1. オブシディアン
昔昔のお話──。
まだ人間という生物がこの世に生まれていなかった神代の時代。
魔力に満ちたとある土地に、四人の兄弟がいた···。
長男の名前は〝イグニス〟勇猛果敢で、四兄弟の中でも最も強かった。
次男の名前は〝アクァ〟知的聡明で、四兄弟の中で最も頭が良かった。
三男の名前は〝アーエール〟温厚篤実で、四兄弟の中で最も客観的に物事を捉えることが出来た。
四男の名前は〝テッラ〟泰然自若で、四兄弟の中で最も度胸があった。
兄弟はそれぞれ、太古の神々によって創られた魔剣を持っていた。
〝イグニス〟は、焼き尽くす《炎の剣》。
〝アクァ〟は、流し呑み込む《漣の剣》。
〝アーエール〟は、天を駆ける《轟の剣》。
〝テッラ〟は、大地を鳴らす《岾の剣》。
そしてある日の事、長男の〝イグニス〟が浜辺を歩いているt───「ちょっと待って!」
「どうしたの、アヴィス」
椅子に座る金髪の女性は本を閉じて、布団を顎まで引きあげた少年───アヴィスの質問を聞く。
「その四兄弟は誰から生まれたの?」
「それはね·····」
女性は眼鏡をかけ直して、分厚い本のページを捲る。やがて目当ての頁を見つけたのか、息を一つ吸って話し始めた。
「人間が生まれる遥か前の、古代の神々がいた時代·····よりもさらにずっと前、まだこの世界ができる前の時代。」
「アストラ・ドミナートルという名の神がいました。そのころの世界にはまだ海しかなく、退屈したアストラは、その海に住んでいた〝スパチュラ〟という名の怪物に戦いを挑みました。〝スパチュラ〟はワニのような姿をした巨大な怪物です。」
「アストラと〝スパチュラ〟は、互いに一歩も譲らずに、激しい戦いを続けました。神にとっては一瞬の、しかし人間にとっては長い長い時間が過ぎました。アストラは犬の姿に変身して、ついに〝スパチュラ〟を仕留めたのです。」
「アストラは〝スパチュラ〟の大きな死体を、神の魔法で土や石、鉱石などに変えて、一つの巨大な山を作りました。····しかし、アストラは〝スパチュラ〟によって右足を食いちぎられていたので、酷く疲れていました。」
「そこでアストラは、ちぎれた自分の右足に神の魔法をかけて、代わりに仕事をしてもらう事にしました。まず最初に生まれたのは、アストラの右足から流れ出た灼熱の血でできた〝イグニス〟でした、次は·····─────」
····かつて世界は、海と、大きな一つの山だけがあった。
〝イグニス〟が、その大きな山を、《炎の剣》で横に切りとばし、今の俺達の住むデノセゴア大陸ができた。そして、切り飛ばされた山の上の部分は、未開のオリゴー大陸となった。
〝アクァ〟は、そうやってできた大地に水を湧かせ、川を作った。
〝アーエール〟は、雨を、雪を、雷を降らせた。
〝テッラ〟は、どこまでも平坦な大地を、隆起させ、地形を作った。
〝イグニス〟が持つ《炎の剣》は、どんなものなのだろう。
〝テッラ〟はどうやって地形を作ったんだろう····。
「〝スパチュラ〟が死ぬ間際に流した涙が海に落ちて、この世界に海水という概念が生まれた·····あれ、もう寝ちゃった?」
どうやら子供にはつまらなかったようだ。
寝ついた少年を起こさないように椅子から立ち上がり、女性はランプの灯りをそっと消した。
「·····」
何事か寝言を呟いて、アヴィスは寝返りをうった····。