第二幕‐7
「はぁ……やっと開放された!」
祐美が指名されると、大して何もしていないうこが大げさに溜め息を吐き出す。
「うこは何もしてないだろうが!」
「はぁ? めっちゃ色々教えてあげたじゃん!……もういいよ! サド先輩、途中まで一緒に帰えろ?」
「えっ? あ、あぁ、私は別に構わないが」
本人は平静を装っているつもりなのかもしれないが、莉穂の顔はかなり嬉しそうに口元が緩んでいるし、おまけに声も上擦っている。そんな莉穂が頷くのを見るやいなや、うこはその手を取ってエレベーターの方に向かって小走りで行ってしまう。
どうやらうこを怒らせてしまったらしい。
ちょっと言葉が悪かったかなぁ、と内心反省していると突然後ろから服を引っ張られた。
顔だけ後ろに向けると、なぜだかつまらなそうな顔をしている祐美がいる。
間。
「何だよ、その顔」
「……別に。それより戦士の休息所に行くから来て」
「その戦士の休息所って何だよ。キャバレーのお仲間ならすんごい嬉しいんだけど」
祐美は深い溜め息を吐くと、すぐさま千敦に背を向ける。それから早足で行ってしまうので、千敦は慌ててその後を追いかけた。
エレベーターとは反対側のドアから出ると、長い廊下が広がっていた。その脇にはいくつかの部屋があり、研究室や模擬戦闘できる場所があるのだと祐美が教えてくれた。
そしてその中の1つの部屋が今話題の戦士の休息所というやつで、どうやら怪我をしたときに治療してくれる場所とのことだった。
「へぇ、そんなものまであるんだな」
「やっぱり命掛けの仕事だからね。それに傷だらけで女の子を家に帰させるわけにも行かないし」
確かに。と祐美の言葉に千敦は納得する。
娘が怪我や痣を作って学校から帰ってきたら、普通の親ならすぐにイジメを疑うだろう。それに女の子に生傷作らせるのもちょっと、という染谷先生かかすみなりの配慮があるのかもしれない。
「中には3つ機械があるんだけど、1つでも使ってたらドアの前にあるランプが緑色に光るようになってるから、光ってたら千敦は絶対に中に入らないように!」
さすがは幼馴染みというところか、千敦の行動を先読みされて釘を刺されてしまった。せっかくのラッキーエッチシーンが減ったことを密かに嘆いていると、今回はランプが光ったいなかったので祐美はドアの開閉スイッチを押す。
でも扉が開くと予想外の展開が千敦達を待ち受けていた。
なぜそうなったのかは全く想像がつかないのだが、1台の機械の側面に朱梨が沙夜子の体を押し付けている。おいおい誰得だよ! と一瞬思ってしまったことは心の奥底にしまっておく。
これが仮に莉穂と沙夜子だったら、ちょっと胸熱だったかもしれない。
「……沙夜子」
「……朱梨」
手を握り合い見つめ合う2人、と言えば聞こえはいいが、やってることはどっからどう見ても女子プロか女子レスリングの試合だった。多分互いに押し合っているからなんだろうけど、力が互角なのかちょうど2人の間で重なった手が止まっている。
帰ったと思っていた2人は、どうやらここで何かをしようとしているらしい。
「早く中に入れよ、沙夜子!」
「私なら大丈夫……そう言ってるのに、朱梨は頑固だね」
「お前ほどじゃねぇよ! それにこっちは心配して言ってんだからな!」
「だからそれ、余計なお世話」
両者とも一向に引かず、手を握り合ったまましばらくこう着状態が続いていた。とりあえず千敦達の存在は完全無視されていた。
そう思っていたのだが、どうやら沙夜子はその存在にに気づいていたらしい。
「……というか、この状況をあまり人に見られたくないのだけれど」
「へっ?」 沙夜子の言葉に朱梨の視線がこちらに向けられる。
間。
「うおぉぉぉぉぉい!! ちょ、ちょ、ちょっと! 入ってくるならノックしろよな!」
「このドアでノックできるか!」
千敦はツッコミを入れながらドアを指差す。
ヴァルのドアはどれも金属製なので、ノックをしたら絶対に手が痛い。
朱梨は相当恥ずかしかったのかすぐに沙夜子から離れた。
「クソっ! マジで恥ずかしいんだけど…………」
「いや、俺らの方もめっちゃ反応に困りましたから」
「阿部先輩、何があったんですか?」
祐美の問いかけに朱梨は顔を俯けて口を噤む。
助けを求めるような視線を千敦に向ける祐美。どうにかしてよ、と何も言わなくてもその目と顔が圧力をかけてくる。
もしも個人的な問題なら自分達が立ち入るべきではないと思う。でも気になるところもあるので、千敦はちょっと本気出して頭を回転させる。
「…………俺は別に阿部先輩が黙ったままでも構いませんよ。でもその代わり、今夜2人でめっちゃ妄想しますけどね!」
そう言った瞬間、ものすごいスピードでこちらにやってきた朱梨に腹を殴られた。
体が少し宙に浮くくらい本気で。
「ぐほぉ!」
千敦はたまらず床に崩れ落ちる。
「もうっ! 千敦の馬鹿! サイテー!」
「……右に同じ」
「てめぇ、校庭に埋めるぞ。マジで!」
祐美は分かりやすく普通に怒っていて、沙夜子の軽蔑を込めた冷たい視線を向けてきて、朱梨は般若のような恐ろしい顔をしている。
どれも千敦の身を縮こまらせるのに十分だった。
だが、少し経ってから朱梨は小さく溜め息を吐くと、関岡に変な妄想されんのは勘弁だから話すよ。とボソッと呟いた。




