なんですから、このままじゃ私達確実に死んじゃいますよ」
呆れている沙夜子と、なぜか全員に説教を始める祐美。
千敦は頭を掻いて苦笑しながらも、祐美の言葉には一理あったので気合を入れ直す。
「それじゃもういっちょいきますか!」
「おう! 派手に暴れてやるぜ!」
千敦と朱梨が好戦的な雰囲気で燃える中、やはり莉穂は冷静だった。
「勝手な行動はするな。今回は速攻、そして連携プレイでいく」
莉穂の判断は正しかった。
戦いが長引けば絶対に千敦達のほうが不利になる。あの一撃を食らったら、今度は多分立ち上がることさえ厳しくなる。だから求められるのは短期決戦。
そしてフェンリルの弱点である不意打ち攻撃。これが勝利の鍵だった。
「何か策でもあるんスか?」
「ないこともないんだが……なぁ関岡、お前肩には自信あるか?」
突然話を振られて戸惑う千敦だが、自信が無いこともなかったのでしっかりと頷く。
すると莉穂は小さく笑う。
「ならこの作戦、いけるかもしれないな」
そう言って手短に今回の作戦の内容を千敦達に話した。
千敦はすぐに反対した。
作戦の内容に文句は無い、むしろ賛成だがそのやり方が納得できなかった。
この作戦では千敦は安全な位置にいて、他の女子である皆の負担があまりに大きすぎる。これでは皆を守りたいという誓いがこれでは果たせない。
「違う人にしてください! これじゃ俺以外の皆が危険すぎます!」
「作戦を変更する気はない」
「なら俺を前線に出す作戦に変えてください。俺が絶対にみんなのこと守りますから!」
「オーディンでの攻撃が1番勝率が高く、松任谷とのコンビネーションも期待できる。それに何より……私はお前に賭けている」
真っ直ぐ莉穂に見つめられると千敦はそれ以上言葉が出なかった。
唇を噛み締めて項垂れていると、隣にいた朱梨が顔は正面に向けたまま千敦の肩に手を置いてくる。
「絶対外すな、そんであいつをぶっ倒せ。そうすりゃお前は俺達を守ったことになる」
ひどくぶっきらぼうな物言いだったが、それは確実に千敦の胸を熱くさせる。
「はい!」
と大きな声で返事すると、朱梨はがははと豪快に笑ってからフェンリルに特攻した。その勢いに乗って皆がフェンリルに向かって走っていく。
千敦は横にいる相手の顔を盗み見る。祐美は決意したようにただ真っ直ぐ前だけを見つめていた。
その様子に千敦も覚悟を決めて前だけを見据えた。




