18 雪ちゃんと男の子の好みについて
とある日の姉妹女子トーク
あたしの名前は、『 山村 春奈 』という。
ご近所では、山村さんちの『上の娘さん』とか『普通の娘さんの方』とか言われたりする事もある、と聞いている。その理由は簡単で、あたしの妹の、『 雪奈 』ちゃんのためだ。雪ちゃん(雪奈ちゃん)は、今現在、小学2年生の8歳児なんだけど。
簡単に言い表すと、普通の小学2年生じゃない。すごく頭がよくて、大人と普通に話せたりする。ネットでの情報収集能力が高くて、ものすごく物知りだ。昔の事に詳しくて(もちろん興味の無い事には詳しくない)大人と話が妙に盛り上がったりする。
しかし、何より凄いのは、その大人な考え方だ。子供っぽいカンシャクを起こす事も無いし、怒る時はちゃんと理由があって『何かしらの理不尽』に対しての怒りを表す。
……ちなみに、こういう事を考えたり、状況を分析するクセ、みたいなものが身についてきたのは、雪ちゃんの影響でもある。あたしの妹の雪奈ちゃんは、自慢の妹であり、さらには、あたしの先生でもあるのだ。
だから、あたしは思う。やはり、雪奈ちゃんは――
【 天才 】ではないのだろうか、と。
『やめてくださいよ、お姉ちゃん。ワタシはただの凡人です』
雪ちゃんに『天才っていうのは雪ちゃんの事だね!!』みたいな事を言った時、雪ちゃんからは、こんな答えが返ってきた。褒められて調子に乗らないところ、ますますスゴイ。あたしだったら調子に乗りまくるところだ。
ただでさえ見た目がお人形さんみたいに可愛いのに、頭も良くて調子に乗らないところが本当に尊敬できる。ちなみに、『お人形さんみたいに可愛い』と言った時は。
『やめてくださいよ、お姉ちゃん。小さくてしゃべる西洋人形なんて、いつの間にか後ろに立ってる系のセルロイド人形か、よなかにラシャばさみを持ってベッドに上がりこんでくる、サツジン人形のどちらかじゃないですか。ただでさえフランス人形とかビスクドールとか、どこをどう見てもホラー系の人形にしか見えないのに。かんべんしてください』
――と、かなり嫌そうな表情で言われたので、以後、『お人形さんみたい』という褒め言葉は使っていない。どうも外国の人形を可愛いとは思っていないみたいだった。やっぱり感性が完全に日本人なんだなあ、と実感して、少しうれしくなったりもした。
雪ちゃんと、あたし達には血のつながりがない。昔はよく解ってなかったけど、今ではちゃんと理解できている。……もっとも、雪ちゃんはもっと早くから理解していて、自分なりの考えをもっている。こういう所も本当に尊敬できる。
『ときどき一部の大人に【 外国の血が流れている 】みたいに言われるのは、頭にくるほどじゃないですけど、ちょっとイラっときますね。ワタシは赤ちゃんのころから日本国籍をもってますし、日本の水とご飯とアニメとマンガで育っているので、どこをどう取っても日本人でしかないのですが。いでん情報など、外見にしかえいきょうを及ぼしません。どう育ったかによって、人はカタチづくられるのに。おじいさんおばあさんの育った時代の文化なぞ、まごにちょくせつ関係あるものですか。昔のせんそうの責任を、まごの世代に取らせようとする連中も、アタマおかしいです。そういう連中は、ぜんいんくたばればいいのに』
ときどき頭が良くて考えがしっかりしている分、少しカゲキな発言をしてしまうのも、雪ちゃんの個性だと思う。とにかく雪ちゃんの全部が全部、とっても勉強になる。やはり天才だと思うんだ。
『本当にやめてくださいよ、お姉ちゃん。こういうのはね、【 ハタチすぎたら、ただの人 】っていうやつなんです。ワタシは天才なんかじゃなくて、ただの、こましゃくれた子供です。大人ぶっただけの、どこにでもいる小娘ですよ』
その語彙力を尊敬するんだよ。雪ちゃん。やっぱりカッコいい!!あと、雪ちゃんみたいな子供は、いまだかつて見た事が無いし……
ようし、あたしもそのうち、雪ちゃんリスペクトの雪奈語録を使ってみよう!!……なんて思うくらいには、あたしの中では雪ちゃんは天才認定されている。たとえ雪ちゃんの言う通り、大人になる頃には普通になっていたとしても。それまでの間に、周りの人に与える影響は、普通の子供と比較なんかできない。雪ちゃんは、やっぱりスゴイ存在なんだ、と思う。そして、そんな女の子があたしの妹だという事を、すごーく誇らしく感じるのだ。
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そんな雪ちゃんが、ある日、こそこそと鏡に向かって何かをやっていた事がある。夏休み前の期末テストが終わった頃だったと思う。
「……うまく、いきませんね……」
「何やってるの??」
ひょわっ、とかいう声を上げて、雪ちゃんが少し飛び上がる。これも可愛かった。
「お姉ちゃん、おどろかさないでください」
「ごめんごめん。で、何やってたの??」
「……ひっさつわざの、れんしゅうです……」
「おお!!必殺技!!どんな?!」
何か、心おどるワードが飛び出してきた。雪ちゃんは昔のマンガも好きだし、男の子向けのマンガやアニメも好きだ。あたしもバトルヒロインのパティキュラとか好きだし。何を練習してたのかな。ハワイの王族に伝わる48の殺人技の一つ、ハメハメ破とかかな。ポーズは特にとってなかったみたいだけど。
「ひとつは、『ウインク』です」
「……ういんく??」
「とはいっても、無表情で小さくパラパラをおどったりはしません。片目をとじるやつです」
「ああ、うん。それは知らないけど、わかった」
たぶん大人に通じるネタの何かだと思う。後でお父さんに聞いてみよう。
「こう、ななめの角度で、パチンと」
「おおー!!可愛い!!」
「これをいろんな角度で、しぜんにやれるようになれば、かなり攻撃力が上がります」
「へぇ――。あたしも練習しよっかな!!」
「ぜひに。これともう一つのひっさつワザを使えるようになれば、かなり強くなれます」
「もう一つは何??」
「男の子には、ぜったいにナイショですよ」
「うんうん。絶対に言わない」
「それは……『ウソ泣き』です」
「…………ええぇ……」
ちっちっ。と言いながら、人差し指を振る雪ちゃん。これもそのうち使おう。
「ウソ泣きといっても、本当に涙を流すやつです。タダの泣きマネじゃありません。ここだ、という時に真珠の涙を浮かべたら、男の子なんてイチコロです。昔のエライ人が言ってました。こうして女の子は、アナタの心にしのび込むのです」
パチン。と斜めの角度でウインクする雪ちゃん。やばい、キュンときた。確かに攻撃力が高い!!さすがだ!!
「ま、あとは体がオトナになるかどうか、ですね」
「おおー」
「お姉ちゃんは、ファーストブラはまだですよね??」
「あ、うん。まだクラスの子は誰もつけてないよ」
「さいごのぶきは、ブラのなかみですからね」
「そうなんだ?!」
「昔のエライ人が言ってました。『ふたつのムネのふくらみは、なんでもできるしょうこ』なのだと。女の子は、男の子をじざいにあやつる事で世界にくんりんするのです。さいごには、ことばだけで男の子を言いなりにできるようになります」
「おおおお――」
「おねえちゃんは世界一の美人になる事を、織姫さまにお願いしたんですから。がんばってくださいね」
「ごめん。それは無かった事にして」
雪ちゃんの事で困った事があるとすれば、物覚えがよすぎて、覚えていて欲しくない事をいつまでも覚えていたりする事だろう。あの短冊の件は、もう忘れて欲しいと思う。
でもまあ、あたしはともかくとして。雪ちゃんの可愛さだったら、涙ひとつで男の子を言いなりにできたりするようになったりする、のかもしれない。
「ま、女の子にいちばんキビシイのは女の子ですからね。あんまり調子に乗ると、女の子から叩かれます。気をつけないといけませんよ」
「それは少し分かるなあ……」
女子は目立つ子には厳しいからね。仲間を大事にしないと。
しかし、ただでさえ可愛い雪ちゃんが攻撃力を上げるとなると……よくないやから??が、寄ってくるかもしれない。変な連中からは、あたしが可愛い妹を守らないと。……でも、雪ちゃんが好きな人をどうにかしちゃったら、あたしが嫌われるしなぁ……
「……ところでさ、雪ちゃんは……好きな男の子のタイプ、とか。あるのかな??」
「ふーむ。……好きな男の子、というか。好きな男性……というか、カッコいい!!と思う男性なら、いましたけど」
「えええええっっ!!!!そ、その人、どこの人?!どんな人??」
正直、雪ちゃんが気になる男の子、というのは想像がつかない。そもそも、まだまだ男の子に興味が出てくるとも思えなかったし。いったいどこの人なんだろう。芸能人とかかな。
「――ぬけだせないヤミ。ぜつぼうが目の前をくらくとざす時、彼は来てくれる。仲間のピンチに、さっそうと現れる彼は、仲間のピンチをすくうと、現れた時とおなじように、ふらりと去っていくのです。……彼の事を、仲間達は『 救いの神 』と呼ぶこともある……そんな人です。おのれの使命にほこりを持ち、仲間を大切にする彼を、誰もが大事に思っていました。ワタシがみょうれいのびじょで、彼の目の前にいたのなら。『ステキ!!おヨメさんにしてぇ!!』と、水着すがたで抱き着くことはまちがいなかった事でしょう」
「そこまで?!それどこのヒーローなの??何のマンガ?!」
マンガかアニメのヒーローに違いない。なんかシブいカッコいい!!
「じつざいの人物です。総合ゲーム会社で有名な、仁天堂の、先代社長だった人ですよ。『 神 』と呼ばれる事もあった、スゴ腕の天才プログラマーです」
「社長さんでしたか」
そして天才と。しかもあの、仁天堂の社長とか。そっかー、仁天堂の社長って、天才とかヒーローじゃないとなれない役職だったんだ。さすがだな仁天堂。
「名作、バルーンファイターの家庭用いしょくをしたのも彼の人ですが、その際にはアーケード版よりも操作性を良くしてしまったので、もともとの開発者から逆にプログラミングの教えを乞われたそうです。また、なんといっても『ジンテンドーTS』の開発者として名前が全世界的に知られています。仁天堂がほこる、三大開発軍神が一柱ですよ。バグをけちらし、かっきてきなアイデアを提供し、開発室に福音をもたらす神とは、彼の事です。『――プログラマーっていうのは、NOとは言ってはいけないんだよ』と語り、その実力でもってあらゆる仕様をかんすいする、有言実行のオトコ。もう、本当にカッコいいですよねー!!」
キャッ。という感じのポーズを取りつつ、ちょっと目をキラキラさせて雪ちゃんが語る姿は、本当に珍しいと思う。基本的にテレビのアイドルとかに興味を持たないし。
……しかし、その辺の男の子じゃなくて、アニメやマンガのヒーローでもなくって、偉業を達成した、生ける伝説的な天才プログラマーが好みかぁ…………
「開発者がいれかわりまくった上にバグが出まくったせいでパッチにパッチを当てて何がなんだかよく分からなくなり、4年たっても出来上がらない大作RPGの開発室に現れたときは、【 今の手直しをつづけていたら、あと3年かかる。でも、ゼロから始めれば、半年でカタチにしてみせる 】と言い切り、開発チームを指揮して、本当にその通りに仕上げてみせ、ブラッシュアップを含めて1年後にはゲームを完成させた伝説も持つオトコです。まさに現代無双とはこの事ですよ」
「うわぁー」
ホントにスゴイ。うん。どうやら雪ちゃんは、『ものすごく仕事のできるオトコ』というのが好みというか、そんな感じだという事が分かった気がする。ちょっとゲーム業界の偉人レベルにスゴイ人が出てきたせいで、男の人の理想が高すぎるような気がしなくもないけれど。でもまぁ、いちおうは聞いておこう。
「……足の速い男の子とか、イケメンの芸能人とかはどうなの??」
「世界新記録にせまるほどスゴイのならともかく、小学生の足の速さでメシはくえませんよ。あと、顔のキレイな男はしんようできないので、基本的にキライです」
なるほど。以前『オトコはかいしょうだ』とか言ってたような気がするけど、何かしら現実的な実績につながらないと意味が無い、みたいな。現実的な判断力を持つ雪ちゃんらしい男子の好みな気がする。常に男の子を品定めしている大人の女性な感覚なのかなあ。
「いずれオンナのチカラを使う時が来るのなら、リスクに見あった相手でないと。ちょっとくらい顔がキレイな男なぞ、なんのみりょくもありません。ファッションセンスが気に入らなければ、ワタシがコーディネートすればいいだけですし、せいけつ感があって性格がまともなら、顔なんか十人並みていどでじゅうぶんです。顔がキレイなだけのバカなんぞ、お呼びではありません。というか、外見に自信のある男とか、女あそびを普通にやってそうで、信用できないんですよね……マジメがいちばんです。むかし、マンガのえいきょうで不良が大ウケした時代もありましたけど、ワタシは意味わかんなかったですし」
「……なるほどなぁ……」
勉強になった気がする。足が速い男の子はなんだかモテる感じだけど、しょせんは学校の中だけだし。それよりも勉強ができる男の子の方が、いいのかな。
「ま、若いうちにカレシとして。アクセサリ的にひっかけるのならアリといえばアリかもしれませんが……けっこん相手にはなりませんね。後でくろうするだけです。そういう意味では、冷めたら捨てられる、使い捨てカイロみたいなものですよ」
「さらにドライな意見きたぁ」
雪ちゃんは時々、本当に現実的な意見を言う事がある。オトナすぎてビビる事があるくらいだ。あたしもいつかは、その感覚が分かる時が来るのだろうか……
「安売りしてはいけませんよ!!現代では売りて市場です。あそんでる女がいいと言うオトコなんてあそび人か若造しかいません。つまり後でくろうする可能性が高いです。そもそもいまどきはちょっとトシがいってても、ウブさでギャップもえを狙える時代です。いいですか、本当の『女子りょく』とは、家事ぎのうの事などではなく、ちょっとした気づかいやしぐさでオトコをその気にさせてそうじゅうする技術のことでしてね??いろけを武器にする場合も、モロ見せなんてもってのほか。みえそでみえない角度とライン。米国の研究者によれば、オトコの人がいちばん興奮する服のろしゅつ度というのは――」
「……雪奈ちゃん。そ こ ま で よ」
――すとっ。と、雪ちゃんの頭に、お母さんの手が乗せられていた。……いつの間にか、雪ちゃんの背後に立っていたようだった。指が少し、髪の毛の中にめり込んでいる。隣にはお父さんも立っていた。
「……ええと、これは、ちがいます。ごかいです」
「話は、あっちの方で聞きましょうか」
「春奈には、父さんから話がある」
「あっはい」
――――みのがしてくださぁー
雪ちゃんの鳴き声が、ドアの向こうへと消えて行った。お母さんのお説教が終わるまで、解放してもらえないだろう。
そしてあたしも。……雪奈は色々と物知りだけど、調子に乗り過ぎたら、お姉ちゃんとしてブレーキかけてやらないとダメだよ。ちょっと危なっかしいところがあるんだからね。あと、聞いた知識は何でもかんでも実践していい事ばかりじゃないんだからね。聞いてるのかな??……みたいな感じの、お父さんのお説教を聞く事になった。
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「ひどい目にあいました」
「今後に生かそうよ」
リビングでまったりと、アイスを食べるあたし達。こういう感じの、平和な空気でいきたい。
「男の子を手のひらでコロがすぎじゅつに関しては、またそのうち」
「そのうちに」
ふふふ。と笑い合いながら、お母さんの気配に気を配るあたし達だった。これは女の子だけの秘密。お兄ちゃんには教えられない、あたしと雪ちゃんだけの秘密なのだ。ちなみにお母さんは大人の女性であって、女の子ではありません。
「ワタシ自身も、相手もオトナにならないうちは、れんあいとか関わりのない事ですよ」
「そっかー。なるほどね」
ちょっと安心する、あたしだった。
そして。
もしも、お兄ちゃんが雪ちゃんを狙う可能性があるのなら……その未来のために、今からしっかりと勉強しておかないと可能性が無いんじゃないかな、とか思ったりもした。しかも雪ちゃん視点で『勉強ができる男の子』という見方をするとなると、そりゃもう相当なレベルになってしまいそうだ。後でちょっと、お兄ちゃんに忠告しておこうっと。
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後日。
「さいきん、クラスの子がいろけづいてきて困ったものです。どこそこの男子がカッコいいとか、足が速いだのとか、いい服きてるとか。さわぐのは勝手ですけど、ワタシに話をもってこないでほしいですよ。めんどくさい」
などと愚痴を聞かされる事になった。
雪ちゃんはクラスの相談役みたいな感じだし、実質的にクラスのボスみたいな感じで人気もあるから、色々と流行りの話題が持ち込まれて付き合わされているらしい。
「まったく。スキとかキライとか、誰が言い出したのやら」
と、ぶつぶつ文句を言う雪ちゃんだった。
たぶん雪ちゃんに話題を持ってくるのは、雪ちゃんの好みのタイプを聞き出そうとか、好きな男子が雪ちゃんとかぶってないかどうかのチェックも含んでいる気がするけど……当分の間、雪ちゃんにアプローチをかけようとする男子は玉砕するしかなさそうだ。
それでも、いじめっ子の問題も無いし、基本的には平和なんだから、クラスの友達のスキとかキライとかの話は付き合ってあげるしか、ないんじゃないかなー。
ともかく。これだけは言える。
もうしばらくの間、雪ちゃんはあたしの雪ちゃんのまま、という事だ。お父さんとお母さんは別枠として、あたしが1番、お兄ちゃんは2番。そんな感じで。
雪奈さんの男子の好みについてでした。他にも何人か好きな男性がいます。
たぶん同年代の友達とは方向性が違うので理解されない。だからこんな事を話すのは家族とか親友くらいだと思います。まあ、どんなタイプが好みかって、流行りと関係ない人もいますよね。
ここ最近、某雑誌のギャグ漫画の単行本を買いあさって読んでいたせいか、妹の方のエピソードばっかり書いていました。ゆっくりとヒマつぶししていってください。ゆるい感じでお願いいたします。