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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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五秒で考えた設定で書いてみた

従軍娼婦は硫黄の薫りを知っている

作者: ごっこまん

シクベ企画に便乗するばかりじゃ悪い気がしたので。

 軍隊行列について行きゃ、女は食いっ逸れやしないさ。


 綺麗な化粧も、可愛いおべべも、男を満足させてやる限り、幾らでも貢がせられるんだ。


 稼ぎたきゃ、最前線近くまで出ると良い。


 前線は雰囲気でわかるさね。急に視界が開けるし、泥と硝煙が混ざった臭いに、死臭が被さってんだ。それか軍服さんを見ると良い。新品とオンボロがない交ぜになってりゃ最高。難局に立たされた連中は、ウチらの獲物なのさ。


 何しろ男は臆病だからね。乱暴ついでに柔らかさを味わえなきゃ、正気を保てやしない。


 たとえば、同隊の仲間が目の前で死んだって泣きべそ掻きながら、ウチを仇に見立てて責めてきた坊や。散々いたぶられたよ。言葉で、鞭で、汚れで。


 くれぐれも、狩られないように用心するのさ。あくまで狩るのはウチらだってこと、肝に銘じてね。じゃなきゃ、ここじゃすぐに壊れちまう。


 三日前も一人、ダメになっちまった。


 でも、そんな地獄の責めも、砂糖菓子みたいに甘いひとときも等しく、お香が燃え尽きるまでの夢さね。


 お代を捻ってくれなきゃ、商売女と、生き恥を抱えた坊やに戻る時間だよ。


 だからウチら娼婦は、とびっきり優しく抱いて、旦那の耳元が甘ったるくなるまで囁いてやるのさ。


「死にたくなったらまた、いつでもおいでな」


 テントを出て見送ってやりゃ、ご贔屓さんは未練たらたらに振り返り振り返り、とぼとぼ陣地に帰っていく。


 束の間の夢。


 それがウチらの仕事。


 十二歳だったね。初めてお客がついたのは。


 お上りさんだったのさ。工場に動員されて、朝から晩まで火薬を詰めては、ヘトヘトになって宿舎に帰る。


 ベッドなんて贅沢なもん、ありゃしないよ。洗濯紐さ。部屋に渡された紐に、くたびれた女どもがシーツみたいに干されてんの。ありゃいかれてたわ。


 火、点けてくれるかい? ふふ、良い気分だね。男にタバコの火、点けさせるの。普段はおべっか使って、ウチが点ける側だからさ。こりゃ、癖になるかも。


 見てよ。ウチ、煙を輪っかにして吐けるんだ。すぅ……ポッ。ふふ、どうだい。器用なもんだろ。


 どこまで話したっけか。……ああ、そうだね。


 で、爆発しちまった。


 ウチじゃないよ。工場がさ。


 苦楽を共にするといけないね。名前も知らない子でも、一言二言交わしちまうと、情が湧いてしまってさ。うん、その事故でね。


 何でこんな薄汚れたシュシュしてんだ、って思っていただろう。その日一日だけって、ワガママ聞いてもらったんだ。仲良くなった子にね。


 結局、返せなくなっちまってさ。


 ウチが爆発したのは、それがきっかけ。なーんか、何もかも嫌になっちまって。ウチを見限った親も、工場長の臭い息も、隣で火薬詰めてた子の大人びた感じも。本当、本当の本当に、何もかも。


 脱走、てえことになんのかね。ね、て。やだね。他人事みたい。


 戻りゃ懲罰房行き。故郷にも帰れりゃしない。仕送りをダメにした親不孝者が、どの面下げて帰りゃ良いのさ。


 で、遣り手ババアに目をつけられて、メゾンの奥でお仕事。ってな具合って訳。


 辞め時を見失って、こんな辺境くんだりまで来てズルズル続けちまった。火薬の悪い使い方を覚えちまったのがいけなかったね。工場でくすねて、下し薬にしてたんだ。子持ちじゃ稼げないからね。


 何だい? ああ、脱走後が初めてじゃなかったのかって?


 仕事を覚える前はおぼこだった、なんてウチが言ったかい?


 ……幻滅したかい? まあ、当然さね。ウチは見下げ果てた女だよ。親には追い出されるように奉公に出されて、奉公先で逃げて、もっと悪い道に踏みこんじまって……救いようのない愚か者さ。


 あーあ、手っ取り早く稼いで、南国で贅沢してやろうと思ってたのになあ。坊やたちの顔を見てると、そんな気も失せちまったよ。


 だからお前さん、気に病むんじゃないよ。


 戦争から逃げるのは、ウチと比べりゃまともさね。特に、捕虜のお前さんならね。


 明け方に補給部隊の車が出るから、上手く紛れりゃ逃げ切れるよ。後のことは、お前さんの腕の見せ所。それから、運だね。


 この軍服を着てお行きね。……ああ、横流し品さ。ウチが着て、いじめたり、いじめられたり。って、聞きたかないわね。


「メディアナ、そろそろお目覚めじゃないのかい。後がつかえてるよ」


 静かに。ウチが出るから。


「マダム。よっぽどお疲れでらしたのよ。旦那さん、もうぐっすり。明け方まで起きそうにないわ」


 そう言って、ウチの金をマダムに握らせた。マダムは満足したようで、ウチに香木をどっさり握らせる……。


 山ほどあった香木を継ぎ足しながら、ウチは異国の坊やととりとめもない話をした。


 坊やは、侵略された国土を回復させるために、ウチの国と戦っていると言った。色んな国が坊やの国に味方をして、軍備も市民の生活も、ウチにはハッタリにしか聞こえなかった。


 嘘でも、羨ましかった。


 南の国じゃないけれど、ウチもそんな生活を……そんな生活が、してみたかった。


 ウチが教えられたのは、故郷の村の名前くらい。景色も生活も平凡すぎて、伝えるのが恥ずかしくなっちまった。ふふ。もっと恥ずかしいことシたってのにね、柄じゃないね。


 東の空が薄らいでくる。お香は全て燃え尽きた。


 さあ坊や、夢はお終い。起きなきゃいけない時間だよ。


 今頃なら、マダムもお客もぐっすりだろうさ。出るなら今の内さね。


 ……さあ。どうしてかね。ただ、爆破したり、されたりはもう、飽き飽きなんだよ。


 しょうもないことは終わりさね。さ、これを受け取っておくれよ。


 何、餞別にもなりゃしない物さ。話したろ、硫黄だよ。下し薬。


 ウチの思い出も、坊やと連れて行っておくれ。こんな薬に頼んなきゃ、夢も見れなかった端女(はしため)がいたってこと、覚えておいておくれよ。


 ……ううん。ウチはもう、もらったよ。運が良ければ、形に残るかも。


 さあてねえ? ウチは気紛れなんだ。散々、好きでもない男に色々強いられたんだ。一日くらい、好きにする日があって良いと、思わないかい?


 それにね坊や。お前さん、何か未練がないと、ふとしたことでおっ死んじまいそうな顔してっからさ。


 うん、頼りない。今まで見てきた男の中で、一番頼りないね。


 くよくよすんじゃないよ。それでも男かい。ひょっとしたらパパになるかもってえ顔にゃ見えないね。


 だったら坊や。全部終わったら、一度だけで良い。会いに来ておくれ。


 平和になったここで、今の時季に。


 頼りないお前さんがまたこの場所に来れたら、それって、本当に平和になったって気がするんだ。


 再会ついでに大当たりを引きゃ、ざまぁみろ人生! ってんでえ!


 ふふっ。柄になく浮かれちまった。今の騒ぎ、聞かれてなきゃ良いね。


 さ、もうお行きね。


 後生だよ、お前さん。きっと、生きてお家に帰んなよ。


 そして、死ぬ心配がなくなったら、またおいで。


   †


「一度だけで良いから……」


 一年が過ぎた。


 やせ細ったメディアナが、抱いた赤子が泣くのに構わず、うわ言を垂れ流していた。


 夢見が途切れ、泣く子に視線を落とす。子どもも痩せている。しかし、大声で泣くだけの元気は、切らせまいと努めてきた。


「ざまぁみろ、人生」


 仄かな笑みでしかないのに、乾いた唇が割れた。


 そして(しょうもない我儘に子どもを巻きこんじまったバカなんか、イヌのクソになって死んじまえ)と心の内で呪詛を吐く。


 首枷をはめられ、縄で繋がれ、引き連れられていく。敗走が遅れた友軍諸共、一網打尽に捕縛されてしまった。


 呆気ないほど唐突に、この戦線は瓦解した。


 数週前から補給が途絶え、不安に駆られた兵士たちの慰み者にされ続けた。メディアナは彼らの不安がよくわかっていたし、彼らが折れれば自分の身が危ないことも承知していたので、彼らのされるがままに身を任せた。


 マダムも、同僚もさっさと引き上げた後も、“坊や”の訪いは後を絶たない。


 メディアナは仕事を続けた。


 金は少額を受け取った。差額分は赤子のための食料を求めたが、満足な量を恵んでもらうことは数えるほどしかなかった。


 身体よりも、傷んだタバコを明け渡す方が、見返りが多くなった。


 どうせ要らないタバコだ。喜んで売りさばいてやった。


 贅沢遣いしてきた化粧も、衣装も、敵襲で焼失してしまった。魅せる道具が無くなると、客足もぱったりと途絶えた。


 おまんまも満足に食えやしない。


 栄養失調で朦朧としている内に、防衛線が突破されて、今日。


「おい女! ガキを泣き止ませろ!」


 捕虜の行列を誘導する敵兵が、メディアナの汚れた髪を引っ張り、耳元で怒鳴る。しかし、メディアナの瞳は虚ろで、ただ赤子を抱く両腕だけが正気の名残であった。


 敵兵は舌を打つ。


「全く誰だ、ガキ連れを許したのは……」赤子は泣いている。「ええい、やかましい! 女、ガキを寄越せ! 安心しろ。軍規に則って、丁重に保護してやるから」


 敵兵の手が赤子に伸びる。


「いやっ!」


 メディアナは身をよじって、背中で赤子を庇う。そのせいで、縄で繋がった捕虜の首も引いてしまい、そこここから不満げな声が上がる。


「お、おお、お願いします。坊やだけは、坊やだけはもう、ウチから盗らんでください……一生のお願いです。どうか、どうかご容赦を」


 泣く子の足首には、薄汚れたシュシュが巻かれている。


「つべこべ言うな! これ以上連行の妨害をするなら……!」


 敵兵が銃底を掲げ、振り下ろそうとした。


 その腕を、掴み止める手があった。


「軍属の明らかでない捕虜への暴行はご法度だ」


 声を聞き、顔を仰いで、緊張したのは、何も敵兵だけではなかった。


「お前さん……?」


「お、畏れながら、こやつは隊列を乱して……」


 敵兵が畏まって接する男は、メディアナと目を合わせ、腕の中の赤子への慈しみを、瞳の色に載せた。


「彼女は拉致された我が国民だ。僕が保証する。……ところで、隊列が乱れていると言っていたな。貴官も連日の緊張で疲れているのだろう。そのような状態で任務に臨むのは不健全だ。ここは私が受け持つ。少し休め」


 敵兵を下がらせ、その男はしばらく、メディアナの前で口を開け閉めしていた。捕虜と、遠くで敵兵たちがせわしなく動く喧噪が、沈黙を埋めている。


「何だい」メディアナが、わななきそうな口を御して、声にした。「女の素顔をじろじろとなんざ、物好きだね。それともお前さん、ウチを買ってくれるってのかい? 良いさ。敵だろうと誰だろうと、金さえ出しゃ、ウチは」


「僕は」


 たまらず口を開いた男は、メディアナに口紅を差し出した。


「あの日の礼になるとばかり思って、僕は馬鹿だ」


 男を満足させる限り、貢がれる。可愛いおべべも、綺麗な化粧も。


 それは、いかにも化粧慣れしていない男に、商売人が握らせるような代物だ。羽振りの良い頃の客が選びそうもない、安っぽい色で、火薬工場のあの子の唇に、似ている気がした。


「ちょっと、坊やを預かっておくれ」


 男に赤子を預け、メディアナは乾いた唇に紅を差す。荒れた唇の、化粧乗りは最悪だ。


 男は「名前は?」と一言、メディアナに尋ねた。赤子を引き取る。


「……坊や、とだけ。誰が親かも、わ、わかんない……わかんないから……」


「関係ない」


 強がりが限界に達しそうになって、男は苦く声を張った。


「あなたの子でしょう」


 男が、ふらつくメディアナの肩を強く掴んだ。


「それから、あなたの名前も」


 メディアナは乾き笑った。


「メディアナだよ」


「それは、夜の名でしょう」


 メディアナは、目を丸くした。お前さん、思っていたよりも男だったね。


「まだ、平和には……夜明けには程遠いですが……。教えてもらうのは、ダメですか」


 血と泥が踏み混ぜられた戦地で、メディアナの涙が地面を叩く。男が近寄ると、似合わないほど勲章のひしめく胸元から、懐かしい硫黄が薫る。


 メディアナが男たちに見せてきた夢とは対極の、彼女が摘んできた現実の薫り。


 メディアナは被りを振った。


「もう、お香は燃え尽きちまったよ。ね、坊や」


 夢の時間は、お香を燻らせている間だけ。


 メディアナの故郷は元々被侵略地であり、敵国の国土回復作戦の目的地でもあった。

小道具と五感で伏線張って回収すんの気ン持ち良いぃぃぃ~。

↓こっち↓でもそういうのやってるし、考えてる時間が長い分確実に↓こっち↓のが面白いやろ。


無原罪御宿の吸血鬼 ヴァンパイア・イン・イマキュレート・コンセプション 悪女と呼ばれた記憶喪失の女は、凶悪吸血鬼の血を宿して新生する

https://ncode.syosetu.com/n3398kl/

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― 新着の感想 ―
戦争に関係する重苦しいお話だったけれど、最後に誠実な救いがあってよかったです !
重い題材だけど、戦争と性、夢と現実を語りで貫いたところに覚悟を感じました。メディアナの皮肉と優しさが同時に立っていて、読後に「救いとは何か」を静かに突きつけてくる余韻が強い……!痺れます。
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