紅眼
「まったく、今日のディナーは上物になると思っていたのだがね・・・こうも傷だらけだと長生きしないんじゃないか?」
「こら、これは私の獲物だぞ!噛みつくな、まったく・・・これだから狼は嫌いなんだ、はぁ」
ぶつぶつと独り言をこぼし、物言わぬ青年の手当をしているのは、この森に住む吸血鬼だった。
紅い瞳、太陽の光を浴びることのない真っ白な髪の毛。上等な服と靴を身に着けているが、それらはどこか前時代的だ。
小さな手袋を外し、吸血鬼は傷をおったゼルクの衣服を破く。腕に巻かれた粗末な包帯を外し、自分の服を代わりに当てた。それから何箇所か狼に噛まれた傷跡を発見し、後ろにいる狼たちを睨みつける。
「次、こんな上物を私に報告しなかったら、八つ裂きでは済まないと思えよ。獣」
人間の言葉など理解するはずもない狼たちが、吸血鬼の威圧感に気圧される。先頭のリーダー以外の狼は足を縮こめてジリジリと後退した。
この森に住む吸血鬼というだけで、その強さを知らしめることになる。かつて人間たちの決死の戦いによって吸血鬼の半数が住むこの森が焼かれ、ほとんどの吸血鬼は殺され、生き残った者達はこの国から逃げてしまったからだ。
そんな死んだ森を人間から奪い返したのがこの森に住む、森の主と呼ばれる吸血鬼の一族だ。
生態系を戻し、木々を復活させ、森全体を瘴気で覆った。
その一族が今、人間の手当をしている。
「ふふ、まさかこの森に入ってくる人間がいるとは思わなかったなぁ・・・しかも上物とは。きっちり生きてもらわないと」
吸血鬼はじゅるりとよだれを垂らしながら、抑えられない食欲を隠すことなく紅い瞳を光らせた。
彼にとっても、このゼルクという人間は久しぶりの贅沢品だったからだ。
名前と噂によって人間を寄せ付けることがなくなってからというもの、吸血鬼が食べるものといえば新鮮な獣ばかり。たまに生き血も飲むが、人間のものには及ばない。
「セイ!」
「はっ、なにかございましたでしょうか。・・人間、ですか」
「そう!一週間前大人数で森に入ってきただろう?その残りが生きてこの森を這いずりまわっていたのでな。」
「なんと・・・この瘴気の中、一週間狼から逃げ回ったと?人間とは思えませんな」
「だろう?そんな生命力の強い生き血なんてこの先手に入らないかもしれん!持って帰れ」
セイ、と呼ばれた老人は、彼と同じく紅い瞳を持っていた。
セイは言われるがまま、承知いたしました。と一礼し、ゼルクを抱えてひゅん、と消えた。今頃屋敷に着いているだろう。
「さて、お前たちには少々仕置をしなければな」
セイが消えると、彼は狼の方へ振り返る。
森の獲物はすべて吸血鬼のもの。獣達はそれをよく理解している。しかし、時間が立ち、人間と同じように、この瘴気にまみれた獣たちも吸血鬼の恐ろしさを忘れかけていたのだ。
吸血鬼特有の赤い瞳をギラリと光らせるとその存在感が増し、狼だけでなくそばにいた鳥やリスなどの動物たちは一目散に逃げ出した。
ここ数百年肌で感じることのなかった吸血鬼の威圧感だった。
「ヴヴヴヴゥゥゥゥゥゥッ」
「吠えるな」
警戒心から狼たちが吠えだす。人間たちなら怯え散り散りに逃げ出す恐怖を感じさせるほどのものだが、彼は鶴の一声でそれを黙らせる。
「そうだ忘れるな。お前たちの主が誰なのか。誰に逆らってはいけないのか」
「クゥン」
狼は小さく鳴き、近づいて吸血鬼の足元へ鼻をむけ、伏せた。狼の流儀だ。強いと認め服従するべきだと判断した相手にしか見せない行動。
「よい。もういけ」
冷たく目を伏せたあと、吸血鬼は手を払って狼達を追い払った。




