十二支⑤
場所を拝殿(本殿は主神さま配神さまエリアなので一般立入不可、年神さまも土地神さまも用がある以外は立ち入らない)へ移し、酒井家はヒロコおばちゃんとミチカさんは残り、カズおじちゃんは軽トラ運転して裏道から戻ってった。
うーん。ミチカさんに睨まれてる。今井さん、すっかりミチカさんの怨念のようなオーラに怯えて私に縋りついてるもんな。コレ見たら普通百年の恋も冷めるのでは?
「ユッコの婿って、どういうこと?」
「こっちが聞きたいですよ。ミチカさん睨まないでください。今井さんが怯えてます」
私の肩の辺りでめっちゃうなずいてる。後ろから両腕の袖んとこガッチリつかまれてる。コレ、セクハラで訴えていいかな。
「もう嫁気取り!?ちょっと図々しいんじゃない!?」
「これバカ娘!なんてこと言うんだい!」
「ミチカよぉ、オメェよぉ!都会行ってますます悪い気発してんじゃねえか!」
「ポンちゃんひどい!あたしのどこから悪い気が出てんのよ!!」
「脳みそ」
「ミチカに脳みそなんてあんのか?」
「ピョンちゃん!?」
どっかのチンピラみたいなポンちゃんとピョン吉だけど、それなりに漢気があるので口が悪いだけなんだけど、今井さんは何故か彼らにも怯えるようになっている。
「今井さん!今井さんもなんか言ってください!」
「ひえっ!?俺!?」
「そーですよ!あたし、先輩たちにいじめられても今井さんの希望通りここまで案内してあげたでしょ!?」
「恩着せがましっ!」
「ミチカってそーゆーとこあるわよね」
「クソだなクソ」
「今時地名とか建物の名前分かりゃあスマホで一発だろ。何言ってんだお前」
年神さまたち辛辣。ミチカさん、まだなんかギャーギャー言ってるけど、もういいや。ほっとこ。
「今井さん。間に受けなくていいんですよ。嫌なことにはきちんとNOと言える人になりましょう。欧米でやってけないですよ」
「よ、ヨーロッパは行かない!もう二度と行かない!!ローマなんて行かないぞ!!!ベルサイユもだ!!!エジプトもギリシャも……うわぁぁぁぁ!!!!!」
なんかあったのか?あっちはなー、と年神さまたちもうんうんうなずいてる。みんな、ヨーロッパのこと詳しいの?
「てことは京都も?」
「京都……四条……ゔっ!」
「あれ、悠太おかえり」
悠太が帰ってきた。家に誰もいないから様子見に来たのかな。
「お母さん、昼メシは?何食えばいいの?」
「ちょっと待ちな。今、ユッコの婿取りの話してんだから」
「え、ばあちゃん、姉ちゃんJKだぜ?もう結婚の話?」
「年神さまが今井さんをユッコのお婿さんにしようとしてんのよ!あたしでいいじゃない!!」
「いや、よかねーだろ。ミチカと結婚するヤツ絶対浮気するぜ。お前メンヘラじゃん。浮気か、精神崩壊かの二択だな」
ダメ男好きなメンヘラ。うーん、詰んでる。幸せな未来が想像できない。
ていうか、中二の悠太に呼び捨てにされるミチカさんって。まあ、おおむね同意なんだけど。
「今井とやら。お前の話は我々年神全員が共有している。その上でアドバイスしよう。お前はここにいた方が平和な暮らしが出来る。断言する」
「アナ……」
さすがに今井さんの肩からは降りてくれたアナはモーさんの頭の上でとぐろを巻いている。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。まず、お前は都会の暮らしに向いてない。人口密集地は人の感情が渦巻いている。精神感応性の高いお前はそれだけで人酔いするのだろう?」
「は、はい!」
「ここは大して人もいない。娯楽は少なく、刺激はないかもしれんがその分生活が自然に密着している。多少の悪意は我々の神力で浄化される。諍いがあっても些細なものだ。この社はこの地域で力もある。人の営みの中の力という意味でな」
まあ、地元の名家ってほどじゃないけど。神さまのご加護が確実にもらえるならみんな逆らわないよね。
「知る人ぞ知るパワースポットだけど、政治家なんかには有名なのよ」
「そーそー。まあ、こんなド田舎に有名人来たら目立つからユミコがオレらの代理人として神力込めたお守り持ってくんだけどな」
「最近、主神も配神も降臨してるトコないしな」
「まあ、それが普通なのだが」
「そ、そうだったんですね」
「お前のじーさんも選挙の世話したことあるぞ」
「!?」
今井さんって政治家の家系なの?びっくりしてる。意外なつながりが。
「そんな人が神社の跡取りとか!もったいないでしょ!人酔いがなによ!悪意がなによ!そんなの克服すればいいじゃない!!」
「ミチカさん、それさすがに可哀想だよ。個人でがんばってどうなるものでもないんだよ、ちゃんと修行しないと」
「ユッコはイケメンと結婚したいだけでしょ!?」
「いや、イケメン好きじゃないし」
「「え!?」」
今井さんまで。そんな驚くこと?
「隣にいて落ち着かない顔の人は好みじゃない」
「姉ちゃんの初恋、ノブ兄だぜ」
「ノブ兄!?フツメン以下じゃん!!」
「優しいでしょ。私たちの面倒だってよく見てくれたし」
ノブ兄は私の十歳上。子どもの少ないこの集落で、私たち世代の面倒役だった。糸のような開いてんのか開いてないのか分かんないようなタレ目のうすーい感じの、要するに和顔。でも、落ち着くんだよ。優しいし。農協に勤めてて最近彼女にプロポーズしてOKもらったらしい。おめでとう。さようなら、私の初恋。
「ユッコ……趣味変わってる……」
「失礼な。中身で選んでるだけだよ」
「俺……中身もダメってこと?」
は?
そういえば、ずっと腕をつかまれてたままだった。振り向くと至近距離に国宝級イケメン。てか、近っ!この近さ、これもう変質者じゃん。
「まあ、今のところは」
「しゅっ、修行すればなんとかなる!?」
「え?まあ、修行すれば……」
少しは都会で生きてく耐性がつくのでは?
「今後のためにも、今井さん、修行した方がいいですよ」
「今後のためだね!分かった、俺、がんばるよ!」
ぐるんと身体を半回転され、肩をがしっとつかまれた。お父さんとミチカさんが悲鳴を上げたけど、横目で見たらそれぞれお母さんとヒロコおばちゃんに頭を叩かれてる。
「俺の目を見て」
「あ、はい」
顔、近。思わず仰け反ってしまう。こんな近付かなくても聞こえるっつーの。
「ユッコちゃんて、彼氏いる?」
「いたことありません」
「今、好きな人は?」
「受験が控えてるし、そんなこと考えてる暇ありません」
「よかった。俺、がんばるから。ユッコちゃん、応援してくれる?」
「あ、はい。がんばって克服してください」
いつのまにユッコちゃん呼びに?なにがよかったんだ?
まあ、いいか。やる気になったみたいだし。自分のためだよ。自信つくだけでも少しは変わるでしょ。
「へえ、イケメンて得だな」
「悠太もカワイイわよ」
「モーさん、俺の顔好きだもんな」
「悠太の存在そのものもカワイイけどね」
なんだろう。私の方が話についていけてない気がする。
パァン!
と鳴ったのは柏手ではなくおばあちゃんの合図。一本締めみたいな感じのやつ。
「んじゃ、話し合いはここまで。今井!お前、いつまでここにいられる?」
「あ……バイトがあるので、週末までです」
「ん。ならウチに泊まり込んで修行し。神主修行だ。あんた!面倒見てやんなよ!」
「ええ〜?本気?」
「お義父さん、俺は反対ですッ!」
「マサフミ!お前の意見は求めとらん!」
「ひええ!!!」
おばあちゃんの一喝ののち、お母さんは「お昼ご飯用意してくるわ〜」と言い、悠太はそれについて行き、おじいちゃんは「触らぬハツコに祟りなし」と言ってお父さんを引きずって社務所に向かい、ヒロコおばちゃんは暴れるミチカさんの首根っこを押さえてやはりこちらも引きずりながら帰って行った。
「おい、今井」
「はいッ!」
「宿は?」
「あ、近くの温泉街に」
「キャンセルしてウチに泊まり込みな。あと本庁には報告しとるからそのうち実家に連絡が行くだろ。アンタのじいさん経由で話を通せば早そうだ。休みはウチに修行に来な。バイトも早々に辞めるんだね。ここでも働き分の給料は支払うよ」
「分かりました!!!」
おばあちゃんが交通費は出さないけどねってボソッとつぶやいたのは今井さんの耳に届かなかったようだ。大丈夫かなぁ?まあ、政治家の孫ならお金持ち確定だし、バイトなんて社会勉強程度のヤツだよね、きっと。
いいなぁ、バイト。してみたい。