表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

4

 二日後の放課後、学校近くの公園に夏紀たちは集合した。東屋のベンチに夏紀と翔真が並び、木のテーブルを挟んだ向かいに日和と夕菜(ゆうな)という少女が腰掛ける。夏紀と同じ中学校に通う日和は、約束通り友人を連れてきてくれた。

「香織ちゃんとは、二年前にネットで友だちになったの」

 長い黒髪を左右に結った夕菜は、犠牲となった西(にし)香織(かおり)とはネット上の掲示板で仲良くなったのだと語った。

「絵を描いて投稿する掲示板で……。歳はちょっと離れてたけど」

 一見大人しそうな彼女が、ネット上の知人と実際に会ったという事実に夏紀は驚いた。もし、西香織が不純な不届き者であれば、こちらも事件に発展していた恐れがある。

 その思いを察したのか、夕菜は少し躊躇った後に説明した。

「私、不登校だったの。学校休んで、絵ばっかり描いてた。その絵をいつも褒めてくれたのが香織ちゃんだった」

 ちらりと翔真を見ると、彼も目線をそっとこちらに向けた。夕菜の不登校の原因が何であれ、弱っている時の優しい言葉は一層心にしみる。幸いだったのは、実際の西香織がネット上と変わらぬ人物であったことだ。

「あの絵も、モデルは私なんだ」

 夏紀と翔真、そして日和までが驚きを顔に表した。

「え、でも、似てない……よな」

 夏紀の言葉に翔真がぎこちなく頷き、日和も目を丸くしている。

「モデルっていっても、構図だけだよ。一緒に出かけた時、広場の噴水の前に立つ私を香織ちゃんがスケッチして、出来上がったのがあの絵」

 つまりモデルがあれど、殆どが西香織の頭で補完された絵なのだ。絵の少女は実際の夕菜とは輪郭も面影も異なり、背景の噴水は湖に変わった。だから誰も、夕菜が絵のモデルだとは気が付かなかったのだ。

「あの絵にいたずらするなんて、許せない……」

 夕菜が悔しそうに顔を歪めて視線を伏せ、その背を日和が優しく撫でる。彼女はいたずらの犯人ではない。夏紀は確信する。隣りでは夕菜に負けないほど沈痛な面持ちで、翔真が項垂れていた。

「絵にいたずらした人、見つけてください」

 夕菜が真剣なまなざしを夏紀と翔真に向けた。

「え、いや……」

「探してくれるって、日和ちゃんから聞きました」

 咄嗟に視線を向けると、日和は当然だろうと言わんばかりの顔つきで大きく頷いてみせた。いたずら犯を兄貴が見つけるといって、夕菜を呼んだのだろう。タダでこいつが動くわけがないと知っていたはずなのに。一本喰わされた気分になる。

 それに、夕菜の落ち込んだ表情を見てしまえば、幽霊説を口にすることも憚られる。浮かばれない西香織の無念が絵に涙を流させているなどと、彼女の前で言えるはずがない。

「まあ……」歯切れ悪く、夏紀は言葉を濁らせる。「絶対とは、言えないけど」

 横を向くと、翔真が大袈裟なほどびくりと肩を震わせた。ここまできたら道連れだ。夏紀の心意を悟り、彼は黙ったまま限界まで口角を下げた。

「心当たりとかないの。その、絵にいたずらするような相手とか」

「正直に言うと、わからない。香織ちゃんは明るくて友達も多かったし、私より仲良しの人がいても、全然おかしくないし……」

 けど、と夕菜は付け足す。

「だからって、香織ちゃんの絵にいたずらをするような人たちだとは、思えない」

「ふうん」

 それらしく腕組みをしてみるが、夏紀によい考えなど思いつかない。

「遺族や友達じゃなかったら、彼氏とか?」

「それはないと思う」

「彼氏持ちじゃなかったってこと?」

 夕菜は首を横に振った。

「一か月前に、彼氏と別れたんだって言ってた。それから新しく彼氏ができてたら別だけど。香織ちゃんモテる人だったから、よく告白とかされてるみたいだった。でも、流石に誰かと付き合い始めたら教えてくれると思う」

「元彼が犯人を恨んでってのはないかな」

 それまで黙って話を聞いていた日和が口を挟んだ。確かに彼女の言う通り、恋人の縁を切ったからといって、情が完全になくなるはずはない。嘗て愛した元彼女を殺した犯人に対し、恨み憎む筋合いはありそうだ。

「一度別れたから、表立って声を出せないのかも」

 なるほど、と思わず夏紀と翔真はうなった。日和の考えには一理あると思える。頭を傾ける夕菜の細い指先が、彼女の思案の具合を示すように、テーブルの木目をなぞる。

「その可能性は、なくはない、かも。別れるのに苦労したって言ってた。香織ちゃんから別れ話を切り出したんだけど、向こうがなかなか了承してくれなくて、別れるまで一ヶ月かかったって」

「男の方には未練があるってことか」

「別れた後も、無言電話とか嫌がらせがあったみたい」

 夏紀は両手をパチンと打ち鳴らした。

「その元彼、絵のいたずらだけじゃなくて、事件の犯人なんじゃないか? 別れたはいいものの、元カノが忘れられなくて、よりを戻そうとしたけど上手くいかなくて、凶行に及んだんだ。そうに決まってる」

「で、でも」

 翔真が初めてまともに口を開いた。全員の視線を浴び、委縮したように身を縮める。

「別れてからの嫌がらせの犯人がそうだとは決まってないし、未練があったとは限らないよ」

 彼の言葉を肯定するように、夕菜が頷いた。

「誰からの嫌がらせか、わからないって言ってた。それに別れたばかりだったから、きっと警察も元彼を怪しく思ってるよ。それでも捕まらないなら、犯人じゃないと思う」

「そりゃそうだけどさ……可能性はゼロじゃないだろ」

 単純な思考に恥ずかしくなりつつ、夏紀は憮然とした表情で呟いた。二人の言う通り、西香織の元彼が殺人犯だとするのは早計だろう。しかし、最も怪しい人物には変わりない。

「そいつは事件の犯人じゃなく、いたずら犯かもしれない」

 振られた恨みの末殺害したか、未だ残る愛情から絵に涙を流させているか。両極端だが、どちらの犯人であっても不思議ではない。

 夏紀は夕菜から元彼の情報を聞き取りにかかった。横では翔真が不安を顔いっぱいに湛え、正面では日和がいとも満足げな表情をしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ