騎士、死にかける
「っ、はあっ、なんで俺ばかり追ってくるんだこいつらは!!?」
叫びに近い悪態をつきながら、騎士ゼルクは後ろから追ってくる獣たちから逃げていた。まる一週間、この森の奥深くに縄張りを張っている狼たちから。そいつらが何故縄張りをがら空きにしてまでゼルクを追ってくるのかわからない。しかし重い剣を振るための腕は負傷して使い物にならず、ただ逃げて隠れるしか方法はない。
奴らの五感は人間の何倍も鋭い。物音一つ、垂らした血一滴で体力が尽きるまで追いかけ回してくる。正真正銘狩る側の生き物なのだ。それを負傷したゼルクはなんとか躱して来た。これでも騎士団の主戦力として吸血鬼を狩り、増えすぎた獣を狩り、王と民を守ってきたという意地があった。
しかしそれも限界を迎えつつあった。
「・・ったく、あいつらどこでも噛みつきやがって・・・・」
負傷した腕は血こそ止めたものの、狼を振り切る途中で崖から落ちたり噛まれたりしたせいで負傷したとき以上に満身創痍である。食べ物もろくに残っていない。このまま逃げ続けてもやがて狼たちに狩られることは目に見えていた。
食べ物を探そうと鎧を下ろして木に登って罠を仕掛け、かかった獲物を捌いていく。野営演習と実践で得るサバイバル能力にこれほど感謝したことはない。
騎士はそもそも単独で動くことが少なく、味方と連携しながら野営をするものである。一人きりで眠るときも警戒しなければならない今の状況とはまるで違う。
一人のためだけに吸血鬼と狼の縄張りであるこの森に救援は来ないだろうな、と諦めて、それでもなんとか食いつないでいたが、逃げ切れると思えなかった。
狼たちの追うスピードは上がっているのに、自分の足は日に日に動かなくなっている。怪我か失血のしすぎか。重い鎧を下ろしても体力は削られるばかりで、もうろくに走れもしない。正直ここまで走って逃げ切れていたのが奇跡なのだ。
おそらくもう何歩も動かないであろう足をみつめて、ゼルクは嘆息した。
心当たりはあった。
大昔、この森は全盛期を誇っていた当時の吸血鬼たちが何千人も暮らしていたのだという。だから惨い伝説も残っているし、森は瘴気で覆われているため一般人が近づいてはいけないのだと周辺の村々では伝えられていたらしい。
冗談だと思っていたが、説明のつかない体の不調に、いよいよ信じざるおえなくなってきた。正体不明の敵というのは最も厄介だ。原因追求しようにも、見えないのだから対処しようもない。これまでどんな敵にあっても生き延びてきた’’聖なる’’騎士が、瘴気に当てられて死ぬんなんて、情けないにもほどがある。
そんなことを考えている間に、狼たちが近づいてくる気配がした。火を起こしているのだから当然だ。賢い彼らは、人の影を追ってやってくる。
「はは、吸血鬼でもない獣に食われるとは思わなかったな・・・」
持つように、と言われていた遺書も筆を下ろすことなく、ゼルクは後ろの木に背を預けた。生きながら食われるというのはなかなか苦しいらしいが、狼たちはひとおもいに殺してくれるものだろうか。以前、熊に生きながら食われた市民の死体が、内臓と脳みそだけきれいに食われていたのを思い出す。
その爪で、その鋭い牙で、ゼルクは自分の首を裂かれることを願った。
ウオォォォォォンと、先頭の狼が吠えだした。この一週間自分の後ろにいた気配だだと気付いて、目も霞む中、その姿を一目見ようとかっぴらく。
「・・・?おお、かみ、じゃない・・・?」
しかし、ぼやける視界で見えたものは四足歩行の獣の姿ではなく、二足歩行のなにか。人か。救援か。そんな希望を考えるまでもなく、吸血鬼だろうと予想した。この森で狼の前にでる二足歩行の動物など、奴ら以外に存在しない。
____森を支配する吸血鬼以外は
「・・ぃ、・・・・・き・・・?」
なにか喋っているのが聞こえた。子供のような声だ。若い吸血鬼だろうか。それならゼルクは格好の餌食だ。健康な若い肉体というのは吸血鬼にとって最も栄養のある獲物であるから。
結局吸血鬼を殺し回った自分は、吸血鬼に殺されるのか、と思いながら、目も開けられず、耳も聞こえず、口も開かず、次第に五感を失っていた。
せめて吸血鬼相手に最後の問答なんてものをしなかったことに、安堵を覚えた。
「おい、お前!!生きているのか!?」




