憧れのキャンパスライフ②
史学科日本史学専攻の教授である濱田先生。専門は日本近代史である。特に経済史。今日はご挨拶だけでも、と思っていたのにお茶を出してくださって、一時間も時間を取ってくれた。
「いやぁ、こんなおじさんの小難しい話、ニコニコ聞いてくれる女子学生なんていなかったよ」
「先生、男子でもいないっすよ」
「確かにそうだねえ」
「まあ、笑いながら授業聞くのも気味が悪いけどね〜」
「えっ、私、先生の授業なら絶対ずっと笑ってると思います」
「なら、一番前に座ればいいよ。他の人から見えないでしょ」
「そうですね!視力はいいけど、そうします!」
「視力いいんだ!」
「山育ちなので!」
あははは〜、と和やかな雰囲気。
「それにしても、中部の榊神社の跡継ぎかぁ〜」
「ご存じだと思いませんでした」
「さっきも言ったけど、友人がね〜」
たまに来る研究者のうちの一人にね、この大学の史学科民族学考古学専攻の先生がウチに来たことがある。
少し気配の分かる人で、普通の人から見れば何もないところをじーっと見たり、聞こえない物音や話し声を察知したり、結構ハラハラした。ちゃんと見聞きできるわけではなさそうだったかど。そのときはお父さんが大活躍で、出身大学の先生ということで盛り上げて誤魔化してたけどね。お母さんとおばあちゃんの指示で。
そのときは私もまだ小学生で、濱田先生のことも知らなかったから私は対応してない。挨拶くらい。その一時期、しょっちゅうウチに来てたけど、愛想はいいけどけんもほろろなお父さんやお母さんの対応で古文書はあきらめたようだった。
ハツコ?塩対応だよ。私、おばあちゃんに見た目も性格も似てるって言われるんだけど、あそこまで厳しくないよ?
「ご実家の古文書は読んだことあるの?って、読めるんだから読み慣れるくらい読み込んだってことか」
「えー、まあ、そうですね」
「門外不出って話、本当なの?」
「はい、まあ」
歯切れの悪い私を訝しんでいる先生。門外不出だよ。だって、過去に年神様を顕現させた話とか書いてあるんだから!しかも調子に乗って主神さま配神さまを降臨させようと躍起になって天罰降った話とかね。
歴史としては古いから古文書といえば古文書だけど、歴代権禰宜の日記というか業務日誌だもん。ちなみに読み方を教えてくれたのはトサカさんです。鶏の形を取ってるけど、鳥頭じゃないんだぞ。
「今でも酒が入るとたまにその話をするんだよねぇ。よほど心残りなんだろうなぁ」
「もしかして利根川先生のことすか?」
「そー、利根川くん」
「利根川先生かぁ〜」
「利根川先生はなぁ〜」
ゼミ生の先輩方は微妙な顔をしている。厄介な先生なんだろうか。直輝さんが本を読んで、授業にも入り込んだことがあると言って教えてくれた。
「利根川先生の夢は、いつか〝本物の超常現象を見つける〟こと、なんだって」
「彼は文化人類学研究室にいるんだけどね、第六感が優れてるみたいでね、自称だけど。一応、学者としてはちゃんとその学問の考えに則って研究してるんだけど、実は幽霊とか神様とか本当に信じてるんだよね」
「数打ちゃ当たる方式で立証を続けていけば、立証出来ない〝本物の超常現象〟にぶち当たるかもしれないって思ってるんだって」
なんと傍迷惑な。ていうか、考え的に前の直輝さんと真逆だな。自分の霊力に気付かなかった直輝さんは全ての出来事は科学的に立証できることを証明したかったんだから。
「榊神社は特に思い入れがあるみたいだね。なんだか、そこの子どもたちが何もないところに向かって話をしてるのを見たって……ん?」
「それって榊さんのことじゃないの?」
松本さんがワクワクと好奇心を丸出しにした顔で私に確認して来た。やば!そんなところ見られてたの!?
「いや、多分、利根川先生がウチにいらした頃は私も小学生でしたし、弟とごっこ遊びしてたんだと思いますけど……」
「あー、まあ、ボクもそう言ったんだけどね?小学校高学年の子がごっこ遊びなんかするか?って。あとなんだっけ、白い柴犬?が彼に向かって「あっ!」ってしゃべったって言うんだよね〜」
なん……だと……?
「鳴き声によってはしゃべってるように聞こえません?「あっ!」くらいならあるでしょ」
「うん、ボクもそう思う。でも、そのワンちゃんはそのあと「やべっ」って呟いて去ってったんだって」
シィィー!ロォォー!!!
あと先生、ワンちゃんって!可愛い!
「それに神社の人に白い柴犬を飼ってるのかって聞いたら、飼ってないって言われたそうなんだよ。飼ってなくても山だし、当時なら野犬がいてもおかしくないと思うんだけど、白い柴犬なんて見たことないって」
それはそうだろう。利根川先生とやらが来たのは私が小六の頃。最後に来たのは中学生に上がる戌年の春休みだ。年神としての神力が高まってて、自称第六感が優れている利根川先生と感応して姿が見えてしまった、という可能性は大いにある。
だが、ここは否定しておかねば。
「それはそうです。ウチで飼ってたのは白い柴犬じゃなくて紀州犬ですから」
「なるほどね!確かに似てる!」
ご納得いただけたようだ。それならそれでそう言ってくれれば良かったのに〜!と言われたが、それは大人のしたことなので私には関係ない。「あっ!」と「やべっ」に関しては、聞き間違いという結論になった。
そりゃそうだ。紀州犬がしゃべるわけないんだから。そう、紀州犬ならね。
(=^x^=)
「あー、んなことあったような」
「知ってたなら言ってよ」
「一般参拝客の中だってあの程度のヤツはいるさ。いちいち報告してらんねえよ」
持ち回りで私の様子を見に来ることになった年神様たち。四月はぴょん吉の担当だ。一月から十二月まで、子から亥を当てたらしい。新生活に当たって、飛躍や躍進を彷彿させるうさぎが四月担当なのも幸先が良い。
横浜の祖父母は榊家の霊力のことは知らないので、いられるのは私の部屋の中だけ。夜に定期報告をするだけだから毎日来るつもりはないらしい。メーコは担当月になったら毎日来る気らしいけど。直輝さんに会いたいから。いや、私だって毎日とか会わんし。今井家に押しかけたりしてないよね?
「まあ、シロのヤツがやらかしたのはそれだけじゃねえしな」
「そうなの?」
「昔から人懐こい犬のふりしてオヤツねだったりしてっから、アイツ。最近はな〜、人間の意識が高くなったのか、人の食べるモン犬にやっちゃいけねえってもらえなくなったからやらなくなったけど」
そうだったんだ。どうやら一見さんにしかしてないみたいで、おばあちゃんたちも黙認してたらしい。だけど、おしゃべりはやめてほしいものだ。見えて聞こえたのはその先生が戌年生まれだったこともあるんじゃないか、とぴょん吉は推測した。
ぴょん吉ってヤカラっぽい口調だけど、性格は真面目で頭いいんだよなぁ。
「まあ、その先生とは関わらなけりゃいいんじゃね?」
「そうもいかないんだよね。同じ学科だから専攻違うけどいくつか単位取らなくちゃいけないんだよ」
「ソイツの授業選ばなければよくね?」
「それがウチの専攻の人たち、大抵その濱田先生の授業取るらしいんだ。面白いんだって」
「別に他のヤツらと同じの取らなくてもいいだろ」
「単位も取りやすくて面白くてみんな取る授業をあえて取らないとか悪目立ちしない?」
「そういうもんか?」
「そういうもんなのよ」
濱田先生とはお近づきになりたいが、利根川先生とは親しくなりたくない。でも、学科の友人は欲しい。サークル選びも出遅れた感じあるし、学科の方は絶対に普通に過ごしたい。サークルの方は自分の欲望を優先したせいだけど。結局、濱田先生とのお話に夢中になって、終わった頃にはサークル勧誘も撤収作業をしていた。
「おい、スマホなってんぞ」
「ああ、直輝さんからでしょ」
「ナオキなんて?」
「いや、いつものおやすみ連絡だろうから後でいいよ」
「おまえ、冷たくね?オレが見る。〝今日はお疲れさま。改めて入学おめでとう。これからは先輩後輩としてもよろしくね。一緒にいられる時間が増えてうれしいよ。おやすみ〟はぁ〜、お熱いことで。メーコが狂喜乱舞しそうだな」
「ちょっと、勝手に読まないでよ」
なんで霊体のくせにスマホ操作できんのよ。しかも直接触ってないのに。勝手に画面が動いてちょっとびっくりした。
みんなテレビもよく見てるし、現代社会に順応しすぎでしょ。私が生まれる前からウチにいるせいかもしれないけど。
「なんだ、順調そうだな」
「普通だよ、普通」
「ユッコは普通が好きだな」
「そりゃ普通が一番でしょ」
「早く返信したれよ」
「はいはい」
目の前で返さないとまたうるさそうなので、いつも通りスタンプで送り返した。一応、これでも毎日は同じスタンプ使わないとか気を遣ってるんだよ?今だって〝おめでとう〟があったから〝ありがとう〟のスタンプも一緒に送ったし。
「うわ、それだけ?」
「いつもスタンプで返してるけど?」
「まじだ。さすがにナオキ可哀想になったわ」
「なんでよ」
本物のタッチレス操作で画面をスクロールしてトーク履歴を堂々と見てますけど、プライバシーの侵害じゃない?
ま、いっか。神様に法律なんて関係ないもんね。
ベッドに寝っ転がって話していたので、そのまま寝てしまうことにした。翌朝、直輝さんからのおはよう連絡を見て、トークが夜中の一時まで続いていたのに気がついた。ぴょん吉と話してたみたい。
内容?プライバシーの侵害じゃん?大して読まずに削除したよ。