青い炎が夢現
ゆらゆら、と……ゆらゆら、と……青い炎が揺れていた。
少年はふと目を覚ます。テントの中でのそりと起きあがった。トイレに行きたくなったからだ。
皆が寝静まった真夜中。視界は悪い。
手探りで枕元に置かれたランタンのスイッチを入れる。辺りが仄かに照らしだされた。両親と妹がすやすやと寝息をたてている。
「ねえ、トイレに行きたい」
少年は母親の体を揺すった。
でも起きてくれない。いつもなら起きてくれるのに、何度体を揺すってもこの時は頑なに目を開けてくれなかった。
仕方なく今度は父親の体を揺する。でもやっぱり目を覚ましてはくれなかった。
最後に妹の体も揺すってみた。なんとなく予想した通り、妹もやっぱり起きない。
少年は諦めてひとりでテントの外に出た。
トイレはそんなに遠くはなかったはずだから大丈夫だろうと思った。
外はキャンプ場に設置された灯りがあるからランタンは必要なかった。案内板もあるからトイレがどこかも迷わずに済む。
でもトイレに向かおうとした少年はふいに足を止めた。顔のすぐ横を、何かが通りすぎた気がしたからだ。
思わず振り向いた少年は青い炎のようなものを見た。
ゆらゆら、ゆらゆら。
青白く揺らめくそれが湖の方角に飛んでいく。
ゆらゆら、ゆらゆら……青い炎が二つ、三つ。
ゆらゆら、ゆらゆら……誰かをとり巻いて揺れていた。
青白い何かに囲まれて、人がひとり立っていた。
白い服を着た女の人だ。長い黒髪の女の人だ。
少年は声もなくそれを見つめていた。
白い服の女の人は、そろりそろりと湖に向かって歩いていく。
そろりそろり……足音はしなかった。
少年はただじっと眺めていた。
白い服の女の人は、やがて湖の縁にたどり着くと、止まることなく前に進んでいった。
「あっ」と思ったが、少年の口から声は出なかった。
進み続ける女の人は少しずつ、少しずつ水の中へと沈んでいく。
でも水の音はしなかった。
ただ静かに、彼女は湖に沈んでいく。
やがて何も見えなくなった。
ザアッと風が吹いて木の葉を揺らす。
少年はハッとして身震いした。トイレに行きたかったことを思い出したからだ。
ひとりトイレに急いだ少年は、何事もなく用を足してテントに戻った。
ランタンの仄かな光に照らされて家族がすやすやと寝息をたてている。
少年は母親の体を揺すって声をかけた。
「ねえ、さっき女の人がいたよ。湖に入っていっちゃった」
訴えかけながら母親を起こそうとするけど、やっぱり母親は起きてくれない。
父親と妹もどんなに声をかけても起きなかった。
諦めて少年は寝袋に潜ってランタンを消した。
風の音が聞こえた。ザアッと木の葉が揺れる音がした。
ウトウトしながら少年は、そういえば、と思った。
――白い服の女の人がいたとき、何も音がしなかった気がする……。
ぼんやりとそう思いながら、少年は再び眠りについた。
ゆらゆら、ゆらゆら……青い炎が夢現。
超短編に初挑戦です。
良さげな話が思いつかなかったので、昔身内から聞いた実体験に脚色を加えて書きました。
実話半分、虚構半分、といった感じです。
ホラー、読むのは好きだけど自分で書く気はなかったんですけどねσ(^_^;)