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レブンズ伯爵家姉妹

別に要りませんけど?

作者: ユウキ

 

 上位爵位から求められて仕方なく結んだ結婚。

 相手の年齢もあったもんやから、しゃーなしで婚約期間なしで、準備期間だけ設けてハイ結婚ってなった。


 相手の顔?1度だけ見た気ぃするわ。

 私より5つも上のええ大人が、めっさむくれてましたけどね。


 ああ言うのがボンボンって言うんかしらね。



 うちの家はこんな喋りしてる(つっても社交出たらお嬢様言葉で猫かぶる)けど、歴史も長い由緒ある伯爵家。


 お偉い(高位貴族)さんとこは「血統大事!」とか言って近いトコで結婚しすぎたせいか、子供が中々出来んようになった。


 ほんで、そんなの気にせんかったお陰か、ウチの多産系の遺伝子と、堅実な商売で潤った資産に目をつけたお相手さんが、自分とこの問題児(嫡男)との縁談ねじ込んできた。


 普段は「あそこは血統があまりよろしくない」とか「我が国以外の血も入っている」とかコソコソ言って遠巻きにするくせにな。


 「お若い方が宜しいでしょう?」とか言って妹に押し付けようと思ってたら、妹が夜中に手紙残して消えてたらしくて、そっから家中が私を逃がさんぞってなもんで、24時間バッチリ監視する始末。


 半月も経てば「こりゃあかん」って諦めもついて、しゃーなく腹括って、結婚式まで大人しゅうして、半目になりそうなくらい退屈な結婚式もトントン終えて、さぁ来てもうたで、初夜!


 あちこち擦って揉まれて擦り込まれ。ピッカピカに全身磨かれて放り込まれた、大きすぎやろってまずツっこみ入れた寝室のベッドの端で待ってたら、新郎のネイサンがローブ姿でズカズカ入ってくるなり言いよった。




「いいか、お前を愛する事は永遠にない!」




 はぁ?どないしたん、あんた。って返事もせんでポカンとしていると、続けて言い募ってきた。



「俺には愛する女性がいる。家のためにお前と仕方なく結婚したのだ。

 俺に愛されるなどと、間違っても思うんじゃない。分かったなっ」



 新種のナルシストか?

 ポカンとしてしもうたやないかぃってちょっと恥ずかしくなったところで、お返事待ってそうやわ。




「……別に要りませんけど?」




 素直に返してやったら、ネイサンはビックリしてた。そら要らんやろ?



「政略ですし、大多数はそのようなものでしょう?貴方の事情はどうだか知りませんけど……私、未来の侯爵家を継ぐ子を産まなきゃいけないのですよ。愛がなくともできるモノなんでしょう?ヤる事ヤって頂かないと困りますわ」



 あ、あかん。最後ちょっと本音出たわ。

 実家の商売を手伝ってた関係で、下町に頻繁に出入りしてたから、本当は口も訛りもキツいんよね。気をつけよ。



「ヤる事って……!淑女が見下げ果てたモノ言いだな!」



 ネイサンが顔を赤くしながらお怒りですわ。

 愛する者が居る〜って言うからには初心(うぶ)じゃないよなぁ?



「あら、それを言うなら貴方の部屋に入るなり吐き捨てた言葉も、なかなか見下げ果てたモノでしてよ?」



 どう?言葉返し。

 え、コレで「うぐぅっ」とか言っちゃうの?詰まっちゃうの?

 やめてよ、煽り機能搭載してるんよ私。コレで詰まるなら、誰にも口撃したらあかんでネイサン。


 バツが悪くなったみたいで、フィっと視線を外してベッド近くに置かれていた椅子にどかりと座った。子供か。



「……ふん、貴様も我が侯爵家に(おもね)り、擦り寄ってきたのだろう。そんな態度で良いと思っているのか?」



 言外に実家への圧力をチラつかせてきたぞコイツ。はーーーぁ。



「はぁ。貴方もしかしてこの結婚の意味、ご存知ないとか仰います?」



 呆れ成分をたっぷり含ませた言葉に気付いたネイサンは、怒ったみたいで顔を赤くして眉を釣り上げた。



「それは貴様の家が、侯爵家との繋がりと利益を求めて」

「ご存知ないのですね」



 切ったったわ。最後まで聞くわけあらへん。

 仕方なくベッドから腰を上げて、ネイサンの向かいにある椅子に移動。腰を据えて説明したろ。何事も最初が肝心やもんな。



「我が実家は伯爵家ながらに、始まりは建国時期まで遡れる由緒ある家系ですわ。

 未だに伯爵位なのは、元々権力欲の薄い者ばかりで、陞爵を事あるごとに辞退。代々発生する当主争いは、“押し付け合い”で争いが発生するくらいですの。私、女で良かったと心底思っていますのよ」



 あぁ、継承権は男のみだもんなと、小さく呟いたネイサン。いくつか特例はあるんやけど。知らんかったりするんかな。今は置いとこ。



「そしてもう一つ特徴としては、多産である事。それが今回、侯爵様が求められたものの一つですわね。

 このお話を頂いた時、若い方が良いかと妹を推そうと思ったのですが、いつの間にか置き手紙を置いて居なくなっておりまして…………仕方なく私が参りましたの」



 ホンマに知らんかったんかいな。薄灯でも分かるくらい目を丸めるな、ネイサン(25歳)。

 大丈夫かな次代侯爵。



「……そういった経緯なのですが。

 さて、何処かに貴方の愛が求められた箇所が、少しでもありまして?」



 心底分からんわぁって頬に手を当てて小首を傾げて聞いたら、ネイサンは今度は羞恥で顔を赤くした。

 器用なこって。貴族って顔に出したらあかんのよ?知ってた?



「そ……それはっやはり俺の愛がないと……」



 モゴモゴしたかと思うと、言うに事欠いてそれかいな。



「ですから、貴方の愛がなくとも家内の取り回しは出来ますし、貴方の愛がなくとも社交はできますし、貴方の愛がなくともヤるコトヤれば子はできますでしょう?」



 まぁ最後は神様次第やけどなっと心で付け加えた。3段活用で「俺の愛は無価値」って説明したったけど、伝わったかなぁ〜。

 テーブルの上に置かれていたグラスに、用意してあったワインを注ぎ……アンタも飲めば?と一応とばかりに注ぎ終えたグラスを、ネイサンの手元近くに置いたった。優しいやろ?先に飲むけどなっ。

 あ、ちょっとだけ甘め。うん、イイね。



「私が産んだ男児が未来の侯爵位を継ぐと、婚前契約書に込められておりますの。旦那様に兄弟がいない限り、契約を結んだ侯爵家の一員として全うする義務が貴方様にありますわ。

 ところで、出来ないのでしたら、翌日へ持ち越して寝てしまいたいのですが、どうします?」



 口端に少し垂れたワインを、指先で拭いながら聞いたら、ネイサンはワインを一気に飲み干した。あらー、やけ酒かー?

 手の甲でグッと口を拭ったネイサンがやけっぱちの様相で言いよった。



「願い通りヤることヤろうじゃ無いかっ。泣いて縋っても知らんぞっ」



 子供か(2回目)。



「まぁ、乙女に向かって鬼畜な言い方ですこと」

「きちっ?!」



 だから、それくらいで詰まるなら口で絡んでくるなってーの。



 ***


 それからは、きっちりルール決めさせ、ジワジワ管理したった。ふふふ。



 まずは夫婦間のルール。


 どんな事情があろうと、私と結婚することを選んだ以上、恋人(愛人にクラスチェンジか)を、この屋敷の敷地内に連れ込まない事。

 これからお茶会やらで他の貴族(お客様)をお招きするのに、下手なところ(弱み)は見せられないからね。




 次に家計管理。


 王宮で近衛騎士もやってるネイサン。侯爵家との収入を別にして、専用の財布を持たせた。


 好きにして良いけど、それはあんたの財布の中だけにしてって事。

 近衛騎士はそれなりに収入有るから、貢ぐに足りないなんて事ないはず。囲ってるの平民というし、お高すぎる宝飾品(貢ぎ物)は要らんやろ。




 そして時間管理。


 ちゃんと妊娠するまでは、週の半分は家に帰ってくる事。

 週の前半でも後半でも1日毎でも何でも良い。聖母じゃないんで、1人じゃ作れん。

 そしたら、週の前半は帰ってくるって決めたらしい。

 まぁ、その方が都合がいいから良いか。



 最後に近衛騎士としてのお仕事と、愛人を囲う為に不在がちのネイサンに代わって、出来る仕事の引き継ぎ。


 領地の運営は、基本義父である現侯爵がやってるけど、いくつかネイサンに任せつつある雑多な部分を、了承を得てからやっていった。


 合間合間にお茶会行ったり開いたり、夜会に出たりで結構忙しい。


 その内、早い時間に帰ってきたネイサンと、一緒に遠駆けしたり、野外で川釣りしてその場で調理して二人して食べたり、騎士のお役立ち小道具の揃った店に行ってみたりした。意外と趣味が合うらしい。


 そんなふうにあんまり意識せず、気ままに過ごしていたら、ネイサンが週の半分を越してもずっと帰ってくる様になった。



 “旦那元気で留守がいい”

 って誰や言い始めたん。……めっちゃ分かる。



 愛人は良いんかいなって思ってたけど、自由にして良いって言った手前、それでこっちに居るなら「まぁお好きにどうぞ」って放置した。

 そしたら結婚してそろそろ一年経とうかという今…



「出てきなさいよっ!泥棒猫っ!!」



 中々言わんで今時ってセリフが、屋敷内に響いた。

 執務室まで響くって、すごい声量やな。


 ま、大体察しがつくから向かってみよかなっと。

 そしたら心配顔の侍女に止められた。



「若奥様、危のうございます。私どもで対処いたしますので、どうぞお気になさらず」



 そう言うのは、侯爵家の侍女長。

 最近私につきっきりで、なんか実家の母より過保護な中年女性。初めはちょい警戒されていたんだけど、ちょくちょく話し合う内に意気投合。侯爵家を取り纏めるのに欠かせない存在。



「いいわ、屋敷に入ったということは、対処しかねる状態だったのでしょう。私が行った方が話が早いわ」



 さぁ行くわよって立ち上がったら、肩を落として渋々な感じで手を引いてくれる。

 ネイサンよりエスコート上手いんちゃう?ははは。


 2階の廊下を進んで、玄関ホールに降りる緩やかなカーブを描く階段あたりまで来たら、階下の騒動がよく見えた。


 男性使用人が取り囲んでジリジリしてる。

 中心で焦茶の小柄でスレンダーな女性がキャンキャン吠えてる。


 大方、若旦那の愛人に無闇やたらに触れていいものかと考えあぐねている内に、強行突破されたんだろな〜。武器向けるのもなぁ〜って感じか。


 ゆっくりと階段から降りてながら、そう考察しつつ眺めていたら数人こっちに気づいた。


 さぁ、始めよか。



「何事です」



 はいはーぃ注目ね。みんなネイサンのせいでゴメンねー。

 顔は淑女スマイルのまま心の中で謝っとく。


 頭を下げた使用人一同が、それでも侵入者が易々と私に近寄れないように間に立ってくれる。


 うん、出来る人は好きよ。



「申し訳ございません。早急に対処いたします」



 初老とは思えないピシッとした佇まいで、頭を下げたまま発言したのは執事長さん。

 モノクルから垂れる銀の鎖がシャラリと鳴る。うん、イケおじ。



「いいわ、頭を上げてちょうだい。

 ─ そう、貴女が旦那様の?何用かしら」

「何かじゃ無いわよっアンタね!後からしゃしゃり出てきてネイトを横取りするなんて、浅ましいことしておいて!」



 ぎゃーぎゃーと喚く女に、強靭な喉だなと呑気に考えてたら



「っっ黙ってないで、何か言いなさいよ!」



 って怒られた。

 ……ベタに「何か」とか言ったらウケるかなぁ。

 あ、いやいや、みんなの前や。空気的にすべる。

 小首を傾げて無難に返しとこ。



「何かとは?」

「すましてんじゃないわよ!あたしの男寝取っといて!返しなさいよ!!」



 鬼気迫る言い草に、なんかジワる。

 あかん、ちょっと抑えがっ……



「なっ何がおかしいのよ?!」

「……ふふ、だって寝取るなんて人聞きの悪いことを仰るから。別段縛ってもおりませんのに、返せだ何だかと私に必死に訴えたところで可笑しいでしょう?直接旦那様に仰いな」



 はいはいこれで終いかなっと。

 ジリジリしてた使用人に、摘み出すように指示を出したら、両脇固められた愛人がまだ喚きよる。

 元気やなあんた。見てくれ以外でどこが良かったんか甚だ謎。あ、イキの良さか??



「嘘よ!ネイトを貴族だからって家に縛り付けているんでしょ!ネイトはあたしを愛しているのよ!返してっ返しなさいよ!!」



 あー、ホンマやかましいなぁ。



「だから何なのかしら?

 貴女が愛されている。だから?私に何の関係がありますの??」



 ちょっと情緒不安定で、被ってた猫が何枚か軽く吹っ飛んだわ。


 ふぅ、落ち着け私。



「貴族である事を捨てられずに私と結婚したのは、旦那様が選んだ事。旦那様の自由な時間に此処へ帰って来られるのは旦那様が望んだ事。

 貴女の言う“愛”で旦那様を縛りたいなら、本人に仰って?私がどうこうした訳でも縛っている訳でもないのに、返せと言われても困るわ」



 指示もしたし、主張もしたし、後は任せて仕事に戻ろ。そう思って侍女長に手を差し出して、執務室へ戻ろうとしたら、両開きの玄関扉がバーーン!と開いた。

 そこには息を切らせたネイサンが、飛び込んできたところだった。



 …………誰や、面倒くさいのぶっ込んだやつ。




「アリーシャ!此処で何をしている!」



 そういえばそんな名前だった気がするわと、現実逃避気味に思っていると、アリーシャは般若の如く怒りに歪めた顔を、パッと笑顔で輝かせた。顔の温度差半端なさすぎやろ。



「ネイト!迎えに来たの!」



 さっきまで怒り肩で息巻いてたのに、胸の前で手を組んで撫で肩にして、小さくか弱く華奢アピール。


 ……別の意味の「お迎え」だったらオモロいのに。


 まぁ、他所でやって。と知らん顔してそのまま背を向けようとしたら、ネイサンはアリーシャを丸っと無視して脇をすり抜け、私の手を掬い上げるようにして取った。



「大丈夫か?大事ないかっ」



 肩で息をしながら、心配げに眉を寄せるネイサン。後ろであんたの愛称を叫ぶ彼女の声は、耳に入らないご都合性能らしい。えぇなぁそれ。



「……えぇ、問題ございませんわ。寂しすぎて来られたらしいわ。彼女」



 あんたがしっかり相手せんから、「来ちゃった⭐︎(テヘ)」を、やらかしたんやぞ?をお貴族オブラートに包んでフォーユーしてみた。



「あ、ああ。俺がしっかりケジメを付けないからだ……すまない」



 ん?ケジメ?


 不穏な言葉を言ったネイサンは、私を背に庇うようにした後、愛する女性であった筈のアリーシャに対峙するように向かい合った。



「アリーシャ、此処には来ないでくれと言ったと思うが」

「だって、ネイトが最近来ないからっ……あたし不安で不安で仕方なかったのよ!その女でしょ?!邪魔されて来れないのよね?大丈夫、あたし、ちゃんとあなたの愛は、あたしにあるって言ってあげたわ!

 そしたらその女、負けを認めたのよっ!ね、そんな女なんて気にしないで大丈夫よ、だから帰ろうネイトっ」



 私、知らんところで勝手に負けてたみたい。知らんかったわぁ。

 すると、ネイサンはバッと私を振り返って、悲しげに顔を歪めた。

 アリーシャの「負けを認めた」発言、マジで?ぴぇん!ってとこか?

 にっこり微笑んで「そうですけど何か?」と無言で答えたった。


 だからなんで泣きそうやねん、あんた。



「……アリーシャ、ちゃんと話さなければと……思っていたんだ。君にはしがらみで重くなる心に寄り添ってくれた、明るい笑顔でいつも癒してくれた。優しく思いやりのある心で包んでくれた。だけど、逃げているだけではいけないと気付いたんだ。それにもっと大切なものが出来た。

 …………別れよう」


「っそんなっネイト!何かの気の迷いよねっ!……そうだわ、その女に何か言われたのね…そうに違いないわ…あたしの方が先に……ネイトと先に出会って愛し合ったのに!!」



 ちょーっと待て、勝手に他人を舞台にあげんなっ!



「すまない俺は……俺は、アリーシャの元にはもう戻れない……」

「じゃあたしはどうなるの?!いつかは結婚して、幸せに暮らすんじゃなかったの?!」

「すまない。俺は…………っ俺は!

 妻を愛してしまったんだっっっ!!」



 その瞬間、ネイサンは背にかばっていた私を自身の胸に、力強く抱き寄せた。




「  はぁーーー?!  」



 と、思わず声を上げたのは他でもない、ネイサンの腕の中に囲われた私だ。



「もー無理っ。我慢も限界や。

 あんたらの痴話喧嘩や、三文芝居みたいな愛憎劇に巻き込まんといてくれるーぅ?」



 ドンって強めにネイサンの胸元を押して、腕から抜け出すと、腕を組んで仁王立ちして2人を睨みつけた。



「あのさぁ、最初っから言うてるし、忘れてるんやったら、しゃーなしでもう一回言うたるけどさぁ。

 別に愛だなんだって、必要ありませんけどぉ?

 こちとら貴族なんですわ。色んなことを織り込んで結婚したんですわ。惚れた腫れたな恋愛ごっこのお話ししてるんとちゃいますねん。

 そもそも、身分捨てられんで女の手をとらんかったところで、将来なんてお察しやろ。

 それでも2人とも納得詰めで、囲い囲われとったんやろ?ちょーっと不安になったくらいで、周りを巻き込まんでくれるかなぁ?」



 私の物言いにびっくりした様子の2人は、目を見開いたまま固まっている。



「あんたそもそも乗り込んで何がしたいん?

 そんなに欲しけりゃくれてやるけど、その代わりあんたが住んでる侯爵家名義の別邸は出て行かなあかんし、ネイサンも仕事やめて一兵士からや。そしたら今みたいな暮らしはできんで。正真正銘2人っきりの平民生活や。あんたも働かなあかんかもな〜。それでええならどーぞ?」



 言い切った気持ちよさで、フンっと鼻を鳴らして満足していると、2人は呆然としていた顔を、青褪めさせて慌て出す。



「ま、待ってくれ!なんで俺が侯爵家を出て行く話になっているんだっ!俺は君とっ」

「ちょっ、今のどういうこと?!」



 やっと頭が機能したんかと、呆れてため息を吐き、ネイサンに「ちょっと黙っとき」と縋り付く手を鬱陶しい気持ちのままペイっと剥がして押し退けた。



「どうもこうもない。ネイサンの父があんたとの結婚を認めない限り、あんたと結婚するには貴族を捨てるしかない。

 近衛騎士は貴族のみと決められとる。貴族やめるなら、お仕事もパァや。そんで侯爵家名義の家も返さなあかん。他人のもんやから当たり前やろ。

 そんでもこの人が居たら他はなーんも要らんっちゅーなら、熨斗つけてあげる。どぉぞ?」



 やって貰って当たり前生活のボンボンが、一般兵か騎士になれても下積みで実績積み上げてやっとなれても下級から。

 アリーシャにも内職とかやって、なんとか慎ましく暮らせるかと言うところ。覚悟があれば出来なくはない。



「なんで……そんな…………」



 呆然と青褪めた顔を、フルフルと小さく横に振りながら呟くように言うアリーシャ。どうやらそこまで手放さなければならない事に、気づいていなかったらしい。



「“愛”……があるんでしたっけ?どぉーぞ、持って帰ったら?」

「待ってくれ!俺は!!」


「あんたもあんたや。『一生愛する事はない』って言うてたんちゃいますの?言いましたよね『別に要りませんけど』って。なんもかんも捨てられん、風見鶏も真っ青なお軽い“愛”を振りかざせば免罪符になると思ってんのかいな?……ッハ、ありえんわ。

 あっちに行くにせよ、ここに居続けるにせよ、きっちり誠意見せぇ!

 分かったら二度と私や侯爵家を下らんことに巻き込むなや!分かったかぁ?!」



「は、はひっ」



「……宜しい」



 ネイサンはピシッと姿勢良く直立すると、何故か顔を赤らめ騎士礼を示して硬直した。

 私は今度こそ踵を返して、侍女長へと手を差し出し、元いた仕事部屋へと足を進めた。



「若奥様、あまり興奮されるとお腹のお子に障ります……」



 困った顔した侍女長は、優しく手を引きながらそう小声で嗜めた。



「もう安定期とは言え、無理し過ぎていたのかも。仕事に戻る前にお茶をお願いできる?ちょっと休息を取るわ」



 侍女長は優しく微笑んで、「ハーブティーをお持ちしますね」と答えてくれた。

 侍女長の特製ブレンド、好きなのよ。


 ***



 その後。



 ネイサンはアリーシャとじっくり数日に渡って話し合い、お別れすることにしたらしい。


 幾らかのお金と、こぢんまりとした一軒家をネイサンのお財布から用意して渡したそうだ。

 アリーシャは明るい顔ではなかったものの、文句なく受け取って、吹っ切って新しい人生へと踏み出していった。


 女って切り替えたら早いもんね。


 そしてネイサンは、アリーシャとの関係を清算し終わると…



「ただいま帰った!あぁ、ロザリア…我が妻よ、今日は貴女の微笑みのように、可憐で美しい花を買ってきたよ。それと今の時期は果物がいいと聞いて、ルビーの様な苺も!」



 始終この調子でまとわりつく様になった。


 ……正直鬱陶しい。



「まぁ、旦那様。お気遣い有難うございますわ。何度も言う様ですけど、先にお召し替えなさって?お話はそれからでも遅くないでしょう」

「またそんな澄ました言い方しないでくれ。俺の前ではあの時みたいに、話してくれていいんだよ?」


「おほほ…ご冗談を」



 掴まれそうになった手をするりと躱して、彼の後ろを付いてきていた使用人に連れて行く様に目配せする。

 「またお前ら!」「今愛する妻と!」と小さく喚きながら私の自室から、連れ出されていった。




「ふぅ、ほんまイライラするわぁ」

「……若奥様」

「あら、失礼。うふふ」



 侍女長に小さく窘められて、つい乱れた口調を戻した。



「……出産は実家に戻ろうかしら」

「お供いたします」

「貴女は此処に居ないとダメでしょ」

「少しの間くらい、任せられる子は居ますよ」


「……考えておくわ」



 そんな話をしていると、またもや騒がしい音が近付き、けたたましく自室の扉が開かれた。



「ロザリアっ気分はどうだ?今日は無茶はしていなかったか?1人で外には出てないだろうな?」


「……いつから行こうかしら」

「え?なんだ??」



 臨月までまだ数ヶ月あるけど、今からオタオタするネイサンを見続ける苦行は、なかなかストレスフルやわ。

 義父にそれとなく連絡だけ入れておこうかなと算段をつけていると、当たり前の顔して私の座る長椅子の横に座り、ピッタリ身を寄せるネイサン。


 ちょっと離れんかいっ。



「もう少しで、俺も親になるのかぁ」

「……まぁ、そうですわね」



 親がどんな仲であろうと、生まれてくる子にとって原材料は変わらない。



「ロザリア、何度も言うけど生まれてくる子のためにも、ちゃんとする。それから……愛しているよ」

「はぁ、そうですか。応援しておりますわ」

「冷たい!そこもまた良いんだけどっ」


「……めんどくさっ」



 まぁ、ネイサンの言う「愛」になんぼの価値も無いけど、自分で選んだ選択肢を逃げずに全うするなら、私に文句はない。


 しかし、次にゴチャゴチャと問題を起こす様なら、義父にもうちょい頑張ってもらって、余地なしで放り出す所存だ。



「   まぁ、頑張りや?ネイサン   」



 何たって未来の侯爵は、私のお腹の中に宿っているのだから。




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[一言] 好き・・・! この奥様。 いい!
[一言] 瓶渡して 「朝に3回分ほどお願いします。あとはこちらでうまくやるんで」 とか言わないだけまだ優しいよねw
[良い点] なんかこう、言語化出来なくてもどかしいけど 良き
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