10話 挫折
次に目を覚ますと、見慣れた自室の天蓋付きベッドの上だった。ふかふかの枕に顔を埋め、ゆっくりと深呼吸をする。
「ん”ん”っ、ぐぇえっ……う゛ぅぅぅぅう”っ……!」
思わず、枕に顔をうずめたまま、くぐもった悲鳴をあげる。けれど叫んでも叫んでも、心の奥に沈んだ苦味は消えなかった。
胸の奥から込み上げてくるのは、四人に完敗したという苦い現実だった。
体が鉛のように重く、頭の中はぐちゃぐちゃに混ざり合って、思考がまとまらない。
まるで、自分の価値が一瞬で砕け散ったかのような――そんな、絶望的な感覚。
私は瞼を固く閉じたまま、あの日の屈辱的な光景を何度も反芻していた。何が悪かったのか。どこで見誤ったのか。何度繰り返しても、答えは見つからなかった。
それからというもの、私は学園にも行かず、自室に引きこもるようになった。あれからすでに三日が経過している。
ベッドから降りる気力もなく、ただ時間だけが虚しく過ぎていく。
食事はアスキーが部屋の前に置いていくものを、気が向いた時に少しだけ口にする程度。
まるで、世界から自分だけが切り離されてしまったような感覚だった。
部屋のカーテンの隙間から差し込む光の筋が、埃の舞う様を照らし出しているのが見えた。
その光の粒子一つ一つが、自分の無様な姿を嘲笑っているように感じられた。
――そして、その日の夕方。
ドンドンドンッ!
突如として、部屋の扉が乱暴に叩かれる音が響いた。
その荒々しい音に、体がビクッと震え、毛布を肩まで引き上げる。心臓が嫌な鼓動を刻み始め、耳の奥で脈打つ音が鳴る。
(……誰なの一体)
「……私みたいな、無価値で魔力と美貌しか取り柄のない女に、何の用ですの?」
私は、ベッドの中から掠れた声で呟いた。その声には、に覇気はなく、まるで砂を噛むような味がした。
「意外と元気そうじゃないですか」
扉の向こうから、聞き慣れたメイドのアスキーの呆れたような声が聞こえてくる。
その声には、私を気遣う優しさなど微塵も感じられない。
「ミシェル様にお客様がいらっしゃいました。カーナリア様でございます。」
私は、毛布に顔をうずめたまま、ぶっきらぼうに言い放った。
「……いないと、そう伝えてくださいまし。」
(今は誰にも会いたくありませんわ。特に、あの四人には……)
「無理です。もうそこまで来ていらっしゃいますから。」
「はぁ!?」
思わず短い悲鳴が口をついて出た。
くっ……このメイドは、いつもそうだ。いつもいつも、私の言うことを聞かない。そんな不満が、私の胸を支配する。
その時、コンコン、と優しく扉が叩かれた。
「もしもし〜、ミシェルいるの?」
扉越しにかけられたその声は、明るく、そしてどこか困ったような響きを帯びていた。
カーナリアの声を聞くのが、今の私にはひどく複雑な気持ちだった。
毛布にくるまり、息をひそめる。まるで、自分が存在しないかのように存在を消す。
「大丈夫?全然学園に来てないけど、昔から嫌なことがあるとすぐ引きこもるよね、エレナちゃん心配してたよ?」
カーナリアの声に、ミシェルは唇を噛んだ。
ーーエレナ。
その名前を耳にするだけで、胸の奥がキリキリと痛む。自分の唯一の誇りだったものが、妹に奪われたような気がして、嫉妬と劣等感が心を蝕んでいく。
カーナリアの声には、偽りなくミシェルを案じる気持ちが滲んでいて、それがかえって私の心を苦しめた。
「うーん、ダメか。一応連絡事項で、一週間後にダンジョン攻略があるから、それに出ないと留年しちゃうよ。………これ、お見舞い。アスキーさんに渡しとくねー。」
そう言い残し、扉の向こうの足音が遠ざかっていく。やがて、パサリと小さな音がして、扉の下に何かが置かれる気配がした。
きっと、馴染みの店のアップルパイだろう。甘い匂いが、扉越しにも微かに漂ってくる気がした。
◇◇◇◇◇◇
引きこもり生活は四日目に入った。
退屈という名の魔物は、ゆっくりと、しかし確実に、私の心を蝕んでいった。
ベッドでゴロゴロするだけの生活にも飽きがきていた。
天井の模様を数えたり、埃の舞い方を見つめたり。そんな日々にも、もう何の面白みも感じない。
(……このままでは、本当に……私、何の価値もない女になってしまいますわ)
全身を包む倦怠感と、何もできない無力感。それが、ミシェルを深い沼へと引きずり込んでいく。
(………暇ですわ)
ミシェルはごろりと寝返りを打ち、ふと、気分転換に少し散歩でもしようかしら、と思い立った。
しかし、すぐに思い直す。メイドに見つかれば、心配だなんだと騒がれるのは目に見えている。
特にアスキーは、何かと私に気をかけてくる。
それでも、この退屈には耐えられない。
私はベッドから身を起こすと、音を立てないようにそっと扉を開け、顔だけを外に出して廊下の様子を窺った。
幸い、メイドの気配はない。どうやら、今日は他の仕事で手一杯のようだ。
(あそこに行ってみましょう)
よし、とミシェルは決意を固める。扉から身を乗りだし、足音を忍ばせながら廊下を進んだ。
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