憧れのキャンパスライフ①
せっかくなので一話投稿します。
一話あとがきに投稿したいきさつをチラッと書いてますが、のんびり更新になりますのでよろしくお願いします。
「ホントに行っちゃうの……?」
「行くよ」
「ユッコがいなくなったら、寂しいよ……」
「そこは喜んでよ。夢が叶ったんだから」
「俺の後輩になるのは嬉しいけど、ユッコがいない毎日なんて信じられないよ……」
「親父、いい加減にしろよ、ウゼェ」
安定の悠太のツッコミにより撃沈した父マサフミは母ユミコに慰められている。「行っちゃうの」も何も、引っ越し手伝いに来てくれたから既に「来ている」とも言える。
かつては父が使っていた部屋を私のためにわざわざ改装してくれた祖父母には感謝しかない。ベッドフレームと机はそのままだけど、古くなって黄ばんだ壁紙を変えたり、窓を二重サッシにしたり、エアコンを買い替えたり、色々手を加えてくれた。
「ユッコちゃん、良かったらウチの子の家庭教師してくれない?バイト代はずむわよ!」
「はずむっていうか、中抜きナシだからそのまんま渡す感じだな」
と、叔父夫婦に言われた。今日は父方の親族勢揃いで引越し作業。あ、でも従姉妹本人は塾の春期講習でまだ帰って来ていない。
無事に推薦入試に合格した私は、この春から横浜の東横線沿線にある祖父母の家に居候だ。今は春休み。三月いっぱいは実家にいた。院に進むかはまだ決めてないけど、とりあえず最低でも四年間はここに住むんだ。いずれは実家の神社を継ぐつもりではいるけど、出来ることなら一度は就職したい。外の世界も知らないとね。
アルバイトもやってみたい。地元の集落にはバイト先がなかった。せいぜい農作業のお手伝い。コンビニすら車で行かないといけない場所だ。少し離れた街へ出て、例えば高校の近くで働いたとしても、バイトが終わって帰る頃には交通手段もない。バイトは現実的じゃなかった。
「絶対やりたい!」
「よかったぁ!志乃ったらどの塾行っても学生バイトだからか私語ばっかりでさぁ!男の先生でも女の先生でそう!ユッコちゃんになら厳しくしてもらえると思ってさ!助かるわぁ!」
父も通った地元中学に通う従姉妹の志乃ちゃん。年に数回しか会わないけど、仲は悪くない。夏休みは毎年ウチに遊びに来てたしね。山奥だから避暑にいいんだ。その間は年神様たちも大人しくしている。
悠太と同い年だから、今年中三。受験生じゃん。うわ、責任重いな。でも、塾と並行して、特に苦手な英語と国語を重点的に教えて欲しいというので、それくらいなら大丈夫だと思う。叔母からの話だとザ・文系な私と違い、リケジョのようだ。
「アンタ安請け合いして大丈夫なの?」
「うーん、なんとかなると思うけど」
母が心配しているのは、すでに決まっているもう一つのバイトとの兼ね合いのことだと思う。そっちの仕事は不定期だから、都合を合わせてもらえばいいし。どちらに、とは言わないけど。やりたくて、自ら進んで引き受けた話でもないしね。
ていうか!普通の!バイトもしたい!サークルも入りたいし!普通に!普通の!女子大生がしたい!
「まずは新生活に慣れないとね」
「あっ、そうよね。困ったことあったらいつでも頼ってね!」
「ありがとう、おばさん」
血がつながってるのは叔父の方だが、叔母は父にとっても妹みたいな幼馴染なので、私や悠太に対してもとても親切だ。
去年の夏休みに東京に来たとき、祖父母に唆されてその気になったのか、悠太は父の母校の高校を受けることを決めた。学校の先生には止められてるみたいだけど、押し通すつもりでいるっぽい。まあ、今の成績だと記念受験になるだろうし、好きにすればいいんじゃないかな。ダメだったときの救済策はお母さんが考えるだろうしね。
そんなわけで、榊由布子、十八歳。女子大生になります!
モー (∵)mm’
「入学おめでとう!テニスサークルなんだけど」
「すみません、これから行かなくちゃいけないところがあるんで」
憧れの先生がいる大学に入学した。サークルの勧誘をすり抜ける。だけど、人が多いのもあるけど勧誘が激しくて、なかなか前に進めない。確かに見てまわりたい欲はあるけど、今はこっちの方が大事!
何故なら……
「ユッコちゃん、こっち!」
キラキラした背景を背負ってるせいで周りの人たちが霞んで見える。三年生になって都内にあるキャンパスに移った今井さん……じゃなくて直輝さん。
待ち合わせに遅れてるから多分迎えに来てくれたんだろうけど、一斉にこちらへ向いた女子の視線が突き刺さる。特に先輩方の。
「直輝じゃん!知り合い?」
「うん。最近世話になってるところの娘さん」
「ナオ先輩だぁ!」
「直輝ィ!」
ホラね。あっという間に女豹に囲まれた。
「直輝じゃん、ひさ〜」
「この子だれ?新入生?」
「もしかしてナオが家庭教師してた子?」
「ウチ入んなよ〜!そんで直輝も戻って来ればいいじゃん!」
そして瞬時に腕にまとわりつく女豹たち。みんな美人。この人たちを敵に回したのか、ミチカさんは。怖いもの知らずにも程がある。
「オラ、散れ散れ!勧誘サボんな!」
「ぶちょーひどーい!」
「勧誘なら今してますぅ〜!」
「お前らが勧誘してんのは直輝だろ!コイツは今資格取るのに予備校通ってて忙しいの!あきらめろ!」
なんかそういうことになってるらしい。実際にはまだ通ってないんだけど、来年になったら神職養成講習会を受講できる資格を得られるので、事前に勉強をしているのだ。お父さんが通ってた神職養成所と違って一か月の詰め込みだから予習しておくのに越したことない。
まだ無資格ではあるけれど、資格だけの神職と違って、霊力豊富な直輝さんはその血筋も影響して秘密裏に色々駆り出されてるから、忙しいのに変わりはないだろう。
実際、こうして顔を合わせるのは久々だ。初デート(認めたくない)の帰りに散々キツいことを言ったので、私のこと婚約者扱いはしなくなったけど、対外的には婚約者のままだ。この場合の対外とは本庁とか政府とかである。プライベートは違います。
直輝さんと歩き出すと、どこぞの神話のように人波がザッと分かれた。私に声をかけて来たぶちょーさんは彼の友人らしいので、振り向いて会釈だけしたらその後ろで歯噛みしてる女子たちの群れが負のオーラを放っていた。
あの人たちが荒れに荒れた婚約話はミチカさんが大袈裟に言っただけってことで話は沈静化したそうだけど、好きな人ができた、という宣言はサークルのSNSでしたんだって。それが私だってバレたら、あの負のオーラが意思を持って悪霊化しそう。
ちなみにミチカさんは直輝さんと同時にサークルを辞め、今はバイト先の先輩に夢中と報告が来た。渋谷の居酒屋だから飲みに来て!って言われたけど、まだお酒は飲めないよ、私。
「直輝さん、気持ち悪くなってません?」
「ん?大丈夫だよ。前よりはマシ。修行の成果かな?」
そうかもしれないね。すごく頑張って数こなしてるみたいだし。
彼は家庭教師のバイトをやめて、本庁から依頼の仕事を受けている。たまにウチに来てウチのやり方(まあ、おおよそはどこも同じだろうけど)を学んで、それ以外は貴重な霊力保有者として、そして大臣の孫として、頼まれ事があるわけだ。
そして、私も今後は一緒に仕事をすることになる。母が心配してたのは、本庁の仕事のこと。
「失礼します」
大学の構内って広い。目的地である研究室まで来るのに案外疲れてしまった。山歩きは慣れてるけど、人混みを歩くのはまだ慣れない。これからがちょっと不安だなぁ。普段はあそこまで人が集まってるわけじゃないからなんとかなるとは思う。前向きに行こう。
「どうぞ!」
テレビでよく聞いたお声。ああ、やっと会える!憧れの人に!
「よく来たね」
「濱田先生、本日はお時間をいただきありがとうございます。文学部史学科一年の榊由布子と申します」
「先生の本も、出てる番組も全部チェックしてるんですってよ」
「あはは!ファンなのかな?」
「こんなおじさんに?」
ゼミ生らしき人が笑って言うと、先生は照れ笑いしながら頭をかいた。本人が言うおじさんだからこそその仕草が可愛い。いや、見た目が好きなわけじゃないんだけども。
「ファンですが、いずれはこちらの研究室でお世話になりたいと思ってます」
「ユッコちゃんのそういう顔、初めて見た」
「そういう顔ってどういう顔ですか」
「年頃の女の子みたいな顔」
どういう意味。私、歴とした年頃の女ですが。ローテンション気味なのは間違いないけど。
「よく分かんないけど、三年になるのを待たずにたまに遊びに来るといいよ。古文書読めるって聞いたから、ここは面白いと思うよ」
「ホントですか!?ありがとうございます必ず遊びに来ます!」
「ナオ〜、顔がやべえぞ〜、イケメン台無し」
顔を見なくても、空気で分かる。先生に嫉妬してるんだろう。私が食い気味で言ったから。
直輝さんとは一日一回、必ずおはようとおやすみの連絡をし合っている。し合っているというか、来るから返すというか。受験前は返信不要と来ていたけど、一応返してた。全部スタンプで返してたけどね。
濱田先生は「あっ」と声を出して直輝さんを指差した。先生、今は人を指差したらダメなんですよ。
「君、有名な子だ!ミスターコンに出ないで得票一位になったっていう!」
なに、そのイケメン伝説。一年生の頃の話らしい。出場意思がないからエントリーもしてないのに投票に名前が書かれてて、そのミスターコンテストは微妙な感じになったんだと。
「須賀大臣のお孫さんなんだって?」
「はい。母方の祖父です」
「須賀家は北陸の武士の家系だよねぇ、お母さんの実家に古文書とかないの?」
「僕は見たことないですけど、蔵にあると思いますよ」
「えっ、読みたい」
「じゃあ、今度一緒に取りに行こうか」
途端にニコニコとし出して見つめて来るので、曖昧に笑っておいた。先生や先輩方のいる手前、むげに扱えない。だって、先生とのつなぎをつけてくれたのは直輝さんだし。
「はぁ〜、その子がお前の好きな子か」
「言うなよ」
「言わねえよ!学校を血の海にする気はない!」
中学からの友人、松本さんが濱田先生のゼミ生だったおかげでこうして個人的に会わせてもらうことができた。そうでなきゃ、入学して早々、突然研究室に突撃する勇気なんてない。
「コレ、ボクも秘密にしておかないとダメなヤツ?」
「そっすね」
先生、そういう話も好きなんですか!?意外!
恋バナ好きのおじさん研究者とか可愛い!