ラーメンプロフェシー
「ふくくくく……! いいぞ。激伸びしてる……!」
寒風吹きぬく平山城址公園のベンチで一人。
聖痕十文字学園中等部二年、炎浄院エナが、スマホ片手にニヤニヤ笑い。
彼女が、正月休みの全てを費やして立ち上げたラーメン占いサイト『ハッピーラーメン』のアクセス数が順調に上昇しているのである。
このままユーザーが増えていけば、来期にはWEB広告の斡旋、有料コンテンツの導入、サイトのマスコットキャラ『ラー娘』のキャラグッズ発売 etc etc……
JCラーメンコンサルタントとして、エナがメディアに躍り出る絶好のチャンスだ!
ホワホワと、そんな幸せな妄想に浸りながら彼女がスマホをつついていると……
「ウィー……! 全く、どいつもこいつも……味音痴どもめー!」
カップ酒片手にへべれけ、汚い身なりの初老の男が、ベンチの前を通り過ぎる。
「ん? マスター? 圧勝軒のマスターじゃない!」
男の顔に覚えのあったエナが、そう声をかけると、
「ま、マンモスの姐さん……!」
男がエナに気づいた。
エナが贔屓にしている地元のラーメン店『闇野川圧勝軒』の店主なのである。
年齢はエナより遥かに上だが、エナが初めて彼の店にやって来た時、些細なきっかけから彼女と壮絶なラーメンバトルを繰り広げて以来、彼女の事をラーメン女侠と認め一目置く間柄なのである。
「どうしたの、浮かない顔をしているけど?」
そう訊くエナに、
「へい姐さん、実は……」
圧勝軒が話し始めた。
年初から麺とスープをリニューアルして、より美味しくなったはずの基本メニュー。
そのラーメンの味が常連客に全くウケず、売り上げがガタ落ちしているというのである。
「もう、自分のラーメンが美味いのかどうか、それさえも良く分からなくなってきて!」
そう言って頭を抱えるスランプ気味の圧勝軒に、
「ふーん。そぉなんだぁ……」
エナが、心中でニタリと嗤った。
向上心旺盛な店主の営むラーメン店などではありがちな事だが、店に足を運ぶ度に、基本メニューの味がコロコロ変わっていて驚かされることは多い。つい先日筆者が食べに行ったお店も、開店当時は1種類だった醤油ラーメンがいつの間にか『1号』~『5号』まで分身を果たしていて、券売機の前でしばし固まってしまったものである。
また、これは余談になるが、いつぞや入った店などは、看板にはデカデカと「ラーメン」と書かれているのに、お店に入ってメニューを見たら「つけ麺」しかなくて、あまりつけ麺が好きでない筆者は、いたたまれなくなってそのまま店を出てしまった。そういう店は、おじさん好きじゃないなー。
ともあれそんな経験も、食べ歩きが趣味の無責任な1ラーメンマニアにしてみれば、楽しい思い出に過ぎないのだが、普段使いで、その店のラーメンを味わいたい地元常連にとっては、手放しで喜べる話でないこともまた事実である。
先週食べた、あのラーメン目当てで店に来ているのに、まるで違う味のものが出てきたら、それは味の美味い不味いを別にして、ちょっと待てゴルァ! と言いたくなる気持ち。本当切実なものがある。
圧勝軒が今陥っているスランプも、まさしくその種のトラブルに端を発したものであると、エナは一瞬で察した。
ところがである。彼女が次に発した言葉に、圧勝軒はわが耳を疑った。
「そぉねぇ、たしかに、悪いラーメンオーラが出てるわマスター。このあいだ頂いたリニューアルラーメンも、どこかラーメンの|理
《ことわり》を外れた不吉な味だった。マスター、前世で何か間違ったラーメンカルマを積んだのでなくて!」
エナが圧勝軒を一瞥、冷たくそう言い放ったのだ。
「そ、そんな~!」
恐怖に駆られて肩を震わす圧勝軒に、だが……
「でも、安心してマスター……」
彼の手をペタリと握りながら、エナが何も見ていない目で、慈愛の笑みを浮かべた。
「ラーメンサイクルの導きを感じる……。今からなら、まだ間に合うわ! あたしの言う通りにラーメンを作れば、全て、上手くいくから……」
このあたしの、JCラーメンコンサルタントとしての実力を実戦の場で試す、絶好の機会!
沸々と身の内から湧き上がってくるラーメン情熱を必死で隠しながら、エナは圧勝軒に優しく微笑みかけた。
「ほ、本当ですかい? 姐さん!」
そう言って顔を上げた圧勝軒の目は、安堵の涙に濡れ、その顔は一縷の望みに縋るかのように、エナを眩しげに見上げていた。
人に相談できないトラブルや、耐えがたい孤独を抱えて苦悩する人間の傍らに、カルトやオカルトは、一見慈愛に満ちた天使の顔をしてすり寄って来るものだ。
エナが不穏なラーメンバズワードを並べ立てて圧勝軒を恫喝し、しかる後に偽りの慈母を演じて彼に救済の手を差し伸べたのも、全ては傲慢極まる私心から彼女が弄した宗教的詐術の一種であるのだが、深刻なラーメンスランプに陥っていた今の圧勝軒が、そのことに気付くはずもなかった。
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こうして圧勝軒を洗脳したエナが、既存メニューの全てを排して、彼の店舗でプロデュースした新商品『スピリチュアル水ラーメン』『戦極フルーツラーメン』は、常連客からも、一見客からも、最悪の評判であった。
喜多方市山都町の『水そば』を参考にしてエナが開発した、味のしない水ラーメンと、同ラーメンにオレンジ、パイン、イチゴ、スイカ、レモンなどをふんだんに盛り付けたフルーツラーメンの二枚看板で、店の売り上げは下降の一途を辿った。
一時閉店にまで追い込まれて、ようやく彼女の洗脳が解けた圧勝軒とエナは、その後、不倶戴天の敵同士として、多摩ラーメンストリート界隈で幾度となくラーメンバトルを繰りひろげる事となるのだが、その話はまたの機会に譲るとしよう。