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第三幕‐6

 翌日の放課後、千敦は普通に部活に参加していた。とはいえ気まずさは当然存在しているし、未だ愛と目が合うことが怖い。目が合って逸らしてしまいそうで、怖かった。

 

 「今日はここまで!」

 

 と愛が手を叩きながら叫ぶと、その場にいた全員が一度身を正す。

 

 「お疲れ様でした!」

 

 と全員声を揃えて頭を下げる。それから各自荷物がある場所へと散っていく。

 本来こういう号令とかは、顧問である染谷がやりそうなものだが、あまり部活には顔を出さないので愛が取り仕切ることが殆どだった。


 ラグナロク部に入る前は生徒想いの方なので、部活に来てくれないことが残念でもあり寂しかった。けれど、内情を知ったら今は全くそう思わない。単純に染谷は部活動まで手が回らないのだ。だから来れない。納得。

 

 「関岡! 片すの手伝って!」

 

 わざと舞台に背を向けていた千敦に、愛の言葉が突き刺さる。ぎこちなく顔だけ後ろに向けると、箱馬に片足を乗せた愛がいた。

 演劇コンクール向けて舞台は立ち稽古に入りつつあった。


 そのため本番でも使うであろう、箱馬――通常の平舞台よりも舞台を高くして使うとき平らな台。平台と呼んだりもする。2mくらいの大きいものから、椅子くらいの小さい木箱もまで大きさは様々で、階段にすることもあれば小道具として使ったりもする。

 

 そんなことはともかくとして、愛は平台の方の箱馬を片付けろと言ってきた。いや、片付けろのほうがまだいい。その口ぶりから一緒に片付けようよ! という意味合いが強かった。

 

 千敦は正直、愛の傍に行きたくなかった。心の整理は当然まだついていない。傍に立つと、どうしていいか分からなくなるし、何もできなかった自分の無力さに腹が立つ。

 

 「関岡! 早く!」

 

 愛が急かす。その顔には僅かに苛立ちが見えて、千敦の顔が引き攣る。

 そのとき愛の後ろに、自主的に手伝いに来ていたうこの姿を見つけた。身振り手振りで、千敦はどうにかしてくれと頼み込む。

 

 無理だ。そこを何とか。だから無理だって。お前ならできるよ。という具合にジェスチャーだけでやり取りをしていると、突然尻に衝撃を受けて前方へと吹っ飛ばされる。

 

 「早く行けよ」

 

 後ろから聞こえてきたのは、心底呆れたような朱莉の声だった。

 

 「うぃす!」

 

 千敦は尻を摩りながら立ち上がると、小走りで愛の元に向かった。

 

 「遅くなっちゃってすみませんでした、部長!」

 「別に良いよ。関岡とうこの変な踊り対決が面白かったし」

 「あっ、いや…………何でもないっす」

 

 愛は歯を見せて本当に楽しそうに笑っている。その笑みに釣られて口元を緩めそうになったが、なぜか慌てて口元を引き締めてしまった。すぐに笑っても問題なかったよな。と思ったが、今更笑っても気持ち悪いし意味がない。

 

 それからうこが小さな箱馬を片付け、愛と千敦で大きな平台を持って舞台裏の倉庫に片付ける。元々そんなに数もなかったのですぐに片付け終えた。

 だが、平台の重ね方が悪かったのか途中でずれているところがあって、愛は1人でそれを直そうとする。

 

 千敦が手を貸そうとしたが、先に愛は1人で3つの平台を僅かに持ち上げて、正しい位置を直そうとする。

 でも愛の手が滑って平台は勢い落ちた。

 

 「きゃっ!」

 

 小さな悲鳴。千敦は本能で駆け寄った。平台は崩れることなく、元の位置に綺麗に収まっていた。何も問題はない。

 けれど、千敦は愛の体を後ろから抱きしめていた。

 

 意外に小さな体だった。手を添えた肩は丸みを帯びていて、腕も強い力を加えたら折れそうな程に細い。髪か体からは分からないけれど良い匂いがした。

 愛は女の子だった。クラスメートや廊下で行き違う女生徒達と何ら変わりない、町や電車の中ににいる女性達とも変わらない。


 なのに、本当は知らないところで戦っていた。

 そして千敦のことを庇って一度死んだ、女の子だった。

 

 「……関岡?」

 

 怪訝そうに愛の顔が顰められる。その顔と目が合ったとき、千敦はようやく我に返った。

 こうして顔を正面から見据えるのが、随分と久しぶりのことのように感じる。

 

 「あっ」

 

 でも抱きしめていることを自覚すると、間の抜けた声が出た。

 

 「どうかした?」

 

 困ったように笑う愛。千敦は勢い良く離れると、すぐさまその場で土下座した。

 

 「すみませんでした! 本当にすみませんでした! もう心の底から申し訳ないって思ってます。本気です。本当です。もう今からダッシュで3mくらいの穴掘って、そこに飛び込みたい気分です。いや、マジで」

 

 千敦はそう言って額を床につける。人生が多分終わった。儚い人生だった。

 

 「別に気にしなくて良いよ。だって、なんか……勢いでやっちゃっただけでしょ?」

 

 愛が笑い飛ばす。その顔からは照れも感じられないし、その場を取り繕っているようでもない。それは心からの言葉だった。

 

 「…………はい」

 

 千敦はゆっくりと顔を上げて立ち上がる。自然と深い溜め息がこぼれた。

 胸が痛かった。どういう意味で痛いのかは自分でもよく分からない。ただ、確実に胸が締め付けられて痛い。苦しい。愛を見ていることができない。

 

 愛が近いのに、遠かった。

 

 「関岡はもう帰っちゃっていいよ。倉庫の鍵は私が職員室に返しておくから」

 「分かりました」

 

 千敦は最後にお疲れ様でした。と言って頭を下げると、倉庫を出て体育館を後にした。

 

 「せっきー!」

 「ん?」

 

 後ろから名前を呼ばれて振り返ると、うこが荷物を2人分持ってこちらに走ってくるところだった。目の前までやってくるとうこは千敦に荷物を差し出す。自分のものだった。

 

 そういえば荷物を舞台脇に置いたままだったことを思い出し、千敦はお礼を言おうとしたが、それより先にうこが口を開いた。

 

 「さっきのことユーミンに言ってもいい?」

 

 長い間。

 

 「うこ…………お前さ、なんか欲しいものない?」

 「えっ? まぁ最近だとグッチのバックかな。大きいやつ!」

 「バカだろ! お前絶対バカだろ!!」

 

 千敦が激しくツッコミを入れると、うこは不満そうに頬を膨らます。

 

 「えぇぇぇぇ! 買ってくれないの?」

 「ユニクロかGUな」

 「それでもいいよ」

 

 うこは楽しげに鼻歌を歌いながら、人気のない女子トイレの方に向かっていく。その後ろをゆっくりと歩きながら、千敦の口からまた深い溜め息がこぼれる。後でお財布さんと相談しないといけないことを思うと、胸の痛みよりも胃の痛みの方が強くなった。

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