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 翔真は、佐元は人を殺すようにも見えないし、いたずらに関しても無関係だろうと推測した。それに対し夏紀は佐元が意外性を孕んだ犯人説を唱えたが、単刀直入に殺人犯かと切り出しても佐元の機嫌を損ねるだけだ。ここはいたずら説から徐々に攻めていくべきだろう。

 二時間後、本屋から出てきた佐元は、夏紀と翔真が駆け寄ってくる姿にぎょっと目を見張った。

「嘘だろ、見張ってたのか」

 すみませんと縮こまる翔真を他所に、夏紀は佐元を見上げる。

「俺ら、絵のいたずらの犯人をどうしても知りたいんです」日和との約束を破れば何をされるかわからない。

 佐元は指先で軽く顎をかき、ため息をついて歩き出した。

「絵のいたずらって何なんだ。俺は何も知らないぞ」

 彼について歩きながら、夏紀は駅前の地下道に西香織の描いた絵が飾られていること、その絵が涙を流すこと、誰かのいたずら説が濃厚であることを語った。佐元は初耳だったようで、黙って話を聞いていた。

「残念ながら、俺はその絵を見たこともない。香織が殺された現場には一度花を供えたが、その時にはまだ絵なんてなかった」

 夏紀の話が終わると、彼はそう言った。

「大体、俺が絵にいたずらをする理由がない」

「とはいっても元カノでしょ。彼女を殺した犯人に自首を促して捕まえるため、とか」

「妄想だな。あり得ない」

 苦笑し、彼は夏紀の説をばっさりと両断した。少しむっとしてしまう。

「それに至る理由があるんだ。佐元さんは、西さんにフラれて、別れ話も難航した。これは彼女に未練があるってことだ」

 佐元は苦々しい表情で夏紀を睨む。

「それも香織の友達とやらが喋ったのか」

「別れた後も、嫌がらせをするほど未練があった。彼女を殺した犯人を許せないぐらい、まだ好きだったんだ」

「は? 嫌がらせ?」

「西さんは、嫌がらせにあってたんだって、その友達が……」

 翔真が慌てて補足すると、佐元は立ち止まって「いい加減にしろ」とうなるように言った。

「俺が香織に嫌がらせをする? 馬鹿言ってんじゃねえよ、そんな情けない真似するわけねえだろ。ナメてんのかおまえら」

 頭一つ分は背の高い彼に凄まれ、思わず夏紀も口を噤んだ。佐元は片手で髪をがしがしとかき、舌打ちした。

「……じゃあ、別れたら、もう好きとかそういうのはないってこと」

「好きとか嫌いとか、そういうものじゃなくなるんだよ」

 夏紀の呟きに、佐元はそう言って軽く唇を噛む。彼の気持ちを理解することはできないが、何かを抱えていることだけは察せられる。そこにあるのは、嘗て愛した元恋人の死に対する悲しみだけなのだろうか。彼は本当に、今回の事件には無関係なのだろうか。

 それなら、西香織を殺した犯人は、絵にいたずらをした犯人は一体誰なのだろう。

「どうして、西さんとは別れたんですか」

 翔真が静かな声で問いかけた。至極純粋な疑問の声に、佐元は怒るでもなく大きく息を吐いた。

「積み重ねだよ。君らにはまだわからないだろうけどな。最初は塵に思えるものも、積み重なれば重荷になるんだ。俺にはそれが理解できていなかった」

 ツミカサネ。言葉の意味は知っているが、台詞の意味はわからなかった。ただ、佐元の思い詰めた表情にいたたまれなくなり、夏紀も翔真も、それ以上何も口にはできなかった。


「佐元さんは犯人じゃないよ」

 放課後の教室で、机を挟んだ向かいの翔真は、いつになくはっきりと断言した。今日も教室には二人しかおらず、吹奏楽部や運動部の発する音や掛け声が耳朶を打つ。

「それって、どっちの犯人だ」

「どっちもだよ。あの人は西さんを殺してもないし、絵にいたずらもしてない。無関係の人だ」

「でもさあ……」

 反論を口にしたいが、肝心の反論が出てこず、宙に漂う答えを見つけるように夏紀は視線をさ迷わせた。だが、初夏の教室のどこを見ても、求める論は見当たらない。

「あの人が犯人だっていう証拠もないし」

「かといって、犯人じゃないっていう証拠もないだろ。殺された女性の元彼なんて、一番疑わしいじゃん」

「疑わしきは罰せずだよ」

「疑わしきは徹底的に疑うべきだ」

 平行線の水掛け論に二人が飽きた頃、またしても教室の扉が音を立てて開いた。

「おいおい、この暑いのによくいられるな」

 担任の村井が呆れ顔をして教室に入ってくる。七月に入ったばかりだが、教室は今年の猛暑を予感させる熱気を早くも漂わせていた。窓を開けていても、風はそよとも吹いてこない。

「だって、図書室で話してたら追い出されるし」

「当たり前だ。図書室はお喋りの場所じゃない。……また変な噂話でもしてたのか」

「村井先生、元カノへの情って、どれくらいあるもん?」

 夏紀の突然の質問に、担任教師は驚愕の顔を見せる。

「あの、地下通路の絵にいたずらしてる犯人が、被害者の元彼じゃないかって話をしてて」いつもの如く、翔真が詳細を付け加えた。

「妙なことに首を突っ込むなって言ってるだろう」

「やっぱり憎い? それともまだ愛してるとか思っちゃう?」

「人によるだろ、そんなのは」

 投げやりな答えに、夏紀は「ちぇ」と口を尖らせた。「先生にこの質問は向いてなかった」

「生意気なことを言うな、全く……。いいから、さっさと帰れ」

「へいへい」

「誰が噂を広めてようが、関係ない。もうすぐ夏休みだからって、ふらふら遊びまわるなよ」

  気怠く立ち上がる夏紀と翔真に順繰りに視線をやり、村井はそう忠告した。

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