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今井さんとデート②

「ユッコちゃんも同じ路線使うだろうから、道を覚えておいた方がいいよ」

「助かります。一応、受かったら下見には来るつもりだったんですけど、ナビだけじゃ不安だったんで」

「俺もまだ日吉だけど、たまに来るんだ。はぁ。ユッコちゃんがせめて一つ下なら良かったのにな」


 そればっかりはどうにもなんないでしょ。


 キャンパス内を一通り回ってからもなんとなくブラついてたら、今井さんの知り合いに会ってしまった。夏休みでまだ人が少ないのになんでこういうときに限って。サークルの先輩だそう。


「んで直輝、どうしたこっちで」

「ああ、()()を案内してたんです。今、高三でウチ受けるんですよ」

「へえ、夏休みに来て余裕あんな!ってことは女子高生か。コリャ女子が見たら大騒ぎすんぞ?ていうか、お前、変なウワサ流れてんだけど」

「ウワサ?」

「婚約者ができたって。ミチカちゃん情報らしいけど。マジ?」


 ゲッ!ミチカさん、なんてことしてくれたんだ。嫌がらせかな?おばちゃんとポンちゃんに言いつけるぞ。ていうか、余裕なんかないよ。来たくて来たわけじゃない。キャンパスは見てみたかったけど。


「彼女がその婚約者ですよ」

「はあ!?」


 甘い顔して見つめてくんなっつの。人前なのに恥ずかしくないのかな?人前でなくてもこっちは恥ずかしいのに。


「婚約者じゃないです。知り合いです。初めまして、榊由布子と申します。酒井美知果のはとこです。いつもミチカさんがお世話になっております」

「あ、ああ、うん。おもしろいよね、あの子。思い込み激しいけど」


 確かに。よく見てらっしゃる。


「え、ちょっと詳しく話聞きたいんだけど。そっちももう用は終わったんだろ?どっか入んね?」

「ヤですよ。今日初めてのデートなんですから」


 いや、デートじゃないです。大学の案内です。私が小刻みに顔を横に振ったら鍋島さんとおっしゃる先輩は察してくれたようで、ニカッと笑って今井さんの背をばしばし叩いた。


「キャンパス案内なんてデートじゃねえだろ!ノーカンノーカン!バイトまでどうやって時間つぶそうか迷ってたんだ!駅前でちょっくら茶ぁでもシバこうや!」

「痛いですよ!やめてください!行きませんからね!?」

「是非、お話を伺いたいです。ミチカさんのこととか大学のこととか」

「ユッコちゃん!?」


 移動してコーヒーチェーン店に入った。私たちはお昼ご飯がまだだったので、ついでにサンドイッチを注文した。今井さんに払わせてしまった。おごられてばっかだな、こっち来てから。


「でさ。お前、酒井さんの実家は行ったわけ?」

「行きましたよ。でも、泊まってませんからね」

「あ〜、やっぱり。まあ、まずはそっからおかしいなとは思ったんだよ。誰かお前に連絡した?」

「斎藤から連絡来ました。真偽確認って感じで」

「お前、長いこといなかったろ?もう女子モメて大変だったんだそ!?〝酒井さんの地元の神社に行く〟っつって帰って来ないとかさあ!!」

「すみません、色々あって」

「そんでお前とも連絡取れなくて女子の誰かがミチカちゃんに電話したらしいんだよ。全然出なくて何日かしてようやく出たんだって。で、お前がまだそっちにいんのかって聞いたら〝今井さんは婚約しましたッ!〟って言って切られてからまた連絡取れなくなったってよ。なんか知ってる?」


 あー、それなぁ。ヒロコおばちゃんにスマホ取り上げられてたからなぁ。あんまり鳴るからそのときだけ返却されたんだろう。今井さんは今井さんで斎戒入ってるときはスマホ電源切ってしまい込んでたし。


 ミチカさんはまだ実家にいる。色々やらかした罰として毎朝ウチの境内の掃除をやらされてる。たまに寝坊してカズおじちゃんが軽トラでやってきて荷台から投げ捨てるように寝巻きのままのミチカさん置いてくの、アレはアレで迷惑なんだけど。


 どこからどこまで話せばいいのやら。全部話したらオカルト扱いされてしまう。今井さんも困ったみたいで私に目配せして来た。


「なんだ。ユッコちゃん、さっきはイヤそうにしてたけど、満更じゃなさそうだな。イケメンは得だね〜!」

「違います。説明し難い事態があったのでどう話そうか迷ってただけです」

「言うねえ!てか、説明し難い事態ってナニ?」


 正直に言う?頭おかしいと思われても仕方ない。どうせ同じ大学に入ってもきっと関わりがないはずだ。今、四年生だって言ってたし。もう就職決まったらしいし。私が口を開こうとしたら今井さんに制止された。


「俺が酒井さんの地元の神社に行ったのは本当です。ユッコちゃんはそこの跡取り娘で、そこで紹介されて知り合いました。少し神社の仕事の手伝いをさせてもらったんです。そこで神職に興味を持って、ユッコちゃんのご家族に将来この神社で働きたいってお願いしたら、ユッコちゃんのおばあさんに、婿入りするならいいって言われたんです。それと……俺がユッコちゃんに一目惚れして。それも気付かれてたみたいで。祖父も関わりのある神社なの、そこで初めて知ったんですけど、ご利益があるって一部では有名らしいんですよ。今、ニュースで解散総選挙の話、やってますよね?それでちょうど党の必勝祈願の依頼が来て、俺も手伝いとして潔斎みたいなこともしてたんで、外と連絡取れなかったんです。その間はスマホとか触っちゃいけないらしいんで」


 鍋島さんは「マジ?」と言って空になりかけのコーヒーカップを乱雑に置いた。コーヒーってそんな一気に飲み干すものだった?


「え、そんなんで婚約なんてしちゃっていいの?」

「大丈夫です。ちゃんとユッコちゃんのこと好きなんで」

「お前じゃねーよ!見てりゃ分かる!デレデレしやがって、なんだその顔、初めて見たわ!」


 鍋島さんとは中学からの付き合いだそうなので、長いお付き合いでも見たことないような顔をしているらしい。私もこういう顔の人、初めて見たよ。人ってこんなニヤけられるんだなという意味で。


「正直、勝手に話が進んで迷惑してます」

「だよなぁ。イケメンとはいえ会ったばっかの男と婚約なんてちょっと怖いよな!ごめんな、コイツマジで女難の相があるっつーか、女運悪くてさ。サークルもコイツの友だちが無理矢理引っ張って来たんだけど、俺の命令で。だから多分、ユッコちゃんみたいなホントに下心なく塩対応してくる女の子に興味持っちゃったんだと思うんだ。コイツ、こんなツラしてんのにマジで耐性ないから」


 そうだといいんだけど。一過性のモノであることを祈る。だからって、跡継ぎ……でなくても、神社の娘と結婚してくれる人なんているんだろうか。まあ、地元で探せば……ウチ、知名度あるし……いやでも……いやアレは……でも……いや論外……うん。結論が出ない。


「あ、俺、サークル辞めますんで」

「いいよ。俺もう部長じゃないし。お前いると女子が集まるから誘っただけだし。悪かったな、本当はちゃんとした体育会の方に入りたかったんだろ?」

「それはもういいです。どっちみち同じ結果だったと思いますから。それに、それだとユッコちゃんとは出会えなかったと思うんで」


 あっそ!と残りのコーヒーを飲み尽くした鍋島さんは、そろそろアルバイトのお時間のようだ。


「とりあえず今回ってる話ではお前とミチカちゃんが婚約してイチャイチャすんのに忙しいから全員と連絡絶ってるって話になってる。ちゃんと訂正しといた方がいいぞ。そんで絶対女子が面倒なことになるからさっさとサークル辞めるって宣言して逃げろ。ユッコちゃんの名前は出すな。婚約したって話もするな。特定されて来年入学してから絡まれたら可哀想だろ?先輩からのありがたーいアドバイスだ。いいな?」


 はい!と今井さんは元気よく返事をした。なんで。婚約したつもりないですけど。


「飲み終わったらどっか行く?今からだと……」

「今井さん、携帯鳴ってますよ」


 カバンからずっとヴーヴーバイブの音がしてるんだけど。ウチにいるときだってスマホ使っていい日でもあんまり見ようとしないんだよな。何回か履歴確認してため息ついてるのも見たし。サークルの女子なのかな?


「ん……今はいいよ。ユッコちゃんといるし」

「でも電話ですよね?誰からか確認するくらいならいいんじゃないです?」

「そう……だね。あ、母さんだ。ごめん、ちょっと」


 手でどうぞどうぞと促すと今井さんは素直に電話に出た。そうそう、こういう場合もあるんだから確認だけはしといた方がいいよ。


「え?でも、決定じゃなか……本人に聞いてみる。ちょっと待って」


 本人とは。まさか。


「ユッコちゃん、ごめん。なんか母親が夕飯に寿司の出前取るから何時に来るか決めてくれだって」

「何時でも……って、それ、私が行くこと決定な感じですか?」


 イケメンの苦笑い!私はそんなモノに騙される安い女ではない。安い女ではないが、この場合の敵は今井さん(イケメン)ではなくお母様の方。


「何時でもいいよ。今?見終わって昼食べつつお茶してる。え!?……分かったよ、ユッコちゃんがイヤだって言ったら行かないからな」


 やな予感しかしない。母親というのは押しが強いと相場が決まっている。そしてこういう場合、私のような立場の者に選択権があるように見えて最初から拒否権すらないのだ。


「ごめん。何もすることないならすぐウチに連れて来いって。どうする?」


 こっちに投げんな!自分の親なんだから自分で断って!!


 とも言えず。


「せっかくのお誘いなので、お伺いしますと伝えてください……」


 こうなるのだ。


「ホントごめんなさいねぇ!ケーキ買って来たから、どうしても食べて欲しくって!」

「別に食後でも良かったんじゃない?」

「でもあの時間から来ればお茶にちょうどいい時間だと思ったのよ」


 お茶してたんですけどね。甘いモノは別腹なのでありがたく頂戴する。せめてご褒美を!


「うふふ!直輝が女の子連れて来たの初めてなのよ!男子校だったから縁がなかったみたいで。だけどお友達は彼女とか遊んでくれる女の子いたわよね?」

「いいんだよ、別に。今はユッコちゃんがいるから」


 いません。私は今井さんにとって修行先の神社の娘です。


「まずは……この夏は直輝が長いことお世話になりました。この子、家では普通の子なんですけれど、本当に、繊細で、私たち夫婦もどうしたらいいものかと思っていたんです。この子のこんな晴れやかな顔を見たのは初めてかもしれません。息子の人生を救っていただきありがとうございました。今回は貴重な経験もさせていただいて、自信もついたようで堂々としていたと父からも聞かされて、本当にうれしく思っております。いずれ改めてそちらに主人とご挨拶に伺いますので、ご家族にもそのようにお伝えください」

「あ……ご丁寧に、ありがとうございます。人生を救ったなんて大袈裟だと思いますけど……」

「そんなことないよ。俺自身もそう思ってる。榊家の皆さんには本当に感謝してもしきれないよ」


 私たち家族っていうより年神さまのおかげだと思うけど?もしかしたら今井さんにとって年神さま含めてウチの一家なのかな?


 結局は年神さま大集合して意味なくなったけど、あの場に今井さんがいたのは助かった。見ず知らずの人たちのためより、何かしらのとっかかりがあった方が祝詞も上げやすい。私もまだ修行中の身なので。


「今回はこちらとしても助かりました。今井さん「直輝」ナオキさんがいてくださったので、必勝祈願の祈祷も上手くつながりを作れて成功しましたし」


 確かに今井さんのお母様も今井さんだけどそんな関係でもないのに名前を呼ぶには抵抗がある。でもウチの家族、私以外みんなもう今井さんのこと名前で呼んでる。お父さんですら名前で呼ぶときがある。


「父のことも、ありがとうございます。榊家のご助力にお応え出来ますよう、私たちも精進いたします」

「え?あ、はい」


 私たち?


「祖母はもう亡くなってるから、地元周りは母さんと伯母でやってるんだ。祖父は現役大臣だからなかなか地元に行けないしね」


 初めて知ったけど、須賀大臣の選挙区は隣の県にあるらしい。日本海の近くかぁ。海鮮の宝庫だ。じゅるり。


「じゃあ、大変ですね。こちらにいらしてて大丈夫ですか?」

「ああ、今日の朝に戻って来たのよ。また明日戻るわ。」

「もしかして、わざわざいらしてくださったんですか?」

「もちろんじゃない!直輝の婚約者に会えるなら来るに決まってるわ!」


 婚約者じゃありません!……って、お母様には否定しづらい。悠太の言う通り、外堀ってこうして埋められていくんだろうか。


「ウチは息子しかいないから娘ができて本当にうれしいわ!私のことはお母さんでもいいしママでもいいし、でも名前で呼んでもらうのも憧れなのよね」

「小夜子さんと呼ばせていただいてもよろしいですか?」

「そうね!やっぱりそれがいいわね!義理の娘とお友だちみたいな関係になるのが憧れだったの!こんなに早く夢が叶うなんてうれしいわ!」

「ユッコちゃん、俺のことも名前で呼んでね?ウチだとみんな今井だからね?」


 分かってるよ!さっき同じこと思ってたとこ!!!


 不本意ながら、うなずくしかない私だった。

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