第二幕‐8
「へっ?」
「大したことじゃねぇんだけどよ……沙夜子、さっきの戦闘で少しだけ怪我しててさ、だから戦士の休息所の中に入れようとしてたんだ」
十分大したことだろ! と千敦は急いで立ち上がると沙夜子を見つめる。祐美もすぐに沙夜子に傍に寄って心配していた。
「大丈夫なんですか? 勝野先輩。っていうかいつの間に怪我してたんですか?」
祐美はそう言って沙夜子を見回す。確かに3人は同じチームなので、怪我していれば祐美だって当然それに気づいているはすだ。
「怪我って言ってもこれだから」
沙夜子は千敦達に自分の手の甲を見せる。
すると赤ペンで書かれたような赤い線が1本、少しだけミミズ腫れになっている。
「怪我って…………もしかしてそれのことですか?」
「うん。だから大丈夫って言ったのに朱梨が聞いてくれなくて」
困ったように笑う沙夜子。
朱梨は照れているのか恥ずかしいのか、耳たぶが異様に赤くなっている。
「だってよぉ……こいつ肌白いからさ、傷とかつくとすんげぇ目立つんだよ」
「あー、それは確かに」
「勝野先輩って本当に肌が白いですもんね」
沙夜子はまさに雪のように白い肌をしていて、胸近くまである長い黒髪と綺麗に切り揃えられた前髪から日本人形を連想させる。顔立ちも和風系なので、千敦の中で着物を着せて肌蹴させたい女子NO1だった。
「……それよりも関岡君達がここに来たということは怪我したの?」
「いえ、ここに来たのは染谷先生に頼まれたからなんです」
「そう。なら実際に見てらったほうがいいだろうから入る」
沙夜子はそう言うと、さっきまであんなに拒んでいたのにあっさりと機械の中に入った。
その傷を治すという機械は、見た目は日焼けサロンにあるそれによく似ていた。千敦は実際に行ったことがないので、あくまでテレビで見た程度の知識なのだが、ベッドのようになっている平らな部分と、その上を覆う半月型の天井部分全てに蛍光灯みたいなものがつけられていて、淡い黄緑色の光が照らしている。
ちなみに日焼けサロンの場合は光が青白かった気がする。
ともかく沙夜子はその平らな部分に横たわると、自分の頭の横にある機械を弄くっている。何でも怪我の状態によって光の照射時間を設定できるとのことで、今回のようなかすり傷なら、大体3分もあれば綺麗に治ってしまうらしい。
沙夜子が機械を作動させたのか、突然鈍いモーター音が鳴り響く。そして黄緑色の光が少しだけ強くなってその細身の体を照らし出す。
千敦はその細身の体を一通り眺めた後で、沙夜子の傷に注目する。
すると少しずつ傷が消えていくのが見えて、思わずおぉー! と感嘆の声を漏らした。
「すげぇ!」
「でもあんまり重症だと治せないんだよ、こいつ」
「そうなんですか?」
「あぁ。こいつはあくまでも自己治癒力を増幅してくれるものだからな。やっぱりできることには限界があるらしい」
骨折や切り傷、刺し傷とかでも治してくれるようだが、例えば手がなくなったとか胸を撃ち抜かれたとか、そういう場合はさすがにどうすることもできないらしい。
それにこの機械に入る前に生きていることが大前提なので、瀕死の重症だとかなり難しいようだった。
もう少し軽症だったら愛もこの機械で助かったんだろうか。ふとそんなことが千敦の頭を掠めて、自然と拳を強く握り締めてしまう。
「……自分の身は自分で守るしかない。だから戦いでは絶対に気を抜くなって、部長がよく言ってた」
治療が終わったのかいつの間にか沙夜子がすぐ横にいた。
「……部長がですか?」
「確かによく言ってなぁ。あぁ見えて部長、戦闘にはすごく慎重派だったからよ」
「……それなのに自分は無茶するんですよね。終末の聖少女達
になったばかりの頃、宮島さんがいつも庇ってくれました」
祐美も朱梨もどこか寂しそうな顔をしている。
この3人は千敦が終末の聖少女達になる前に活動していたメンバーなので、当然だが戦闘での愛の活躍を知っている。千敦の知らない愛の姿を知っている。そのことが少しだけ悔しかった。
「いつも先頭に立って私達を守ってくれて、なのに誰か怪我してないかって心配ばかりして。言ってることとやってることがバラバラで……なのに心は全くブレない人だった」
沙夜子が悲しそうに笑う。そんな風に笑うところを千敦は初めて見た。
感情をあまり表に出さない沙夜子だけど、だからって感情がないわけではないし、やっぱり悲しい気持ちはみんな同じなんだと改めて感じた。
「特に朱梨のことを1番心配してた。まぁ1番怒られてもいたけど……」
「うっせぇよ!」
「だって朱梨は無茶するから……部長はすごく心配してたんだと思う」
ここにいる皆は一度死んでも生き返ることができる。つまり死んでもゲームオーバーにはならない。要はマリオであと1つ命が残ってたら気を抜いてプレイしてしまう、そういうことなのかもしれない。随分とスケールの違いはあるけれど。
でも千敦には多分だが、その残り1つの命がない。死んでしまったら普通の人と同じように終わる。今までそれが普通のことだったのに、戦いとなると少しだけ怖くなった。
「……とにかく死なないように卒業まで戦い抜く。俺達にはそれしかないんですね」
「そういうこと」
「あーあ……今更言うことじゃないけどよぉ、なかなかキツいよな」
「ですね」
長い沈黙。
当然と言えば当然なのだが、明るい話題ではないのでどうしても暗くなってしまう。ここにうこでもいればバカみたいに明るい空気にしてくれるのかもしれないが、残念ながらこの場にはいない。
だからここは俺が盛り上げるか! と思っていたら、意外にもその役を祐美に取られてしまった。
「し、沈んでてもしょうがないじゃないですか! ここはみんなで帰りにパーっと牛丼屋にでも行って買い食いしましょうよ!」
祐美は目を輝かせながら嬉しそうに千敦達を誘ってくる。
「牛丼屋?」
「……なぜに?」
「普通マックとかミスドじゃね?」
盛り上がりはいまいちだった。というか完全に外していた。
でも祐美に関しては、今まで友達と買い食いとかしたことがないに違いない。それは真面目な優等生だからというのもあるが、単に貧乏でお金がないからだった。
そういえば幼い頃、祐美と駄菓子屋に行くと大抵うまい棒か5円チョコの2択だった気がする。
そんなほろ苦い思い出は置いといて、とにかく祐美は買い食いの経験がないのでどこに行っていいのか分からないのだと思う。それにしてもひどいチョイスだが。
「そ、それじゃ……マ、マックにしようかな」
祐美は笑っていたが、作り笑いだったので口の端が不自然に震えていた。
ただ買い食いのセンスはともかくとして、沙夜子は家の事情で早く帰らないといけないらしく、その話はまた今度ということになった。
明らかに祐美は安堵していたが、千敦は見なかったことにした。
それから4人は帰るため部屋から出ると、エレベーターに乗って昇降口から1番近い女子トイレへと移動する。
最近は多少慣れてきたけれど、女子トイレから出入りするのはやはり良い気分ではなかった。まぁ今更言っても仕方のないことなのだが。
そのまま4人は昇降口へと向かう。
蛍光灯が灯っているとはいっても、薄暗くなった廊下は少し気味が悪い。そう思っているのはどうやら千敦だけらしかった。
女子3人は全く気にする様子もなく普通に話している。
さすが普段から化け物を相手にしているからか、男の千敦よりもよっぽど肝が据わっている。何だか自分が情けなくなってきたが、怖いものは怖いのだから仕方がない。
非常口の緑色のライトと消火栓がある場所を知らせる赤いランプは、異様に明るすぎて逆に不気味だった。
でもあの消火栓や消火器入れは実は神々の武器屋、通称ニダベと言われていて、そこから自分達は武器を出して戦っている。
それなら少しは感謝するべきか、と思い千敦は前を通り過ぎる寸前に消火栓の赤いランプ部分を軽く撫でてやった。




