9話 エレナ・スタリウム
勝負開始と共にプリファは、小さく何かを唱え出した。だが、その詠唱は微かで、私には聞き取れない。
「させませんわ!」
私は即座に反応し、魔力を込めたサーベルを突き出した。先端からは光り輝く水が噴き出す。
「水よ、集いて、その身を穿て――《アクア・ショット!》」
サーベルの先から水の塊を放ち、プリファの詠唱を止めようと、水球は一直線にプリファに向かっていく。
「あわわ……」
彼女の体がわずかに揺らぐと、水球は紙一重で彼女の耳元をかすめて、背後の壁に水飛沫を上げた。
プリファは、左右に首を振って逃げる先を考えるように慌てた様子を見せた。
「逃げてばかりでは勝てませんわよ!」
次々に水球を繰り出すが、彼女は身をひるがえし、間一髪で攻撃を回避していく。その動きは、捉えどころがない。反撃の兆しは見えず、ただ避けるばかりだ。
(これなら後、五手で決着がつきますわね)
私はさらに水の術式を連続で放ち、彼女を追い詰めていく。
次々と放たれる水球が、プリファを囲むように襲いかかる。
彼女の顔には焦りの色が浮かび、額にはうっすらと汗がにじんでいた。
私は彼女を追い詰めていることに優越感を覚え、口元に余裕の笑みを浮かべる。
「ちょこまかと動き回るのもそこまでですわ!」
私は苛立ちを込めて呟くと、より広範囲を攻撃する術式を唱え始める。私の魔力が、訓練場全体の空気を震わせる。
「土よ、湧き出で、敵を征服しろ――《アデランタード》!」
地面から鋭利な土の杭が、無数に突き出す。それはプリファの逃げ場を塞ぐように、広範囲に展開された。
まるで檻のように四方を囲まれたプリファは、追い詰められた小動物のようにその場で立ち止まる。
「ま、守りの紋章、今ここに――《プロテクト》!」
プリファレロリウは、慌てたように両腕を交差させ、その体を中心にして淡い光の膜を張った。
土の杭が彼女の防御術式にぶつかり、ガリガリと不快な音を立てる。
光の膜は揺らぎ、砕け散り散ったが、かろうじて彼女の身を守っていた。その隙を逃すまいと、私はさらなる追撃を仕掛ける。
(ふふ、王手ですわ!)
「水よ、刃となりて我が敵を貫け――アクアランス!」
動きを止めたプリファに、私はとどめの水の魔術を放った。私の全力の魔力が込められた水の刃が、一瞬にしてプリファに迫る。
完璧な軌道で、水の刃が彼女に命中する。そう確信した次の瞬間、突如プリファの姿が、目の前からかき消えるように消えた。まるで幻のように、彼女の体が霞んで消滅したのだ。
「消えた!?」
私は驚きに目を見開く。一体何が起きたというのだ。
「一体どこに!」
私の背後から、か細い声が聞こえた。
「ごめんなさい……」
その言葉と同時に、私の後頭部に鈍い衝撃が走った。理解が追いつかないまま、視界が急速に暗転し、私は意識を手放した。
次に目が覚めた時、私は保健室のベッドに横たわっていた。後頭部がズキズキと痛み、ぼんやりとした意識の中で、自分がなぜこんなところにいるのか理解できなかった。
(なぜ……なぜ、私が……)
やがて、先ほどの勝負の記憶が鮮明に蘇る。プリファに、私は負けたのだ。
一瞬の出来事すぎて、何が起こったのかさえ分からなかった。
「私って、こんなに弱かったんですの……?」
声が震える。これまで築き上げてきた自信が、まるで足元から崩れていくような感覚だった。
圧倒的な魔力を持ち、四大貴族として常に周囲から賞賛されてきた私があっけなく敗北したのだ。自尊心が、粉々に打ち砕かれる音がした。
目元が熱くなり、視界が滲んでいくのを感じる。
「で、でも……魔力は腐るほど持っていますわ……まだ大丈夫……!」
私は必死に自分に言い聞かせた。震える声が、次第に途切れ途切れになる。
それでも、私は自分を奮い立たせる。そう、魔力だけは誰にも負けない。
まだ、私にはそれがある。そう信じ込むように、何度も心の中で繰り返した。
重い体を引きずるようにして、私は家路を辿った。夕暮れ時の道は、先ほどまでの賑わいとは打って変わって、ひどく寂しく感じられた。
「た、ただいま〜ですわ……」
玄関の扉を開けると、疲れた声が漏れた。今日は本当に、心身ともに疲れ果てた。
「おかえりなさいお姉様〜! お待ちしてましたわ〜!」
その声に、私はわずかに目を向けた。玄関ホールには、愛しい妹のエレナが嬉しそうに駆け寄ってくる。私は疲労を悟られないよう、無理矢理笑顔を作った。
「どうかしたのエレナ、何かいいことでもあった?」
エレナは、私の言葉に満面の笑みで答えた。
「お姉様! あのね、私、今日授業の検査で、お姉様に並ぶくらい魔力量の潜在能力があるって言われたの!」
エレナの言葉が、私の耳に響く。私の全身が、氷のように固まった。頭を殴られたような衝撃。今、立っているはずの足元が、音もなく崩れていく――そんな錯覚に襲われた。
「な……なんですって……?」
それは、まるで積み上げてきた堅固な城壁が、一瞬にして目の前で崩れ去るような衝撃だった。これまで唯一無二の誇りとしてきた「圧倒的な魔力」という揺るぎないアイディンティティが、ガラガラと音を立てて砕け散る。
私の存在意義が、根底から覆されるような感覚に襲われた。そのまさか、愛しい妹が、私と同じ、いや、それ以上の才能を秘めているというのか。
「い……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
私の叫び声が、家中に響き渡った。
私はその場に、がっくりと膝から崩れ落ち、そのまま意識を失った。
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