04 僕の妹とガーデニング
そろそろ豆を蒔いたり、夏野菜を植える時期ですね。
雪奈が小学2年生になって間もなく誘拐事件に遭い、事件が翌日にスピード解決してからしばらくが経って。身の回りの様子も落ち着いてきた頃。ごくごく普通の初夏が僕らの町にも訪れようとしていた。もうじき本格的に暑くなる、そう感じ始めた頃。
「おかあさん、おかいものにいきたいです」
と。あまり物を欲しがらない雪奈が、母さんにおねだりをしていた。
ちょうど土曜日の夜の事。明日は日曜日だし、皆で出かけるのもいいかもしれない。いっしょにプレイできるゲームとかなら、僕もお小遣いを出してもいいかな、と思う。
「あら、何が欲しいの?どこに行きたいのかしら」
「ホームセンターと、ひゃっきんです」
これはゲームとかじゃないな。
「何が欲しいのかしら?」
「ひりょうと、ばいようどをホームセンターで。きゅうりとオクラのタネ、プランターは、ひゃっきんです」
家庭菜園をやりたいみたいだった。
「朝顔じゃないの?去年やってたでしょ?」
「アサガオはたべられません。どうせアサガオのタネは、きょねんのやつがムダにあまっています。こうえんのフェンスわきにでもバラまいておきましょう。たべられるやさいを、できるだけローコストでさいばいしたいとおもいます。キュウリもオクラもはなをつけます。しゅうかくのたのしみを、もちましょう」
向日葵も朝顔も、去年で飽きました、と言う雪奈。
やはり雪奈は現実的というか、労働に実利を求めようとする部分がある気がするけど、もしかしたら田舎や無人島暮らしで自分の土地を発展させるゲームの影響かも知れない。
「ひりょうと、ばいようどのだいきんは、すこしだけだしてほしいのです」
「家族みんなで食べるんだよね。心配しなくていいよ、父さんが出してあげるから」
雪奈と母さんの会話に、自然に混ざってくる父さん。
「ほんとですか!!おとうさん、だいすきです!!」
「はっはっはっ。お父さん、何でも買ってあげちゃうぞー」
「お父さん、調子に乗りすぎよ」
「お金で雪ちゃんの関心を買おうとか、ちょっと汚い」
「あんまり調子に乗ってると、高いもの買わされるかもよ?」
そんな会話をしつつ、週末の家族の団らんを過ごす僕達だった。
なお、財力で末っ子の人気取りをしようとしたために集中攻撃を食らった父さんは、ちょっとしょんぼりしていた。もちろん、その後に雪奈が『おとうさんは、よくやってますよー。がんばってますよー』と言って、ご機嫌を取っていたのだけれど。
翌日。家族そろってホームセンターに出かけた僕らは、目的の場所である園芸用品の品物が置いてある場所を見て回っていた。
「おにいちゃん!!チェーンソーです!!かっこいいですよね!!」
「ああ、うん。ちょっとカッコいいね。でも肥料を買いに行くんだよね?」
雪奈が初っ端から脱線していた。チェーンソーのグリップに書いてある、説明書きのようなものを読んでいる。
「ええと……ポンプをおしてねんりょうをいれ、ればーをおしてロックしたあと………………たしか、しょきばくどうは、ねんりょうすくなめにするはず。せつめいがきのポンプかいすうはおおすぎですね」
「すいません店員さん、このチェーンソー、燃料入ってませんよね?」
店員さんから『はい入ってません』という返事をもらって少し安心する僕。雪奈が小さく『ぇぇー』と言っていたのは聞き逃さない。やはり注意しないと危ない。特に電気工具とかには近寄らせないようにしよう。
「あのね雪奈。うちはチェーンソーを使うような環境じゃないからね?」
「でもゾンビがでたらやくにたちます。たよりになるぶきです」
いや、そもそもチェーンソーは武器じゃなくて農機具だよ。
そしてゾンビは現実には出てこない。謎のウイルス兵器によるゾンビパンデミックとか、海外ドラマの中だけだから。なお、父さんが『ゾンビにチェーンソーとか、どこで見たの』と聞いたら、『ネットとゲームで』と言っていた。おかしいな。雪奈が言っているようなやつは、どう考えても小学生以下の視聴が禁止されてるやつじゃないかな。よくよく考えれば、去年の小学校入学直後にセリフをマネしたという映画も、そんなカテゴリーの映画な気がするけど。これらは前世の記憶なのか、それとも父さんの設定したパスコードが突破されたのか。どちらも考えられる。
「どのみち、おたかいものですね。また、こんどで」
「使う機会が来るのかなぁ……??」
もしものゾンビパニックのために、使うかどうか分からないチェーンソーを玄関先に置いたりするのだろうか。玄関のインテリアとしてそれはどうなのか、と思う。
その後、雪奈に『そんなにコストかけちゃだめー!!』と、父さんがダメ出しをされながら、培養土や肥料を購入し、残りの雑貨やガーデニング用具などを百均で購入して、僕らは帰宅した。ちなみにプランターは父さんの出資により、初期計画より大型化された。
「これで、ことしのグリーンカーテンからはキュウリがとれます。すずしくておいしい。これぞ、いっきょりょうとく、というものです。アサガオなど、あしもとにもおよびません。めざせ!!シーズンオフまでに1000ぼん!!」
雪奈の計算では、400本以上採れないと採算が合わないらしい。5本くらい植えてあるから、キュウリの苗1本あたり200本を採る計画のようだ。
趣味と実益を考えて原価計算をする小学2年生というのは、いかがなものだろうか。ちょっとだけ、そんな事を考えてしまう僕だった。
「たべあきるくらいにとれたら、ごきんじょにくばりましょう。にんげん、たすけあいです。なにかあったときにたよれるのは、かぞくとごきんじょさまだけですから」
などと言う雪奈だった。まさかと思うけど、さっきのゾンビのと関連づけてないよね?
その後一時期、父さんの提案により、チェーンソーの購入が本気で検討された事があったが、母さんの最終判断で却下された。表面上は父さんの提案という事になっていたが、本当は雪奈の提案だと思う。
もしかすると、転生者はチェーンソーが好きなのかもしれない。僕は少しだけ、そんな事を思ったりした。
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「ただいまー」「こんにちは。お邪魔するよ」
ある日の夕方、雪奈が一人のおじさんを連れて帰って来た。風呂敷包みの荷物を背負っている。
「おかえり、雪奈。……こちらの方……ええと、西川さん?」
「おう、西川の爺だ。町内会は息子に任せっぱなしだから、あんまり見ないがな」
西川さんというと、確か大竹さんちの2軒向こうくらいの家だったと思う。そう考えてよく見てみると、どこかで見た事のある人だった。
爺さんだ、と本人は言っているけれど、ちょっと年配のおじさんにしか見えないから、実際のところ幾つなのかは知らないけれど、見かけからすると、けっこう若い気もする。
「こないだの事件は大変だったなぁ。いやぁ、それにしても、雪奈ちゃんが空手をやってるとは知らなかったよ。強いんだってねえ」
「いえ、それはデマの類です」
雪奈は拳法や護身術の類は習っていない。どうやら町内にも事実無根のウワサが流れているようだった。
「ま、山村さんちに金髪の子がいるとは知ってたんだが、遠目に見るくらいでな。近頃は子供と話す事も少なくなったし、ちゃんと話したのは今日が初めてだ」
西川のお爺ちゃんは、荷物を玄関先に下ろして広げ始めた。風呂敷包みから、大根が10本くらい出てきた。
「うちで採れた大根だ。やるよ。まだ少し小さいが」
「えぇ?!それはありがたいですが……」
驚く父さんに、西川さんは笑いながら言った。
「なぁに、雪奈ちゃんと友達になった記念だ。遠慮しないでとっときな」
「雪奈。いったい何して来たんだい?」
「ナノクロムシをさいしゅしてきました」
透明ビニール袋を差し出す雪奈。中には黒いコロコロしたものが入っていた。
今日の雪奈はGPS携帯を持って、一人で家を出て行った。遠出はしない、という事で一人で出るのを許したし、時々母さんが携帯の位置をタブレットで確認していたけれど、町内をちょろちょろ動いているだけだったので、特に心配はしていないという事だったけど。もしかして西川さんちの敷地内をうろついていたのだろうか。
「雪奈ちゃんがウチの畑でしゃがみこんでいるから、悪戯でもしてるのかと思ったんだが」
「むしろ、しごとをしていました」
西川さんの言葉を遮るように、ちょっと食い気味に自己弁護する雪奈。わはは、と笑う西川さんが言うには、こんな会話があったのだという。
※※※※※※※※※※※※
『お嬢ちゃん。何してるんだい?』
『カエルのエサをとっているのです』
『ほー。蛙を飼ってるのか。どんな蛙かね』
『二ホンアマガエルです』
『それ、そこら辺にいる奴だな?』
『サンプルとしては、トノサマガエルもほしかったのですが』
『殿様蛙か……居ない事はないだろ、探せば』
『こどものトノサマしか、みあたりませんでした』
『ああ、多分それが大人のやつだよ。最近は小さいんだ』
『……ばかな!!あんなちいさいの、トノサマじゃありません!!ワカサマがいいとこです!!いつからトノサマガエルは、あんなひんじゃくになったのですか!!アマガエルとたいさないではないですか!!アマガエルをほしょくしていたこともあるトノサマは、いったいどこへいったのです!!』
『だいぶ前、オゾン層破壊が騒がれた頃から居なくなったらしいな。なんか、紫外線に弱いらしくてな。小型化が進んだんだと。お嬢ちゃんは本物を見た事ないと思うんだが……大きかった頃の殿様蛙、なんで知ってるんだ?理科の授業で写真でも見たか?』
『ネットで見ました』
『インターネットか。便利なもんだなあ』
『それにしても!!フロンガスめ!!おのれ!!』
『フロンときたか。お嬢ちゃん物知りだなあ。いくつになった?』
『8さいです。4がつうまれのしょうがく2ねんせいです』
『最近の小学校は、環境問題の歴史を教えるのが早いんだな。見直した』
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という感じだったそうだ。
「ああ!!そういえば、雪ちゃんが物置で何かやってた!!あれ、カエルだったの?」
「カエルのしいくようきを、みていました」
うわー、という声を上げる春奈。
春奈は普通の女の子と同程度に、カエルみたいな生き物はそれほど得意ではない。見ただけで逃げ出すほどじゃないけど、好き好んで触ろうとはしない。ヘビやクモみたいな、ちょっと怖い感じの生き物だったら、普通に悲鳴を上げて逃げる。
しかし雪奈はカエルもクモも特に気にしないようだ。ヘビを見かけると流石に「ビクッ」とするみたいだけど、悲鳴を上げて逃げる程では無い。ゴキブリを見かけるとビックリするが、直後にはハエ叩きと殺虫スプレーを手にして追い掛け回すのが常だ。
つまりカエル程度なら、飼おうとしていても不思議ではないのだけれど……問題はカエルを飼おうとする動機だった。僕の知る限り、アマガエルは食用に向かない。好んで食べるのは雑食性の鳥や野生動物くらいなものだ。
雪奈は食べる事が生きる楽しみの一つ、と公言する子供だけれど、さすがにアマガエルを美味しく食べる方法を研究しているとは思えない。理由が謎だった。
「けいびいんとして、やといいれるためです」
警備員ときたか。でも我が家に警備員は必要ないよ。
「キュウリをイモムシから、まもってもらうのです。せいかくにいえば、けいびいんではなく、ころしやです」
キュウリの警備だったか。でも殺し屋を雇うと言っちゃったよ。
我が家の窓辺のグリーンカーテン、雪奈のキュウリは順調に育っている。だが、本葉が出始めて間もなく、どこからともなく黄色い虫が飛んできて葉を食い荒らし、黄色い虫と雪奈が終わる事なき戦いを始めて間もなく、知らないうちに謎の小さな芋虫が葉を食い荒らし、小さなキュウリも食い荒らし始めたのだ。
ホームセンターで売っている、園芸用のスプレー剤は少しだけ使っているけれど、他は手作業で害虫の対応をしている。おかげで虫があまり得意ではなかった春奈も、だいぶ慣れてしまった。無農薬の農業って本当に大変なんだなあ、と実感した事件だ。
「キュウリがさいせいきになったとき、わがカエルぐんだんによって、おそいくるイモムシどもを、いちもうだじんにしてやるのです。みなごろしです!!」
活舌がいまだ満足でない、少し舌足らずな口調で吠える雪奈だった。殺し屋と言っていたと思うんだけど、いつの間にやら軍団になっていた。カエルアーミーとして組織化するつもりなんだろうか。
「……植物を育てるのは、情操教育にいいものと思ってたんだけど……」
こんなはずじゃなかった、みたいな声を出す父さん。
「いやあ、野菜を育てたらこんなもんだよ。夏場は害虫、雑草との戦争だからな!!」
「さいごにかつのは、にんげんです!!やさいは、われわれのものです!!」
おおー!!そうだそうだ!!と、拳をぶつけて意気を上げる西川さんと雪奈。
「そんな訳でな、雪奈ちゃんと野菜談義で盛り上がってなあ。大根の苗についてる黒虫を雪奈ちゃんが蛙の餌にするっていうんで、隅っこの方のやつは害虫防除しないで取って置く事にしたんだわ。ま、少し余ってる分だけな」
「ほかにもコナガのようちゅうなども、いただいております。たまにヨトウも」
――この小事件から後、西川さんが時々家にやってきて、父さんと晩酌を楽しむようになった。ちなみにお酒は西川さんの持ち込みだ。何だか西川のお爺ちゃんが、僕の家のお爺ちゃんみたいになってしまっている感があった。
「はい。はつものキュウリのおつけもの。わたしがつけました!!」
「おお!!雪奈ちゃんは気が利くねえ」
「雪奈の漬け物は絶品ですよ!!どうぞどうぞ」
雪奈は何気に父さん達の晩酌の付き合いをする。もちろんお酒を飲むわけではないので、おつまみを持って行って麦茶を飲みつつ話をするだけだ。子供的には何も面白い事はないと思うんだけど。
雪奈は普通に生きてるつもりなのだろうけど、僕や春奈のこれまでの人生では、よその家のお爺ちゃんと友達になったりとかの面白イベントは発生した事は無かった。やはり、こういう事が起きるのが……転生者というものなんだろうか。
少し面白い程度のイベントなら、僕も大歓迎だ。今後も雪奈が無茶をしすぎないよう、注意深く見守っていこうと思う。そんな事を思った、とある日の事だった。
山村さんちの日常の一コマでした。
特に大きなトラブルもなく、こんな感じで初夏の日常を送っています。
またときどき更新していきますので、お暇な時に見て行ってやってください。
暇つぶしにちょうどいい感じになればいいな、と思っております。