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13話 勧誘 一ノ瀬楓


学園に着くと、私はカーナリアと別れて、次なる目的地、一ノ瀬の元へと向かった。


一ノ瀬がいるのは、学園の裏の、鬱蒼と茂る森林だ。木々の間から差し込む木漏れ日が、足元に斑模様を描いていた。


森の中を進むと、木々の葉が風に揺れる音が耳に心地よく響く。

土の匂いが私を包み込み、ひんやりとした空気が、私の心を落ち着かせるようだった。


私は、木陰で汗を拭い小休憩している一ノ瀬の姿を見つけた。

刀は傍らに置かれ、その研ぎ澄まされた刃が、時折木漏れ日を反射してきらめいた。


汗を拭く際、服の隙間からチラリと見える鍛え抜かれ引き締まった体には、筋肉が程よくついており、彫刻の様に美しい。

その肉体は、彼女がどれほどの努力を重ねてきたかを物語っていた。


「ごきげんよう、一ノ瀬さん」


私が声をかけると、彼女の動きがピタリと止まった。ゆっくりと顔を上げると、私を鋭い視線で捉えた。


「……何の用だ、スタリウム」


一ノ瀬の声は低く、警戒の色を帯びていた。

その声のトーンから、私に対する不信感がひしひしと伝わってくる。

私たちがまともに会話するのは、これが初めてかもしれない。


「五日後のダンジョン攻略、私とパーティを組みませんこと?」


私は本題を切り出した。一ノ瀬は私の言葉を聞いて、フン、と鼻を鳴らす。その反応は、私の提案を一蹴するかのようだった。


「お前とか、ごめんだな。他をあたれ」


一ノ瀬はそう言い放つと、再び休憩の体勢に戻った。その背中からは、明確な拒絶の意思が感じられた。私は食い下がる。

一ノ瀬は私のことを嫌っているようだが、彼女は作戦に必要不可欠だ。


「貴方の力が必要ですわ。どうか……」

「五月蝿い。何度も言わせるな。私は誰ともパーティを組まない、一人で攻略する」


一ノ瀬の言葉は、氷のように冷たかった。彼女の全身から、私を寄せ付けないという強い拒絶が感じられる。しかし、その時だった。


くぅーきゅる……


静かな訓練場に、可愛らしい音が響き渡った。音の方向は一ノ瀬のお腹の鳴る音だ。

一ノ瀬の頬がかすかに赤く染まった。

普段の鋼のような無表情に、思わぬ人間味が滲み出る。


「お腹空いているんですの?」


私は思わず、疑問に思い尋ねてしまった。その言葉に、一ノ瀬はさらに顔を赤くし、私をキッと睨みつけた。


「これから朝餉を取るつもりだったのにお前が来るから…」


そう言って、立ち上がり、一ノ瀬は唐突に近くの草をむしり始めた。


(雑草なんて集めて、火でも起こすのかしら)


私は一ノ瀬の行動に不思議に思い、その挙動を観察した。しかし、彼女は私の困惑を気にする様子もなく、淡々と作業を続ける。

その手つきは迷いなく、まるでそれが日課であるかのように慣れた動作だった。一通り集め終わった後、彼女は満足そうに頷いた。


「それ、どうするんですの?」


私は思わず、好奇心に負けて尋ねてしまった。


「どうするも何も、食べる」


彼女は平然とした顔でそう言い放つと、躊躇なく、むしった草を口に運んだ。


「ーーちょっ……食べてはダメですわ!ペッしなさい!」


私は思わず、子供を叱る母親のように叫んでしまった。その言葉に、一ノ瀬は眉をひそめる。


「問題ない。この森林は土地の魔力が強いのか、故郷のものより質がいい。」


一ノ瀬は私の言葉を無視し、むしった草を口に運び、ゆっくりと咀嚼する。

その様子を、私はただただ呆然と見つめた。次々と口に運び彼女の頬は、詰め込みすぎたハムスターの様に膨らんでいる。


「これはやらんぞ。食べたければ………

あそこが食べ頃だ」


一ノ瀬は、口いっぱいに草を詰め込んだまま、警戒するように私に言った。


一ノ瀬は先程むしっていた場所のからやや右隣の、場所を指差した。その場所の草は、わずかに他より緑が濃く瑞々しかった。


「ーーい、いえ遠慮しておきますわ」


私は丁重にお断りした。とてもではないが、草を食べる気にはなれない。彼女の食生活には、もはや驚くしかない。


「お、おほん。わたくしとパーティを組んでいただけるなら、学食の食券を一ヶ月分渡しますわ」

私はそう提案した。


ぴたっ。


一ノ瀬の咀嚼が止まった。


その表情に、明らかな動揺が走る。私の言葉の意味を理解したとたん、目の奥がぐらついたのだ。


「ここの学食は王都というのもあって様々な美食が味わえますわ、特に私のおすすめとしてはラム肉を使ったサンドイッチが絶品ですわ!」


「ーーー!!…ラムにく……」


一ノ瀬の全身が、プルプルと震え始めた。食券という言葉が、彼女の心を大きく揺さぶっているようだった。もう一息だ。

彼女の瞳は、まるで砂漠でオアシスを見つけたかのように輝き、唾をごくりと飲み込む音が聞こえたような気がした。


「………三ヶ月分出しますわ」


私がそう付け加えた瞬間、一ノ瀬は抱えていた雑草を落とした。

その瞳は、もはや食券への欲望しか映していない。口元には……よだれまで垂れていた。


「その提案、受け入れよう」


一ノ瀬は即答した。彼女は腕を組み、わずかに顎を引いて私を見つめていながら明らかに心はラム肉に持っていかれていた。


その言葉を聞いて、私は内心でガッツポーズをする。これでメンバーは二人。


「よしよし、今のところ順調ですわ」


私は小さく呟いた。計画は順調に進んでいる。残るはあと二人.....。


◇◇◇◇◇◇◇◇


ミシェル・スタリウムが去っていく背中を見つめながら、私は静かに考えを巡らせていた。


「やはり、似ているな……」


彼女が私に注意するその仕草は、故郷でいつも私を見守ってくれていた姉のそれと重なった。背格好も顔立ちも全く違うのに、不思議とその雰囲気はよく似ていたのだ。


懐かしさが胸の奥をギュッと締めつける。かつての故郷の記憶が、鮮やかに蘇る。

しかし、そんな感傷に浸っている暇はない。私には、やらなければならないことがある。


この手で強くならなければいけない。故郷で待つ姉のためにも、私自身のためにも。


私はゆっくりと立ち上がると、目の前の大木に向けて、柄に手をかけ、体を前方へ深く沈み込ませた。膝を曲げ、腰を低く落とし、精神を集中させる。次の瞬間、音もなく刀から鞘を引き抜き、その刃を煌めかせた。

銀色の光が、わずかに差し込む木漏れ日に反射してきらめく。


「ハァッ!」


鋭い裂帛と共に、刀を一閃する。風を切る音が響き、木肌に深い傷が刻まれた。

間髪入れずに二撃、三撃と追撃を加えていく。


やがて木は悲鳴をあげるかのようにミシリと音を立て、大きく傾いた後、重々しい音を立てて地面に倒れ伏した。


「まだ遠いな………」


記憶の奥深くに刻まれた、情景にはまだ遠く及ばない。


くぅーきゅる……


その時、情けない音がお腹から鳴り響いた。集中が途切れ、途端に空腹感が襲ってる。

私は周囲を見回し、足元に生えている雑草をむしり取ると、そのまま口に運んだ。


「……ラム肉」


苦々しい味が口いっぱいに広がり、思わず顔をしかめる。

やっぱり今日の分からもらっておけばよかった、と後悔の念が押し寄せた。

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