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 担任に忠告された翌日、教室は朝から騒がしかった。

 地下通路の絵が赤い涙を流していた。ざわつくクラスメイトから、SNSに投稿された実際の写真を見せられた夏紀は、教室に入って来た翔真が着席する前に確保した。

「これ、いよいよ何かのメッセージだって」

 自分のスマートフォンで検索した写真を彼に突きつける。翔真はまじまじと写真を見つめ、不安そうな声を出した。

「どういうこと、これ」

「どういうも何も、見ての通りだよ。被害者の幽霊がしびれを切らしたんだ。もしくは、絵にいたずらする誰かが」

「しびれを切らすって、犯人が自首しないから?」

 教室の隅で鞄を背負ったままの翔真の台詞に、夏紀はそれしかないと腕を組む。

「俺は今でも幽霊説はあり得ると思ってるぜ。これは最終通告だな。無視し続けるなら祟るっていう」

「……これで、犯人が自首したりするのかな」

「俺ならしちゃう。だってヤベえじゃん。赤色は特にヤバいっていうし」

「それは心霊写真の話だよね」

 ぼそぼそと会話をしていた二人だが、チャイムの音に仕方なく各々の席に着いた。教室で囁かれる噂話を耳にしながら、何としても原因を見つけてやると夏紀は改めて決意した。


 放課後、躊躇する翔真を引き連れて地下通路に向かったが、既に絵画から赤い涙は拭き取られていた。だが、実際に赤い涙を流す絵を目撃したクラスメイトの話は、すでに数人分聞き及んでいた。

「俺はやっぱり、あの人が怪しいと思うんだよね」

「あの人って、佐元さん?」

 絵を睨みながら、翔真の言葉に頷く。やっぱりあいつは関係があるに違いない。

 夏紀と翔真は、更に一つの手がかりを得ていた。昨晩、夕菜から情報が提供されたのだ。どうやら、事件の直前、駅前のコンビニエンスストアの防犯カメラに佐元らしき男が映っていたらしい。そのため彼のことを警察も重要視しているのだが、彼が犯人であるという決定的な証拠がなく、断定できていない。夕菜は西香織の家に線香をあげに行き、そこで遺族から話を聞いたのだそうだ。

「佐元さんが西さんを殺したってこと」

「そうだよ。カメラに映ってたんなら間違いない」

「けど、殺した場面が映ってたわけじゃないんだし。偶然だよ」

「そんな偶然があるか?」

 あくまで翔真は佐元殺人犯説否定派だ。そう言われると、なんだか夏紀は抗いたくなる。だが、当人の亡くなった場所で事件の話を続けるのも気がひけ、二人は絵の前から離れて地下通路を歩いた。通路には既に事件前と変わらない人通りが戻っており、そばのドラッグストアの前では店員が通行人にチラシを配っているが、その威勢の良さはまるで客の減少に怯えているかのように見える。

 通路を抜け、駅前の広場を通り、二人はコンビニエンスストアに立ち寄った。二人とも小遣いをたっぷりもらっているわけではないので、普段はそうそう訪れない。だが、せっかく寄り道したのでアイスでも買おうという気になったのだ。加えて、ここが佐元らしき男が事件直前に訪れた店舗に違いない。一度訪れておきたい好奇心があった。

 入店を知らせる気の抜けた音が鳴る。二人は雑誌や菓子コーナーに寄ることもなく、アイスを詰め込んだショーケースに真っ直ぐ向かった。余分な物が欲しくなるのを防ぐためだ。

「俺、これにする」

 夏紀はガリガリ君の梨味を手に取り、隣りで翔真がピノを選ぶ。

「僕はこれ」

「女子みたいなもん選ぶなあ」

「そんなこと言うなよ。わけてあげない」

「いらんわ」

 それぞれ商品を手にレジに向かう。夏紀が先にガリガリ君をカウンターに置き、若い男性店員が機器でバーコードをスキャンする。垂れがちな目元のおかげか、入店音を彷彿とさせる間延びした雰囲気の男性だ。寝不足なのか、目の下には深い隈が刻まれている。金を払い商品を受け取り、脇によける夏紀は、翔真が会計をするのを眺めながら機会をうかがう。

 翔真の指が硬貨をトレーに置く。

「ねえ、店員さん」

 夏紀は徐に口を開いた。店員と翔真がきょとんとした表情でこちらを見る。

「近くの地下通路で、事件があったじゃん。その時殺された人の元彼がこのコンビニに来てたって本当?」

「夏紀!」

 翔真に焦って呼ばれるが、夏紀は店員に真っ直ぐ視線をやる。男性店員は考えるように視線を泳がせ、「ああ」と頷いた。

「それ、誰から聞いたの」

「知り合いから」

「殺された西さんの友人が、僕らの知り合いなんです」

 レジを操る店員の様子に、夏紀は目を輝かせて翔真を見る。やっぱり佐元は怪しいと言いたげな姿に、翔真は不満そうに眉根を寄せる。

「その時、レジをしたのが僕なんだ」

 翔真に釣りを渡す店員の台詞に、二人は同時に「えっ」と声を漏らす。

「じゃ、その人の顔もちゃんと見たってこと?」

「警察で、元彼の写真も見せられたけど、同じ人だったよ。少なくとも、僕の記憶だけどね」

「何時にその人を見たんですか」

 ピノを受けとりながら、仕方なさそうに翔真も質問する。

「防犯カメラにも記録が残ってたけど、夜の九時前だったかなあ」

 西香織が殺害された時刻は、目撃者がいないせいではっきりとしていない。だが夜九時ともなれば地下道の大半の店がシャッターを閉め、当然人通りも激減する。佐本が店に寄った後に事件を起こしたとなれば合点がいく。

「でも、そんなことをする前に、コンビニに寄るかな」

「その人、何を買っていったんだ」

 首を傾げる翔真を他所に夏紀は身を乗り出す。

「大したものじゃないよ。ペットボトルの……コーヒーだったと思う」

 人を殺す前は喉が渇くのだろうか。緊張して水分が欲しくなるのかもしれない。

 後ろに客が並んだのをきっかけに、夏紀は礼を言ってカウンター前を退いた。駐車場のベンチに腰掛け、買ったばかりのアイスを袋から出してさっさと齧る。腑に落ちない表情で隣りに座った翔真は、気乗りしない手つきでピノの箱を開けた。

「もう一回、あの人のところに行ってみようぜ」

 瑞々しい梨の味を堪能しながら、今度はこのことを佐元に問い詰めてみようと心に決める。佐元に事件時のアリバイはあったのだろうか。きっとないだろう。もし容疑を否定できるアリバイや証言があるなら、彼は声を大にしてそれを訴えているはずだ。

「佐元さんは犯人じゃない」

 横を向くと、きっぱりと言い切る翔真の横顔があった。俯く彼は、手にしたプラスチックの楊枝でアイスをつついて繰り返す。

「あの人は、犯人なんかじゃない」

 夏紀は黙って、奥歯でアイスを噛み砕いた。

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