十二支⑦
今井さんが宿を引き払ってウチに来て東京に帰る日の前日。
アナの予言通り、今井さんのおじいさんがやって来た。
仰々しい、黒塗りの車で。
山の裏の道、舗装されてないのに。高級車、砂利で傷付いてない?弁償できませんけど?
「榊権禰宜、ご無沙汰しております。孫が世話になったようで」
ええ〜!?私でも知ってるよ!なんちゃら大臣だよね!?
あれ?でも、今井さんの姓と違う。
「母方の祖父なんだ」
「ああ、なるほど」
私の疑問に気付いてくれた。察しはいいのか?
ここ数日。今井さんは真面目なたちなのか、朝早く起きて朝拝、清掃、時には地鎮祭に出向き、社務所当番もこなして夕拝まで、キッチリとお勤めを果たしていた。しつけがいいって言ったら上から目線だけど、姿勢もきれいだし、装束着てほうき持ってなんとなく様になる。イケメンずるい。
「直輝。榊さんに迷惑はかけていないか」
「とんでもない!彼は非常にまじめに働いてくれましたよ!」
お父さん、金ヅルが来たから愛想いい。ずっと今井さんにケチつけてたくせに。
それでもこの人、めげないんだよな。メンタル強いのか弱いのか。「ウチはOBの関係性が強いんだ」とかなんとか言ってたけど。
「まさかお前がこんな力があると思わなんだ」
「将来有望ですよ。霊力もウチの孫娘に匹敵すると神々のお墨付きですから」
「そうですか。直輝。これからもよく勤めなさい」
「うん、おじいちゃん」
家族仲は良好と言っていたので、おじいさんとも仲は良いみたい。
ウチ、若者少ないし、イケメンも少ないから、今井さんすっかり集落のアイドルになってんだよ。年配の御婦人の相手のうまいこと。若い女の人は苦手だけど、年上は平気みたい。
「上がってください。とりあえず、お話を伺います」
「ありがとうございます」
ん?なんか目が合った。まさか婚約者とかいって今井さん報告してないよね?それとも本庁経由でおかしな情報伝わってる?
「依頼の件もですが、まずは改めて、孫のこと、お礼申し上げます」
「頭をお上げください。こちらとしては霊力が強い彼がいてくれたのは願ったり叶ったりでしたから」
実は事前に御神璽に御霊を込める儀式は行なっている。いつもはこの辺が地盤の政治家さん一人で取りに来るんだけど、今回は今井さんがいるからかおじいさんが直接来たみたい。あ、いつもの政治家さんもいらっしゃいます。
斎戒って呼ぶんだけど、期間はその時々。一か月くらいのときもあるし、三日のときもあるし、一日のときもある。今回は緊急なので一日。我々が肉食(四つ足がダメで魚や鶏はOK)、飲酒(私と悠太はできないけど)を我慢してる横で年神さまたちは気にせず好きなものを食べていた。ポンちゃんは日本酒も飲んでた。やる意味あんのか。
まあ、今はどの祭祀でも一日か当日でいいんだけど(一か月なんて現実的じゃないから)、ウチは古式に則ってる。まあ、一か月の斎戒なんてする大祀、ウチは関係ないんだけど。大祀はひとつだけだからね。
ちなみにその間はなるべく俗世から身を離し、会話も控えめ。潔斎も水ぶっかけるだけ。今は夏だから。お湯でもいいけど石鹸類使えないし、浴槽に入るのもダメ。かけるだけ。
娯楽もダメ。スマホ以ての外。麻雀もダメ。麻雀知らないけど。本は限られたものなら良し。習字なんかもいい。私は漢詩の勉強してた。今井さんは神道に関する本で勉強してたみたい。ほとんどの時間それぞれの個室で過ごすからよく分かんないけど、手に持ってるところを見た。なんか微笑まれた。だからダメなんだよ、そういう欲望が絡むものは。イケメンの笑顔ってコワイ。ドキッ!もそうだけど、ビクッ!としたわ。
別にイケメンに何かされたことがあるわけじゃない。そもそもイケメンとは無縁だっただけだ。そこんとこ、誤解のないように。誰に言ってるんだ?
というわけで、人海戦術で用意したわけです。今井さんは私と同じくらい力があるので、結局メーコだけじゃなく今年の年神のポンちゃんも担当した。人選ならぬ神選は身体に馴染みやすいっていうのが理由。その年の年神はやりやすいんだけど需要も多いから結構大変なのにケロッとしてた。神力酔いしないというのはありがたい。即戦力だった。
「直輝は昔から内向的で、細やかな性格なのはこの子の長所でもありますがなかなかどうして。大きくなるにつれ社交性は身につけましたが、生活に難が多く、昔から心配しておりました。原因も分かり、娘夫婦も安心しております。直輝。お前の両親から謝罪の言葉を預かった。小さい頃のお前の言葉を信じてやれなくてすまなかった、と」
「父さんと母さんが……?」
「二人ともお前が成長して帰って来るのを楽しみにしているよ」
いいご家族なんだなぁ。今井さんもうれしそう。良かったねと心からそう思った。
なんだかほっこりしたところで、話題は例の方向に。
「本庁から連絡を受けました。直輝をこちらで預かりたいと」
「ああ、やはりそうでしたか」
「しかし、年神様方が孫とそちらの由布子さんとの婚姻を望んでいる、とも」
「ええ、そうなんです。なんとか神々に考え直していただきたいのですがね」
お父さん!もっと言え!ちょ、今井さんなんで私の手を握るの!?セクハラだよセクハラ!警察!警察呼んで!!!
「その様子だと、お前の心は決まっているのか?」
「はい。俺はこの家に婿入りして由布子さんと共にこの社と年神さまを支えていきたいと思います」
今井さんのおじいさんはうなだれるように少しうつむいた。可愛い孫が遠い田舎に婿に行きたいとか寂しいよね?反対してくれていいんだよ?本庁なら近くにいられるでしょ?
「私たち一家は孫の気持ちを尊重したいと考えております。どうか、直輝をよろしくお願いします」
「ありがとうございます。神に仕える者として立派にお育ていたします」
「お義父さん!?」
「マサ、あきらめろ。運命だってことだ」
違うと思いますけど!?いや、こっち見て微笑まないで!手に力を入れないで!不整脈になる!!!
顔を上げた今井さんのおじいさんは、もう今井さんのおじいさんの顔ではなく、政治家の顔になっていた。
あれ?コレ、マズいんでない?
「では、本題に入りましょうか」
おじいさんの主張の要約をします。
本庁は私が止める。その代わりウチの政党を優遇しろ。以上。
これだから政治家は!!!
「ちょっと待ってください!私は納得いきません!」
「由布子さん。それはどういう意味かな?」
「婚約者とか結婚とか、年神さまが勝手に言ってる話です!そうだったらいいなくらいで、絶対にしなくちゃいけないわけじゃないんですよ!?孫を政治の駒に使うんですか!?」
「由布子さん。それが政治家だよ」
「ユッコちゃん、俺、がんばるからチャンスをちょうだい?」
「なんだ、孫はあなたにベタ惚れのようですよ?」
いやそれも意味分かんないんだけど!!!
「そっ、そもそも!今井さんも今井さんです!そんな主体性がなくていいんですか!?結婚って、一生の問題ですよ!?思い込みも激しすぎません!?」
「俺、ユッコちゃんに一目惚れしたんだ。いや、見た目じゃなくて中身にね?」
「は、はあ!?」
そりゃアナタと並んだら確実に見劣りする平凡娘ですけど!中身に一目惚れってのも信用できない!
「中身にどうやって一目惚れするんです!?」
「まずユッコちゃんは初対面のとき俺の顔を見て、観察はしてたけどそこに下心はなかった。それだけでも好印象なのに、俺が吐いたものイヤな顔ひとつせず片付けてくれたり、酒井さんから、庇ってくれた……あれ、俺、うれしかったんだ」
「そんな理由じゃ女はときめきませんよアホなんですか」
「顔でも性格でもときめいてもらえなさそうだから、母性本能を刺激しようと思ってる」
「ますますアホ!私はアナタのお母さんじゃありません!」
「由布子、ご家族の前でアホはなかろう」
ぐぬぬ!おじいちゃんめ!なんでお父さん以外反対してくんないわけ!?私の意思はどうでもいいの!?そりゃ、こんなとこにお婿さんに来てくれる人なんてそういないと思うけどさあ!!!
「我が孫ながら情けない理由ですが、この子は素直でまじめが取り柄の子です。そう頑なにならずにまずは直輝のいいところを見てやってください」
「須賀先生、そんなこと言われましても」
「直輝くん、かっこいいじゃないか。どうしてダメなんですか?」
「村上先生。女がみんなイケメン好きだと思わないでください。ご加護取り上げますよ」
「それは困っちゃうな。次の選挙、絶対に勝たなくちゃいけないのに」
あー、アナが言ってたな。敗戦濃厚で野党に政権取られそうって。いや、ニュースでも見たけど。
「我々は今、負けるわけにはいかないんだ。そのために私が参りました。どうか年神様方のご加護を全候補者分、よろしくお願い申し上げます」
おお、太っ腹!氏神さまを大切にしてる地域の議員さんは頼まなかったりするけど、全員分とは。総選挙だから全国分だよ?一応、用意してあるけどさ。
「尽きましては我が党の決起集会にて、弓子さんをお借りしたく存じます」
「高くつきますよ?本気ですか?」
「ええ、本気です。総裁のご意向ですから」
与党の総裁?総理大臣じゃん!!!
「いや、ナオキにやらせよう」
「おや、権禰宜の大奥様。ご無沙汰ですね」
「須賀先生、お久しゅう。ナオキ主体で由布子を補佐につけます。親族といえど割引はしませんよ。ナオキはもうウチのモンだ」
「承知いたしました」
「ええ!?私、受験生なんだけど!?」
「今更あがいてもどうにもなるまいよ。お前がここを継ぐ者としての顔見せと、恩を売るには丁度いい」
「ははは、これはこれは。正直に申される」
年神さまついてきてくれるかなぁ?
いや、斎戒して神力を維持したまま移動すればいいことなんだけどさ。私と同じ霊力量の今井さんなら、余裕?
何するって?ご祈祷です!!!必勝祈願の!!!
「十数年ぶりですわね」
「やあ、弓子さん。その節はお世話になりました」
「ええ、ええ。産後の身体に鞭打って行いましたからね」
「いや、大変申し訳なかった。あのときは助かりました」
悠太が生まれた頃の話なのかな?三歳の、多分幼稚園の年少の頃?私、早生まれだから三歳年少で間違ってないはず。確かにお母さんがひとりで実家帰って、何日かいなかった日があった。私と悠太は横浜のおばあちゃんに預けてたんだよね。お父さん、仕事だから。
「申年のポン吉さま、今いらっしゃる?」
「村上先生。何度も言いますけどポン吉じゃなくてポンちゃんです。ポンちゃんのちゃんまでが名前です」
「いやあ、ポンちゃんさまって言うのもおかしいじゃない?ポンさまも言いづらいし。ポン吉さまが一番しっくり来るんだよ」
ポンがつく以上、どれでもしっくりなんか来ないよ!
村上先生、この辺の代議士さんだからウチの事情もよくご存知なんだけど、ポンちゃんのことポン吉さまって言うんだよね。ピョン吉がいるから混じっちゃってる人、地元でもそこそこいるけどさぁ。本人も面倒だからって訂正しないし。確かに名前はこだわらなくてもいいんだからね、神さまなんて。
村上先生、申年生まれだからなぁ。直接のご加護が欲しいんだろう。
「知っているか、直輝。ポン吉さまがハヌマンであることを」
「ハヌマン?ってなんだっけ」
「猿神。インドの神様です。西遊記の主人公にもなってます」
「おー、呼んだか?」
「あひっ!」
あひっ!って。マヌケな声の主は今井さん。年神さまは神出鬼没だからな。爬虫類じゃなくても突然現れると驚いちゃうみたい。
「おお、顕現してくださったのですね!」
「よー、史郎、顔見に来てやったぜ。元気してたか?」
「ええ、お陰様で!ポン吉さまも息災のようで安心いたしました!」
「神に息災もクソもねーけどな」
「いつものアレ、お願いいたします!」
「マジ?ナオキ見てっとちっと恥ずかしいな〜」
「いやいや、そこをなんとか!」
ポンちゃんはひとつ咳払いすると、どっからか取り出した身体と同じくらいの長さの棒を持ってくるくると部屋の中を飛び跳ねてポーズを決めた。
「我こそは!斉天大聖孫悟空!……ハズしたか?」
今井さん、ポカンとしてる。見た目日本猿のくせに何してんだって話だよね。
「まあ、なんだ。オレは戦神の気質もあるから、勝負事には持ってこいってことだ」
「……インドにいらっしゃらなくて大丈夫なのですか?」
「あっちも萬神だしな。大陸にゃ俺の上長の猿王スグリーヴァって呼ばれてる神がいるから問題ない」
「なるほど……?」
納得いってる?神さまにも上や下があるらしい。生まれた順とか神力の強さとか、色々なものを総合した格らしい。ちなみに今年の年神さまのピョン吉はタイやベトナムで顕現するなら猫になるらしいよ。ここだと因幡の白兎風とか自分で言ってた。猫でもいいんだよ?
「十二支全員のご加護となると、こちらの身体に負担が多いです。結構吹っかけますけど、大丈夫ですか?」
「問題ありません。元よりそのつもりですよ、由布子さん」
「今回は直輝さんと二人で分け合えばいいじゃないか。ユッコちゃんと半々ならなんとかなるでしょ?」
「村上先生は黙っててください」
「あ、ハイ」
「まあまあ。これでユッコの学費くらいなら稼げるでしょ」
「えっ、そんなにですか!?」
「そんなにですよ」
「んじゃ、決定ってことで。断る理由はないしな」
「あるよ!私、受験生!」
「ユッコなら受かるよ。俺の娘だもん!大丈夫、大丈夫!」
受験生なのに勤労少女とかおかしいんですけど!
ウチの人たちは呑気だし、政治家は有無を言わせないし、味方がいない!!!