第四幕-1
朝、千敦はパンを口に咥えながら朝の情報番組を見ていた。
父親は朝が早いので起きたときにはもういなかったし、祖父と祖母は多分今頃ゲートボールで、妹は部屋でまだ寝ている。
そんな時間に突然家のインタホーンが鳴った。
こんな時間に誰だよ、と思いながらも、千敦は母親が玄関へと向かうのを眺めていた。少しして母親が戻ってると、いやに嬉しそうに笑いながら、祐美ちゃんが来てるわよ。と言ってきたので、千敦はたまたま口に含んでいた牛乳を噴き出してしまった。
すぐさま手で押さえたので被害は最小限で済んだが、手から白い液体がこぼれておまけに少し生臭い。その手を見つめながら、そういえば最近全然してないなぁと思いつつ、とりあえず近くにあった布きんで手を拭いた。
「ほら、待たせるのも悪いから行ってきなさい」
「……別に約束とかしてないし」
「そういうことじゃないでしょ! とにかく行きなさい」
訳の分からない理論で母親に急かされたため、千敦はまだ食事の途中だったが仕方なく玄関へと向かった。外に出ると、玄関前の小さな階段の下に祐美の姿がある。
「……よぉ」
と軽く片手を上げながら少しぎこちなく声をかける。
祐美に会うのはあの日以来で、土日を挟んだので2日ぶりだった。
「うん……おはよ」
祐美はこちらを一瞥して挨拶したが、すぐに顔を横に逸らした。
千敦は祐美の横に立つ。
「行くか」
「うん」
祐美が頷くのを見て、2人は並んで駅に向かって歩き出す。
だがふとお金のことが気になって、少し迷いながらも千敦は口を開いた。
「そういえばさ……お前、電車で大丈夫なのか?」
「片道くらいなら問題ないから」
照れくさそうに笑う祐美。
片道だけかよ! と思ったが、それ以上は色んな意味でッコめなくて口を噤んだ。
間。
「ごめん!」
俯き加減の祐美がいきなり謝ってきた。
千敦は何となく言いたいことが分かったけれど、あえて分からないフリをした。
「何が?」
「なんか……1人でうこに会うのが怖くなっちゃってさ」
「…………そうか」
「うん」
祐美は小さく頷く。
会話が止まる。
気まずさはあるが千敦から口を開く気にはなれなかった。
長い間。
「千敦はさ……うこに会うの怖くないの?」
「怖ぇよ。っうかあれが夢だったらなって、この週末ずっと思ってた」
うこと出会って3ヵ月半。
そう長い期間ではないが、人懐っこいうこは話しかけてくれることが多かったし、思い出はたくさんある。色んな場面が頭を過ぎって胸が少しだけ熱くなる。
そして、うこの死を思い出すと胸が苦しくなる。
千敦を何となく空を見上げた。
今日は快晴だった。
間。
「本当に……夢なら、良かったのにね…………もうユーミンって呼んでくれないのかなぁ」
祐美の声はひどく震えていて、それ以降顔を俯けたまま言葉に詰まっていた。
小さな肩が小さく震えている。
千敦も同じ気持ちだし、きっと他の部員達も同じ気持ちだと思う。いや莉穂に関してはそれ以上かもしれないが、ともかくみんな同じ胸を痛みを抱えていることは確かだ。
千敦は小さく溜め息を吐いてから祐美の頭に手を置く。
そのまましっかりと前を向くと、
「現実が厳しすぎて泣きそうなんですけどー!」
と虚勢を張ってわざと大声で叫んだ。
「……うん」
祐美は顔を上げないまま小さな声でそう答えた。その声は何だか嬉しそうだった。
あの日、うこが一度死んだ日。
全員うこには会わずに学校を出た。
時間が遅かったのもあったけど、うこはみんなの中でムードメーカ的な存在だったから、そんな子が変わってしまうところを誰も見たくなかった、というか怖かったんだと思う。
学校へと向かう千敦と祐美の会話は全く弾まなかった。
重苦しい空気が口を塞がれているかのように、口を開くことすらひどく重く感じた。そうして電車に揺られること30分。途中1回だけ乗り換えをすると、千敦達は学校の最寄駅に降り立った。
改札を出て学校へと向かう。
相変わらず会話は少なかった。
そして気のせいかもしれないが、学校へと近づくたびに少しずつ心拍数が上がっていっている。
横目で祐美の顔を伺うとどこか緊張した面持ちで、ひょっとしたら千敦も今そんな顔をしているのかもしれない。
でも客観的にこの状態を見ると、緊張した面持ちで男女が通学路を並んで歩いているわけで、思わず小学校の入学式かよ! とツッコミを入れたくなる。自分の1人ノリツッコミに少しだけ笑うと、千敦は僅かに緊張が解けた気がした。
気がつくと遠くに学校の正門が見えてくる。
うこの教室は千敦の隣で1年C組で、祐美はうこと一緒のクラスのD組。別のクラスだからまだいいのかもしれない。
それでもいずれは顔を合わさないといけないし、少なくとも部活のときに絶対顔を会わす。
「あー、泣きたいかも」
と心の声がついそのまま口から出てしまった。
「い、言っときますけどねぇ、さっきのは別に泣いてたわけじゃないから!」
祐美は顔を赤くしながら反論してくる。正直言ってあまり説得力はなかった。
「はいはい」
「もうっ、絶対信じてないよね! 本当にさっきは泣いてないんだってば!」
「分かったよ。絶対泣いてないんだろ? もうそれでいいじゃん」
「何なの、その投げやりな態度……ムカつく」
なんてやり取りをしていると、後ろの方から突然せっきー、ユーミン! とバカぽっい声が聞こえてきた。
うこの声だった。




