第三幕‐8
うこは素早く辺りを駆け回り、千敦の倍くらいトロールを倒している。さすが自分の教育係といったところだろうか。
ましてや千敦の場合は武器が槍なので、ある程度間合いを取って攻撃できる。だが短剣を武器としているうこは、相手の懐に潜り込むか後ろに回らないといけない。その分攻撃を食らう危険性も高い。でもうこは身軽な動きで敵を翻弄していた。
今もトロールの大振りの攻撃をしゃがんでかわし、その低い態勢で懐に潜り込むと、脇の辺りにバルデルを突き刺していた。千敦も軽く後退りして間合いを取り、槍を体の横まで待ってきて勢い良くトロールの体を薙ぎる。
そのまま2人は背中合わせになる。
「いけ、そうかな?」
「勢いはだいぶ治まってきたし……多分いけるって心の底から思いたいんだけど!」
「それは同感!」
互いに武器を構え直すと、少し遠くの方から高城! 関岡! といつになく焦った様子の莉穂の声が聞こえてくる。声のした方に顔を向けると、武器を構えたままこちらに走ってくる莉穂の姿が見えた。
そのとき本気で莉穂が天使に見えた。
「サドせんぱーい!」
さっきまでの勇敢な戦いぶりが嘘のように、うこは場に合わない甘えた声を出す。
千敦もそんな風に名前を呼びたかった。猫なで声で甘えてみたい。でも言ったら間違いなく殴られるに違いない。
すると、莉穂の登場に今まで傍観者だった火魅が動きを見せる。
「やっぱりこいつらじゃ役不足か」
つまらなそうな顔して舌打ちをすると、火魅は軽く溜め息を吐いてから両手を軽く振るう。すると赤とオレンジが混じったような炎が、火魅の両手で煌々と燃えだす。
それから両手を交差するように振るうと、千敦とうこの周りにいた全てのトロールが一斉に燃え上がる。その体はすぐに溶けて廊下の床に消え去った。
一連流れは全部で1分もかかっていない。あまりの早業に千敦が呆然としていると、同じく呆然としているうこがぼそりと呟いた。
「両手でできるんだ、あれ」
うこは不思議そうに火魅の両手を見つめている。
「うこは知らなかったのか?」
「うん。でもあれ超カッコいいんですけど!」
「……あっそ」
千敦が冷めた瞳でうこを見つめていると、炎を吹き消した火魅がこちらにやってくる。
「さすがです! ロッキー先輩!」
うこがいつものように火魅に抱きつく。
「助かりましたよ、室木先輩」
でももう少し早く助けてくれたら嬉しかったんだけどね、と千敦は内心言葉を付け加えながら火魅に近づく。そして他意はなく、労いの気持ちを込めてその肩に触れようとした途端、突然強い衝撃が千敦を襲い近くの壁に体を打ちつける。
「ぐっ!」
武器を持つと飛躍的に身体能力が上がるので、火魅の力が強くなっていてもおかしくはない。が、感覚的にそういう力とは別物な気がした。
「千敦!」
少し遠くで祐美の叫ぶ声がした。
見ると廊下の端に口に手を当てて驚いている祐美と、その横には朱梨と沙夜子の姿もある。どうやら3人とも応援で駆けつけてくれたらしい。
「……痛ってぇ」
多分折れていないと思うが、鈍く痛む肩に手を添えながら千敦はゆっくりと立ち上がる。
火魅は千敦の方には目もくれず、黙ってうこの体を押して引き離す。
「ロッ……いや、あの、む、室木先輩?」
珍しくうこが動揺した声を上げる。
「お前さ。安心、それが人間の最も身近にいる敵である。って言葉知ってるか?」
「へっ? あー、それ何でしたっけ?…………シェークスピア、ですか」
突然問いにうこは自信なさげに答えた。
「おー! 正解。知ってるんだな。すげぇ意外なんだけど」
火魅は目を見開いて本気で驚いていた。
「だからうちはバカじゃないんですって。でも何度言っても誰も信じてくんないし」
うこは不満そうに唇を尖らせる。
「ふふっ……やっぱりお前はバカだよ」
火魅が口端を吊り上げて笑う。
千敦は嫌な予感がした。
何がとははっきりと言えない。特に根拠もないのだが、そのときの火魅の笑みはいつになく邪悪な感じがした。
「うこ!」
反射的に千敦は叫んでいた。
その声にうこが千敦の方に顔を向けるのと、火魅の手がうこの体を貫いたのはほぼ同時のことだった。
見間違いではなかった。
そうだったらどんなに良いだろうか。千敦の目ははっきりと見えた、うこの背中から火魅の手が生えているのが。
大きく見開かれるうこの瞳。
火魅がうこの体から手を引き抜く。その手は腕の半分くらいまで赤く染まっている。まるで芸術品のように、美しいくらい真っ赤に染まっていた。
うこの体が床に崩れ落ちる。
体の真ん中には大きな穴が開いていて、そこから血が溢れ出て廊下に血溜まりができる。
千敦は現状に頭がついていけなかった。
その場から1歩も動けず、呆気に取られたようにうこを見つめていることしかできない。
長い沈黙。
まるで永遠にも思える程に長い沈黙を破ったのは、朱梨の怒りの咆哮だった。




