第三幕‐9
「室木ぃぃぃぃぃぃぃ!!」
興奮した闘牛のように朱梨は今にも突進しそうな勢いだったが、それを沙夜子が後ろから羽交い絞めにしてどうにか押さえ込んでいる。
「全く。言葉の意味を知ってるなら少しは疑えばいいのに……本当バカだな」
火魅は少しだけ目を細めてうこを見つめる。
でもそれは本当に一瞬のことで、火魅はすぐに声を出して笑い出した。
「ねぇ、そう思わない? 莉穂ちゃん」
本当に楽しそうに歯を見せて笑いながら、火魅は勢い良く体を反転させる。莉穂は呆然とその場に立ち尽くしていた。その瞳はうこしか見つめていない。
「いつかこうなるって分かってたんじゃないの? 莉穂ちゃんも染谷先生も……あと愛もか。でも何もしなかった。だからこうしてバカを見るんだよ」
火魅は挑発するように鼻で笑う。
羽交い絞めされながらも朱梨が再び叫び暴れる。
場を一閃するように莉穂が火魅! と良く通る低めの声でその名を呼ぶ。
「……なぜ高城を殺した?」
感情を押し殺したような、今まで聞いたことがないくらい低い声で莉穂が問う。
それに対して火魅は嬉しそうに笑って答える。
「莉穂の泣き顔が見たかったから……なんてね。それともこいつのことが好きだったから、みたいな理由のほうがいい?」
火魅は下唇を舌で舐めると口元を歪める。
「戯言を聞く気はない!」
莉穂は長剣のFreyrを構えると、すぐさま走り出して火魅との距離を一気に詰める。
そして火魅の首を目がけて袈裟斬りする。
が、火魅に指1本で剣の勢いを殺されてしまう。
「理由はただ1つ。そのほうが面白いから、ただそんだけだよ」
火魅が高らかに笑う。
千敦は最初莉穂が同期だから手加減しているのかと思ったが、塚を握る手が微かに震えるほど、しっかりと力を込められているのがすぐに分かった。
「何かあったらこの手で斬る。愛はそう決めていたよ、お前と初めて会ったときからな」
「へぇ……そうなんだ。それはちょっと意外、だったかな」
「だから愛がいない今、私がこの手でお前を斬る!」
莉穂は後ろに飛び退いて一旦距離を空ける。でもすぐに間合いを詰めて、突き刺すように真っ直ぐ手を伸ばす。けれど火魅は手のひらで剣の勢いを止めていた。
火魅は小さく笑うと手で剣を払い、逆に莉穂の懐に潜り込む。それから掌底を腹に叩き込むと、莉穂はその場から吹っ飛ばされて廊下を転がった。
それを見たとき千敦の体は勝手に動いていた。
2人の間に素早く割って入ると、睨むように火魅を見つめたままオーディンを構える。
「死ぬぞ、ガキ」
火魅の顔は笑っているが、向き合ったときに感じる威圧感は人間のそれではなかった。
自然と手が震えた。でも強引に力で捻じ伏せた。
「死ぬとか死なねぇとか関係ねぇよ! そんなんで退けねぇだろ、男がさぁ!」
「バカだな、お前」
本当におかしそうに火魅が笑う。
「だってバカですもん、俺。それとも室木先輩には天才に見えてました?」
「いや、見えないよ。でも面白い奴だとは思う。だから殺すには惜しい。俺は楽しいことと面白いことが大好きなんでね」
火魅は歯を見せて楽しそうに笑うと、その体が少しずつ廊下の床に沈んでいく。
「今日のところは退いてやる。全員瞬殺じゃつまんないし」
「待て、火魅!」
腹を抑えながら莉穂が急いで火魅に駆け寄ったが、寸前のところで間合わせず火魅は完全に床に沈んでしまった。
静まり返った廊下には立ち尽くす千敦達と、血を流して倒れ込んでいるうこだけが残された。千敦は静かにうこの傍らに膝をつく。
離れてたところから見ていたときは、まだ息があるんじゃないかと微かな希望を抱いていたが、近くに寄って確実に息をしてないことを知ると、残酷な現実に胸を掻き毟りたくなる。
うこの顔は愛のときのように異様に白く、既に生気を失っていた。
千敦はその頬に触れる。恐ろしいほど冷たかった。




