寄生体 :約2000文字
……よし、よしよし。完了。
あ、あ、あ。
「あ、あ、あ……」
発声問題なし。指も動く。だが、神経の伝達が妙に遅い。まだこの身体に十分馴染んでいないようだ。ひとまず保留。視界良――いや、霞んでいるがこれも保留。時間が経てば安定するはずだ。
マニュアル通り、次は歩行を確認する。右足を前に出す。左足を前に出す。問題なく動く――危ない。身体が大きく傾き、近くの木――というらしい――に手をついた。どうも運動制御がぎこちない。脳との接続が完全ではないせいだろう。もっと脳全体に神経を広げ、身体各部との連携を確立せねばならない。
記憶を読み取り、身体の動かし方を解析中。歩行、平衡感覚、筋肉の収縮、関節の可動範囲……よし、理解した。試しにこの木の枝を掴み、へし折る。……よし、問題ない。次に痛覚を確認する。折った枝の先端を手のひらに突き立てる。皮膚が裂け、赤い液体が滲み出した。確認完了。痛みを検知。痛覚は遮断して構わないだろう。活動の妨げになる。
次、その場で足踏みを開始する。さらに同時に左右に首を振る。一、二、一、二、一、二……おっと、またふらついた。どうもうまくいかない。だが焦る必要はない。この個体の支配はすでに完了している。寄生対象は雄のようだ。生殖能力を確認……おっ、問題なし。肉体的機能も問題なく使用できる。
そうだ、焦るな。おれは昔から仲間にそそっかしいと言われていたのだ。多少の不具合は時間をかけて修正すればよい。
「ちょっと」
おれはサンギーン。いわば宇宙の寄生生物である。漂着した惑星の知的生命体に寄生し、その身体を乗っ取る。宿主の体内で分裂を繰り返して仲間を増やし、他の個体に寄生させてやがて文明そのものを支配する。そして宇宙船を造り、再び宇宙へ飛び立ち、別の惑星へ拡散していくのだ。それがおれたちの生態であり、役割である。使命と言ってもいいかもしれない。
おれはその木の枝の上でじっと待ち、通りがかった寄生対象の頭上に着地し、耳から体内に侵入して脳を制圧したのである。
これより、おれは――。
「ねえ、ちょっと、そこのあなた!」
……なんだ? おれは声のしたほうへ顔を向けた。
どうやらおれに話しかけているらしい。そこに立っていたのは雌の個体のようだった。
記憶を検出中……どうもうまくいかない。教室、野原、子供――浮かび上がってくるのは意味のつながらない映像ばかりだ。まだ脳との接続が不完全らしく、必要な情報をすぐに取り出せない。知人なのだろうか……。
「あなた今、枝を折ったでしょ。見てたのよ」
記憶を読み取り、言語を解析……だめだ。こちらの処理も時間がかかりそうだ。
「桜なのよ? ほんと非常識。ねえ、ちょっと聞いてるの?」
雌――いや、女がこちらに近づいてきた。近い……。会話には明らかに不要な距離だ。なぜそこまで近づく必要がある。これが普通なのか、それともこの個体だけが特殊なのか。あるいは――。
「何黙ってるの? 謝ったらどうなのよ」
威嚇行動か。どうやら好戦的な個体らしい。脅威を感じる。距離を取らなければ。だが、やはり身体の反応が鈍い。足を引くだけでも反応が一拍遅れ、重心が不安定になる。なんという不運だ。時間さえあれば、身体の制御を完璧にできるのに。
「逃げるつもり? させないから!」
何かを取り出したぞ――武器だ。この女、まさかおれの存在に気づいたのか。いや、もしかすると最初から気づいていたのかもしれない。油断した。奪え。あれを奪い取れ。攻撃手段を無力化するのだ。
この生命体に備わっている最も原始的な武器は爪と歯だ。そうだ、噛みつくのだ。相手の腕を押さえ、歯で攻撃するのだ。
「きゃ、きゃあああ!」
腕への噛みつきに成功。このまま武器を奪――な、なんだ? 歯が……ない? この個体、歯がほとんどないぞ。
「離しなさいよ!」
なんということだ。おれは違和感の正体を完全に理解した。寄生対象がかなり老化した個体だったのだ。
筋力、関節、視力――あらゆる身体機能が衰えている。これではまともな戦闘などできるはずがない。おれの手はあっさり振りほどかれてしまった。
おれは背を向けて逃げようとした。しかし股関節も膝も十分に曲がらず、走るという動作そのものが成立しなかった。歩幅が極端に狭い上に、足を踏み出すたびに身体が大きくよろめいてしまう。
それでもどうにか前へ進み続けた。すると全身のあちこちから異常信号が検出された。関節は軋み、胸部は浅く上下して呼吸するだけでも苦しい。視界が一瞬暗転した。
立っていることさえ難しくなり、おれはついにその場に座り込んだ。
もう逃げ場はない。
気づけば周囲は別の個体たちに取り囲まれていた。一様に武器を構え、その先端をおれに向けている。あの女が呼んだのか。ああ、なんたることだ。この星の知的生命体の仲間意識と防衛力を甘く見ていた。
やがて、同じ服装をした二人組の男が現れた。
記憶を検索中――警察官というやつらしい。
二人はおれを無理やり立ち上がらせ、そのままどこかへ連れて行く。抵抗する力はこの身体には残っていなかった。周囲の個体はなおも執拗におれを追ってくる。顔を覗き込み、武器を突き付けてきた。
記憶を読み取り中……ああ……。
そうか。この星はすでに別の生物に寄生されていたのだ。
連中は頭を突き出し、勝ち誇るようにおれを見つめていた。
あの『すまほ』というやつが……。




