従軍娼婦は硫黄の薫りを知っている
シクベ企画に便乗するばかりじゃ悪い気がしたので。
軍隊行列について行きゃ、女は食いっ逸れやしないさ。
綺麗な化粧も、可愛いおべべも、男を満足させてやる限り、幾らでも貢がせられるんだ。
稼ぎたきゃ、最前線近くまで出ると良い。
前線は雰囲気でわかるさね。急に視界が開けるし、泥と硝煙が混ざった臭いに、死臭が被さってんだ。それか軍服さんを見ると良い。新品とオンボロがない交ぜになってりゃ最高。難局に立たされた連中は、ウチらの獲物なのさ。
何しろ男は臆病だからね。乱暴ついでに柔らかさを味わえなきゃ、正気を保てやしない。
たとえば、同隊の仲間が目の前で死んだって泣きべそ掻きながら、ウチを仇に見立てて責めてきた坊や。散々いたぶられたよ。言葉で、鞭で、汚れで。
くれぐれも、狩られないように用心するのさ。あくまで狩るのはウチらだってこと、肝に銘じてね。じゃなきゃ、ここじゃすぐに壊れちまう。
三日前も一人、ダメになっちまった。
でも、そんな地獄の責めも、砂糖菓子みたいに甘いひとときも等しく、お香が燃え尽きるまでの夢さね。
お代を捻ってくれなきゃ、商売女と、生き恥を抱えた坊やに戻る時間だよ。
だからウチら娼婦は、とびっきり優しく抱いて、旦那の耳元が甘ったるくなるまで囁いてやるのさ。
「死にたくなったらまた、いつでもおいでな」
テントを出て見送ってやりゃ、ご贔屓さんは未練たらたらに振り返り振り返り、とぼとぼ陣地に帰っていく。
束の間の夢。
それがウチらの仕事。
十二歳だったね。初めてお客がついたのは。
お上りさんだったのさ。工場に動員されて、朝から晩まで火薬を詰めては、ヘトヘトになって宿舎に帰る。
ベッドなんて贅沢なもん、ありゃしないよ。洗濯紐さ。部屋に渡された紐に、くたびれた女どもがシーツみたいに干されてんの。ありゃいかれてたわ。
火、点けてくれるかい? ふふ、良い気分だね。男にタバコの火、点けさせるの。普段はおべっか使って、ウチが点ける側だからさ。こりゃ、癖になるかも。
見てよ。ウチ、煙を輪っかにして吐けるんだ。すぅ……ポッ。ふふ、どうだい。器用なもんだろ。
どこまで話したっけか。……ああ、そうだね。
で、爆発しちまった。
ウチじゃないよ。工場がさ。
苦楽を共にするといけないね。名前も知らない子でも、一言二言交わしちまうと、情が湧いてしまってさ。うん、その事故でね。
何でこんな薄汚れたシュシュしてんだ、って思っていただろう。その日一日だけって、ワガママ聞いてもらったんだ。仲良くなった子にね。
結局、返せなくなっちまってさ。
ウチが爆発したのは、それがきっかけ。なーんか、何もかも嫌になっちまって。ウチを見限った親も、工場長の臭い息も、隣で火薬詰めてた子の大人びた感じも。本当、本当の本当に、何もかも。
脱走、てえことになんのかね。ね、て。やだね。他人事みたい。
戻りゃ懲罰房行き。故郷にも帰れりゃしない。仕送りをダメにした親不孝者が、どの面下げて帰りゃ良いのさ。
で、遣り手ババアに目をつけられて、メゾンの奥でお仕事。ってな具合って訳。
辞め時を見失って、こんな辺境くんだりまで来てズルズル続けちまった。火薬の悪い使い方を覚えちまったのがいけなかったね。工場でくすねて、下し薬にしてたんだ。子持ちじゃ稼げないからね。
何だい? ああ、脱走後が初めてじゃなかったのかって?
仕事を覚える前はおぼこだった、なんてウチが言ったかい?
……幻滅したかい? まあ、当然さね。ウチは見下げ果てた女だよ。親には追い出されるように奉公に出されて、奉公先で逃げて、もっと悪い道に踏みこんじまって……救いようのない愚か者さ。
あーあ、手っ取り早く稼いで、南国で贅沢してやろうと思ってたのになあ。坊やたちの顔を見てると、そんな気も失せちまったよ。
だからお前さん、気に病むんじゃないよ。
戦争から逃げるのは、ウチと比べりゃまともさね。特に、捕虜のお前さんならね。
明け方に補給部隊の車が出るから、上手く紛れりゃ逃げ切れるよ。後のことは、お前さんの腕の見せ所。それから、運だね。
この軍服を着てお行きね。……ああ、横流し品さ。ウチが着て、いじめたり、いじめられたり。って、聞きたかないわね。
「メディアナ、そろそろお目覚めじゃないのかい。後がつかえてるよ」
静かに。ウチが出るから。
「マダム。よっぽどお疲れでらしたのよ。旦那さん、もうぐっすり。明け方まで起きそうにないわ」
そう言って、ウチの金をマダムに握らせた。マダムは満足したようで、ウチに香木をどっさり握らせる……。
山ほどあった香木を継ぎ足しながら、ウチは異国の坊やととりとめもない話をした。
坊やは、侵略された国土を回復させるために、ウチの国と戦っていると言った。色んな国が坊やの国に味方をして、軍備も市民の生活も、ウチにはハッタリにしか聞こえなかった。
嘘でも、羨ましかった。
南の国じゃないけれど、ウチもそんな生活を……そんな生活が、してみたかった。
ウチが教えられたのは、故郷の村の名前くらい。景色も生活も平凡すぎて、伝えるのが恥ずかしくなっちまった。ふふ。もっと恥ずかしいことシたってのにね、柄じゃないね。
東の空が薄らいでくる。お香は全て燃え尽きた。
さあ坊や、夢はお終い。起きなきゃいけない時間だよ。
今頃なら、マダムもお客もぐっすりだろうさ。出るなら今の内さね。
……さあ。どうしてかね。ただ、爆破したり、されたりはもう、飽き飽きなんだよ。
しょうもないことは終わりさね。さ、これを受け取っておくれよ。
何、餞別にもなりゃしない物さ。話したろ、硫黄だよ。下し薬。
ウチの思い出も、坊やと連れて行っておくれ。こんな薬に頼んなきゃ、夢も見れなかった端女がいたってこと、覚えておいておくれよ。
……ううん。ウチはもう、もらったよ。運が良ければ、形に残るかも。
さあてねえ? ウチは気紛れなんだ。散々、好きでもない男に色々強いられたんだ。一日くらい、好きにする日があって良いと、思わないかい?
それにね坊や。お前さん、何か未練がないと、ふとしたことでおっ死んじまいそうな顔してっからさ。
うん、頼りない。今まで見てきた男の中で、一番頼りないね。
くよくよすんじゃないよ。それでも男かい。ひょっとしたらパパになるかもってえ顔にゃ見えないね。
だったら坊や。全部終わったら、一度だけで良い。会いに来ておくれ。
平和になったここで、今の時季に。
頼りないお前さんがまたこの場所に来れたら、それって、本当に平和になったって気がするんだ。
再会ついでに大当たりを引きゃ、ざまぁみろ人生! ってんでえ!
ふふっ。柄になく浮かれちまった。今の騒ぎ、聞かれてなきゃ良いね。
さ、もうお行きね。
後生だよ、お前さん。きっと、生きてお家に帰んなよ。
そして、死ぬ心配がなくなったら、またおいで。
†
「一度だけで良いから……」
一年が過ぎた。
やせ細ったメディアナが、抱いた赤子が泣くのに構わず、うわ言を垂れ流していた。
夢見が途切れ、泣く子に視線を落とす。子どもも痩せている。しかし、大声で泣くだけの元気は、切らせまいと努めてきた。
「ざまぁみろ、人生」
仄かな笑みでしかないのに、乾いた唇が割れた。
そして(しょうもない我儘に子どもを巻きこんじまったバカなんか、イヌのクソになって死んじまえ)と心の内で呪詛を吐く。
首枷をはめられ、縄で繋がれ、引き連れられていく。敗走が遅れた友軍諸共、一網打尽に捕縛されてしまった。
呆気ないほど唐突に、この戦線は瓦解した。
数週前から補給が途絶え、不安に駆られた兵士たちの慰み者にされ続けた。メディアナは彼らの不安がよくわかっていたし、彼らが折れれば自分の身が危ないことも承知していたので、彼らのされるがままに身を任せた。
マダムも、同僚もさっさと引き上げた後も、“坊や”の訪いは後を絶たない。
メディアナは仕事を続けた。
金は少額を受け取った。差額分は赤子のための食料を求めたが、満足な量を恵んでもらうことは数えるほどしかなかった。
身体よりも、傷んだタバコを明け渡す方が、見返りが多くなった。
どうせ要らないタバコだ。喜んで売りさばいてやった。
贅沢遣いしてきた化粧も、衣装も、敵襲で焼失してしまった。魅せる道具が無くなると、客足もぱったりと途絶えた。
おまんまも満足に食えやしない。
栄養失調で朦朧としている内に、防衛線が突破されて、今日。
「おい女! ガキを泣き止ませろ!」
捕虜の行列を誘導する敵兵が、メディアナの汚れた髪を引っ張り、耳元で怒鳴る。しかし、メディアナの瞳は虚ろで、ただ赤子を抱く両腕だけが正気の名残であった。
敵兵は舌を打つ。
「全く誰だ、ガキ連れを許したのは……」赤子は泣いている。「ええい、やかましい! 女、ガキを寄越せ! 安心しろ。軍規に則って、丁重に保護してやるから」
敵兵の手が赤子に伸びる。
「いやっ!」
メディアナは身をよじって、背中で赤子を庇う。そのせいで、縄で繋がった捕虜の首も引いてしまい、そこここから不満げな声が上がる。
「お、おお、お願いします。坊やだけは、坊やだけはもう、ウチから盗らんでください……一生のお願いです。どうか、どうかご容赦を」
泣く子の足首には、薄汚れたシュシュが巻かれている。
「つべこべ言うな! これ以上連行の妨害をするなら……!」
敵兵が銃底を掲げ、振り下ろそうとした。
その腕を、掴み止める手があった。
「軍属の明らかでない捕虜への暴行はご法度だ」
声を聞き、顔を仰いで、緊張したのは、何も敵兵だけではなかった。
「お前さん……?」
「お、畏れながら、こやつは隊列を乱して……」
敵兵が畏まって接する男は、メディアナと目を合わせ、腕の中の赤子への慈しみを、瞳の色に載せた。
「彼女は拉致された我が国民だ。僕が保証する。……ところで、隊列が乱れていると言っていたな。貴官も連日の緊張で疲れているのだろう。そのような状態で任務に臨むのは不健全だ。ここは私が受け持つ。少し休め」
敵兵を下がらせ、その男はしばらく、メディアナの前で口を開け閉めしていた。捕虜と、遠くで敵兵たちがせわしなく動く喧噪が、沈黙を埋めている。
「何だい」メディアナが、わななきそうな口を御して、声にした。「女の素顔をじろじろとなんざ、物好きだね。それともお前さん、ウチを買ってくれるってのかい? 良いさ。敵だろうと誰だろうと、金さえ出しゃ、ウチは」
「僕は」
たまらず口を開いた男は、メディアナに口紅を差し出した。
「あの日の礼になるとばかり思って、僕は馬鹿だ」
男を満足させる限り、貢がれる。可愛いおべべも、綺麗な化粧も。
それは、いかにも化粧慣れしていない男に、商売人が握らせるような代物だ。羽振りの良い頃の客が選びそうもない、安っぽい色で、火薬工場のあの子の唇に、似ている気がした。
「ちょっと、坊やを預かっておくれ」
男に赤子を預け、メディアナは乾いた唇に紅を差す。荒れた唇の、化粧乗りは最悪だ。
男は「名前は?」と一言、メディアナに尋ねた。赤子を引き取る。
「……坊や、とだけ。誰が親かも、わ、わかんない……わかんないから……」
「関係ない」
強がりが限界に達しそうになって、男は苦く声を張った。
「あなたの子でしょう」
男が、ふらつくメディアナの肩を強く掴んだ。
「それから、あなたの名前も」
メディアナは乾き笑った。
「メディアナだよ」
「それは、夜の名でしょう」
メディアナは、目を丸くした。お前さん、思っていたよりも男だったね。
「まだ、平和には……夜明けには程遠いですが……。教えてもらうのは、ダメですか」
血と泥が踏み混ぜられた戦地で、メディアナの涙が地面を叩く。男が近寄ると、似合わないほど勲章のひしめく胸元から、懐かしい硫黄が薫る。
メディアナが男たちに見せてきた夢とは対極の、彼女が摘んできた現実の薫り。
メディアナは被りを振った。
「もう、お香は燃え尽きちまったよ。ね、坊や」
夢の時間は、お香を燻らせている間だけ。
メディアナの故郷は元々被侵略地であり、敵国の国土回復作戦の目的地でもあった。
小道具と五感で伏線張って回収すんの気ン持ち良いぃぃぃ~。
↓こっち↓でもそういうのやってるし、考えてる時間が長い分確実に↓こっち↓のが面白いやろ。
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