31 雪奈さんの自由工作
パロディ的なネタが無い話も、時にはあります。
夏休みが終わり、新学期が始まった。
まずは始業式。そして。
「宿題を出してくださいねー。学習ドリルと感想文、自由工作です」
「「「はぁーい」」」
宿題の提出と採点作業、ひとくちコメント。担任教師としての、新学期の課題が始まる。夏休み明けの仕事は季節イベントの一つであり、仕事の負荷が高めの仕事でもある。しかしこれも先生のお仕事。がんばる他ないのだ。
まだまだ新人の教師、大村 良子は、さぁ新学期もがんばるぞ、と。自分に気合いを入れつつ、採点する宿題の山を大型バッグに詰め込むと、自宅へと持ち帰るのだった。宿題の採点作業は教師が自宅でやる宿題なのだ。生徒に出した宿題が教師の宿題になるとは、不思議と呼ぶべきか因果と呼ぶべきか。ともあれ、特別に変わり映えの無い小学校教師の二学期は、こうしてまた始まった――――
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学習ドリルの採点をあらかた終えて。
作文を読むのはまた明日にする。
そう決めた大村 良子が次に手にしたのは、『 自由研究 』の山だった。2年生は自由研究と工作の選択制で、どちらを選んでやってもいい。そのため青山第二小では、これらをまとめて「自由工作」などと呼んでいる。
工作は一定期間の展示、という事で教室の後ろや窓際に展示スペースを作って置かれているので、持ち帰った自由工作の内訳は『 自由研究 』のみだ。
……とは言っても、大村 良子の受け持ちは2年生。自由研究とは言っても大抵が何かの観察日記ばかりで、さっと流し読んでは、ポイントで花マルをつけたりコメントを書いてみたりするだけで済むので、特に疲れるほどの事は無い。寝る前の気分転換に選んだのも、頭を休められるから……といった考えが働いたためだ。
アサガオの観察日記。ヒマワリの観察日記。アサガオの観察日記。アサガオの観察日記。ヒマワリの観察日記。アサガオの観察日記。アサガオの成長かんさつ日記。
「朝顔の率が高いなぁ」
違いがあるとすれば、青いアサガオなのか赤いアサガオなのか。色と模様の違いがあるか無いかくらい。ヒマワリに至ってはタネの購入先が同じなのか、同じ咲き方をするヒマワリばっかりだった。男の子だったらカブトムシの観察日記くらい作ってきても良さそうなのに、面倒臭いのか親御さんの入れ知恵なのか、生き物の観察日記は無かった。
「……あれっ?!これ、違う」
冊子類は大抵何かの観察日記と相場が決まっている(大村先生の主観)ため、冊子はまとめて持ってきたのだが……一冊だけ、変なものが混じっていた。
「『 ウサギとカメ 外伝 ~運命との出会い~ 』……これ絵本?!これって工作の扱いかな??」
どうやらタイトルと表紙から察するに、自作の絵本のようだった。耐久性を増すための工夫なのか、背の部分はガムテープでゴテゴテに固めて加工されている。……そしてタイトルの何とも言えない雰囲気から、提出者が誰なのかが気になる。表の表紙には作者名が書いてないので裏側を見ると、『 作:山村 雪奈 』と書かれていた。
「やっぱり雪奈ちゃんだ」
しかしこんな変なもの、どうして途中まで気づかなかったのか、と注意してよく見てみれば、雪奈ちゃんの手製絵本は美由紀ちゃんのアサガオ観察日記と洋子ちゃんのアサガオ観察日記の間に挟まっていたようだった。まとめて提出してきたから気づかなかったらしい。あるいは、わざと発見されにくく工作したのだろうか。
「……しかし、中身が気になる……」
読む前に、内容を想像してみる大村先生。『 外伝 』とついている以上、よく知られているイソップ寓話の「ウサギとカメ」そのままではなく、何かアレンジが加えられているか、あるいは全く関係ないオリジナルの話になっているのだろうと想像できる。ウサギが実力通りにアッサリと勝ってしまい、『これが本来の実力というものです』みたいな事を言って、オチなし、みたいに終わるとか……
「うん。ありそう。『奇跡など簡単には起きないものです。ちゃんと実力をつけましょう』みたいな事を教訓として教える絵本とか。さぁーて、どんな話かな…………」
大村 良子は、ちょっとワクワクしながら絵本を開いて読み始めた。
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――とある場所に、かけっこ自慢のウサギがいました。
そのウサギは、とある日、鈍足のカメを見つけて『お前はノロマだなぁ』と、ゲラゲラ笑ってバカにしていました。するとウサギの態度に腹を立てたカメは『だったら徒競走で勝負しようぜ!!向こうの山のふもとまで、山越えルートの勝負だ!!』と、無謀な勝負を持ちかけます。
勢いのままに徒競走がスタートしました。しかしウサギは俊足。先を行くウサギと、後を追うカメの距離は開く一方。ついにはカメの姿は稜線の向こうへ消えてしまいました。
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「……うん……普通の、ウサギとカメ、だなぁ……。やけに現代語的なところとか、難しい漢字がバンバン使われているところを除けば。あれ??これ工作だったら一定期間の展示だよね??クラスの子が読めない漢字を使うのは、どうかなぁ……」
大村 良子は続きを読んでいった。
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――あまりにカメが鈍足なので、真面目に勝負するのがバカらしくなってきたウサギは『ちょいと昼寝して、カメが追い付いてきてから続きをするか』と、山頂付近の見晴らしいのいいところで昼寝を始めました。ここでなら近づいてくるカメの姿もよく見える……と余裕を見せていたウサギ。
ですがウサギがうっかり熟睡している間に、カメにしては意外な速さで追いついてきたカメは、ウサギを追い越してしまいます。
ウサギが眠りから覚めると、カメがすでにゴール直前の場所にまで到達していました。慌てて追走するウサギでしたが、時すでに遅し。カメが先にゴールして、ウサギは負けてしまいました。
――――というのが、今回の話の前日譚とも言える、古き日より語り継がれる『 ウサギとカメ 』の話です。そう、今回の話は、それより数十年の時が過ぎた、とある里山での物語なのです――
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「今までの前フリだったの??!!」
ちゃんと挿絵もついている。でもかなり圧縮しているなあ……と思いながら読んでいたら、どうやら今までの部分は小説で言うところの序章だったらしい。舞台背景の説明というか、状況説明というか。どうやら、これからが本当の物語のようだった。
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――そんな、ありえないほどの油断をしたがために、鈍足のカメに徒競走で負けるという大失態を犯したウサギの話を。そんな話を寝物語に聞いて育った、とある俊足自慢のウサギがいました。『昼寝さえしなければ、ウサギがカメに負けるはずなどない』と、日ごろから思っていたウサギは、ある日、少しだけ遠出した先の川のそばで、ウサギと同等かそれ以上の、立派な体躯をしたカメを見つけます。カメにしては運動能力もありそうな、カメとしてはそれなりに足が速そうなカメだと、ウサギはそう思いました。
『おう、そこのカメ。足が速そうだな。俺と徒競走で勝負しようぜ』
『……ふっ。何を言うかと思えば。小僧、家に帰って昼寝でもしていろ』
ウサギの提案を一蹴する、何やら大物感が漂うカメでした。
『逃げるのか』
『ふはは。そんなに自分の足の速さを誇示したいか。だがな小僧、道行き次第では、ワシの方が速く目的地に着くという事もある。物事の行方は環境に左右される。多少の自信で自分が常に勝てるとは思わぬ事だ』
『なにを!!そこまで言うなら、お前が勝てると思うルートを選べ!!その上で、俺がお前に勝ち、本物の実力を示してやる!!』
『やれやれ……では、向こうに見える、木もまばらなハゲ山の、山頂越えのルートではどうだ??山を越えて、ふもとまで無事にたどり着ければ、お前の勝ちだ。それでも勝負するか??』
『何だ、そんな簡単な事か。やってやる!!』
『……正気か、小僧』
驚きに目を見開くカメ。そんなカメの様子を見て、少しばかりの優越感を感じて胸のすく思いをするウサギでした。
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「いやいやいやいや。ちょっと待ってよウサギさん。どう考えても負けフラグが立ってるじゃない??しかも不穏な言葉があちこちに混ざってるし。君、国語の読解問題が得意じゃないでしょ??会話の内容で危険に気づこうよ!!」
思わずツッコミを入れながら、ページをめくる大村先生。
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『では、勝負は明日の朝。あのハゲ山の根本にある、大きな木まで来い!!』
『待て小僧!!お前、どこから来た??』
『川下の森からだ。それがどうした』
『そうか……。お前、母親はいるか』
『いるとも。元気だぞ。だが、それがどうした』
『今夜、必ず母親と話をしろ。今日の話を必ず、するのだ。いいな』
『変な事を言うカメだな。とにかく約束はしたぞ。必ず来いよ!!』
ほとんど一方的に約束を取り付けると、ウサギは自宅のある森へと帰っていきました。今夜はぐっすり寝て、明日はカメと徒競走の勝負です。そして家へ帰ると、ウサギはカメに言われた事などすっかり忘れて、母親と話もせずに寝てしまいました。
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「うさぎー!!カメの言う事をきけよ!!」
大村先生は、少しだけドキドキハラハラしながら、次のページへ読み進める。
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そして翌日。ハゲ山のふもとの大きな木の下に、ウサギとカメは居ました。
『……来たか、小僧』
『当然だ。さあ、勝負するぞ!!』
『…………それがお前の信念だというのならば、仕方がない。お前の足が本物だという事を見せてみるがいい』
『相変わらず、偉そうな態度のカメだな。まあいい、俺の俊足を見せてやる』
『是非もなし。では、始めるぞ』
ついにウサギとカメの、ハゲ山越えの徒競走勝負が始まりました。
はたして、徒競走の勝負の行方はどうなるのでしょうか。ウサギの、カメの運命やいかに。次回、【 ウサギとカメ 外伝2 ~死線の向こう~ 】に、乞う、御期待!!
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「ちょっと待ってよぉおおおおおお!!」
深夜時間帯になろうかという時間にも関わらず、思わず大声を上げてしまう大村先生。ページを慌てて確認するも、やはり最後のページだ。ふくろ閉じの細工でもしてないかと裏返したり、蛍光灯の明かりに透かすように持ち上げて見ても、やはり最後のページの先があるようには見えない。ウサギとカメの物語は、ここで終わっていた。
「どゆ事?!続きは??まさかと思うけどまた来年なの??それとも、教室の工作の列の中に紛れ込ませてあるの?!うわぁぁぁんウサギの物語の結末が気になる――!!しかもサブタイに『 死線 』とか入っちゃってるし!!戦うの?!それとも何かが起きるの?!」
ウサギがこの後どうなったのか、気になって気になってしょうがない大村 良子が、翌朝いつもより早く出勤して展示されている工作の隙間を宝探しゲームのように探し回り、教室の隅に設置してある『学級図書』の本の列の隙間から、【 ウサギとカメ 外伝2 】を発見したのは、最初に登校してきた生徒が教室に入ってくる直前の事だった。
なぜそんな場所から発見されたのかは謎である。が、大村 良子にとってそんな事はどうでもよかった。続きを読めるという安心感に比べれば、そんな事は些細な問題だったからだ。
今晩の楽しみを無事に回収した大村先生は、生徒の「先生、おはようございます」という挨拶の声に、とてもよい笑顔で『おはよう!!気持ちのいい朝ね!!』と。元気よく返事を返したという事だった。
つづく。
筆者が脳内で考えてしまった話を、計算もせずにブッ込む実験回的な話です。
もちろん本当に、後編的な何かへと続きます。本当ですよ。
ウサギとカメって、色々と今までにもネタにされてきているはずなので、筆者以外にも同様のネタを思いついて発表している方がおられるかも知れません。ですが当作品はチェックの甘い作品ですので、後日に後編を読んで『パクリだー!!』とか騒ぐ方が出てこないといいなぁ、とか今のうちから戦々恐々としてみたり。
今後とも、ゆっくりのんびり、お気楽にお付き合いくださいませ。