男爵令嬢になりましたので、悪人ヅラな婚約者様と世界に笑顔をお売りします!
15歳、男爵令嬢になりました。
本日は婚約者との顔合わせです。目つきが鋭い……悪人ヅラの婚約者は顔をどことなく顰めています。
正直ちょっと怖いーーいえだめよ私。商人たるもの、お客様には常に笑顔!まぁ、相手は婚約者だからお客様ではないのだけれど。
それにしても、まさか父が授爵するとは思わなかったわ。貴族との商談で困らないようにと礼儀作法も身につけてはいたけれど、本物の貴族として使う日が来るとは思わなかった。
背筋をのばして片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げる。できるだけ、明るい声を出す。
「リゼット・ノルムと申します」
「エドガー・グランデンだ」
あ、いい声。でも声の低さに不機嫌さが滲み出てらっしゃるわ。成り上がり貴族との婚約がお嫌なのかしら。
そもそもこの婚約は政略的なものだ。
この国は圧倒的に家柄重視で、財政難は深まるばかり。けれど権威を重視して、どこも家計は火の車…
そんな折に白羽の矢が立ったのが、我が家が営むノルム商会である。流通網の見直しと整備が国の目論見。搬入先・搬出先の拡大がノルム家の目論見。財政支援を得るのがグランデン家の目論見。色々噛み合った結果の婚約なのだ。でも。
数日後、初めてのエドガー様とのお茶会でリゼットは意を決して切り出した。
「エドガー様。私たちの婚約は財政難を発端として決まったわけですが。正直私は、視野を狭め固執するならば権威なんて要らないのではないかしらと思っております。庶民には権威も何もないんですから。エドガー様は、どのようにお考えなのでしょうか」
ニコニコと貴族スマイルを貼り付ける。商人スマイルと貴族スマイルはあまり変わらない。変わるのは視線だけ。
貴族社会への冒涜だと言われても反論はできないけれど、商会のためにも婚約者あなたのスタンスは確認しておく必要があるわ。ほぼ喧嘩を売ってきたも同然の婚約者に、あなたはどう出るのかしら。
エドガー様は少し虚をつかれたように目を見開く。カップを置くと、ゆっくりと口を開いた。
「…変革ももちろん大切だが。多くのものは時間が経てば歴史の中に消えていく。だからこそ、一見無駄に見えるものでも残っているというだけでなんらかの意図はあるし、価値もある。秩序を保つ権威と文化的伝統も大切だと思う」
すとんと言葉が落ちてくるのを感じた。私の挑発に乗ることもなく、それでいて的確な返答。あくまでも客観的にこの国を見ていらっしゃる。聡明な方だ。
「でもこのままではこの国丸ごと破産するかもしれませんわよ」
「まだ破産はしてないだろう?手立てはあるはずだ。大きな変革ではなく、小さくても着実な変革が、な」
「例えば?」
「そうだな、君が先ほど言ったものであれば、伝統を重んじた改革だ」
パッと新しい世界を見せられたようだった。
「どれだけ正しいことであっても、ただ闇雲に変えようとするだけでは人は動かない。だが、移行するのは割と人は簡単にやってのける。違うかい?」
「え、えぇ。おっしゃる通りですわ。ありがとうございます」
「いや、さすがノルム商会のご令嬢。こんなことを尋ねられるとは思っていなかった」
想像を上回る切れ者だわ。
そして覚悟していたとはいえ、婚約早々このようなことを聞いた私は浅はかだった。
聡明だからこそ警戒すべきかもしれないけれど。なぜだろう、この方は信頼に足るお方な気がする。
いつか、このお方もこの国も笑顔にしてみせるわ。
そう心の中で意気込んで静かに紅茶を飲む。あ、おいしい。
カップの向こう側で、エドガー様が小さく瞬いた。
⭐︎
学園に入学し、しばらくが経った。あれからエドガー様とは、婚約者として親睦を深めるため設けられているお茶会を続けている。話す内容は経済や流通ばかりだが。窓の外の木を眺めてくるくるとペンをいじる。隣の席のご令嬢…ミーナ様ともすっかり仲良くなった。昼食に向かう。
あら、あちらの方、リゼット様の婚約者様ではなくて?そう声をかけられて、向かいの廊下に目をやる。本当、エドガー様だわ。会釈をすると少しだけ目を細められた。
⭐︎
伝統を重んじつつも新たな風を吹かせるにはどうしたらよいか。ミーナ様も比較的新興貴族であったこともあり、休み時間に時折そんな話もした。
昔からのレース編みや染め方を飾りに使用するとか。デザインを少し簡素にして布を減らすとか、仕立てたドレスは捨てずに仕立て直すとか。そもそもの生地を、少しでも手に入りやすい素材でドレスを作るとか…!ふと、先日エドガー様と流通に関して話したことを思い出して少し書き足す。
学業や流行の話にも混ざりつつ、時折休み時間にデザイン案を描く。
突風が吹いてばらばらと落ちた。あれ、足りない。見回すと伯爵令嬢のアリシア様が立っていた。きらりと目を輝かせてこちらをご覧になる。
「これ、詳しく聞かせていただいてもよろしくて?」
⭐︎
アリシア様に声をかけていただいてから数日後。私はエドガー様と市場の視察に向かうため馬車の中にいた。互いの学園生活や学業についてひとしきり話した後、エドガー様が下町で今まで通り呼ぶのは良くないだろうと切り出した。確かに、その通りだ。愛称で呼び合うのが良いだろう。
「俺のことはエディと」
「わかりました!私のことはリゼとお呼びくださいね」
「わかった」
「では、エディ様さっそくあちらに…」
言いかけて、呼び止められる。
「リゼ」
「はい?」
エドガーは少し口ごもったあと、言う。
「今日は敬語じゃなくていい。その方が気楽だろう。それから、様もつけなくていい」
「では、お言葉に甘えて。エ、エディ」
「うん」
エドガー様はなぜか満足げだが、私は落ち着かない。
「エドガー様、鉱石店に着いたら、敬語を戻しますからね!」
エドガー様は鷹揚に頷いた。
「あぁ。敬語は、それまででいい」
見上げたエドガー様はどことなく口角が上がっている。
「リゼ、あれはなんだ?」
向こうに見える店を指してエドガー様が問うてきた。
「あれは果物の切り細工です」
そう返すとエドガー様が半眼になる。
「…敬語」
「あっ、すみま、いや、ごめん」
やっぱり慣れないわ。
「エディ、食べる?」
「食べる」
エドガー様は食べ歩きに若干戸惑った後、きょろきょろと辺りを見回している。
「人が多いな」
「あぁ、もうすぐ祭りでしょ?」
「まだ日はあるだろ?」
「あら、下準備から祭りよ。ただ、今日は確かに多いわね」
いつもにまして活気に満ちている。
「少し前、大雨が降っただろう?水嵩が低くなったのが先週だったから一気に行商人が到着したんじゃないか」
「なるほど!」
その発想はなかった。
「染め物商人が多いわね」
「あぁ、季節の変わり目だし狙い目だものな」
鮮やかな色と食欲をそそる匂いが人波の中に溢れている。ちょっと離れたところに護衛がいるから仮にはぐれても大丈夫とはいえ、はぐれないに越したことはないだろう。
「ちょっとはしたないかもしれないけど、はぐれないようにくっついていい?」
「え?うん」
頷くのを見届けて、するりと手を握る。
「腕じゃないのか?」「え?腕?」
腕なんて発想はなかったな、貴族になったとはいえこういうところに違いが出るのね。今後は気をつけなくては。エドガー様は周りの男女が手を繋いでいるのを見て納得したようだ。
それにしてもエドガー様の手、おっきいな。ちょっとそわそわする。
「リゼ、あっちの店を見たいんだが」
上から降ってくる声にパチンと思考が途切れる。
「え?えぇ、行きましょ…い、行こう」
⭐︎
今日新しくわかったこと、エディ様はよく食べる。食べ歩きに戸惑っていたのは最初だけ。すぐに慣れて片っ端から食べている。先程はお肉にかぶりついていらした。見ていて気持ちのよい食べっぷり…意外と甘味もお好きなようね。
いつの間にかそばに来ていた彼の従者も頷いている。
「今日はご機嫌ですね、リゼ様と一緒だからでしょう」
そうかしらと呟いて、ニコニコと微笑む従者殿からエディ様に視線を戻す。
なにやら店主と話しているのをぼんやりと見る。私はよく来ているけど、エディ様にとっては初めてだものね。それにしては適応が早すぎる気はするけど。やっぱり初めてではないのかしら。ぼそりと値上がりしていたとおっしゃっていたの、私にはちゃんと聞こえていましたもの。
結局飴細工を2つゲットしてご機嫌に戻ってきた。片方はおまけしてもらったという。飴細工を手渡され、砂糖の甘さを感じながらいつもより顔の緩い婚約者を横目に思う。ほんと、この顔のどこが怖いのかしら。悪人ヅラなのは事実だけど。恐るべきは観察眼と交渉力だわ。
⭐︎
鉱石店にて。
「お嬢様ようこそお越し…」
そこまで言った馴染みの商人がエドガー様を見つめて絶句する。くるりと踵を返す。
「おいみんな、お、お嬢様に春がきたぞっーー」
「聞こえてるわよっ!」
数分後、部屋に通されたリゼットは出された品に打ち震えていた。
「エドガー様、これ見てください!すごいと思わない!?」
「あぁ、すごい。」
すごいという割に視線が石ではなくずっと私に向いているのはなぜかしらね。もっと見なさいよこの石!
「ここの鉱石はなかなかまわってこないのよ!」
「北部でも取れるだろう。今年は採掘量が減少しているからあれも希少性も上がっているはずだが」
「これは少し緑が濃いの。エドガー様の色だわ!」
「…っ。俺の色は、北部のではないのか」
「あれもよく似ていますけど。でもエドガー様、笑うと少し緑がかって見えるの。これはその色そのままね!」
目の端でぴたりとエドガー様の動きが止まった気がした。
それにしてもこの石素晴らしいわ。エドガー様の目の鋭さにちょっと似ている。これをこのまま誰かに売るのが惜しいくらい……ただこの石高いのよね、うん。仕方ないわ。今日は見にきただけだし。でも……
「本当に綺麗だわ」
そっと箱に戻して、蓋を閉じた。
エドガー様に視線を向けると、天を仰いでいる。なんか、耳が赤いような…?気のせいかしら?
声をかけるか迷っていると、商人がリゼに声をかけてきた。
「お嬢様?おねだりなさらないんですか?」
予想外の質問に思わず瞬きをする。
「しないわよ?どうして?」
「貴族のお姫さんは婚約者におねだりする方が多いですよ?」
「今日は視察だもの」
「そう硬いこと言わずに。ねぇ若旦那?」
エドガー様は突然の若旦那呼びに戸惑っているのか、黙ったまま頷いている。口数が少ないが、どうかしたのだろうか。心、ここにあらず、といった様相だ。なにか思い巡らせているようだが、考えていることまではわからない。
「これとかいかがです?」
「エドガー様に売りつけるんじゃないわよ!」
そこに、思考の海から戻ってきたらしいエドガー様の声が割って入った。
「リゼット嬢、欲しいものはないの?」
「エドガー様まで!」
先ほどからエドガー様の様子がおかしい。きっとお疲れなんだわ。心なしか顔が赤いから、もしかしたら体調が悪いのかもしれない。エドガー様が余計なものを買わされる前に帰らなければ。
荷物をまとめて戸口に向かう。
「おねだりしないのか?」
「しませんよ!」
振り返るとなんとも言えない顔をしている。そんな顔なさるんですね。感情は読み取れませんが。
そしてエドガー様のなんともいえない表情は、帰りの馬車でも健在だった。何か粗相をしただろうかと考えても何も思い当たらない。…聞くしかないわ。
「あの、エドガー様?」
「エドガー様、か」
え?その時点でアウト?
「…約束は鉱石店まででは?」
「それは敬語が、だろう?」
暗に愛称で呼べ、と言われている。むぅ。騙されている気がするけれど、断るのも断りにくい。
「公的な場では今まで通りで構わない、けど」
眉が少し不安げに歪められている。やはりこの人が怖いなんて思えない。
「わ、わかりました」
「ありがとう。それから…今日は楽しかった」
ふ、とエドガー様が目元を和らげる。それはよかったですと返そうと言いかけて、飛び込んできた言葉に耳を疑った。
「次は、視察ではなくちゃんとデートをしよう」
…え?
エドガー様改めエディ様は、その後も何か話してくださっていたが、全く頭に入ってこなかった。
⭐︎
あれ以来、エディ様を前にすると動揺するようになってしまった。ただ、それ以外はすこぶる順調だ。
まず、ミーナ様がドレスの試作品を見にきてくださった。そしてアリシア様の伝手を通じて、王太子の婚約者であるエマリア様のサロンにお呼ばれした。お綺麗な方だった。倹約や地方活性の意図を含めた上で、ドレスにも興味を持っていただけたらしい。
それでも、彼を前にするとどうも調子が狂ってしまう……仕事の話なら平気なのだけれど。
先日はエディ様にすれ違っただけで動揺して教科書を取り落としてしまった。何をなさっているのですかと、ミーナ様の視線が雄弁に語っていた。今日は仕事よ、しっかり説明しなければ。きゅっと表情を引き締めた。
ドレスのレース編みや染物屋との案をひと通りエディ様に説明したところで、ふうと顔をあげる。至近距離で青緑が見える。ち、近いっ。
反射で資料をエディ様の顔に押し付けた。押し付けられた本人はぶべっと声を出したあと、何やら文句をおっしゃっている。
すみませんエディ様、私にもわからないんです……!なんで最近顔をまっすぐ見れないんでしょう、相手の顔を見ることができないなんて商人として失格だわ!
アリシア様に零すと恋でしょうと突っ込まれる。
こい……恋?好き?私が??いやいやいやいや。確かに素敵な方ですけれど、尊敬です。だってこれは政略ですし。
ミーナ様に視線で助けを求めるも、それも含めて恋でしょうと呆れたように言われてしまった。
恋じゃないわ。本当に尊敬よ尊敬。
と、思っていたものの。
エディ様から誘われたデートから帰るともうだめだった。認めざるをえない。なんなら私、前回の視察の時には既にエディ様のことが好きだったかもしれない。恋とは恐ろしいわ。
視察で訪れた街に再び行ったけれど、デートのエディ様の破壊力たるや。食べ歩きをすれば、一口どうぞと差し出してきて、私が口をつけたところもあっさり食べてしまうし。鉱石店に行けば、今日は視察ではなくデートなのだからおねだりするようにと言われる。問答の末に髪飾りをいただいた。なんとなく外せなかった様付けも、気づけば外すように約束させられてしまっていた。向かい合って座っていた馬車も、隣に座るようになった。
それ以来エディ様…エディは色々な場所に連れ出してくれるようになった。髪飾りだけではなく、花やドレスもいただいた。私からも刺繍を入れたハンカチや琥珀のカフスボタンを贈った。
エディ様の視線はどこか優しくてくすぐったく、それだけで充分過ぎるほど幸せだったけれど。
それでも、好きだと言ってくださったことはなかった。
⭐︎
時は過ぎ、18歳となった。エディと久々のお茶会。
初めてのデートでいただいた髪飾りはいつもつけている。いまだに二人きりを意識すると動揺してしまっていけない。仕事の話は平気だからとお茶会でも仕事の話ばかりしていたら、いつまで仕事の話をするんだと一度書類を全て取り上げられてしまった。仕事の話をしにきているのではなく、リゼの話を聞きにきているんだと至近距離で覗き込んでくるエディにすっかりやられてしまった。あれほどかっこよかったら抗う気も起きない。それ以降は、最近あった嬉しかったことなどを話すことにしている。一度諦めてしまえば早かった。取り止めもない会話も弾むし、少し揶揄うほどの余裕もできた。
エマリア様がドレスをお気に召してくださったとご連絡いただいたと話すと、それはすごいと喜んでくださった。エマリア様曰く、他の商会にも同じ取り組みが広まりつつあり、地方工房も少しずつ息を吹き返しているという。リゼの努力の賜物だ、と。きゅ、緩む口を引き締める。だらしない顔をしてはいけないわ、私。
「リゼは笑顔を売っているな」
おどけてエディが言ったその一言が、何より嬉しかった。
卒業パーティーの話にもなった。エマリア様に城で働かないかと打診された話をすると、城での経験は得難いものだし、何よりリゼは頭が切れるから素敵だと思う、とおっしゃってくださった。それにしては若干拗ねたような困ったような顔をなさっていたけれど。
「財政分野だったのですよ。女性の地位向上と、財政管理が目的だそうです。結婚しても仕事ができる道を模索なさっていらっしゃるとか」
そう言うとエディは明らかに表情を緩めた。ねぇ今表情緩める要素ありました?
結婚、か。エディをチラリと見やり内心でため息をつく。エディはいつだって優しい。けれど、優しすぎてわからない。エディが優しいのは私が婚約者だからという理由かもしれない。私たちの婚約は家の利害が一致した婚約なのだから。彼が抱いている思いは、私の抱く想いとは異なるもの。欲張ってはいけないわ。
とはいえ卒業パーティーは楽しみだ。胸のざわめきが悟られないように痛む心を隅に追いやって、エディに悪戯っぽく笑いかける。
「エディ、せっかくの卒業パーティなんですから悪人ヅラはしまっておいてくださいね。エスコート、楽しみにしています」
⭐︎
卒業パーティー当日。
どこか浮き足だった空気が辺りに広がっている。贈られたドレスに着替えると、自分の姿を侍女に念入りに確認してエディの元に向かう。階下に佇むエディに、贈ったカフスボタンが付けられているのを認めて嬉しくなった。
エディはこちらを見て一瞬息を飲んだかと思うと、目を細めて微笑む。似合ってるとにこやかに囁かれ思わず笑みが溢れた。いつもなら手を差し出されるが、今日は後ろを向いてくれないかと頼んでくる。戸惑いながらくるりと背を向けると、髪が寄せられてうなじに何か触れる。首元に冷たい感触がした。鏡を侍女が持ってきてくれる。
海を切り取ったような青緑のネックレス。綺麗、綺麗だけどそれだけではなくて。
このネックレスって、まさにエディの目の色のあの宝石では…!パッと隣を見上げると、わずかに覗く耳が赤いのが見える。
「エディ、この宝石は東方の一部の鉱山でしか取れないものよね」
「……」
「エディ?」
「リゼ。ちゃんと話す。だから、終わった後でいいか」
やけに神妙な顔だったのが気にかかるけれど。耳の赤いエディに手を差し出され、その手を取って馬車に向かった。
卒業パーティーはつつがなく行われた。一度エディと離れてミーナ様と話していると、遠くの方にエマリア様とアリシア様から視線を向けられた。エマリア様は扇を開き悠然と微笑まれているが、アリシア様にはどこか悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。ろくなことを考えていらっしゃらない気がする。後でご挨拶に行ってお聞きしなければ。
⭐︎
パーティー終わり、エディと迎えの馬車の待つ場所へ向かうと思いきや、近くの庭園に連れてこられた。話は、馬車の中でしてもらえるのだと勝手に思っていたのだけれど。
「エディ?」
返事がないので、少しだけ袖口を引いてみる。観念したようにエディがこちらを向いた。
「以前、その鉱石を俺の目の色だと言っていただろう?…俺の笑った時の目の色だと」
「えぇ言いましたけれども」
「嬉しかった。あの石を心底手放すのが惜しそうに箱に戻していたことも。この顔で怖がられやすい俺の目を、綺麗だと言ってくれたことも」
深い青緑の目がこちらを射抜く。
「だから。リゼに、つけてほしかった」
きゅんと胸がなる。いやだわ、ずっと見ていたいのに恥ずかしくて顔を背けたい。
エディはコホンと咳払いをすると、大真面目な顔で見つめてきた。目を、逸らせない。
「リゼ。好きだ」
「え」
「いやその、恥ずかしくて今まで言えてなかったんだけど」
好き?エディが、私を?
思わず、胸元のネックレスに触れる。
「エ、エディ、この婚約嫌だったんじゃ…」
「え?そんなわけないじゃないか」
「だって最初顔を顰めていて怖かったから」
「緊張してたんだ」
エディは苦笑いを浮かべている。
顔合わせの時を思い出す。あれほど顔を顰めていたのは、緊張していたからだったとは。
思わずふっと笑ってしまった。そんな私を見てエディはまた口を開く。
「…リゼが、綺麗だったから」
思わずぽかんとした目で婚約者を見る。視線を向けられた本人は照れたように笑った。
「リゼは、まっすぐ俺を見てくれた。姿勢も言葉もあまりにまっすぐで。綺麗だと思った。初めてのお茶会であんなことを聞かれた時は驚いたけどな。あの時の挑戦的な目も、強い意志が感じ取れて綺麗だった」
はくはくと真っ赤になった私を見てエディは驚いたように目を見開いて息を呑んだ。
少しおかしそうに笑ってさらに追い打ちをかけてくる。
「ちなみに自覚した時は、視察で鉱石店に行った時。……笑顔が綺麗で、可愛かった」
顔が、火を吹きそうなほど熱い。
なにか、何か言わなくては。でも言葉が出てこない。
エディは笑顔を収め、ふっと浅く息を吐いた。
「本当は、ずっと言いたかったんだ。婚約者としてではなく、一人の男として」
そして、リゼの手を掬い上げてゆっくりと跪いた。
…もしかして。
この後に起こることを予想して目を見開く。
柔らかな夜風が髪をくすぐる。
エディの目が、月に煌めいた。
「臨機応変な考えも、くるくると変わる表情も、仕事になればまっすぐで笑うと淡く柔らかい琥珀色の目も、好きだ。努力を惜しまない君を尊敬しているし、そんな君だからこそ愛おしいと思っている」
涙で、視界が滲む。
抑えていた想いが、溢れてくる。
「リゼット・ノルム嬢。どうか俺と」
ぶわりと風が吹く。噴水の水が、光を反射して美しく舞った。
「ーー結婚してください」
左薬指に甘やかな口付けが贈られる。涙がこぼれ落ちていく。
私の方こそ。貴方を心から尊敬しているし、愛おしいと思っている。
利害など関係なく。貴方と、ずっと一緒にいたい。
好き。大好き。
私はきっと、この夜を、この光景を、この瞬間を、一生忘れないだろう。
「……っ!…はいっ」
今作が初投稿作品です。
ブクマ、評価等々、大変励みになります!
最後まで読んでくださりありがとうございました!




