今井さんとデート③
高級住宅街で取る出前のお寿司はやはり超高級ですごい美味しかった。港町生まれ、海なし県育ちの私としては、人生で初めて食べたレベルの美味しさだった。
「ユッコちゃん、今晩泊まって行ったら?」
「着替えがないので帰ります」
何言ってんだ、コイツ。初めて伺ったお宅で泊まれるような図々しさは持ち合わせてないんですが。着替え持ってても泊まらんわ。
「なら、次来るときのためにお着替え用意しておきましょうね。一緒に買いに行くのも楽しそう!」
なんかまた貢がれる予感。
今井家は今井さんのお父様の元輝さん、お母様の小夜子さん、社会人のお兄さんの朋輝さん、そして今井さ……直輝さんの四人家族。
いま……直輝さんはご両親のいいとこ取りの顔してんな。シュッとした輪郭とスッとした高い鼻とキリッとした眉は元輝さん、アーモンド型の目と長いまつ毛、厚くも薄くもない形のいい口元は小夜子さん。長男の朋樹さんはご両親に似てない。ていうか、須賀大臣に似てる気がする。男らしい顔。
「由布子ちゃん、直輝に車で送ってもらったら?母さんのせいでゆっくりデートできなかったんだろ?」
朋輝さん、なんてこと言うの。
「夜の運転だけど大丈夫か?」
え、ちょっと不安になるようなこと言わないでくださいよ、元輝さん。いいよ、電車で帰るよ。
「もう大丈夫だよ。練習さんざ付き合ったし、保証する」
「そうよう!買い物行くときにたまに運転してもらうけど、全然危なくないわよ?」
「丸子橋渡って綱島街道入ればすぐだろうから、まあ、そんなに遠くはないか。なるべく大通り走るんだぞ」
「うん。父さん、車のカギ借りるね」
「夜のドライブデート!ステキ!」
押し切られた。当たり前のように高級外車だった。シートすごい。沈み込むようなフカフカじゃないのにしっくりくる座り心地。さすがドイツ車。でも、左ハンドルではなかった。今どきないか。国内にディーラーあるし。ウチの近所にはないけど。
てなわけで、今井さんの運転で祖父母宅まで送ってもらうのに助手席に乗ってます。死亡率高い席なんだけど。後ろ乗るつもりだったのに助手席のドア開けてエスコートされた。殺す気か。
「運転、得意なんですか?」
「割と得意だよ。父さんは俺の運転で乗ったことほとんどないからあんなこと言ってるけど、母さんの買い物で車出すの大体俺だから。母さんは車庫入れが苦手だから基本的に自分で運転したがらないんだ」
女の人あるあるだよね、車庫入れ。空間認識能力の性差らしいけど。
「今井さん」
「直輝」
「直輝さんがウチに来ちゃったら、小夜子さんが買い物行くときどうするんですか?」
「ああ、もう一台車あっただろ?父さんの趣味の車なんだけど、そっち売ってコンパクトカー買わせるって言ってたよ」
それなら売るのはこっちでは?よそのお家の事情だし、私が口を出すことでもないか。
「俺と結婚するの、イヤ?」
「けっ!?」
冷静になれ。冷静になるんだ。婚約とは結婚の約束。合ってる。分かってる。OK。
しかし私はそもそも婚約に同意していない。そこがおかしい。お父さん以外みんな受け入れているのがおかしい。
「イヤ?」
信号待ちだからってこっち見なくていいです。前見てください。ハンドルに置いた手に頭乗せるとかあざといのやめてください。
とは言えず。いや、次にやったら言おう。絶対言う。
「イヤですね」
「俺のこと、好きになれそうにない?」
「それは……分かりません。知り合って一か月も経たないのに、今井さ「直輝」んのこと、そういう目で見られないんで。それに受験生ですよ?むしろ好きなら相手の気持ち考えてそういう立場の人の心乱すようなこと言います?そこからもう不信感です」
「心、乱してくれたんだ」
墓穴掘った。
「言葉のあやです。面倒事を持ち込むなという意味です。ハッキリ言って迷惑です。修行は……そういう人は一定数いるので、仕方ないと思います。今井さんのためにもなりますし。でも、抑えつけてた力を解放して、現実としてもう今井さん自身の中に落とし込めてますよね?だったら別に、ウチで働かなくてもいいと思うんです」
「神さまに選ばれた運命の相手でも?」
「あれは都合が良かっただけですよ。推薦って言ってたじゃないですか。決定事項ではなかったはずです。私は婚約したとは思ってません」
「そっか……。や、分かっちゃいたけどハッキリ言われると結構キツいな」
「事故らないでくださいね?」
「それはもちろん」
やっと伝えられた。なんだかんだ言ってちゃんとこの件について話し合ったことがない。ウチにいると大体誰かしらのチャチャが入る。主に年神さまの。
「それに私、まだ女子高生ですよ?」
「そうだね。来年は大学生だ」
「犯罪じゃないですか?」
「二歳差なんてめずらしくもなくない?」
確かにそうかもしれないけど。高一と高三とか大学一年と大学三年なら分かるけど、言葉の響き的に大学生と高校生ってなんか……犯罪っぽいんだよ分かれ!!!
「俺のこと、男として見られない?」
「いや、男の人だとは思ってます」
「じゃあ、顔が好みじゃない?」
「とりたてて好みというような顔はありません。目と鼻と口がついてて生理的に受け付けない顔でなければ」
「それって最低ラインだよね……そこの基準はクリアしてる?」
「まあ、一応。イケメンだとは思ってますよ」
「自分で言いたくはないけど、イケメン嫌いなの?」
「落ち着かないんで。自分が平凡顔だから比べられたくないっていうのもあります」
「ユッコちゃんはかわいいよ?」
それは欲目では?と言ったら好かれてることをドヤッてるみたいで言えなかった。いや、好き好き言ってくる本人にドヤもクソもないんだけど。
「ていうか、本当に私のこと好きなんですか?一目惚れとかいって吊り橋効果的なモノだと思うんですけど」
あと『おもしれー女』枠?おもしれー人間でもないんだけどな。鍋島さんが言ってた『塩対応する女子』が物珍しいだけだよ。あと吐いたときの世話とか?コッチは日常茶飯事だから気にしてもないし。多分今後は今井さんもすることになると思うし。そうしたら、「なーんだ、大したことなかったんだな」ってなるよ、絶対。
そのときになって、やっぱ婚約やーめた!ってなっても知らないからな!いや、こっちとしてはそれでいいんだけど!いいんだけど!!!
「吊り橋効果は……そうかもね。」
「でしょ?だから」
「だけどやっぱ、俺はユッコちゃんが好きだよ。情けないとこ見せられる相手って、人生共にする上で貴重だと思わない?」
「それならミチカさんなんかどうですか?情けないとこ見てもあんまり態度変わってませんよ」
「酒井さんは……違うかな。そっちに行く前さ。前も言ったけど、彼女、俺と出かけること自慢してたんだよ。ハッキリ言ったわけじゃないけど、なんていうか、みんながいるところで匂わせてさ。それで女子からすごい問い合わせ来て……やめてくれって言ったんだけどね。だから、酒井さんはないな」
「ウチのはとこが大変ご迷惑を……」
この点だけは本当に申し訳ないと思っている。はとこなので私に責任はないけど、ウチの集落は一体感が強いというかもう本当にみんな家族みたいなモンだから、不出来な姉がすみませんという気持ちになる。
「酒井さん、今、禊中でしょ?もういいよ、大丈夫。気にしてない。今は俺、ちゃんとユッコちゃんっていう好きな人いるし。これから誰かに言い寄られても、好きな人いるって断れるし、それだけでなんかこう、安心感がある。あ、ユッコちゃんとは言わないからね?新生活でこっちこそ迷惑かけたくないし」
「そこはもう、本当によろしくお願いします。受かるか分かんないですけど」
「受かるでしょ。ユッコちゃんなら大丈夫だよ」
受験生の貴重な夏休みを遊んでますが、本当に大丈夫なんですかね、私。いや、仕事で来たんだけど。ウチの親も呑気だからなぁ。お父さんは母校に受かってくれたらうれしいとは言ってるけど、ダメならダメで仕方ないから入れるとこ行けばいいって言ってくれてるけど。
「俺、ユッコちゃんのこと、本気だから」
「気の迷いですよ」
窓の外を眺めながら言い切ったけど、今井さんの顔は見られなかった。
「送ってくださってありがとうございました。次来るのは九月でしたっけ?」
「うん。……なんか、離れがたいな。帰したくなくなる」
「帰してください。シートベルト外したからこのまま走り出して警察に見つかったら今井さんの違反になりますよ」
残念な子を見るような目で見ないでほしい。シートベルトは全員しなくちゃいけないんだぞ。
「こういうとき……恋人同士なら、キスしてお別れだよね」
あ、今の空気でそういうこと言えちゃうんだ。女性不信で経験ないとか言っといてそういうこと言っちゃうんだ。
「したら本気で警察呼びますよ」
「いやしないよ!?しないからね!?……そういうのは、ちゃんと気持ちが通じ合ってからするつもりだから。」
「未来永劫来ないと思いますので、どうぞ他の方をお探しください」
「うわ!結構傷付いたんだけど!」
「傷付けてあきらめてもらうために言ってます」
「あきらめないよ!あきらめないからね!?」
「そこは今井さん「直輝」のお心次第なので。私からはなんとも」
「あきらめなくていいってこと?」
「あきらめてほしいですけど、あきらめないと主張している人にあきらめろと言っても無駄ですよね?」
「これからがんばるよ。今も……結構がんばってるつもりだけど、俺も恋愛初心者だからな」
私だってそうだよ。初心者どころか未経験と言える。
「最後にいっこ我儘聞いてくれる?」
「お昼ごちそうになった分くらいでしたら」
「手……つないでみたい。五分でいいから」
手、つないでどうすんだ?セクハラの一環?まあ、手をつなぐくらいならいいかな?握手と大して変わらないだろう。一昨日は政治家の皆さんと握手しまくったし。さながら握手会だったな。少しでもご利益を!という思いがひしひしと伝わってきた。
「五分は長いです。一分で」
「ありがと。手、貸して?」
握手するみたいに右手を出したら苦笑された。握手でいいじゃん。右手を出したらそっちも右手じゃないの?左手で手を取られて、手の甲から包まれるように優しくつかまれた。
捕まった。なんでかそう思った。
「一分タイマー」
「厳密すぎる……」
だって勝手に延長されたら困るし。指先で甲を撫でられてちょっとドキッとする。すごい視線を感じるけど、こういうの目を合わせたら負けだと思う。何の勝ち負けかは不明。
「すべすべ……」
「セクハラですよ」
「素直な感想なんだけど……」
じっと手を見てると、今度は指を上からからませて一度だけ軽く握られた。スマホ確認。あと三十秒。
「小さいね……」
「私、身長の割に手も足も小さくて。子どもサイズなんで結構不便なんですよ」
「足……」
「足触ったらマジで訴えますからね」
「分かってるよ……はぁ」
はぁとはなんだ、失礼な。あと十二秒か。十、九、八、このタイミングで握り方変えるの?あ、これって……
ピピピピピというアラームが鳴って、心臓が大きく跳ねた。びっくりした。すごいドキドキ言ってる。途中までカウントダウンしてたのに。
名残惜しそうにぎゅっと握られて、俗に言う恋人つなぎされてた手は解放された。
見ちゃいけないと分かっていたのに、離れていく視線で手を追っていたら、今井さんと目が合ってしまった。
ドクンと心臓がまた音を立てた。
不整脈かな。まだ十代なんですけど。