63 ひとつなぎのお宝についての考察
子供はいつも何かを考察しているのです。
「お兄ちゃん、これ見てくださいよ。ねえねえねえ」
「はいはい。何かなー」
夏休みに入って間もなくの頃、雪奈がタブレットを持って僕に話しかけてきた。何か面白いモノを見つけて、僕に感想を聞きたいのだろう。春奈が居たら春奈に聞いたのだろうけど、あいにく今は春奈が居ない。末っ子の相手をするのは兄である僕の役目だ。
「これなんですよ」
「うんうん。えーと………… 」
そこには、露出面積の多い水着を着た女の人の画像があった。僕の方…… いわゆるカメラ目線ではなく、あさっての方向を見た状態で、シュッと立ちポーズを決めている。モデルさんっぽい立ち方な気がした。よくよく画面内を見て見ると、値段やらサイズやらが書き込まれている。どこかの販売サイトのページみたいだった。
「こんなに露出が多いのに、これ『ワンピース』なんですよ!! ビキニの上下をヒモでつないだだけにしか見えないのに、これでもワンピース!! ワンピースって、『ひとつなぎの服』という意味で使われてますけど、こんなのでも『ワンピースの水着』なんですよ!! いやー、世の中って言い切ったモノ勝ちっていうか、言葉の意味をよく考えなきゃいけない世界というか、ルールが厳格に決められているっていうか、あらためて考えさせられますよね!! お兄ちゃんはどう思いますか、このワンピース水着!! こんなのビキニじゃん!! とか思いますか?? それとも、紛れもなくワンピースだ!! と思いますか?? 」
「世間のルールに従うよ、僕は」
雪奈はときどき、こういう下らないネタというか、何となくの面白ネタというか、自分が面白いと思ったネタを感覚的に振って来る事がある。それは本当に面白いネタの場合もあるし、本当に下らない、どうでもいいネタの場合もある。後者の場合は僕のクラスの友達、同級生の男子のネタ会話そのものな気もする。
何でこのネタを振られるのが僕なんだ。春奈だったら適当に会話するだけで済んでたと思うのに。女の子が男の子に振る話題じゃないと思うんだけどな。大人だったらセクハラだとか何だとか、そういう問題に発展する可能性もあるんじゃないかと思う。
「うーん…… 」
「ワンピースの水着って、上下が一体化した、学校指定水着みたいなヤツというか競泳水着みたいなヤツをイメージするんですけどね…… その競泳水着に、穴をいっぱい開けてもワンピース。肩の部分や首に引っ掛ける部分をヒモに変えてもワンピース。背中が全部開いていてもワンピース。そしてそれらの布面積をどんどん減らしていって、全部ヒモに変えてしまってもワンピース…… とするのならば、いわゆる『スリングショット』もワンピース水着なのでしょうか?? 」
「なにそれ」
スリングショットって何。知らない水着用語が出てきたぞ。
「スリングショットと言うのはですね。『ブラジル水着』というカテゴリの水着の一種の事でして」
「ブラジル?? 日本の反対側の?? 」
その時。『ただいまー』という声が玄関から聞こえて、父さん達が帰って来た。
「 …… この話は、また今度で」
「あ、そうなんだ」
何となく察する僕。きっと母さんに聞かれると説教される可能性のある話題なんだな。雪奈は調子に乗って下らない話をしていたりすると、ときどき母さんや父さんに説教されたりする事がある。今回もそういうネタの話題とかワードなんだろう。
きっと画像を検察するとセキュリティに引っかかったり、僕が検索しているのを父さんや母さんに見つかったりすると、引っ張っていかれて説教されるヤツなんじゃないかな。気を付けよう。そしてブラジルっていう名前?? が付くあたり、ブラジルってちょっと過激なお国柄なのかも知れないな、と少し思ってしまった。リオのカーニバルとか、なんかすごくハデな衣装で踊りまくっているイメージがあるし。
「気になりますか?? 気になりますよね、お兄ちゃん」
「 ……………… 」
むふふ。とかいう含み笑いの声を出しつつ、雪奈が僕の反応に食い付いて来ていた。
「まくら言葉に『ブラジル』というのが付く水着はですね、『布面積が少ない』という特徴がありまして。通常のビキニに比べても、ブラジリアン・ビキニと呼ばれるモノはパンツ部分の布面積が少なくてですね、下半身のスタイルに自信のある女性が、お尻だとかフトモモだとかをキレイに見せるのに効果があるというシロモノでしてね。まあ、お兄ちゃんぐらいの年頃の男の子だと、お尻よりも、おっぱいの方に興味が大きいかも知れませんが、これはこれで需要があるというか、大人の男性にとっては、こっちの方が重要だ、という人も多くてですね―――― 」
「 ………… 」
「 雪 奈 」
雪奈がハッと気づくと、雪奈の背後に、母さんが立っていた。直後、雪奈の頭に母さんの手が下りて、頭をガシッと掴む。
「こ、こ、これは…… そう、一般教養!! 一般教養の話です!! 就職試験でも出てくるような、大雑把な知識の話!! 他愛もない日常会話、常識的会話の、ひとかけらです!! 」
「女の子が、男の子と話す会話の日常会話の常識について、ちょっと、お母さんと話をしましょうか?? 」
ほぎゃああぁぁぁ―――――
雪奈はそんな声を上げながら、説教部屋(父さんと母さんの寝室)へと連行されていった。
「 …… お兄ちゃん、雪ちゃんと何の話をしてたの?? 」
父さん達と一緒に帰って来た春奈が、連行される雪奈を見ながら、僕に聞いてきた。
「ワンピース水着について?? 」
「えー?? 」
首をかしげる春奈に、放置されているタブレットを見せる僕。その画面を見ながら、『え?? これワンピースなの?? 』とか言いつつ、少し考えてから『そうかー 』と言っている春奈だった。何となく、どういう方向へ話が進展したのか、察したようだった。
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「お兄ちゃんが中学に上がったら、ああいう話も時効というか、解禁されるんでしょうけどね。まだ少しだけ早かったという事でしょうか」
「女の子が口にする話題かどうか、という問題が抜けてるよ、雪奈」
母さんの説教から開放されて、麦茶を飲んでいる雪奈だった。
「普通のビキニの話にしておけば良かったです」
などと言う雪奈だった。
「ビキニに関してですけどね、子供の水着でも、今どきはビキニって普通にあるでしょう?? 凹凸の無いイカっ腹の子供にビキニとか、何の意味があるんだって、ワタシも昔は思ってたのですけれど。アレはアレで、ちょっぴり合理的な意味合いがある、と。最近は思うようになって来たんですよねぇ」
てっきり水着の話はもう終わり、となるかと思いきや、まだ話を続ける雪奈だった。
「お姉ちゃん、『ビキニ水着』の、『メリット』というの、何だと思いますか?? 」
「えぇ―― ?? 」
メリット?? いい所、という事かな?? …… 本気で泳ぐ水着としては不完全な気がするし、いい所は無い気もするんだけど……
「おっぱいとか、お尻が大きい人にとっては、まず『ヒモでサイズ調整が容易』というメリットがありますよね。ヒモで留めるタイプの話ですが」
「「あぁ―― 」」
泳ぐための水着、ではなく。水遊びをするための水着、という用途でのメリットかあ。確かに、ヒモでフリーサイズ的な調整ができる、というのは便利な気がする。
「実はこれ、サイズ的に大きい人だけでなく、子供みたいに『すぐにサイズが変わってしまう人』にもメリットがあります。ワンピースの場合、胴回りだけでなく、身長が伸びてしまうとサイズ的に問題が発生したりしますが、セパレートの水着の場合、上下のサイズ変化は気にしなくても良いです。そして胴回りはヒモで調整できるとなれば、成長期にある子供の水着としては、『買い替えの必要が無い』という意味でメリットが大きいです。まあ、ワタシみたいに『着れるなら何年着ててもいいじゃん』とか思う人にとってですが」
「「おぉ―――― 」」
雪奈は以前、『海遊びに出掛けるための水着なんて必要ない、学校指定の水着で充分だ』とか言ってゴネてた事があったけど、お出かけ用の水着を買う事になった時にセパレートタイプの水着を購入していたのは、こういう理由だったのかな。
「今どきは局部さえ隠れていれば問題なし、という風潮ですからね。水着に関しては寛容な時代になったモノです。…… ですが、昔は子供が裸で水遊びしていても、誰も気にしないような気もしましたが。総合的に見ると、厳しくなったんですかねぇ………… 」
感性って難しいですね、と言う雪奈だった。
「知ってますか、お兄ちゃん。大昔の日本では、『おっぱいはHじゃない』という感覚だったんですよ!! おっぱいは赤ちゃんのモノで、大人の男性が興奮する対象ではなかったのです!! 下級階層の女性なんか、おっぱい丸出しで仕事をしてても『普通』だったそうですよ!! 」
「雪奈。気をつけないと、母さんに逮捕されるよ?? あとそれから、水着の話じゃなかったの?? 」
時代的な庶民文化の話とか、常識の変化とはまた別にして。我が家の警察である母さんの法律に抵触したら、誰であろうと逮捕、連行、説教という流れからは逃れられない。そして脱線したままどこかへ走り出そうとしていた話題を元の方向へと修正してみようと試みる。それが正しいのかどうかは現時点では分からないけれど、雪奈がおっぱいおっぱい言って母さんに逮捕される状況は避けたかったのだ。
「そういえば水着の話でした」
どうやら修正できたらしい。
「そういえば西洋の水着って、大昔は薄手のシャツとステテコの組み合わせみたいな、温泉の湯浴み着みたいなヤツだったらしいですよ。その後、水をはじく上に伸びる、化学繊維や布の技術の進歩によって、今のラッシュガードみたいなヤツへと変わったとか。そして段々と布面積が少なくなってきて、今のワンピースみたいな感じになってきたと」
「「へえ―― 」」
「そしてビキニです」
「「ああ―― 」」
布面積が、一気に減った気がするけど。
「ああいうの、社会体制への反抗とか、そういうのと密接に繋がってますよね。『女性は女性らしく!! 慎みを持ちなさい!! 』とかいう風潮なんかに反抗して、軽装な服が出てきて、運動着としてスネを丸出しにしたブルマが出てきて、ミニスカが出てきて、なんやかんやあってビキニです。そしてスリングショット」
「スリングショット?? 」
「ちょっとちょっと雪奈」
さっき、その話題になりそうな時、あわてて話を中止しなかったっけ?? 問題のある話なんじゃないの?? 今はすぐそこに、父さんも母さんも居るんだから。調子に乗り過ぎ。
「スリングショットっていうのは、駄菓子屋さんで売ってる『パチンコ』の事ですよ、お姉ちゃん」
「あー。男の子がたまに遊んでて、人に向けて使って怒られるとか、BB弾?? をバラまいて怒られたりするところまでセットになってる、アレかあ」
あれ。水着の話から逸れたぞ。何も問題が無さそうだ。
「そういう水着です」
「え?? 水着でしょ?? BB弾でも飛ばせるの?? 何か飛ぶの?? 」
「飛ばすというか、男性の視線が飛んでくるんじゃないですかねー?? BB弾を飛ばすパチンコって、こういう『 Yの形 』をしてるでしょ?? 要は極限まで布面積を減らしたワンピースっていう事で―――― 」
「「 あっっ 」」
手近なノートに絵を描こうとしていた雪奈の背後に、母さんが立っていた。
「 雪 奈 ?? 」
「ひょわ―――― !! ちょっとお兄ちゃん!! 見張りを頼んでおいたじゃないですか!! 」
「いや頼まれてないからね?! 」
うらぎりものぉ――――
そんな声を出しつつ、説教部屋へと連れて行かれる雪奈だった。いや、見張る見張らないじゃなく、声が大きくなりすぎて完全に筒抜けだったんだよ。雪奈は調子に乗ると注意力が低下する感じがするなぁ。家の中という事で、安心しているのかも知れないけれど。
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「 …… 西洋の温泉って、『湯浴み着』や『水着』を着用して入浴するのが普通で、基本的には混浴じゃないですか。まあ日本も西洋文化が流入してくるまでは、地方の温泉では混浴が普通だったりしたそうですが」
「そうだったんだ」
「だからスリング…… 『 Y字型のワンピ 』も、水着着用可の混浴温泉で着用するのが適当なのかも知れませんね。混浴用の湯浴み着として使用するなら、監視員に逮捕されたりしないかも知れません」
「なるほどー」
また雪奈が、小声で、言葉を選びつつもいい加減な事を言っている。ような気がする。そして春奈が感心している感じなんだけど。今の話からすると、その『Y字型のワンピ』は水着として着用すると監視員…… プールの監視員とか、海水浴場のライフセーバーとか、そういう人に逮捕される可能性があるっていう事なんじゃないのかな。ダメでしょそんな水着。たぶん温泉でも怒られるよ、きっと。
「まあどっちにせよ、ああいう感じの水着はビキニもそうですけど、どこかしらに『布とかヒモを引っ掛ける事ができる』のが重要だと思うんですよね。引っかかる部分が無い人が着用しても微妙な感じになるだけですし。それにブラジリアン・ビキニのパンツなんか、腰っていうか骨盤の上やお尻の上にヒモを引っ掛けてるだけじゃないですか。ウエストも細くないとダメだし。ウエストが太かったり、寸胴だったり、お尻がそれなりに大きくなかったりしたら、スポっと落ちちゃいますよ。いやー、ああいうのって体型に自信のある人が自分を誇示するための水着ですよねー。あ、もちろん、お兄ちゃんの大好きなおっぱいの方も同じです。肩ヒモの無いブラとか、あとチューブトップなんかもそうですけど、布が引っかかる凸部分が無けりゃ、動くだけで落っこちますからね。やっぱ自慢ですよね御自慢。ですのでお兄ちゃん、そういう服や水着を着ている人を見かけたら、恥ずかしがらずに見てもいいんですよ!! あっちだって見て欲しいんですから!! スゴイ水着やスゴイ夏服を着ているお姉さんがいたら、充分に目の保養をいたしましょう!! 」
「うんわかった」
適当に相槌を打っておく事にする。
「将来的には、こういうのが似合うナイスバディになってみたいですねぇ」
「雪ちゃん、身長も伸びて来たしねー。あたしももっと伸ばさないとなー。早く大きくなりたいなー」
そんな感じで、最終的には『将来的にはカッコ良くなりたい』みたいな話に落ち着いてきた雪奈達の会話だった。
雪奈はモリモリ食べているせいか、どんどん背が伸びている気がする。まだ3年生の夏なのに、4年生くらいの身長になっている感じだ。去年の運動会では同学年でいちばん背が高かったと思うし、僕も油断できない。僕もいっぱい食べて運動して、早く大きくならないと。まあ、すくすく育っているのはイイ事だと思う。でも、僕が高校生になった頃、中学生の雪奈に身長で追い越されたりしないようにしたい。兄として妹に身長で負けたくはないのだ。
そんな事を考えつつも『雪奈がこのまま大きくなって中学生になった時、布面積が少なすぎる水着を欲しがったらどうしよう』と、雪奈の成長スピードに、少しだけ心配をしてしまったりもする僕なのだった。
縫って結節してあったら、どんだけ細くっても『ひとつなぎの水着』なんでしょうか???? という、子供の素朴な疑問から広がった考察や希望でした。
今後の予定ですが、雪奈さんはどんどん『身長とか大きくなる』予定です。まあどの程度が適当なのか……?? というのは、筆者のその時の気分ですが。そーいえば、昔『セクシー小学生』とかいう言葉が瞬間的に流行ったりワイドショーで取り上げられたりしたような気がしなくも……
今後も、よくある子供の日常を描く、のんびりゆったりした作風の、読む睡眠導入剤みたいな芸風で進めていきたいと思います。今度とも、ゆるーくお付き合い下さいませ。




