第一話 噂話は控えめにするっす
カサンドラ王国の宮殿では王弟・リーンハルトと隣国の第一王女アンジェリカとの婚約パーティーが盛大に開催されていた。
招待された貴族たちの関心はアンジェリカに寄せられ、様々な噂話が飛び交っていた。
「それにしてもまさかリーンハルト様がアンジェリカ様と結婚なさるなんて」
「仕方ないわ。幸い未遂に済んだとはいえ、我が国の急進派が隣国と戦争を勃発させるために、隣国の第二王子殺害計画を実行してしまったんだもの。」
「確かアンジェリカ様の護衛騎士が第二王子をかばって、代わりに傷を負ったとか。」
「そうそう。ほら、あの方よ、アンジェリカ様の隣に立っている方」
「あら。ではあの額の傷が。」
「額の傷とは別に背中にも大きな傷を負われたらしいですわ。」
「まぁ、お可哀そうに。男性なら名誉の負傷でしょうが…。女性では…。」
「本当にお気の毒なこと…。でもいくら名誉の負傷とはいえ、額に傷のある女性騎士を側に置き続けるなど…」
「まぁ、アンジェリカ様もお可愛らしいですが、リーンハルト様と並んでしまうと…。」
「引き立て役のために…。」
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「アンジェリカ様、顔顔。」
祝の席、主役の一人アンジェリカの脇で騎士の正装を身に着けた噂の女性騎士、リズベルトは小声でアンジェリカに話かけた。
「…分かっているわよ。顔は笑顔でしょ?」
アンジェリカはこの国で成人とされる18才、まだ幼さが残る顔を歪ませながら答えた。
「いや、笑顔は笑顔ですけど今にも殺人でも犯しそうに歪んでるし、目が笑って無いっす。あ。リーンハルト様、アンジェリカ様がブチギレ寸前なんで一回休憩していいっすか?」
「リズ!言葉遣い!」
「アンジェリカ、我が国の大恩人リズベルト殿に礼を失しているのは我が国の貴族たちだ。リズベルト殿、どうか許してほしい。」
リーンハルト、この国の王弟にして近衛団騎士団長、眉目秀麗、頭脳明晰の25才。
国王である兄に男子が生まれ次第公爵位を与えられることが決まっており、しかも性格は驕ったところもなく、穏やかときている。ここ数年カサンドラ王国結婚したい男ナンバーワンである。
今も本当に申し訳なさそうな憂い顔をしても絵になり、若い女性たちから秋波を送られている。
「じゃあ許すんで、かわりといっちゃーなんですが、これからも言葉遣い許して欲しいっす。いやー。姫様の結婚相手が話のわかる人でよかったっす。じゃないと今頃使い慣れない敬語で舌かんで死んでるかもしれないっす。」
「リズ!」
「アンジェリカ、リズベルト殿の言うとおり、一通り挨拶も済んだ、少し休憩してきたほうがいい。君がいない間は私が対応するから大丈夫。」
「…申し訳ありません。ふぅ。でもまだ頑張らせてください。両国に不和はない、私達の婚約は円満だということを見せつけないと。それが私に課せられた使命ですから!」
「いよっ!流石アンジェリカ様!世界一!」
「リズ!大体、貴方あんなに聞えよがしに言われてなんとも思わないの!?」
「思うか思わないかでいうと、こちらでもあれを作るとするかくらいっすかね!」
「失礼、あれとは?」
リーンハルトが不思議そうな顔で聞いてきた。
「あーーーー!!!リーンハルト様、やっぱり私、少し休憩をいただきますわ!!リズ!!行くわよ!!」
「ぐぇ!死ぬ死ぬ!姫様、首首!」
アンジェリカはリズベルトの首元を掴んで引きずるように控室へと消えていった。