8話 VSプリファ・レロリウ
「不味いですわ…次、次こそ」
私は、苛立ちを隠せずに小さく呟いた。教室を飛び出し、人気のない廊下を早足で進む。
靴音が乾いた空気に響き、胸の内には、焦燥にも似た感情が渦巻いていた。
(このままでは……ただの負け犬ですわ……!)
とりあえず落ち着こう、、、まずは深呼吸だ。
息を深く吐き、心を落ち着かせる。
私は妥当プリファ・レロリウに向けて意識を切り替える。三位のプリファ・レロリウを倒すことに集中しよう。それが、この状況を変えるための第一歩だ。
今向かっているのは図書館だ。アスキーから、プリファがよく図書館で本を読んでいると聞いていたため、私は迷わず向かった。
重厚な木の扉を開けると、そこは静寂に包まれた別世界だった。高くそびえる本棚がどこまでも続き、古書の匂いが鼻腔をくすぐる。
司書がちらりとこちらを見たが、すぐに視線を元に戻した。
奥へ進むと、陽光が差し込む窓辺に、その少女はいた。
赤みを帯びた濃い茶髪が柔らかな光を受けてどこか温かみのある色合いを帯びている。
そして彼女の頭の上には、獣人の特徴である、ふわふわとした毛並みの耳が、ちょこんと乗っている。
愛らしい丸い瞳がページに集中している。
丸みを帯びた頬、愛らしい鼻筋、どこかあどけなさの残るその横顔は、まさしく“可憐”という言葉がよく似合った。
口元にはほんのりとした笑みが浮かび、穏やかな時間を楽しんでいる様子だ。
彼女は『光の剣と少女』というタイトルの本を読んでおり、手元の紙に丁寧な文字で写本している。
「ふむ……ずいぶんと子供向けのものを読んでいらっしゃるのね」
私は思わず呆れたように呟いた。あの本は、上巻と下巻に分かれていて、上巻の内容は光の剣を携えた天使と四人の従者と共に少女を悪魔から助けるという、よくある子供向けの内容だったはずだ。
学園の特待生ともあろう者が、このような本を読んでいるとは、正直なところ拍子抜けだった。私は一歩近づき、声をかける。
「あなた、プリファレロリウさんであってます?」
私の声に、プリファはびくりと肩を震わせた。彼女は驚いて顔を上げ、大きな丸い瞳をオドオドと視線を彷徨わせる。
「そ…そうですが……どなた…でしょうか?」
消え入りそうな声で、彼女は答えた。その怯えた様子に、私は少しだけ苛立ちを覚える。
「私はミシェル・スタリウムですわ」
私の名乗りに、プリファレロリウの顔色が変わった。
ハッとしたように、彼女の瞳が大きく見開かれその名に反応するように全身が強張った。
「ッ…あなたがミシェル……“スタリウム”……」
彼女は震える声で私の姓を口にした。その反応に、私は軽くため息をつく。
「長いし、ミシェルでいいですわ」
「………! い、いえ、恐れ多いです。それで僕になんのようでしょうか?」
プリファは、さらに体を縮こまらせて尋ねた。その怯えきった様子に、私の苛立ちはさらに募る。
「あなた、噂のトリスマギアというのを知ってらっしゃる?」
「し、知りません」
プリファはしょぼんと肩を落とした。
「この学年で最も強い三人らしいのですが、どうやらあなたが入っているのです」
「僕がですか?」
プリファは信じられないといった様子で、目を丸くした。
「ええ、ですからその強さを確かめるために勝負をしてくださはないかしら?」
私の言葉に、プリファは大きく目を見開いた。
「……お断りします。四大貴族のスタリウム家の方が、平民の僕なんかと勝負なんて……」
彼女は冷たい表情でそう言いながら、立ち去ろうと席を立ち、読み終わった本を返しに本棚へと向かい始めた。
「ちょっと!まってくださいまし」
私はプリファの後を追う。彼女は本棚の前に立ち、先ほど読んでいた本の下巻に手を伸ばそうとするが、目当ての巻がないことに気づいたのか、彼女の手がピクッと止まる。
その様子を見た私は、あることを思いついた。
「下巻が無いようですわね」
私の言葉に、プリファは驚いたように振り返る。その視線が、私が差し出した方向にある空の棚に向けられた。
「私に勝ったら、下巻を貸してあげますわ」
私は優雅に微笑んだ。確か、妹のエレナがその下巻を持っていたはずだ。昔、読み聞かせた記憶がある。
「下巻を、お持ちなんですか!?」
プリファの顔に、驚きと期待の入り混じった表情が浮かんだ。彼女の瞳が、先ほどの怯えとは打って変わって、輝きを帯び始める。
「分かりました、やります!」
それまでの怯えが嘘のように、プリファの目に強い光が宿った。
彼女は一瞬でやる気に満ち溢れ、まるで別人のようだった。私はその変わり身の早さに、ほんのわずかな驚きを覚えた。
しかし、こうでなくては、勝負にならない。この勝負、私がトリスマギアの頂点へと成り上がるための、足がかりとなる。
私は再び訓練場へと向かうべく、歩き出した。
訓練場に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
夕日に照らされた訓練場には、私たち二人以外誰もいない。静寂の中、私たちは向かい合った。プリファはまだ戸惑いを隠せない様子だが、その瞳の奥には、確かな覚悟が宿っているように見えた。
「始めましょう」
私は優雅に一礼して私はプリファを見据える。
「……ええ、どうぞ」
プリファは緊張した面持ちで、小さく頷いた。その小さな手が、ぎゅっと握りしめられた古びた杖が頼りなげに揺れていた。
「3、2、1……スタート!」
私の言葉を合図に、勝負の火蓋が切って落とされた。
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