交渉成功・・?
「ふざけるなよ」
「至極真面目だよ。残念ながら」
地を這うような怒声が響き渡る。右手に繋がれた鎖を衝動のまま引きちぎり、吸血鬼の顔面へめり込ませる、つもりであったが、それは数センチ離れたところで止まっている。切ったはずの鎖ではなく、鉄が巻き付くような重みが右手にかかっていた。
「人間は鎖も引きちぎれるのか?やはり100年前の知識はだめだな、ズレているにもほどがある」
数秒立つ間に、右手に透明な鎖が現れる。おそらく吸血鬼特有の魔法というやつで生成したものだろう。国境付近にくる吸血鬼たちもたまに使っていたが、予備動作をほとんど行わずにゼルクの全力を封じる代物を作った。末恐ろしい種族である。
「何を渋っている。吸血鬼ならまっさきにココを狙うべきだろう。お前は何なんだ。本能で血を求めるのでもなく、人間をおちょくりたいだけか?」
煽るように先程食い入るように見つめていた首元を差し出す。急所を差し出す真似など、騎士たる自分にとっては恥ずべき行為である。しかし、ゼルクの脳裏には人間の生き血を求め、頭から足の先まで食いつぶすような吸血鬼共の姿が蘇っていた。今、目の前にいる吸血鬼とは比べ物にならないほどクソッタレな連中である。そいつらとこの吸血鬼の何が違うというのだろうか。まるで話の通じる人間のような口ぶりと驕った目線に、ゼルクは腹が立っていた。
なので盛大に煽ってやったのである。
吸血鬼はぱちん、と丸い瞳を閉じたり開けたりして、若干目を逸らした。「え、ええ・・・?」などと両指を組んで弄りながら疑問符を発する。
明らかに図星です、と自分で言っているようなものである。
「そんなこと、思うわけがないじゃないか!むしろ長生きしてもらいたいくらいさ。人間って半世紀くらいしか生きないと言うし・・・君はあと何年生きる?病気になって死んでしまうかもしれない・・・それなら今食べてしまった方がいいのかな?でも、沢山味わいたいなぁ・・・・・・あ、そうだ。僕の健康に安全に、僕の城で療養するってのはどうかな!?」
しかしあからさまな弁明を述べたあと、吸血鬼は目をきらきらさせてとんでもない提案をしてきたのである。
療養とは名ばかりで、実際は監禁地獄に違いない。ゼルクは今すぐ舌を噛み切ってしまおうかと考えたが、「名案に違いない。怪我もはやく治るように、瘴気をどうにかしないとなぁ・・・・」と呟いた。
「・・・瘴気?あれはお前が作っていたものなのか?」
「ん?ああ、もちろん。君たちが攻め入ってくるから仕方なく、ね」
その言葉に、ついにゼルクはこの吸血鬼の正体が分かった。てっきりゼルクは、森の向こうから来た吸血鬼が運良くゼルクを見つけ、食うか密輸される途中だと思っていた。しかしあの紅い眼や先程の実力や発言から、彼らはそんな生易しい存在ではないことに気づく。この森を通って吸血鬼の森に住む、瘴気で人間を近づけさせない恐ろしい吸血鬼。200年前にこの森を奪い返した、悪夢と言われる純血の吸血鬼。
「でも心配はしなくていい。ここに来たからには狼に食われる心配もないし、飢えることもない。娯楽はあまりないけれど・・・すぐに慣れると思うよ」
恩着せがましく微笑んでくる吸血鬼に、反吐が出る思いだ。
しかし、すぐに殺そうとしないあたり一応上物として扱っているらしい。自分の血にそんな価値があるなど思っていなかったが、こうなったら存分に使ってやろうではないか。という選択肢も浮かび上がってきた。
ようは、この吸血鬼に血をそこそこ渡しつつ、体を瘴気に耐えられるくらいにまで
戻せばいい。運が良ければこの油断しきっている吸血鬼に一矢報いることができるかもしれない。
考えをまとめてみると我ながら無茶な作戦だ、とゼルクは思った。しかし選択肢はないのだ。今すぐにでも首元を噛みつかれて死ぬよりは、少しでも寿命を伸ばして機会を伺ったほうがいいのだろう。騎士として、この選択肢は完全にナシというわけでもない。
「・・・・・・・・わかった。お前の要求に応じる。」
「ほんとに!?」
たっぷりと時間をかけてからゼルクが承諾すると、吸血鬼はぱあっと顔を輝かせた。邪悪なこいつらにあるまじきいい笑顔である。それにまた腹が立つ。
「自分で死のうなんて思わない?」
「思わない」
「きちんとご飯は食べること、睡眠時間は7時間以上。あ、森からも逃げないでね。君が生きていられたのだって奇跡のようなものだし、次は死んでしまうかもしれない。無理して森に行かないこと!」
「わかった・・・」
一つずつNG行為をあげてはゼルクに承諾させ、うんうん、と頷いては満足したように笑った。どうやら上機嫌らしい。
吸血鬼は後ろに控えさせていたもう一人の成人姿の吸血鬼になにか言うと、「かしこまりました」と頭を下げて、扉のない牢屋から去っていった。吸血鬼は「じゃあ、まずは部屋に案内しないとね!」と張り切ってゼルクの手首の鎖を外し、背負っていた荷物と剣をゼルクに手渡した。
吸血鬼とはいえど、少々こちらをナメすぎではないだろうか。と思いつつゼルクは自分の剣を取り、呆れたように吸血鬼を見下した。
「俺に殺されるとは思わないのか?」
「殺される?この僕が、君に?冗談だろう。僕を誰だと思って・・・」
ゼルクを見上げたまま、吸血鬼は嘲笑うように疑問符を発した。そして自信満々に名乗ろうとする吸血鬼の言葉を、ゼルクは強引に遮った。
「セレンの森の主、ヴィルニーア」
「・・・・御名答。この時代に、僕の名前はそんなに有名なのかな?嬉しい限りだ」
少し驚いたようで、目を見開いて一瞬固まった。それが己の真名であるとようやっと気づいてから、ヴィルニーアと呼ばれた少年はにぃっと気持ちの悪い笑みを向けた。先程の無邪気さはない。その子供らしからぬ表情が、彼が数百年生きる吸血鬼であると示しているのだ。
「部屋に案内しよう。なに、少々古いが作りはいい。君が困るようなことはないだろう」
「ついてこい」とでも言うように、ヴィルニーアは入口の目の前に立つ。
窓がない牢屋と違って廊下は少しばかり明かりが差していたが、城全体は薄暗く、夜目が効かない者であったら壁や階段にぶつかって大怪我をしそうな明るさである。道を迷いなく進むヴィルニーアの後ろをゼルクは身長に歩いていった。
そうして地下から二階へと上がり、随分と大きな扉の前に立たされた。ヴィルニーアは重そうな扉を難なく開け、「ここだよ」と中へ入るよう指示した。素直に応じ、中へ入ると扉に似合わぬ大きさの部屋だった。しかしそれは扉に対してであって、部屋そのものが狭いと言われるほどのものではない。ベッドはそこそこ大きいし、横にゼルクの両手幅2つ分ほどの窓もある。カーテンで締め切っているが、きっといい眺めなのだろう。
「この部屋は好きに使っていいよ。じゃあ、おやすみ」
「ああ・・・」
ゼルクが部屋を見渡している間に、ヴィルニーアはろうそくを置いて部屋から出てしまった。
まったく、こんな豪華極まりない部屋を城の主が使わないなんて、どれだけ贅沢なのだろう。屋敷の使用人らしき吸血鬼も見当たらなかったので、彼らは二人で澄んでいるのだろうか。だとしたら、なぜこんな部屋を綺麗に’’残している’’のか。
おそらく200年前のものだと思われる家具やベッド。腹いせに、部屋に案内されたらめちゃくちゃに暴れてやろうか、とも考えていたのだが、ゼルクはなんとなくやる気にならなかった。
「・・・・寝るか」
ほとんど使い道のあるものが入っていないカバンを適当な所へ置き、真っ白なベッドに土一つついていない剣を放おり投げ、ゼルクは剣と共に眠った。




