第7話 聖女の秘密と共犯関係
私の部屋は、悪の秘密結社のアジトになったらしい。
ただし、構成員は「悪役令嬢」と「聖女」、そして大量の「もふもふ」だ。
「……アリス様。そろそろお戻りにならないと、護衛の方が騒ぎ出しますわよ」
私はベッドの天蓋の隙間から、困り顔で声をかけた。
高級な羽毛布団が盛り上がっている。
その中から、桃色の髪がひょっこりと顔を出した。
「大丈夫です、お姉様。私の気配を消す『隠密の聖絶』を使っていますから。誰も気づきません!」
アリス嬢は悪びれもせず、満面の笑みで答えた。
その腕の中には、三つ首のポメラニアン(ベルちゃん)が抱きしめられている。
「(国家最高峰の結界魔法を、おサボりに使わないでほしい……)」
私はこめかみを指で押さえた。
あの日、廊下で私の使い魔に救われて以来、アリス嬢は隙あらば私の部屋に忍び込んでくるようになった。
理由は一つ。
私の召喚獣たちと戯れるためだ。
「それにしても……意外でした。アリス様ほどの方なら、ご実家でもたくさんのペットを飼っていらしたでしょうに」
私が何気なく尋ねると、アリス嬢の動きがピタリと止まった。
彼女はベルちゃんに顔を埋めたまま、小さく首を横に振る。
「……飼えなかったんです」
「アレルギー、とか?」
「いいえ。……私が触ると、みんな『強くなってしまう』から」
「強く?」
聞き返した私に、アリス嬢は布団から這い出し、正座をした。
その表情は、いつもの無邪気なものではなく、深い悲しみに染まっていた。
「私の力は、過剰なんです」
彼女は自分の掌を見つめた。
「『聖女の祝福』は、触れた生命力を活性化させます。怪我を治すだけならいいんです。でも、私が『可愛い、大好き』と思って強く触れると……普通の動物は、その愛に耐えきれず、進化してしまうんです」
彼女は震える声で続けた。
「昔、可愛がっていたハムスターがいました。ある日、大好きで抱きしめたら……光に包まれて、家より大きな『破壊の巨獣』になってしまって。……騎士団に討伐されました」
「……っ」
私は言葉を失った。
それは、あまりに残酷な過去だった。
愛すれば愛するほど、相手を怪物に変え、破滅させてしまう。
だから彼女は、動物が好きでも、決して触れることができなかったのだ。
「でもね、お姉様」
アリス嬢は顔を上げ、涙ぐんだ目でベルちゃんを掲げた。
「この子たちは、違うんです」
彼女の手から、黄金色の光が溢れ出している。
無意識の「可愛い!」という感情が、聖なる魔力となって暴走しかけているのだ。
普通の犬なら、今頃マッスルゴリラのような魔獣に変貌しているだろう。
けれど、私のベルちゃんは。
「わんっ!」
尻尾を振って、その光を浴びているだけだ。
いや、よく見ると――アリス嬢の手から出る光を、その漆黒の毛並みがジュワジュワと吸い込んでいる。
「お姉様の召喚獣は、『闇』でできているから。私の余分な光を、全部吸い取ってくれるんです」
アリス嬢はベルちゃんに頬ずりをした。
光と闇が触れ合う部分で、パチパチと小さな火花が散る。
それは相殺の輝きだった。
「私、初めて……思いっきり抱きしめられました。壊れることも、変身することもなく、ただ『温かい』ままでいてくれるなんて」
彼女の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
ベルちゃんが、心配そうに三つの舌で彼女の涙を舐め取る。
私は胸が締め付けられる思いがした。
私は自分の闇魔法を、忌むべきものだと思っていた。
何も生み出さず、ただ光を飲み込むだけの虚無だと。
けれど、その「虚無」だけが、彼女の「過剰」を受け止められる器だったなんて。
「……私の魔法は、底なし沼みたいなものですから」
私はベッドから降り、アリス嬢の隣に座った。
そして、躊躇いがちに彼女の背中に手を添える。
「いくらアリス様の愛が重くても、この子たちは飲み込んでしまいますわ。……だから、好きなだけ可愛がってあげてください」
「お姉様……」
アリス嬢が、濡れた瞳で私を見る。
そして次の瞬間、私に飛びついてきた。
「ありがとうございます! 大好きです、お姉様!」
「ぐえっ」
強烈なハグ。
背骨が鳴った気がした。
彼女の体から溢れる聖なるオーラが、私にも干渉してくる。
体がカッと熱くなるが、私の中の闇魔力が自動的にそれを中和し、心地よい微熱に変えていく。
「ちょ、アリス様! 私は魔獣じゃないので、進化させないでくださいね!?」
「ふふっ、お姉様も大丈夫です! 私の光を食べてくれていますから!」
食べている、という表現はどうかと思うが、事実だ。
私たちは、正反対だからこそ、一緒にいられる。
「……分かりました。では、これは二人の秘密です」
私は諦めて、彼女の背中をポンポンと叩いた。
「この部屋にいる間だけは、聖女であることを忘れていいです。……その代わり」
「その代わり?」
「殿下に見つかったら、アリス様が上手く誤魔化してくださいね。私、あの人の視線だけで胃に穴が開きそうなので」
アリス嬢は顔を上げ、悪戯っぽく笑った。
「お任せください! 私たち、『もふもふ同盟』ですね!」
「……ネーミングセンスはどうかと思いますけど」
部屋には、穏やかな時間が流れていた。
悪役令嬢と聖女。
本来なら殺し合うはずの二人が、黒い毛玉たちに埋もれて笑い合っている。
この奇妙な共犯関係が、私の破滅フラグをへし折る最強の盾になることを、この時の私はまだ知らなかった。
ただ、膝の上で眠るベルちゃんと、隣で幸せそうにするアリス嬢を見て、「まあ、これも悪くないか」と思っただけだった。




