織紙族の生態
ねずみ男が目を覚ます。
~織紙族に助けられる~
次にねずみ男が認知したのは、カタンカタンという音、しかしそれが無数に鳴る音だった。
うるさいというほどではないが、今自分がいるは所の向こうのほうから聞こえた。
ぼんやりとした視界がだんだんはっきりしてくる。どこかの天井が見えた。どうやらどこかの部屋にいるようだった。
するとそこに、顔がひょこっと覗かせた。
「あっ」
「あっ」
その顔とねずみ男は同時に思わず声を上げた。
ねずみ男のほうは無理もない、その顔が、見紛うことのないまさに今探し求めている巫女の顔だったからだ。
巫女のほうはすぐに
「うばさまがた~!めをおさましになられました~!」
と、部屋の外へ走って行ってしまった。
ねずみ男はすぐ起き上がろうとした。だが強烈に頭が痛く、仰向けに戻ってしまった。
「いてててて…」
額を触ると、誰かが手当てしてくれたようで、包帯が巻かれていた。
すぐに、巫女に連れられて、三人の女たちがやってきた。
着物から見るに、おそらく昨日の三人だろう。
「お身体は大丈夫でございますか、今朝、手水舎のところで倒れているのを、うちの依子が発見しまして。」
淡い朱色の着物の女がそう言った。
起き上がろうとすると、
「いえいえ、なりませぬ、お身体に障りますゆえ、いまはご安静に。」
と淡い緑の着物の女が言った。
そして淡い青の着物の女が
「さあ依子、あとは私たちに任せて、あなたはお戻りなさい。」
と少し厳し気に言った。
「ま、待ってくだせぇ、どなた方か存じませんが、助けてくれてありがとうございやす。あの、依子さん?でございやすよね。俺のことを見つけてくれたのは…」
ねずみ男は何とか依子を引き留めたい思いでつづけた。
「ここは何なんでごぜぇやすか?あなたたちは一体…」
「わたくし共は、『織紙族』というものでございます。」
朱色の着物の女が口を開いた。
「お見かけになるところ、あなた様も人間ではないご様子。」
青色の着物の女が微笑んで続けた。
「おりがみ…?そんなの、聞いたこともねぇですが…」
ねずみ男がそう返すと、
「こちらです。」
と、緑の着物の女が一枚の紙を取り出した。
「わたしたちは、かみをつくることが、しめいなのです!」
依子がやっと喋った。依子の喋り方はなんだか拙い。昨日は喃語しか喋れない様子だったのに…?とねずみ男が依子の顔をよく見ると、昨日初めて見た印象より、少し大人びているような顔つきの印象を覚えた。
「紙を作ること…?とはいえ、なんて美しい紙なんだろう…でもどこかで見たような…?」
紙は雪よりも白く、それでいて単調ではなく、光の加減で光が反射する波のような模様が見えた。
「おや、わたくし達のお得意様との繋がりがございますようで。」
緑の着物の女が少し驚いてそう言った。
「…!そうだ思い出した!この間つるんでいた社長の取引先の社長室だ!会社名が書かれていて、額に入れて飾ってあった!」
ねずみ男はビビビと思い出した!
「あらまぁ、それでは紙が呼吸できませんねぇ。それでは何の意味もない。」
と青い着物の女がふふっと笑いながら少し嫌味気に呟いた。
「まぁ見ていただいたほうが早いでしょう。依子、そこを開けなさい。」
朱色の着物の女が指示すると、依子は部屋の向こう側とつながるふすまを開けた。
~織紙族の生態~
ふすまの向こう側は、今朝覗き込んだ境内だった。何十台もの機織り機を何十人もの巫女が動かしている。カタンカタンという音が何重にも折り重なって、大きい音だが不思議と心地よい騒音になってねずみ男の耳に伝わってきた。
「依子の言う通り、わたくし達は紙を作ることが使命の妖怪でございます。わたくしたちのことを知らないのも無理はありません。わたくし達のことを知っているのは、井戸仙人や毛羽毛現のような古代妖怪か、あとはほんの一握りの人間たちしかいませんからね。」
緑の着物の女が少し微笑んでそう言った。
「紙を作ることが使命…」
そう呟きながらねずみ男は境内の中を見渡した。どの巫女もものすごいスピードで糸のようなものを織っていく。機織り機にはさっき見せられた美しい紙が出来上がりかけている。よく見るとなんと、その糸は巫女一人一人の口から出ているではないか!
美しい紙と、その元になっているもののグロテスクさの高低差に、ねずみ男はヒィッ!と鳥肌が立った。
「申し遅れました、わたくし、乳母の朱と申します。」
朱色の着物の女が三つ指をついた。
「乳母の翠です。」
緑色の着物の女が続いた。
「葵でございます。」
と青色の着物の女も座礼した。
「いーやいやいや!どうもこちらも名乗りもせずに申し訳ねぇです!ねずみ男という者でござんすっ!」
ねずみ男も思わず正座になって平伏した。
それを見て、依子と三人はうふふふと笑っていた。
ねずみ男も照れてたじたじと笑ったが、すぐにまた疑問がわいてきて訪ねた。
「でも…乳母というのは?」
乳母の三人はふと、お互いを見あってから、
「わたくし達織紙族は、言わば蟻の社会のようなものでできているのでございます。」
と、翠から答え始めた。
「蟻…?」
ねずみ男にはよくわからなかった。
「わたしたちは、『おりがみさま』というおおきなおかあさまにうんでもらいましたの。」
依子が微笑んで話を続ける。
「織紙様は、わたくし達を卵の状態で生み落とします。それが生まれ育ってあの巫女たちのように。」
朱が説明する。
「わたくし達は、卵から生まれ、三日で成体、あの巫女の姿まで成長いたします。その三日の間に楮、三椏、雁皮という木の皮をたくさんたくさん食べます。そうして、体も大人になり、体内に紙の原料がたくさん蓄えられた状態で、あの機織り機に座るのでございます。
巫女たちは三日で成体になって、紙織りを始めます。毎日紙織りをして、ちょうどお月様がお隠れになる日か、満月の日、つまりおおよそ十五日ごとにまた木の皮を食べ貯めます。」
「きのうはなんにもしゃべれなくてないている、はずかしいところをおみせしてしまって…」
と依子が横から入り、顔を赤らめ視線を斜めに落とした。
「なるほど、それで依子さんは昨日喋れなかったのに今日は少し大人になったように見える上に、喋れるってわけか…」
とねずみ男は合点がいったようだった。
「とはいえ、全員が卵や幼体では、何もできませんので、織紙様が卵の中からいくつかをお選びになって、彼女らのような巫女ではなく、それを世話して育てるための乳母役をおつくりになるのでございます。それがわたくし達三人なのでございますよ。」
葵が補足をしてくれた。
「なるほどなるほどな…女王に世話役、働き役というのは、まさに蟻の社会だな。」
ねずみ男はウームと唸った。
「そうしておおよそ二月がたち、巫女の紙の原料が体から枯渇した日。わたくし達が彼女らを『とりこわし』に山へ入るのでございます。」
「『とりこわし』?」
ねずみ男は嫌な予感がした。
「はい。生命の掟でございます。紙を織れなくなった織紙の巫女は、山でわたくしたち乳母に首を落とされるのでございます。」
「ひぃぃぃぃぃ‼‼‼‼」
ねずみ男は思わず自分の首を手で押さえて震え上がった。
葵は淡々と続けた。
「生命の掟なのですよ…。毎日ひとつは卵が孵化し、一人の巫女はとりこわされる…。わたくし達も新たな命の世話をしながら、役目を終えた巫女まで抱えている余裕はございません。巫女たちもそれを解っています。わたくし達織紙族の定めなのでございます…。」
ねずみ男はまだ震えていた。
「ご安心なさってください。わたくし達織紙族は『とりこわし』が行われても、死ぬのではございません。とりこわされたら、あの紙のような白い花に生まれ変わるのですよ。」
朱が優しく、ねずみ男の背中をなでながら話す。
「白い花…?もしかして昨日あんたらが持っていた花は…!?」
ねずみ男は聞きたくないような気持で、それでも好奇心から聞いてしまった。
「はい。わたくし達織紙族の骸でございます。」
ねずみ男は恐ろしくなって何も答えることができなかった。
「大丈夫でございますよ。生まれ変わりはまだ続きます。頃合いを見て、あの骸の花を摘んで帰って、わたくしたち乳母が育て続けます。そうすると花は種の入った一つの実をつけます。それを織紙様がお食べになられると、織紙様の中の卵子と花の種が出会って、巫女の生まれる卵をお生みになられるのです。そうして巫女にまた、生まれ変わるのですよ。」
それを聞いてねずみ男はほんの少し安心した。
しかし一つ疑問が残っている。
「しかし、そんなに生まれ変わってまで紙を作って、どうするんだい?」
つづく
※この物語は、毎日明晰夢で悩んでいる私が実際に見た夢の記憶をもとに書き起こしたものです。
夢なので、所々設定がかみ合っていなかったりするかもしれません。
また執筆も初めてのため、読みにくいところもたくさんあると思いますが、温かい目で読んでいただけると幸いです。




