03 僕の妹は危なっかしいと思う
まとめ投稿3話目です。とりあえずここまで。
僕の妹は、やはり小学生だ。
二人いるうちの下の妹は、転生者じゃないか……と思うような、大人びた言動をする、ときどき子供らしからぬ態度を見せる女の子。それでも、小学2年生は小学2年生。
少しくらい他の子よりも、ぽっちゃりしていたとしても、大人が抱えて走れない程度でもないし、腕力はもとより、走る速さも小学2年生の範疇を超えない。
本気の大人が誘拐を考えたとしたら、抵抗できるはずもない。
どうにもならなかったのだ。事件が成立してしまったのは、仕方のない事だろう。
雪奈の友達二人は、泣きながらひたすら『ごめんなさい』を繰り返していたけれど、小学2年生の女の子に、何をどう出来るはずもない。彼女らに罪は無い。
学校側は『子供の下校に配慮が足りなかった』と言って、校長先生とかが頭を下げてきたけれど、全校生徒の下校に責任なんて持てないだろうし。
しかし、今はそんな事どうでもいい。
問題はそこじゃない。
まずは雪奈を取り返す事が大事なんだ。
父さんも母さんも、一晩でずいぶんと、やつれたように感じる。
春奈はずっと『あたしが一緒に帰っていれば』『あたしのせいだ』と繰り返している。
どうすれば事件を防げたのか。
どうすれば良かったのか。
そういう事を、今は言わないで欲しい。
それでは、まるで。
もう――雪奈が帰って来ないみたいじゃないか。
雪奈に持たせていたGPS携帯は、県境に近い河原で見つかった、らしい。雪奈の行方は分からないままだ。雪奈は……今、どうしているのだろう。寒くはないだろうか。お腹を空かせてはいないだろうか。おいしいものを食べるのが好きなあの子が、満足な食事もなく、犯罪者に囲まれて知らない所にいるかと思うと、頭がおかしくなりそうだ。
許せない。雪奈を連れ去った連中を、許せない。
どんな奴かは知らないけれど。どうして誘拐したのか知らないけれど。
犯人が許せない。絶対に許せない。どんな理由があっても、許せない。
暗い感情が、心を真っ黒に塗りつぶす。
今ここに犯人がいたら、僕はきっと獣のように飛びかかっていた事だろう。
――テレビが、ニュースを流している。
何も雑音が無いと気が滅入るから、そんな理由で付けっ放しにしているだけだ。バラエティー番組なんか流している気分でもないから、ニュースが流れているだけ。家族全員がリビングにいるけれど、誰もテレビなんて見ていない。揃って、うなだれている。
雪奈の誘拐事件は流れていない。まだマスコミに情報が流れていないためだ。でも、無遠慮なマスコミが家の前に集まってくるのも時間の問題だろう。
でも、それが雪奈を取り返すための助けになるなら。相手の気持ちも、何も考えずに『今のお気持ちは』なんてマイクを向けるレポーターが相手だったとしても。今は何でも利用したい。助けが欲しい。誰でもいい、雪奈を助けて欲しい。僕の大事な、妹を。
――テレビが、ニュースを流している。
『こちらが火災現場です。まだ炎は衰える様子がありません』
火災現場の現場報道のようだった。隣の県の港湾ブロック火災らしい。少しだけ顔を上げて、テレビの画面を視界に入れる。
『――現場で負傷者が救助されたようです!!』
ばたばたと画面を揺らしながら、レポーターが走る。火災現場に近づいていく。
『……すいません、かがみ、ありませんか?』
項垂れていた僕ら家族が、ふっと顔を上げる。
――聞いた事のある声、だった。
『すごい!!まっくろけ!!ばくはつコントみたいですね!!ぷひは』
僕らは完全に顔を起こして、テレビを見た。
そこには、野次馬と思わしき女性から手鏡を借りて、煤まみれの自分の顔を見て『ぷー』と笑っている、なつかしい……一晩しか経っていないのに、そう感じる、妹の姿があった。
『だめだこりゃあ』
ちょっとドヤ顔な表情で、雪奈がそう言っていた。相変わらず、よくわからない事を言っている。つまり平常運転。どうやら雪奈は、いつも通りの、元気な雪奈のようだった。
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大騒ぎの末、消防署やら何やらに警察が電話して。
僕らがパトカーに乗って移動して、隣県の病院で検査を受けている雪奈と再会したのは、その日の夕方の事だった。
誘拐犯は火災現場となった倉庫、および近辺で、負傷者として救助、あるいは放火の疑いで逮捕されたらしい。倉庫は今はほとんど使用されていない、期限切れ塗料等を一時保管する倉庫で、何かの理由で塗料から発生した有機可燃ガスに引火、倉庫の建材と塗料を燃やしながらの火災となったようだった。おそらくは犯人の吸っていたタバコが原因だろうという話で、周辺被害は無かったものの、営利誘拐、器物破損、不法侵入、窃盗、そして雪奈が軽度の火傷を(日焼け程度らしいが)負っていたため、重過失失火致傷罪が適用される可能性がある、との事だった。
さらに警察から聞いた話では、どうやら『勘違い誘拐』だったらしく、犯人グループが本来の計画で誘拐する予定の子供と間違えて、雪奈は誘拐されたようだった。迷惑きわまりない話で、しかも危ないところだった。間違って誘拐された雪奈は、証拠隠滅のためにすぐ処分される可能性もあった……との事。本当に恐ろしい話だ。
結局、誘拐犯は間違いで雪奈を誘拐した上、不始末で火事を起こし、そして逮捕されたという事だった。犯人2人は火事の際に発生した煙を吸って意識不明だというし、犯人の間抜けさのおかげで事件がスピード解決したという事だったが、雪奈は色々な意味で命が危なかったのだ。笑いごとではない。
今は春奈にギュ――ッと、まるで大きなぬいぐるみのように抱きしめられている雪奈を囲んで、家族でほっと一息ついている。平和であること、その大切さを実感している。
「でんきかさいは、おそろしいですねえ」
ホットミルクを飲みつつ、雪奈がそんな事を言う。
「「「――えっ」」」
「――えっ?!」
僕らと、雪奈の疑問の声が連続する。
「電気火災?」
「……そうですよね?そうこの、かじ」
父さんの声に、雪奈が確認するように答える。
「「「――えっっ」」」
「――えっ?!」
またも疑問の声が連続した。
「……えーと、どんな感じだと、思ったの?」
「かんにあいたあなから、ゆうきようざいがもれだして、へいさくうかんにじゅうまん。はそんしたでんせんにながれたでんきが、ひばなをうんでちゃっか、ばくはつえんじょうしたんですよね」
「「「えっっっ」」」
「えっ」
少しの間、沈黙がリビングを支配した。
「……犯人の倉庫荒らしと、タバコが原因で火が付いたって、聞いてるけど」
「そうなんですか?!うまくいったとおもったのに……」
――はっ。
そう、言いそうな感じで口を押さえた後、カップのホットミルクをワザとらしく『ふー、ふー』と吹きながら、ちゅるちゅると少しずつ飲む雪奈。
「かねんガスはあぶないですね。ひのようじん、ひのようじん」
「全くだ。たとえ10秒でも、コンロから離れる時は消火だな」
「たき火にも気を付けないとね」
「うちもそのうち、オール電化を考えたいね」
「太陽光パネルって、まだけっこうするの?」
平和がいちばん。日常会話に戻る僕達家族だった。
――火災の原因は、現在のところ不明だ。
タバコを吸っていたと思われる誘拐犯が、いまだ意識不明なためでもある。そして塗料の有機溶剤が引火・炎上するレベルで漏れ出していた理由も、まだ調査中らしい。まあ結局のところ、倉庫へ不法侵入した誘拐犯が何らかの不始末をしでかした、という事になるはずだ。そうに違いない。普通の警察は、誘拐された小学2年生の女児が何かをやらかした、などという発想にたどり着いたりしないはずだから。
どのみち雪奈を誘拐した犯人の過失だ。うちの妹は悪くない。そもそも雪奈を誘拐したりしなければ、やけどを負ったり有毒ガスを吸って意識不明の重体になったりもしていないはずなのだ。こういうのを天罰、というのだろうと思う。
仮に雪奈が何かやっていたとしても、それは緊急避難とかの類のものだと思う。けして過剰防衛とか、被害者が責められるような……おかしな話ではないと思う。たぶん。
とっとと犯人の処分が決まればいいと、心底思う僕だった。できれば永遠に塀の中で。
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――あれから、しばらくして。
まだまだ地域の保護者会の一部の人は元気で、学校側へ『子供の安全管理』とやらで文句を言ったりしている。うちにも知らないおばさん達が集団で『学校の責任を追及しましょう!!』とか言いに来たけれど。父さんも母さんも『今は娘をそっとしておいてやりたいんです』と、まともに取り合おうとはしなかった。
『ああいう連中は、弱いものイジメをしたいだけだからなあ』
そう言う父さんの気持ちは分かる。あのおばさん達は、雪奈の事を心配したり、地域の子供の事を心配して、ああいう発言をしているんじゃない。自分の安全を確保した上で攻撃できる、抵抗できない相手が欲しいだけなのだろう。そんな連中のエサになってやる義理は無い。
テレビのリポーターとかも、登下校中の僕らに何度か突撃して来たけれど、「知らない人が近づいてきた」という理由で防犯ブザーを問答無用で何度か鳴らしてやったら(僕ら兄妹は自主的に近所の子供と集団登下校をしている)近づいて来なくなった。この件に関しては近所の人がみんな味方になってくれた。
ちなみにこの件では、例の『騒ぎたい地域保護者会おばさん』達が頼みもしないのにマスコミ叩きをしてくれた。毒をもってなんとやら、というやつだな、と思った。
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雪奈の誘拐事件があってから、色々と地域では雰囲気が変わった。
みんな子供の様子を気にするようになった。知らない人に敏感になった。集団登下校が徹底されたし、遊びに行く時は必ず誰かに伝えてから出かけるようになった。先生と生徒と、家族の皆との、友達とのつながりが、少しだけ強くなったような気がする。誘拐事件の当事者としての僕達としては冗談じゃないんだけど、『少しだけいい事があった』と言えなくもない。ちなみに春奈は、登下校とも雪奈にべったりだ。妹離れが遠のいた気がする。
雪奈はクラスのカースト序列で上位(雪奈の言による)へと付けていたらしいけど、今回の事件で、その地位を確固たるものにしたようだった。雪奈が言うに『だんしにモテモテです』との事だった。普通に聞くと可愛い女の子のモテ自慢に聞こえるんだけど、雪奈の場合は『誰も経験した事のない冒険をしてきた勇者』という扱いに違いないと思う。僕もクラスの男子に『誘拐されたのに、勝手に帰って来たんだって?お前の妹スゲーな!!』『犯人を倒したってホント?!』『拳法やってるってマジかよ!!』などと聞かれた事がある。一部で事実無根のウワサが流れている事は間違い無かった。
そして僕も今回の事件で、ひとつ肝に命じた事がある。
雪奈は危なっかしい。ちゃんと見ていてやらなければならない。そう思った。
雪奈は転生者かもしれない。
……しかし、やはり子供は子供だ。仮に大人の知識があり、大人の思考ができるからといって、困ったときに身体能力が爆発的に高まる超能力の持ち主という訳でもないし、謎のマッドサイエンティストが秘密道具を隠し持たせている訳でもない。空も飛べないし、サッカーとスケボーの名手という訳でもない、ちょっと他の子よりも体格のいい、ぽっちゃり体型の女の子なのだから。
そして、『転生者は無茶をする傾向にある』という事も実感した。前世の記憶があるからなのか、普通の子供以上にハシャいだり、特別なイベントでハジケようとする性質を持っている気がする。女の子なのに、分別のつかない小さな男の子のような特性を持っている。これは危険だ。子供らしく自分を守ろうとする本能が弱い、そんな危うさを感じる。
雪奈が普段、どのように世界を見て、何を考えているのかは分からない。でも、この世界は雪奈のために作られた世界でもなければ、管理されたテーマパークでもない。雪奈が無茶をしようとするのなら、僕が雪奈を守ってやらなきゃいけない。だって、雪奈は僕の大事な妹なんだから。
だから、僕は思う。今後も雪奈を見守っていかなきゃならない、と。普通の子供よりも、より慎重な気持ちで。
だって、僕の妹は……転生者かもしれない……のだから。
御覧の通り、特に大冒険などしない、日常生活をつづるホームドラマ的な学園生活ものみたいな、そんなお話です。ゆっる――――い感じでやっていきたいと思います。もっとも、もう一つの方がメインなので、こっちの方はたまに息抜きでやっていきたいと思います。
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