十二支③
今井さんは未だ混乱注なので、その間に容疑者を探すことになった。特定は済んだので、犯人確保のための捜索である。私は外で年神さまと遊んでた悠太をひっ捕まえて聞き込みを始めた。
ミチカさんは帰宅し、おじちゃんおばちゃんとミノルじいちゃんの仕事が終わったらまた来る。ミノルじいちゃんは祖父キヨシの弟。年神さまは見えない。気配は100%分かるけど。あ、自分の生まれ年の年神さまは見えるのか。
「メーコぉ!メーコどこだー?」
「つーか、アイツ呼んでも来ないんじゃね?」
「犯行バレて隠れてるに一票」
「アイツにそんな繊細さはないね」
「言えてる」
ウリウリの一言は辛辣だった。メーコいないなぁ。朝は大体みんな境内にいるのにな。
「ねえ、メーコ見なかった?」
酉の年神さまであるトサカさんに尋ねると地面を蹴りながら答えてくれた。母のネーミングセンスって一体。
「ミチカが山登って来てるの見てたのは知ってるけど、その後は分からんね」
「そっかぁ。ありがとね」
「なあ、ロンロンに聞いた方が早くね?」
「あ、そっか。ロンローン!ロンロン来て〜!」
私が呼ぶと、空からキラリと鱗を輝かせながら辰の年神さまロンロンが降りて来た。ロンロンは母が子どもの頃流行ってたアニメのキャラの名前をまだ上手く言えなくて、ロンロンになったと聞いている。それもどうなの。ロンロンはボールを七つ集めても願いは叶えてくれない。ごっこ遊びには付き合ってくれるけどね。
「ロンロン、メーコ知らない?」
「メーコぉ?見とらんな。家ん中でないのか?」
「家にはいなかったんだけど」
「アイツ、今、気配消してるからな。あのヨソモンに悪戯しよったんだろ?」
「あ、やっぱりメーコなんだ」
「まあ、あの手の輩はめずらしいからな。ワシも止めはせなんだが」
そこは止めて欲しかったなぁ。そうなってくると、ある意味、年神さま全員が共犯者だ。でも、見られてもいいと思ったってことだよね?刺激が欲しいとか言ってたまに知らない人の前に出て来たりするし。そんな非常識するの、一部の年神さまだけだけど。
でも、その場合は全員に見えるようになる。ミチカさんは相変わらず見えてなかった。てことは、アレは今井さん自身の力ってことだ。
困ったなぁ。今井さんの口が固いといいんだけど。
悩んでたらトコトコと白いかたまりが歩いて来た。
「なにー?メーコ探してんの?」
「あ、シロ」
「どこにいるか知ってる?」
「いんや、知らん」
シロは戌年の年神さま。見た目は普通の紀州犬という犬種らしい。
「婚活がどうのって言ってたのは聞いたぞ」
年神さまが婚活……?どういうこと?ウリウリの発言といい、イヤな予感。
シロが目を細めながら鼻を上げて匂いを追ってくれた。てか、そんなポーズしなくても神力で追ってるから分かるよね?可愛いからいいけど。
「おっ、メーコ、やっぱ家ん中だぞ」
「ギャアーーーーッッッ!!!」
「あの人の声だよねコレ」
「行くよ悠太!」
「あの人、あのツラに生まれて逆にカワイソ」
弟がこぼした悪口は聞かなかったことにして、私たちは一路今井さんの元へ急いだ。
案の定、メーコがそこにいた。客間に敷かれた布団に寝る今井さんの上にのし掛かるメーコ。人って本当に泡吹いて倒れるんだなぁ。寝たまま倒れたんだろうけど。気絶?
「うわ、きったね〜」
「悠太、タオル」
「へーへー」
「メーコどいて。重いでしょ」
「重いわけないでしょ、霊体なんだから」
「いや、その人の精神的に重いからどいたげて」
「ええ〜?わたしからの愛が重いってことぉ?」
家族の誰も様子を見に来ようとしない。まあ、この後コレが何回もあるかもしれないからな。仕事あるんだからいちいち構ってられないか。イコール、この人の世話は私らの仕事ということだ。え、私もやることあるんだけど?
「もういいからどいて!吐瀉物で窒息する」
「んもう!ムードもへったくれもないんだから、ユッコは!」
羊とイケメンでムードって必要か?今彼はデッドオアアライブな状態なのに?
「ねーちゃんタオル!あと水ね。洗面器いる?」
「いるいる!よろしく」
たまに地元民の会合で飲み会やるときに出る酔っ払いの対処で私たち姉弟はこういうことに慣れている。きったねと言いながらちゃんと行動してくれる中学生ってなかなかいないんじゃないだろうか。でも、空の洗面器持って来てそれで友だちとの約束があると言って行ってしまった。
「今井さーん、大丈夫ですかー?」
「う、うう、はっ!うわあああああ!!!」
「落ち着いてください。コレはただの羊です。落ち着いて」
「おはよ♡」
「おはっ、うえっ、げ、ご、げほっ!ぐほっ!」
「ああもう、とりあえず口ゆすいで。これにペッてしてください、ペッて」
「ただの羊はっ、しゃべんないだろっ!げほっ!」
意外と冷静。羊に「おはよ♡」とか言われても困るよな。ホラーだわ、むしろ。
「この子も年神さまなんです。ウチには年神さまが居着いてるんですよ。」
「ほ、本物の、神様ってこと?んっ!んっ!ぐほっ!」
むせんの長いな。仕方ないから背中をさすってやった。
「まあ、そういうことです」
「そんな……俺の今までの努力は、一体……」
「努力?」
「怪奇現象には、超常的な原因じゃなくて、がふっ!」
「大体言いたいことは分かるので説明は不要です。あの子たちはえーと、なんだったかな?形而上学的なウンタラが信仰の力によってナンタラで……要するにコギトエルゴスムです」
「それ、多分、違うと思うよ……」
そう?我思う故に我あり、でしょ?おんなじようなモノじゃないの?
「詳しくはどっかその辺にいる蛇か龍に聞いてください。寅雄だと怖いですよね?」
まともな話ができるメンバーなんだけど、蛇も龍も怖いかな。モーさんとピョン吉とメーコ以外なら何とかなると思うけど。モーさんの話だとフワッとしてるし、ピョン吉は「んなこた人間は考えなくていいんだよ!」って言って説明してくんないし、メーコは言わずもがな。多分、お話にならない。イケメンじゃなきゃキチンと話が出来ると思うんだけど。
「そっか……龍がいるのか……」
「います。呼びますか?」
「いい。ごめん、勇気が出ない」
「蛇にします?」
「いや無理」
即答だった。爬虫類が苦手だそうだ。そりゃ仕方ない。
「まあ、こんな感じで、何年かに一度こういうことがあるので、今日のことはお気になさらず。バズらせようとか思っても写真なんかには写らないんで意味ないですからね」
「そんなことはしないよ」
年神さまが気合い入れれば写るんだけど、言わなくてもいいことは言わない方がいい。飲み会なんかで混じって写真写ってたりするけど。気合いを入れるか気を抜くかのどっちかって両極なのに同じ現象ってどういうことだろう。
「神は存在する。それは人々の信仰によって成り立っている。人々の信仰心があれば、神は力を得て存在出来る。こんな感じだよね?」
「おお、簡潔。今井さん、頭いいんですね」
苦笑された。褒めたのにな。信仰以外にも条件はあるけど。
「さっきのご家族の話だと、ここにいるのは年神と呼ばれる十二支ってことだよね?」
「そういうことになります」
「ずっとここにいるの?」
「ずっとここにいますね。あ、母が生まれてからですけど。でも、この姿は子機みたいなもので、親機は神界にいるそうです。年神さまなんで、持ち回りの年以外はほとんど機能してないらしいですけどね。えーと世界のどこにでも在るけど、自覚的実存として信仰の形である十二支を取ってここにいるそうです」
「……理解してる?」
「受け売りです」
「だよね」
見透かされたか。いいんだよ、とりあえず年神さまはウチのペットとしてウチにいるんだから。本人たちもペットという立場を享受して好き放題やってんだから。
「祟ったり……しない?」
「時と場合によります」
「俺、た、祟られるかな?」
「祟らないわよっ!祟らせないわっ!」
「うわあ!」
「メーコ、しゃべんないの!また気絶されると困る!」
「うわ、ごめん!いや、ホントごめん。迷惑かけました。未年の神様……ですよね?失礼しました」
いやコイツ元凶だからね?謝んなくていいよ。ていうか、まだいたのか。存在忘れてた。
「大人しくしてたのに何で急に話し出したの」
「だあって!つまんない話ばっかしてるんだもの!ねえ、アナタのお名前教えてくださる?」
「あ、今井直輝と申します」
「ナオキくんね!いいお名前!未年でしょ?」
「はい。その通りです」
「いいわあいいわあ!ご加護あげちゃう!」
「ちょっと、安売りしないでよ」
「いいじゃない!お詫びよ、お・わ・び!」
「お詫び?」
あー、そっか。この人、まだどうして自分がいきなりみんなを見られるようになったのか分かってなかったんだ。
「あ、どうやら今井さんがみんなのこと見られるようになったの、メーコのせいらしいんです。ね、そうだよね?」
「やだー、怒んないでよ。力そのものは彼自身のモノよ。無意識に封じ込めてたのを出してあげただけよう!」
「無意識に……?」
今井さんは首を傾げた。イケメンの頭コテンにメーコは「はうぅッ!」と身を震わせていた。いい歳してキモ。私のジト目に気付いたのかメーコ咳払いして、したり顔で説明を始めた。
「アナタ、小さい頃から見えることで困ってたんでしょ?だからね、アナタは恐怖から目を背けて、見えるモノを見えないようにしてたの。その溜まり溜まった力がね、余計恐怖を煽ってるのよ。だったら見えないモノを見えるようにしてハッキリさせた方が怖くないでしょ?まあ、同意なしで勝手にやったことは謝るわ。ごめんなさいね?」
なんだかいい話風にして誤魔化そうとしてるな?睨みつけたら露骨に顔を逸らされた。羊のくせに!瞳孔横向きのくせに!ジンギスカンにしてやろうか!
「いえ、なんだか憑き物が落ちたような気がします。むしろありがたいです。ご加護までくださるなんて」
案外ちゃっかりしてるな、この人。一応、ウチの年神さまからのご加護は初穂料いただいてるんだけどな。
「いいのよぉ、だって、ユッコのお婿さんになってもらうんだもの。これくらいどってことないわよ!」
「「は?」」
お婿さん?何言ってんのメーコ。自分の婚活してたんじゃないの?
「え、いや、え?」
「ちょっと!今井さん困ってるでしょ!変なこと言わないでよ!」
「えー?マジメに言ってんのヨォ?血筋でもないのにここまでの能力!神力に晒されてなくても見て聞いて話せる存在って貴重よ?本庁にも連絡するんでしょ?どうせ囲い込まれるならウチでって思うじゃない!!」
「囲い込み……?」
また頭をコテンとしてメーコが悶絶した。この人、あざといな。いや、無意識っぽいな。ミチカさんが夢中になるわけだ。顔のいいダメ男、好きだもんな。
「あー、今、こうやって神さまとコミュニケーションがとれる人材が減って来てまして……そういう人を見つけたら報告することになってるんです」
「報告すると、囲い込まれるの?」
「まあ、そうなりますね。逃げ切る方もおられるので、嫌なら早めにキッパリ断った方がいいですよ。身内に権力者とかお金持ちがいると勧誘はしつこくありません」
「え、あ、うん。そこは大丈夫……かな?」
今井さんはまだ事情を飲み込めなくてキョトンとしてる。やっぱあざといな。なのに、メーコがワガママを炸裂させた。
「ヤダヤダヤダ!毎日イケメンの顔拝みたい!悠太はかわいいけど、キヨシとマサフミのシケた面なんて飽きたのよっ!ココ来るの年寄りばっかりだし!」
自分の方が年寄りなくせに何言ってんだ。他の神社にもたまに子機飛ばしてるの知ってんだからね。イケメンウォッチングのために。
「拝まれるのはそちらの方では……?」
わあ、空気を読まない真っ当なツッコミ。この人、天然なの?おぼっちゃんなのかなぁ?
ここの地域、本当に子どもいないからなぁ。イケメンが育つ素地もないし。都会行って垢抜けた人は滅多に帰って来ないし。メーコの好み、国宝級イケメン俳優だし。面食いだから。イケメンの基準、渋いから。
「この羊のワガママは無視してくれていいんで」
「ユッコだってダンナさまがイケメンの方がいいでしょ!?」
「ええー?うさんくさいよ。村木のおじさんの息子さんくらいの方が安心感があっていい」
「ハイカラな港町出身のくせになんてこと言うの!」
「いや、五歳でこっち来たからね?もう完全にここの土地の人間だからね?」
「俺……うさんくさかった?」
あ、ヤバ。失礼だったな。でも、イケメンの自覚あるんだ。ちょっと引く。
「意外とナルシストなのね。許すけど。事実だから」
メーコも同じことを考えたらしい。そこで照れ笑いで返す意味が分からん。
「今井さんのことじゃないですよ、一般論です。そもそも私みたいなションベンくさい小娘、興味なんてないですよね?ね?」
そうだと言え。女子高生なんて無理だと言え。笑顔で圧をかけたつもりなのに、何故かキリッとした顔で返された。
「自分のこと、ションベンくさいとか言っちゃダメだよ。ユッコちゃんは可愛い女の子だよ」
おいぃぃぃ!空気読めぇぇぇ!!メーコが喜んでんでしょうがぁぁぁぁぁ!!!
何で墓穴掘るの!?何でわざわざ火に飛び込んでくるの!?虫なの!?蛾なの!?それに私とアナタ、今日が初対面なんですけど!?あとその顔でションベンとか言うのやめてホントマジで残念が加速する!!!