06 僕の妹と近づく夏
よくある毎年のイベント。
「たなばた、さーらさら」
「雪奈、それを言うなら『笹の葉』だよ?」
まちがえました。そう言いながら、窓の外を見る雪奈。
七夕の日の夜、雪奈は父さんと並んで窓辺に座りながら、庭先に『どん!!』という効果音が似合いそうな感じで立っている、立派な真竹を眺めていた。去年は連日の雨だったから七夕イベントは町内中で中止状態だったけど、今年は快晴なので、どの家でも大小の七夕飾りを出している。
あの立派な竹は、父さんが近所の知り合いからもらってきたものだ。手入れ代わりにちょうどいいから、いちばんでっかいの持っていけ!!と言われたそうだけど、ほどほどのやつにしたらしい。それでも充分大きいと思うけど。あれより大きいやつとか、どう考えても邪魔すぎる。
去年はもう少し小さかったような気がするけど、これってもしかして毎年グレードアップしたりするんだろうか。そうだとすると、来年は大変なんじゃないだろうか。
「でもこれ、ささではなく、たけですよね。かわがついてません」
「本当に雪奈は何でも知ってるなあ」
父さんが感心したような声を上げる。
「なんでもはしりません。ネットでしらべたことだけ」
「竹だけにか」
うまい!!ざぶとんいちまい!!おにいちゃーん、ざぶとんもってきて!!
何か雪奈と父さんが盛り上がっていた。大喜利的な何かだろうか。
「春奈のクッションでいい?」
「やめてよ、お兄ちゃん。お父さんのお尻の跡がついちゃう」
春奈の言葉を聞いて、父さんがしょんぼりした。雪奈が『どんまい』と言って腕をやさしく叩いている。父さんは気を取り直して雪奈に話しかけた。
「雪奈は今年、どんな願い事を書いたのかな。母さんが短冊を結んでたけど」
「『サバイバルぎじゅつがこうじょうしますように』です」
「……えぇぇぇ……??」
「いいのがおもいつかなかったのです。それで、あたりさわりのないのを」
当たり障りの無いやつ、かぁ。確かに、向上して問題が無いとは思うけど。
「えーと……そこはもっとこう、でっかい願い事とか書かないのかな?春奈なんか、ちょっと前には『世界一の美人になれますように』とか書いたと思うぞ」
「やだなー。そんなのいつの話よ、お父さん。恥ずかしい」
春奈が麦茶を持ってきて雪奈に差し出す。もう一つは自分の分だ。父さんのは無い。
「……それは、なかなか、すごいですね……そうぞうもつきません」
雪奈が目を丸くして、春奈を見ている。
「え??そんなに??」
首を傾げて雪奈を見る春奈。
「おりひめにねがうのは、『げいごと』の、じょうたつです。しょくにんなので」
「あ、そうなんだ。ああ、『織姫』だもんね。機織りのプロだっけ」
「まず、せかいいちのびじん、というていぎがなぞですが」
「ああー」
「おりひめへのねがいなので、『なんらかのぎじゅつ』によってたっせいされるもの、です」
「ああー」
「せかいいち、だんせいをとりこにするちからをもったじょせい、といういみでしょうか……だとすると、けいこくのびじょ、といわれるやつですね。げんだいですと、おんなひとりてにいれるために、たこくにせんそうをしかけるような、ちょっとあたまのおかしいこっかげんしゅも……あんまり、いないとおもいますし」
「あああー」
「せかいゆうすうのおかねもちを、なんにんもふりまわすことができれば、これはもくひょうたっせい、となるのでしょうか。ないようはよくわかりませんが、とにかくすごいテクニックですね!!」
「ああああー」
「すごいです。せかいをうらからしはいできそうです。さすがおねえちゃんです!!」
「ちょっとお父さん!!お父さんのせいで、あたし変な女に思われてるじゃん!!」
自業自得と思えなくもないが、父さんのネタ振りのせいかも。
しょんぼりする父さん。雪奈が『どんまい』と言いながら、腕を優しく叩いていた。雪奈はキュウリにマヨネーズをつけながら、ポリポリ食べていた。
一夜が明けて。
雪奈が父さんに『捨てるのなら分けて欲しい』と言っていた。どうやら、竹が欲しいらしい。どのくらい欲しいのかと聞くと、枝を払った太い幹の部分をいくつか、縦に2つに割ったものが欲しいとの事だった。『工作に使う』との事。雪奈はもらった竹(縦割り)を、よく陽の当たる南側の壁に立てかけていた。どういう工作に使うのか、竹の節抜きをした上で、中央部分に少しだけ切り欠きを作ってもらっている。
「かわけ。かわけー」
青竹だと困るという事かな。しばらくの間、竹をこまめにひっくり返す雪奈の姿が見受けられた。
そして、とある日。よく晴れた日の午後だった。
「やったぜ!!おりひめさま、さんきゅー!!」
庭先で小さな焚き火をおこし、ひゃっほいと踊る雪奈の姿があった。
――そして焚き火はすぐに消火され、雪奈はたちまち、母さんの前に引き立てられて取り調べを受けていた。怒られてしょんぼりしている雪奈、というのはなかなか珍しいものだった。
「ひおこしはサバイバルのきほんです。おりひめさまの、ごりやくです」
「子供が火遊びしちゃいけません。どうしてもやりたい時は、お父さんといっしょに」
すいませんでした、と頭を下げる雪奈だった。
よく乾燥した半割りの竹の中央に切り欠きを作り、そこへ竹や木片を組み合わせ、高速で擦り合わせる事で火種を作り、下に用意してあった木屑などの火口に着火するという、摩擦熱による火起こしの技術を実践したようだった。
ネットで調べたところでは、けっこう力のいる着火方式だそうだけど……七夕祭りに使った竹だったからか、それともちゃんと技術系の願い事をしたから織姫様の御利益が抜群だったのかは不明だが、雪奈のサバイバル技術は向上したみたいだ。
晴れの日の七夕祭りは半端ない威力だ。今度は僕もちゃんと技術系の願い事をしよう、そう思う僕だった。
火起こしに使われた竹道具の諸々は、物置に封印された。雪奈は『やーん』とか言っていたが、子供の火遊びは重罪です。という母さんの判決により、『織姫火起こしキット』は、この日より当面の間、封印される事になる。後にバーベキューの時などに少しだけ活躍する事になるのだが……それは、本当にしばらく後の事になる。
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7月も半ばに差し掛かり、そろそろ1学期の通信簿と、夏休みの予定が気になる頃。雪奈が夕食の時に、こんな事を言い出した。
「ことしの自由けんきゅうは、なにをしましょうか」
確かにもうそんな事を考える時期だ。
そして最近、雪奈の事で気づいた事がある。
最近の雪奈は、なんだか大きくなってきた気がする。もちろん横方向ではなく、縦の方向でだ。ぽっちゃり顔も少しだけスッキリしてきて、滑舌が良くなってきた気もする。以前はほんの少しだけ、『このまますごく太ってしまったらどうしよう』とか思っていたけれど、どうやら気にしすぎだったようだ。
雪奈は今日もモリモリ食べているけれど、身長もぐんぐん伸びている気がする。このままいけば、夏休み明けにクラスメイトがビックリするような成長を見せているかもしれない。
「自由研究か。去年は『朝顔の観察日記』だったね」
「今年はキュウリとオクラと蔓豆だものね」
栽培開始したのはけっこう前だしね。と父さん母さんも言うが、その通りだ。フライング栽培しているキュウリの成長観察とか、『夏休みの自由研究』とか言いきるのには無理がある。
「心をおににすれば、『オオキベリアオゴミムシの成長かんさつ日記』というのも検討できなくもないのですが。さすがにそれは心がいたみます」
「「「「うん、それはやめとこうね」」」」
僕ら4人の声がハモった。生きたアマガエルを生贄にする昆虫観察は、ちょっとなあ。小学2年生の自由研究としてはどうなんだろう、と思うし。雪奈ファームを手伝っている関係で、害虫に関しては物凄くドライになってきた僕らだけど、益虫であるアマガエルには、どうしても同情的になってしまうのだ。
「低学年はまだ、工作もけんきゅうも、どちらもあいまいで、どっちでもいいみたいですが。ことしは、工作でいきましょうか。どうりょくつき発火そうち、とか」
「展示に問題があるからダメ」
「子供の火遊びは重罪です」
第2の提案は即座に父さん母さんが却下した。
「じゃあ、カエルのかんさつ日記にしましょう」
「アマガエルの?キュウリの葉っぱに、いつもいる従業員?」
「大人のカエルの観察日記ね。まあ、いいんじゃないかしら」
今度は父さん母さんの許可も出た。
それでは、今のうちから実験と観察を行って資料を集め、夏休みには資料をまとめるだけにします。と言って雪奈は締めくくった。
……夏休みの自由研究を今のうちからスタートする、という事に関しては、特に何も言われなかった。植物栽培でもないし、スタート日時に夏休みかどうかはあまり関係無いし、雪奈は大人の手を借りる事なく自分だけでやるだろうから、そこら辺は自由裁量という事になっているみたいだった。
別に雪奈に限った事ではないけれど、準備のいる自由研究課題は、事前準備が無いと夏休みスタートでも問題が発生する。時間が足りなくなる事があるのだ。真面目に、子供の手だけでやり切ろうとする場合、今のうちから課題を決めて、準備をするのはおかしな事ではない。そこら辺は父さん母さんも分かってくれている。要はやる気を見せている事が重要なのだ。
「めんどいなー。お兄ちゃん、手伝ってよー。なんかネタ考えて」
春奈みたいに、最初っからやる気を見せないのが一番問題だと思う。
雪奈は転生者だからなのか、刹那的に日々を過ごす事もあるが、計画的にスケジュールを進めようとする事も多い。こういうところは春奈には見習って欲しいなあ、と。僕は『今年の春奈の自由研究は、どんなネタにしようか』などと考えながら、そう思うのだった。
今回もゆるーい日常の一コマでした。
自由研究はネタを見つけるのが大変というか、方針を決めるまでが大変なのです。
それでは今後も暇なときにお願いいたします。