2. 「太陽暦」
「アヴィス!アベル!授業が始まるから席につきなさーい」
眼鏡をクイッと上げた先生が、白いローブを翻して黒板に向かい合う。
名指しで呼ばれた少年2人は、渋々チャンバラごっこを諦めて、木でできた固い椅子に座った。·····もっとも、あまり多くない生徒の中で注意を受けるのはこの二人ぐらいのものだが。
「今日は·····そうだな、シウポワリという民話について話そう。」
「シウポワリというのは──、」
白いチョークが音を立てて黒板に文字を記していく僅かな間に、アヴィスとアベルは今日の授業のテーマに対する興味を失っていた。
「アヴィス!アベル!」
文字を書くための石版を振り回して、互いに頭を叩こうと奮闘する二人に、先生が鋭く注意する。
「始まりの神とされるアストラ···、を創ったとされる神の名前だ。伝承によれば····」
しばらく石版に文字を書くも、もともと少ない集中力はすぐに切れ、石版の隅は落書きのドラゴンで溢れかえった。
『ドラゴンというよりもサラマンダーだな····』
終わりまで太さの変わらない尻尾を地面に生やし、炎を吐くトカゲを眺めて、アヴィスはくすんだ金髪頭を掻いた。
退屈から逃れられる期待を込めて前席のアベルを見るも、どうやらあっちは集中できた様で、薄水色の頭は石版と黒板の間を行ったり来たりしている。
「単なる民話としても非常に興味深いが、このシウポワリという名前は、古代の伝承にも記述がいくつもある·····」
黒板をしばらく眺めた後に、アヴィスはため息をひとつついて、自分の石版のサラマンダーを増殖させる方を選んだ。
春の日差しが、机を熱するのを感じる。
今日はいい天気だ、この中を走り回れたらきっといい気分だろう。·····そんな事を考えながら、アヴィス思考はだんだん温まって、動かなく·····────。
「その記述によると、シウポワリは───この伝承内では〝ルーナ エト ソル〟と呼ばれるんだが····この世界の〝余白〟を作った後に天上の星に住んで、今も静かに我々を見守っているそうだ。」
眠い·····眠い·····眠·····
「····多くの名前があり、例えば、〝フロンス アク アーウェルサ〟。これは太古の言葉で〝表と裏〟二面性という意味がある」
二面性·····鏡·····
◇◇◇
「おい、起きろアヴィス」
「·····?」
「おーい、アヴィス!」
「····あぁ」
聞き慣れたアベルの声に空返事して、アヴィスは日当たりのいい草むらから体を起こして、伸びをした。
どうやら昔の夢を見ていたようだ。
···まだ俺達が小さい頃、よく授業を開いてくれていた人がいた。白いローブを着た青年だったが、いつも明るく朗らかで、何よりもノリが良かった。
当時は授業がつまらなく感じたが、今思えばもっとよく聞いておけばよかったかもしれない。
「どうしたアヴィス」
「いや、別に」
前を歩くアベルの背中をぼんやりと眺めながら、村への道を進む。
先生は今どこで何をしてるのだろうか····。
噂では宮廷魔道士になっていると聞いたが。
土が押し固められた歩道をしばらく進むと、看板が見える。
《この先100メートル リートス村》
満足気な表情で看板を見遣るアベルに追い付き、後ろを振り返る。村から程近い河川敷が続く道は、地平線の僅か手前で大きな森の影に飲み込まれている。
森の向こうから流れている川は村の中を通って、田畑に良質な水を与えてくれる。
目を細めて、キラキラとした夕日を反射する水面を眺める。アヴィスは川を見るのが好きだった。
そんなアヴィスの横顔を眺めていたアベルが、ふと我に返ってアヴィスの肩を叩く。
「アヴィス、帰ろ」
「あぁ····」
それでも川を二度振り返りながら、アヴィスは砂利を踏みしめた。
アベル・スカジ·····アヴィスの親友。氷のような、薄く透き通った髪の少年。