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第四幕-8

 

 千敦は視線をフェンリルに移すとOdinを構え直して特攻する。

 その攻撃はあっさりと避けられたが、すぐに左後方から莉穂が斬りかかる。と見せかけて肩先から体当たりする。

 

 「えぇぇっ?!」

 

 やはり予想外の攻撃には弱いのか、フェンリルは驚きの声を上げながら少しだけ吹っ飛ばされる。それから間髪入れずに後方で祐美がThorを振り下ろす。

 さすがにThorを受け止めることはできないので、前方に飛ぶとその位置に沙夜子が回り込む。


 沙夜子はVidar(ヴィーダル)と呼ばれるレイピアのような細身の剣で、指揮者のように華麗な剣捌きで素早く斬りつける。

 攻撃は全て爪で弾き返されているが、どうやら沙夜子は目的は攻撃ではなかったらしい。


 「沙夜子!」

 

 朱梨の叫びが廊下に響き渡るのと同時に沙夜子を腰を曲げる。その後ろから助走をつけて走ってきた朱梨がやってくる。でも馬飛びするのかと思いきや、沙夜子の手前で飛ぶと背中を踏み台にして更に高く宙に飛び上がる。

 どうやら視界を妨げて朱梨の存在を少しでも隠すのが、沙夜子の目的だったらしい。

 

 「くらえぇぇぇぇぇ!」

 

 Valkyriesを下に向けて突き刺すようにフェンリルに向かって落下する。

 千敦はそれを後ろに飛んで避けられると予想し、その地点を目指して走り出す。

 

 「何っ!!」


 フェンリルは顔を引き攣らせながら予想通りに後ろに飛んだ。

 だが予想したよりも遠くに飛んだので、攻撃が間に合わないと悟った千敦は走っている途中でスライディングに切り替える。


 その作戦は功を奏して、フェンリルは見事に足を取られて体制を崩す。

 横には千敦が走り出したのを見て、同じく走り出していた祐美がThorを頭の上まで振り上げている。


 「はぁぁぁぁっ!」


 祐美はフェンリルの頭目がけてThorを振り下ろす。

 それは完全に決まり、フェンリルはものすごい音と共に床に叩きつけられる。


 「よっしゃぁぁぁぁ!」

 「しゃぁぁ!」


 千敦と朱梨がガッツポーズしながら叫ぶ。

 祐美が荒い息を吐き出しながらゆっくりとThorを持ち上げる。

 さすがに頭が潰れていたらちょっと、と千敦は思っていたがそれは無駄な心配だった。


 フェンリルは瞬く間に身を起こすと大きく跳躍する。

 そして少し離れた所にいるロキの傍に着地する。改めてこちらに振り返ると、フェンリルの頭からは血が流れていた。

 

 が、そんなことよりも千敦はその形相に言葉を失った。

 先程の頼りないおどおどした感じはもはや微塵もない。

 鋭い歯を剥き出しにして鋭い眼光で獲物を睨みつけてくる、1匹の野獣がそこにはいた。

 

 「……人間風情がナメ腐りやがって! 全員噛み殺すぞ、カスどもが!」

 

 汚い言葉遣いで喚き散らすと、威嚇するように低い声で唸る。

 するとロキが立ち上がりフェンリルの横に並ぶと、本当の姿になれば? と至って軽い口調で言った。

 その言葉にフェンリルは大きく目を見開くと即座に反論する。

 

 「ロキ様! こんな奴ら、あの姿にならなくても全員殺せます!」

 

 ロキの目が細まる。

 それはとても冷たい目で、目が合っただけで誰もが身を硬直させる圧倒的な威圧感があった。現に目が合ったフェンリルは即座に片膝をつくと深く頭を垂れる、ロキはそれを冷たい目をしたまま見つめている。

 

 「……これは命令だ。お前は黙って従っていればいい」

 「はっ! しょ、承知致しました!」

 

 震える声でフェンリルが叫ぶ。それから機敏な動きで立ち上がると、千敦達の方に向き直ってから狼のような遠吠をする。

 空気が震えた。

 

 再び千敦の全身に鳥肌が立ち、荒い空気に肌が傷ついたかのように微かに痛む。異様な力が何の変哲もない廊下に渦巻いていた。

 そしてフェンリルの姿がみるみるうちに変化していく。


 体が膨張して膨れ上がり、それはゆっくりと固まって1つの姿を形成する。幼女の皮が破れ、頭が天井に着くくらいその図体は大きくなり、手と足は丸太のように太く血管が剥き出しになった筋肉質なものへと変化し、その可愛らしい顔は見る影もなく狼のような骨格に鋭い牙を覗かせた、醜い化け物へと変貌を遂げた。


 誰も何も言わなかった。

 皆、言葉を発することを忘れ、ただ化け物を見つめることしかできなかった。

 しばらく無言と無音の状態が続いたが、それをフェンリルのほうから破る。


 「……これでお前達に明日はない」


 それは到底人とは思えぬ程に低く濁った声だった。


 「朽ちろ」


 その言葉を聞いた途端、千敦の体は車に撥ねられたかのように宙に舞う。そして容赦なく床に叩きつけられた。


 「ぐあぁっ!」


 痛みで視界が揺らいだがすぐに正常に戻ると、目の前には白い天井が見える。

 全身が鈍い痛いで覆われ、ゆっくりと自分の手を目の前まで持ってくると、腕からは血が流れて無数の傷ができている。


 千敦は痛みに耐えながら何とか上体を起こす。そして辺りを見回すと、皆傷だらけの状態で床に倒れ込んでいた。

 立っているのはフェンリルのみ。

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