十二支②
「なあに、怯えちゃって。レディに対して失礼じゃない!?」
「ひっ!しゃべった!?」
あ、ヤバ。スズカもあの人に見えてること分かってるくせにからかってるな、アレ。久々にウチの親族以外に見えてるからなぁ。楽しいんだろうなぁ。
「スズカ!その辺で!」
「やだわぁ、このボクちゃん!アタシ見て腰抜かしてるわよ!」
うん。イケメンにあるまじき尻もちついて、怯えて全身ガタガタしてるもんね。民俗学ってマンガでしか知らないけど、さすがにこういう超常現象?怪現象?が起きたら、そういうの学んでる人でもビビるんだな。
悠太いなくて良かった。あの子なら鼻で笑いそ……いや、指差して笑うな、多分。お腹も抱えるだろう。
「今井さん、大丈夫ですか!?」
「あ、あ、ああ、うん。酒井さん……」
「その人、ウチの方に連れてって。社務所じゃなくて。ウチならお母さんいるから。ミチカさんも一緒に待ってて。逃げないでよ?」
「わわわ分かってるよ!今井さん、立てますか?」
「うん、う、イテテ……」
敷地内にある自宅の方に二人が入って行ったのを確認してスズカを撫でるとブルブルと鼻を鳴らした。
「分かってて出て来たでしょ」
「あそこにいるヤツが悪いのよ」
「ただの馬のふりでよかったのに」
「馬が自由にうろついてる神社っておかしくない?神馬だって厩に入れられてるわよ」
「確かに……おかしいけど」
「だからアタシには責任ないわよ。じゃあね」
「ちょ、どこ行くの?」
「朝の運動がてら、山頂までひとっ走りよ」
「さいですか。いってらっしゃい」
引き止めたって無駄なのは分かってる。あきらめて手を振って見送った。
自宅の方から再び「うひゃー!!」「ぎゃー!!」って声が聞こえたけど、気にしないことにする。人んちに来て朝も早よから絶叫するとか失礼極まりないわ。なんなの、あの人。
「掃除……はいっか。下は掃いたし」
いつもなら石像に鳥のフンとかついてないか確認して洗うんだけど、緊急事態ってことで。
箒を片付けて自宅に戻ると亥の化身のウリウリが玄関の前で待っていた。
「ウリウリ、何してるの?」
「ん?何かめずらしいお客さんが来たって聞いたからな。来てみた」
年神さまたちは謎の通信網があって、情報の共有がなされている。神さまだからどうやってとかつっこんではいけない。どうせ人智の及ばぬ力なんだから。
「上がってく?」
「寅雄見て悲鳴上げてたみたいだけど、上がっていいのか?」
「もう今更なんじゃない?寅雄見たなら耐性ついてると思うよ」
「せっかく来たし顔だけ拝んでくか。……お前の婿候補にもなりそうだしな」
は?最後ボソッと言った言葉、ちょっと聞き捨てならないんだけど。神社は継ぐとしてもお婿さんは自分で選びたいんだけど。
「ホレ、入るぞ。開けろ」
「はいはい。ただいま戻りましたー!」
「おう、ユッコ。お勤めご苦労さん」
玄関の引き戸開けたら寅の化身の寅雄が気絶してるらしい今井さんを首根っこ咥えて引きずっていた。喋るのに口開けたから落としたけど。ゴンっていったよ。人の手で運ぶにも、男手は朝のお仕事中だからな〜。
でも、実体化してない寅雄が身体に触れられるってことは相当力があるということだ。あ、今井さんがね?
霊力?の段階としては、気配を感じる→声が聞こえる→姿が見える→触れる、だから。
もっと詳しく言うと神さまの気配に怯えないとかあるけど、第一段階の気配を感じるはよく心霊スポットで聞く「なんかいる」「なんかいそう」ってくらいのもので、ミチカさんにもそれくらいの力はある。
ウチの家族や土地の人は神さまの気配に怯えない。理由は単純。慣れてるから。本来全くの他所者である父は恐怖心を好奇心で克服したレアケースだけど。祖母はこの土地の人だから、長年の経験で克服している。
土地の人はみんなそう。年神さまの神力に慣れている。
「いまいまいまいま今井さん!?」
「ミチカさん、落ち着いて。大した高さじゃないよ」
「いやいやでも頭だし!」
うん、多分今ここで問題にすべきはそこじゃないんだよね。あ、頭ぶつけた衝撃で起きたみたい。てか、本当に気を失ってたのかこの人。残念イケメンだなぁ。
「ひっ!虎!ゆ、夢じゃない……!?」
「あの〜、とりあえず起きてもらえますか?」
「キミ、歩けるか?歩けないならまた引きずってくけど」
「あるあるある歩けますッ!!」
今井さんはびよんと跳ねて立ち上がった。寅雄が怖いんだな。寅雄は気を悪くした様子もなく「そうか」と言っておすわりして見守っている。寅雄は見た目も中身もイケメンだ。面倒見もいいし。
「なんだねえ、朝からうるさいねえ!」
あ、ヤバ。ラスボス出て来ちゃった。ミチカさんも顔面蒼白だ。この村の最強の存在、キヨシの嫁、ハツコ。私の祖母だけど。あ、この村で最強なのはキヨシ(祖父)ではなくハツコです。そこんとこよろしく。朝ご飯の支度中だったから、おたま持って登場したよ。
「由布子。なんだね、これは」
「あ、ミチカさんが連れて来たお客さま。大学のサークルの先輩の今井さんだって」
「なんだって朝っぱらから」
そんなん私だって知らないよ。なので、ミチカさんに聞いてみることにした。
「なんで?」
「え、だって、年神さまがよくいるの朝でしょ?昼間は寝てるし」
確かに昼間は猫並みに寝てるよ。朝は活動的だけど。
「ほう。年神さまのことをヨソモンに話したのかい」
「あっ、ハツコさん!違うんです!そういうわけじゃなくてですね!」
おばあちゃんに睨まれたらこの土地で生きていけないよ。酒井のおじさんとおばさん、かわいそ。助け舟だすかなぁ。
「この人、趣味で民俗学を研究してるんだって。そういう人、たまに来るでしょ?」
どこで聞きつけたのか年神信仰がめずらしいってんで、本格的な人から趣味レベルの人まで幅広くやって来る。年に一人か二人だけどさ。この村に観光客って滅多に来ないからすごく目立つ。この人はイケメンだからもっと目立ちそう。
「それで?」
「それで?だって」
「いやそこはユッコが説明してよ!」
「結論から言うと、この人。今井さん。年神さまが見えるみたい。そうですよね?」
でくのぼうと化した今井さんは、今度は振り子人形みたいにこくこくと頷いている。うーん、残念さが加速するな。
「ふん……とりあえずあがんな。メシ食ってけ」
「だそうです」
「ミチカ!アンタも手伝いな!」
「は、はいぃぃぃ!!!」
これは私が案内しなきゃいけない方向だな。今井さんはかちんこちんになってしまっている。
「今井さん、食堂にご案内します。ついて来て下さい」
「あ、は、はい。ありがとう」
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「へえーーーーー!いーーーーなーーーーー!!!!!」
「お父さんっ!」
朝拝を終えた男衆が戻って来たので、ゲストに今井さんをお迎えして朝食です。まだ固まってる。目の前でちゅーたが今井さん用に出したおかずを盗み食いしてるのを呆然と見つめている。
「おい、マサ。事の重大さを分かっとらんの」
「お父さん、コレ、本庁案件だからね?ただでさえ神さんが顕現してる神社減ってるっつーのに、バレたらアウトだからね?」
「いやでも見える人って彼以外にも今までいただろ?バレたところで今更じゃん。ちょっとくらいうらやましがってもいいじゃないっ!」
「ウチみたいに神さまが家畜化してる神社なんて他にねーからな!」
「おい、悠太。聞き捨てならんぞ。せめて癒しの愛玩動物と言え」
寅雄の顔で愛玩動物って言われてもな〜。私は好きだけどね?虎。普通に虎だから、見た目。アムールトラ。
「そもそも主神さまは未だに降りて頂いたことはないんだ。他と変わりあるめえよ」
「んなわけあるかっ!よそ行ったって神さんなんてうろついてないぞ!!」
「おじいちゃん、配神さまだっていらしてないよ」
「いつかはッ!古の神さまにッ!降臨していただくッ!それが我が社代々の野望じゃあッ!!!」
普段は「じゃ」なんて語尾で喋んないくせに。参拝客の方々にはシレッとした普通の神主気取ってるくせに。そんな会話を弟と目で交わす。多分、あっちも思ってる事はおんなじだと思うから。
「よっぽどお気に入りがいねーと来ねーでチュよ」
「どうすりゃ気に入られるんだ?」
「ねえねえ、ママ。誰がなんて言ってるの?」
「ちゅーたがお気に入りがいないと主神さまは降臨されないって言ってるのよ」
「そもそも年神全員がココにいること自体、異常なんだからな」
「そりゃそうだ」
「今井さん?聞こえてますか?大丈夫ですか?」
また意識飛ばしてるよ、この人。触れるってことは神力に充てられたわけでもないだろうし、単純に性格がビビリなのかな。悠太が失礼な目で見てるから、あっちも同じことを考えてるんだろう。
「先輩、具合が悪かったら横にならせてもらった方が……」
「はっ!や、だっ、大丈夫だよ」
「冷める前にお食事どうぞ」
「は、はひ!い、ただきます……」
母に勧められてようやく箸を手に取ったけど、ちゅーたが食い荒らした後だ。小さい(といってもドブネズミサイズ)くせに大食漢なんだよなぁ。神さまだからホンモノの食べ物なんて食べなくたっていいのに。あの腹、どうなってんだろ。見える獣医師さんとかいたら解剖して研究してもらった方がいいんじゃないかな。
「おい、ユッコ。何かこえーこと考えてんだろ」
「ソンナコトナイヨ。あっ、今井さん、新しいのお出ししますよ?」
「これでいいです。まだ衝撃すぎて、のど通るか分かんないし……」
「はは……」
まあ、ちゅーたの食べ残しだけど。ビビリでも人が口つけたモノとかは気にしないタイプ?御饌(神饌とも呼ぶ)だと思えばいいか。神人共食ってことで。
「えーーーッ!いやぁーーーーッッ!!!」
ミチカさんはおばあちゃんに両親呼び出し宣告されて悲鳴上げてる。うるさいよ、お食事中だよ。
「ったりめーでチュ。オメーが連れて来たのが悪いんでチュ」
「誰かなんか言った!?」
「ちゅーたがミチカさんが今井さんを連れて来たのが悪いって」
「す、すみません。そんなつもりで来たわけではないんですが、なんだか……」
「あー、いいんだよいいんだよ!たまに来ますから、その手の方。ね、ママ?」
「まあ、ここまで力のある人なんていまどき早々いないけどね。ご実家も神職だったりそういう関係のことをされてるの?」
「いえ、普通のサラリーマン家系です。ただ自分は昔から、そういう気配に敏感で。誰も信じてくれないんですけど。その、親ですらも……」
おや、どうやら自分語りが始まったようだ。悠太は「ごっそーさん!」と言ってさっさと逃げてしまった。やめてよ。お前も巻き込まれろい!
「ずっと、自分はビビり、怖がりなんだと思ってました。親にも神経質だって言われて。克服しようとして自分なりにそういうこと調べて、行き着いたのが、民俗学だったんです。信仰とか伝説の裏が分かれば、怖くならないんじゃないかなって。でも、ここに来て、あ、あの、手水舎の水を口に含んだ瞬間に……」
「はっきり見えた?」
「はい……」
あー、コレは誰かがやらかしたな。あそこにいたスズカ?違うな、スズカは今井さんの後から来た。神さまだから出来なくはないけど。
今井さん……うん。イケメン。誰が見てもイケメン。大衆受けイケメン。国宝級イケメンと言われそうな顔してる。若手俳優にいそうな顔。決して雰囲気イケメンではない。そして我々にはそういうのが好きそうなヤツに心当たりがある。
「ま、メーコだな」
おばあちゃんが呆れた顔で容疑者を特定した。
デスヨネ。
私たち家族(悠太逃亡済み)はうなずいた。