表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
熱界の魔術師  作者: 鰹会
1. 《熱界の魔術師》
1/14

プロローグ



 『あぁ、神よ····どうか、どうかこの子だけは!』


足取り軽く···しかし悲痛な叫びを上げながら、男は走る──。胸に抱いた赤ん坊を、取り落とさないように気を付けながら。


『我ら一族の最後の継承者なのだ···。この子だけはなんとか逃がさねば』


 男は二度、三度····木の根に躓き転ぶ。だが、必死な形相で涙を流しながら立ち上がり、樹木の鬱蒼と生い茂った森の中を走り続けた。



 川に着いた────。


男は左手に赤子を抱き抱えたまま周囲の草を刈る。···やがて充分な数を集めきると、何やら呪文を唱えた。


 草の束がひとりでに束になり、ゆりかごの形を創る。

何度か水の上に試し、沈まないことを確認した男は、その上にそっと赤ん坊を乗せた───、



 赤ん坊が下流へと流れていくのを確認した男は、目を瞑り感覚を収縮させる。

五感が研ぎ澄まされ、感知できる領域が広がる。


ゆっくりと、しかし確実にこちらへ近づいてくる複数の足音···、鞘に収められた剣が、鎧と擦れる高い音·····荒い息遣い·····。


 「まさか·····」


唇を吊り上げて自嘲気味に、男は笑う。


 「出来損ないの私が一番最後に残るとは」


そしてこのような大切な·····それこそ、一族の存続に関わる程重大な決断を委ねられるとは。


·····なんとも皮肉なものだ。




 「目当てのものを見つけた、だが赤ん坊は確認できない。」


草むらからこちらに近づいてきた男の一人が、小さな丸い水晶の付いた腕時計に報告するのを見ながら、草刈りで汚れた手を払って覚悟を決める。



 「さて·····。〝オーリム・デ・レクス〟殿。《炎の剣》を此方に渡してもらおうか。」


 口調こそ丁寧だが、その態度には寛大さの欠けらも無い。

もっとも····、人様が代々受け継いできた財産を奪うために雇われた傭兵だ。人を殺すことになんの感慨もないのだろう。躊躇いも····。


なればこそ、私の家族も·····。



 「炎の剣は既に持っていない。」


「無駄だ、本官の目は誤魔化せない。今この瞬間にも、《炎の剣》は貴殿の背後にある。」


 魔力が見えるようだ。

そもそも騙せるなどとは思っていない。


 ····周囲の草むらがざわめき、武装した兵たちが武器を構えてオーリムを威圧する。


····囲まれたようだ。

背後は川だ、逃げ場はない。


 「此方へ渡してもらおう。貴殿に選択肢はない。」


ハッキリとした口調で言い放ち、男が手を上げる。·····それに合わせて、周囲の兵が弓をこちら目掛けて引き絞る。


「渡さない····と言えば?渡す方法を知らない·····と。」


 赤ん坊の方を確認したくなるが、バレては全てが水の泡だ。

今は少しでも生存の確率を上げるために、時間を稼ぐしかない。


 「その場合は殺してから聞くことにする。」


 その言葉は、ドスが効いているわけでも。凄味があるという訳でも無かった。───ただ、あまりにも事務的だった。


 男が腕を上げ、ハンドサインを送る。

それに頷いた周囲の兵が、一斉に距離を詰めてくる。


 〝殺してから聞くことにする〟·····これは比喩でもなんでもない。そのまんまの意味だ。


 優秀な屍術士(ネクロマンサー)は、死体を思いのままに操るだけでなく、死体の生前の記憶を見ることができる。


 軽く周囲を見回す。


ジリジリと輪を縮める兵達の中には、明らかに血の気のない者が散見できる。


 ビュン、と風を唸らせて、二本の弓矢が両足を射抜く。

待っていたかのように足を襲う痛みに耐えきれず、地面に膝をつく。


 「《炎の剣》の発動条件を知っているかね」


歯を食いしばり、口を開く。


まだだ、時間を稼がねば。

体制を直し、覚悟を決める。いつでも抜刀(・・)できるように。いつでも·····人生に幕を下ろせるように。


 「我々レクス一族の血····そして、膨大な魔力だ───。」



───死霊術には、死体が必要不可欠だ。

跡形もなく消し飛ばせば、真の《炎の剣》の扱い方は、永遠に失われる。



 ·····私の死体と共に。



 「【〝イグニス〟!】」


「!?殺せ!」



 炎が渦を巻く───。



「【我が名は〝オーリム・デ・レクス〟!一族の盟約に従い、顕著せよ】」


 地から噴き出した焔の柱に、顔を赤く照らされながら、オーリムは叫ぶ。



〝よいのか?〟


地から、声が響く。



〝矮小な子よ〟


「構わない」


業火に炙られて、汗を流しながら──、オーリムは頷いた。


 〝なればこそ〟


 「声」が、愉悦を隠しきれない様子で叫ぶ。

オーリム目掛けて飛んできた弓矢が、炎の渦に呑み込まれる。



 体が、炎に包まれる。


「あぁぁあああぁぁぁああぁ!!!」


全身の皮膚を焼かれる痛みに耐えきれず、オーリムが叫ぶ。だが、慟哭を発する喉は瞬く間に炎に抉られ、焼かれて、焦げた。


 オーリムだけではない、兵も、指揮官も、後方で待機していたネクロマンサーも·····。



 全ては、荒れ狂う炎の濁流に焼かれて消えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ