第三幕‐11
「……かすみ先生」
ドアが開けられないので声をかけると、こちらに駆け寄ってくる足音がしてすぐにドアが開けられた。
「悪いんだけど、高城をそのままベッドまで運んでもらえる?」
「分かりました」
千敦はかすみに言われるままにベッドまで運ぶと、背を向けてうこをそっと降ろす。
今更ながらお腹に開いた傷跡が痛々しい。
うこからそっと目を逸らすと、これに着替えてとかすみに新しいワイシャツを手渡された。
「着替えですか?」
「うん……血、ついちゃってるから」
何となく背中が何かで濡れたように冷たかったのは知っていたが、改めて首を捻ると確かに赤く染まっている。
これが全てうこの血なのかと思うと何だか変な気分だった。
千敦はその場で制服とワイシャツを脱いでTシャツ姿になると、その上に今貰った新しいものを羽織る。そのとき不意にあることが頭を過ぎった。
「…………部長が死んだときも、俺に新しい制服を着せたんですか?」
「そうよ。あのときの関岡、結構返り血浴びてたから」
「……そうですか」
「あのときは本当に焦ったよ」
そう言ってかすみは笑ったが、その笑みはいつもと違いどことなく物悲しい感じがする。見ていられなくて顔を少しだけ横に逸らした。
「ご迷惑おかけしました」
千敦も釣られて笑ってみたが、あまり上手く笑えた自信はない。
僅かな沈黙。それはとても重苦しく息苦しかった。
「うこも……生き返るんですよね?」
愛が生き返ったのにうこが生き返らないはずがない。分かってはいたが、気になったのでつい聞いてしまった。
するとかすみは呆れたように少しだけ顔を顰める。
「当たり前でしょ。多分1時間もしないうちに傷口が塞がって、何もなかったかのように目を覚ますわよ」
かすみの目は微かに潤んでいる。
胸が痛んだ。
締めつけられる胸を服の上から掴みながら、千敦は静かに口を開く。
「そうですか…………なら、良かった」
嬉しいはずなのに声が震えた。
途端に胸に熱いものが込み上げてきて、千敦は勢い良くかすみに背を向けると唇を噛み締める。少しでも気を緩めると泣いてしまいそうだった。
「俺、ヴァルに戻りますね」
なるべく平静を装ってそう言うと、千敦はかすみの返答を聞く前に保健室を飛び出した。といっても本当は戻る気なんてなかった。かといって後始末をしている現場に戻る気にもなれなくて、しばらくの間当てもなく廊下を彷徨っていた。
そうしてぼんやりと廊下を歩いていると、曲がり角で突然飛び出してきた誰かとぶつかってしまった。
「す、すいません! ちょっとぼーっとしてて!」
千敦はすぐに謝りながら顔を上げる。
その瞬間、固まった。
神様という奴は相当意地が悪い性格らしく、千敦の目の前には額を押さえてこちらを睨んでいる愛がいた。
「…………部長」
「もうっ! 曲がり角は気をつけないと危ないよ?」
「は、はい……」
「っうかさ、そっちのほうが大丈夫? 関岡、今すんごいしんどそうな顔してるけど」
愛は心配そうな顔つきで千敦の顔を覗き込んでくる。
胸が軋むように痛んで息苦しかった。
愛があの場に居たらうこを死なせずに済んだのかもしれない。ちゃんと守ってくれたかもしれない。使っていたというオーディンを千敦は引き継いだけれど、千敦は守ることができなかった。
呆然と見つめることしかできなかった。何もできなかった。
結果うこを死なせてしまった。
千敦は無意識のうちに愛の肩を掴んでいた。想像していたよりもずっと細い肩で、でもちゃんと他の部員達を守り、身を呈して敦を守って助けてくれたのだと思うと、その細い肩を掴む手に自然と力が入ってしまう。
「痛っ!」
愛が顔を顰める。
千敦はまた何かを言いたくなったが、それは喉元まで出かかっているのに言葉にならない。もどかして奥歯を噛み締めた。
関岡、どうかしたの? と自分を気遣う愛の声が下から聞こえてくる。
言いたいのに何も言えない、まるであのときみたいだった。
「……す、すみませんでした!」
千敦は深い溜め息を吐き出してから、静かに愛の肩から手を離すと頭を下げる。
「関岡、本当に大丈夫?」
再び心配そうな顔つきでこちらを見つめる愛。
唐突に千敦の視界が歪む。愛の姿がぼやけて滲んだ。慌てて顔を横に向けると、そのまま走って愛の元から逃げ出した。
今逃げ出さないと絶対にあの場で泣いていた。




