今井さんとデート①
私のデビュー戦が終わり、祭壇の設置くらいしか役に立ってないお父さんも引き連れて私たちはホテルに戻ってぐったり就寝。
気疲れ半端ない。あ、身体の中の霊力、神力のまんまだ。まあ、いっか。勝手に抜けてくし。
午後はもうぐでぐでして、夕飯もホテル内で食べて、また寝た。最高級A5ランクブランド牛のシャトーブリアンのステーキ、死ぬほど美味しかった……!!!人の金で食べるステーキ最高!!!
「じゃあ、俺は自宅に戻ります」
「すぐ帰れば良かったのに」
「お父さん?」
「ママ!だって!」
もう私たち姉弟のどちらもママとは呼んでないのに未だにママ呼びが抜けない父のマヌケさよ。いや、ママって呼んでもいいんだけど。
「明日は横浜のご実家ですよね?」
「そうよ。残念だわ、一緒に行けなくて」
「すみません、バイトの代講が入っちゃって。また後日伺います」
「そうしてくれる?」
「一生行かなくていいぞ」
「親父そろそろあきらめれば?」
あきらめません、勝つまでは。婚約って言っても口約束じゃん。法的拘束力なんてあんの?いや、私が承諾してないんだから絶対ない。
「ユッコちゃん。明後日なんだけど、時間ある?」
「明後日は東京観光だぞ」
「それは聞きましたけど、いや、大学案内してあげたいなと思って。オープンキャンパス、行けなかったんだろ?」
「はい。あ、でも横浜の方はちょっと見て回ったことはあります」
「銀杏並木?」
「そうですね」
大学って部外者入っても怒られないんだね。お父さんの実家に行ったときに数駅だから連れてってもらったんだ。でも、アホな武勇伝の話しか聞いてなくて学校のこといまいち分かんなかった。
「東京の校舎に行ってみない?どうかな?」
「いいんですか?今、夏休みですけど」
「夏休みだからこそバタバタしてないし、ゆっくりと見て回れるんじゃないかな?」
うーん。東京観光って言ってもお母さんと悠太の希望盛り込んだプランだから私は興味ないし……いいかも。試験会場は東京の校舎だろうから一度見ておいた方が緊張しないよね。
「お願いできますか?」
「もちろん!」
「ナオキくん、由布子のことよろしくね」
「おまかせください」
「まかせられんまかせられん!」
「親父うるさいよ。ちょっと黙って。良かったな、姉ちゃん。人生初デートじゃん」
「ででででで、でえと!?」
またお父さんに先越された。今井さんは照れながらぽりぽりと頬をかいている。うわ、それやる人初めてみたかも。
「デート?」
「デート。ダメ?」
「普通、親の前で誘います?」
「ご両親の前だからこそ、かな?」
誠実さのアピールってこと?男女交際、知識ないんだよ。どういう意味?
「あ、ナオキくん。今回の報酬、ナオキくんの口座に振り込んでおくからね」
「いいんですかね?そんな役に立ってないんですけど」
「いーのいーの!元から計上してるんだから!受け取って!」
「ありがとうございます」
なんかお母さんに話を逸らされた気がする。
「おやすみ、ユッコちゃん。また明後日ね。あとで待ち合わせ決めよう。連絡する」
「はい。気をつけて帰ってくださいね」
「うん。ユッコちゃんはゆっくり休んで。大役、ご苦労さまでした。じゃ、皆さん、また!」
今井さんはさわやか〜な笑顔でさわやか〜に去って行った。お疲れの色が見えないのがすごい。あ、あの人もまだ神力で満たされてるんだった。
デート。マジか。
服、どうしよ。私服なんてTシャツジーパンしか持って来てないよ。
「みんな、いらっしゃい」
「おー、よく来たな。」
「じいちゃんばあちゃん久しぶり!」
「元気だった?」
横浜にある父親の実家に来ている。五歳までは頻繁に遊びに来ていた家。今は何に数回しか来ない。
「はぁ!?由布子が婚約ぅ!?」
「親父、俺は反対してるからな!」
「ははぁー!あの大臣の!こりゃまたすごいの捕まえたモンだ」
「これナオキくん!イケメンじゃね?」
「キャーッ!やだぁ、この子、もう国宝級じゃない!すごいイケメン!!」
悠太、いつの間に昨日今井さんの写真なんて撮ったのよ。斎服を着てキメキメの今井さんがスマホの画面に映し出されていた。うわ、何枚撮ったんだよ。まさか売る気とかないでしょうね?
「ホントだ。コリャイケメンだ」
「えーっ、えーっ、えーっ!?やだ、ホント俳優の名前忘れたけどあの人に似てるあの人!誰だっけ!」
「アイドルの名前忘れたけどアレの方が似てないか?ホラ、カレーのCMの」
おばあちゃんが言ってる俳優は誰だか分かんないけど、アイドルの方には似てないと思う。おじいちゃん、若者はみんな同じ顔に見えるって言ってたじゃん。
「婿入りなの?嫁入りでいいじゃない、玉の輿よ」
「それがね〜、ナオキくん、由布子と同じなんですよ。だから人が多いところじゃ生きにくいっていうか」
祖父母は父・正文と同じで霊力ほぼ0。そして明るい。よって、おかしなものは寄せ付けない。でも、こういう人がいるといい気を引き寄せるんだよね。霊力ほぼ0人間が暗いと悪い気しか呼び寄せない。地面に凹んでるところがあったら水溜りができる、みたいな感じの理論。
「そうなの〜、残念だわぁ。イケメンと住んでみたかったのに」
「同居かよ。母さん、それ、高望みしすぎだよ」
「いいじゃないの!目の保養はいくつになっても大事なんだから!」
目の保養にはなるよな、確かに。でも、街中ですれ違って、「お、イケメン!いいもん見たラッキー!」くらいでいいんだけど。
「明日は大学の案内をしてもらうのよね」
「デートじゃない!やだ、ステキ!」
「姉ちゃん、大学行っても浮くんじゃね?化粧もしねーし、田舎丸出しのもっさい服着てるし、靴だってスニーカーばっかじゃん」
「Tシャツジーパンスニーカーの何が悪いんだッ!ユッコが着てればなんでもオシャレだろ!?」
「いやそれは贔屓目で見過ぎ」
やな予感がする。おばあちゃんの目がギランと光った。
「どうせ夕飯は中華街に行くんだし、お茶飲み終わったらもう出ましょ!元町で明日の勝負服を買うわよ!!」
ありがたい。服を買ってもらえるのはありがたいけど、マジか。
祖父母宅で昼食後のお茶を急いで流し込んで、あわてて東横線に乗ってそのまま元町中華街駅へ。元町、久しぶりに来た。
「ハマトラはやっぱりお嬢さんぽく見えるからいいのよ。トラディショナルっていうくらいなんだから、絶対いい!」
祖母世代の有名店で服、靴、バッグ、レースのハンカチまで買ってもらった。一時期バズったアイスコーヒーで有名な喫茶店に入り、夕飯前だけどレアチーズケーキを注文。はあ、連日気疲れ。
「これでナオキくんとやらも由布子にホレ直すわよ!」
「別にホレられてるわけじゃ……」
「親の前で告白しといてホレてないわけないだろ。俺いなかったけど」
「悠太見てないの?」
「部活!いたら絶対動画撮ってたわ」
「悪趣味。」
窓から道ゆく人を見る。地元の人っぽい女の人はみんなお上品でおしゃれ。私みたいな平凡顔が頑張ったってなぁ。たかが知れてるよ。特に今井さんみたいな人と並ぶと。あの人、着てる服もいいものばっかりだから、なおさら私の着慣れてない感が目立つ。
「朝、美容院予約してあげるからヘアセットしてもらいましょ!」
「いや、いいよ、さすがに」
「なんでよ!初デートでしょ?」
「しかも人生初、な」
「悠太!」
「あっ、アクセサリー買ってないわ!」
「そこまでしなくていいよ……」
「何言ってんのよ、この際だからもう買っちゃいましょ!」
「裏の道にあっただろ、若い子が来るような店」
「せっかくだから買ってもらいなさい。なるべくシンプルなデザインで18金かプラチナ950の、お母さんも使えるようなヤツね」
「ママのなら俺が買うよ!?」
結局、おばあちゃんが10金ホワイトゴールドの小さなダイヤがついたネックレスと同じデザインのイヤリングを買ってくれた。指輪は私がし慣れないのと、「いつか彼氏に買ってもらいなさい!」という理由からナシ。いや、彼氏じゃないし。お会計10万近くて目ん玉ひんむいた。高ッ!今日使わせた金額合計したら20万近いよ!おじいちゃんまだ働いてるとはいえ申し訳なさすぎる。
お母さん?お母さんはまだ選んでる。夕食のお店、予約してあるからもう先に移動するって言って両親は残してきた。チーズケーキの分を消化せねば。
「あ〜、俺もこっちに住みてーなー」
「悠ちゃんも来ちゃえば?」
「高校受験、来年だろ?今からなら正文と同じ学校、間に合うんじゃないか?」
「え、親父の母校とか難しくね?」
「まあ、難関校だけど」
「よく受かったよな、アイツ。ギリギリ届かないと思ってたのに」
お父さん、それなりの学校出てるのにそれなりに見えないのは何でだろう。一般的なあの学校のイメージは今井さんみたいに小学校から上がって来てる人だって言ってたけど。お金持ちのボンボンで遊ぶのも上手くて要領がいい、みたいな。そういうのもあって今井さんに当たりが強いのかな。
「んー、考えとく」
「考えとけ。ウチは大歓迎だから」
お父さんは弟がいるけど、奥さんの実家と二世帯同居してるからお父さんが田舎でスローライフとか言い出したせいで二人の面倒を見る人がいない。まだ元気だから当分大丈夫だと思うけどさ。叔父さんちも近くだし。幼馴染と結婚したから。
とりあえずイヤなことは忘れて、久しぶりの本格中華に舌鼓をうった。叔父さん夫婦も仕事終わりにやって来て、悠太と同い年の従姉妹に色々と質問責めに合ったのはちょっと面倒だった。
翌朝。軽く朝食を済ませると早朝料金を支払ってまで美容院に投げ込まれ、東京観光に行く家族と途中まで一緒に行動。
乗り換えのときにお父さんがついてこようとしたのをお母さんに沈められ、電車が去っていくのを眺めながらスマホを取り出して今井さんに連絡しようとしたら、「ユッコちゃーん!」と呼ばれた。恥ずかしいから大声で名前呼ぶのやめて欲しい。なんでそんないい笑顔で手を振ってんだ、あの人は。
「おはよ。一本早かった?」
「そうですね。間に合っちゃったんで」
「なんか……俺の地元にユッコちゃんがいるって変な感じするな」
ああ、ここ、今井さんちの最寄駅だもんね。乗り換えに丁度いいから全国的にも有名なこの私鉄の駅で待ち合わせをしたんだった。
「帰り、時間があったらウチに寄って。母さんが会いたがってる」
「手土産も用意してないので、それは……」
「そう?気にしないよ」
こっちが気にするんじゃ!ビビリなくせに修行始めて自信がついたのか、元の自由なボンボンの性格が顔を出して来てる気がする。
「それかどっかで買っていけばいいし。駅前、いい店結構あるんだ。それよりユッコちゃん、今日いつも以上にかわいいね?メイクもしてる?」
「衣装負けするんでせざるを得なかったんです」
「あはは!服も似合ってるよ。そういうスカートはいてるの、初めて見た」
「持ってないんで」
いや、そもそも売ってないんで。地元に。こんな仕立てのいい服。
「俺のためにオシャレしてくれてありがとう。イヤリングもネックレスも全部似合ってる」
「祖母が選んでくれて、祖父が買ってくれたんです。昨日」
「ん?中華街行ったんじゃなかった?」
「その前に元町で買い物したんですよ」
「ああ、親もたまに行くよ。年二回のセールのときに」
「そういえば、小さい頃に行った記憶あります」
歌が変わってる!とお母さんが騒いでた記憶がある。昔は有名な歌手の人がセール期間の歌を歌ってたらしい。なんだよセール中だけ流れる歌って。
「横浜かぁ。最近あっち行かなくなったんだけど、みなとみらいとかデートにはいいよな。知ってる?観覧車のゴンドラ。紫がひとつだけあるって」
「そうでしたっけ?」
「そう。それに乗れた恋人同士は幸せになるんだって。一緒に乗ろうね」
「それはちょっと。それにそんなタイミングよく乗れるもんでもないですよね?」
「そこは……粘る」
それはちょっとなぁ。そんなにがんばれないわ。ていうか、デートとか。憧れはするけども。人混み大丈夫なの?
そんな話をしていたら私たちの乗る電車が来て、今井さんの自宅訪問の話は流れてしまった。電車の中ではずっとどこ行こう何しようって今井さんが一人で話してるのを曖昧に笑って誤魔化してたんだけど。
このまま流されたままでいて!頼むから!