17 もしもギターを弾くのなら
ギターと聞いて、何を思い出しますか??
ある日の夕食後。父さんと母さんが、雪奈に話を始めていた。『何かやりたい事はないか??』という内容の話。正直、学校の授業に関係する塾に雪奈を通わせる意味はほとんど感じられないので、その他の何かだろう。楽器演奏なんかの習い事や、勉強だったら本格的な英会話とか、そういうやつだと思う。
「……ならいごと、ですか……ソロバンとか??」
「うん。まぁ、それも……あるかな。楽器とかは、どうかな」
雪奈の勉強に関する能力は、前世の記憶によるところが大きいかも知れない。でも、今の雪奈の才能、というものがあるとすれば、それを伸ばしてやりたいとも思う。父さん達も『勉強関係の塾に行かせる必要が無いのなら、何か芸術関係でも……』と思ったのだろう。例えばピアノとか。……うん、何だか似合いそうな気がする。バイオリンとかでもいいな。絵になると思う。
「楽器……ですか。……しいて言うなら……」
「言うなら??」
少しだけ考え込んで、答える雪奈。
「白いアコースティックギター」
「ギターか……」「アコースティックギターね」
「あれ??『白い』って言ったよね??なんで??」「僕も気になった」
父さん達は『アコースティックギター(エレキじゃない方のギター)』という点を拾ったみたいだけど、春奈と僕は、ギターという単語よりも『白い』という点が気になってしまった。
「ギター……アコースティックギターと言えば、『白いやつ』に限ります。弾いてよし、飾ってよし、背負ってよし、武器にしてよしのスゴイやつ」
「飾るの?!背負うの?!」「武器にするの?!」
ギターを持ち運ぶ時は、肩から胸元に吊るして手で抱え持つとか。そういうものだと思っていたんだけど……
「黒装束でテンガロンハットのヒーローが、変身後には赤い装束で白いギターを背負っていました。まあ、不完全な戦闘機械の人もギターを持っていますが、あっちは茶色のギターですしね。とにかくギターは持っているだけ、飾っているだけでサマになります。弾けなくとも問題がない、そこがギターの良いところ。白いギターならなおさらです。エレキだったらアンプやら何やらでお金もかかりますけど、アコースティックギターなら、ギター本体だけの費用で済みますし。経済的なのもいいところです」
どうやら何かのヒーロー的なロマンの話らしかった。そしてまた、雪奈が部分的によく分からない事を言っていた。楽器なのに、弾けなくてもいいとは、どういう事なんだろうか。
「弾けなくてもいいの??」
春奈がすかさず聞いていた。
「真っ黒に日焼けしたミュージシャンが打楽器みたいに演奏をしているのがいい例ですが、ぶっちゃけ、ジャカジャカひっかけて、ボディをボンボン叩いているだけでも問題ありません。太古の楽器なぞ、すべてそんなものです。あとは歌さえあればいいのです」
「あー。なんかイメージできた……」
春奈があっというまに、雪奈に説得されていた。
「まあ、三味線も少しだけ心ひかれますが」
「そうなんだ」
なぜここで三味線が出てくるんだろうか。ギターとどういう繋がりがあるんだろう。弦楽器つながりかな??
「ギターはファッションアイテムです。さいあく、楽器として機能しなくてもいいです」
「「ひどい暴言きたー」」
思わず春奈とリアクションがハモる僕。
「本当のことです。陸サーファーのサーフボードといっしょですよ」
「「「なにそれ?!」」」
また知らない言葉が出てきたよ!!
「海も無い県の内陸部で、そもそも海へ行くつもりもない、サーフィンをするつもりは毛頭ない、そんな人がサーファーの恰好だけして、いかにもサーフィンをやりそうな感じの恰好で、サーフボードを持ったり飾ったり車の上に乗せてたりするやつ、それが陸サーファーです。とにかくサーファーがモテる、サーファーがモテ男のトレンドだった時代、若者だったら猫も杓子もサーファーになりたがった時代の暗黒文化ですよ。まあ、見た目だけそれっぽければいい、というのはファッション全般に言えるというか……流行っているなら風邪でもひいとけ、的な若者に共通する、江戸時代からつづく文化なんですけどね。……ひょっとして、もう絶滅しましたか??陸サーファー」
ぜんぜん分からないので、答えようもない。
正直、『 陸 』なのに『 サーファー 』とか、もうすでに意味が分からない。サーファーっていうならサーフィンしなきゃダメだと思うし、海なし県に住んでても、週末ごとに海へ出かけてサーフィンすればいいじゃない??とか思うのは、僕が陸サーファーというものを理解していないだけ、なのだろうか。
「ともかく、習い事はとくに希望しませんが……何か楽器を買っていただけるなら、ギターがいいです。ワタシが使っていない時に、お兄ちゃんが使う可能性もじゅうぶんにありますし」
「あれっ?!そうなの??」
何か唐突に、僕がギター購入の理由に巻き込まれていた。
「そりゃそうですよ。『女の子にモテたいから、楽器演奏できるムーブかましたい』とか、男の子が色気づいた時に、いちどは考える事じゃないですか。ワタシも、バンドの一員になれるほどのウデマエが欲しいとかは考えていません。会社の宴会とか、結婚披露宴とかのイベントの時に、『ちょっと昔ギターやってたんだよね』的な感じで、中途半端な演奏ができればじゅうぶんなのです」
「……ええと、雪奈。何かこう、音楽業界的に、夢みたいなものは……」
父さんが、子供の夢みたいなものを確認する質問を雪奈に飛ばしていた。よくある、ワタシ、アイドルになりたい!!みたいなやつを想像しているんだと思う。
「血で血を洗う、しゅらじごくのような世界に。わざわざ身をとうじたいと思うほど、命しらずではありません。社会のすみっこで、ひと様のメイワクにならないように生きていければじゅうぶんです。楽器演奏なんて、えんかい芸として使えればいいのでは??そのていどであれば、わざわざ音楽教室に通うひつようもありませんし、ネット動画とかのどくがくで、そこそこいい線いけるのでは??と思います。コスパいいですよ、きっと」
「………………」
雪奈はどこまでも現実的だった。特に音楽関係とか、楽器関係に夢みたいなものは持っていないみたいだった。……いや、変な夢みたいなものは持っているみたいだったけど。あくまで楽器はアクセサリーの域を出ないようなもの、らしい。
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少しばかりの協議の末、中古の『 白いギター 』が購入される事になった。父さんが雪奈を連れて、いちばん近い楽器店に出向いて、雪奈の気に入った白ギターを購入して。週末には、我が家のリビングに……白ギターが、インテリア的に飾られていた。
「ゆめが一つ、かないました!!お父さん、ありがとうございます!!」
「そうかそうか。お父さんもうれしいよ」
ニコニコ笑顔の雪奈に抱き着かれて、父さんが笑っていた。
前から思うけど、父さんは雪奈にちょっと甘い。まあ、特に悪い事とは思わないけれど。春奈も春奈で、ヤキモチを焼いたりする事もなく雪奈を見てニコニコしているし。どうもウチの家族は全体的に、雪奈に甘い気がするなあ。
「ざんねんながら――アンタは、2番目だぜ」
雪奈が100均で買ってもらった黒いテンガロンハットをかぶり、白ギターを背負った姿で、何のネタなのかよく分からない(たぶん何かのネタだと思った)セリフを言っていた。本当によく分からないけれど、夢の一部なんだろうな、とボンヤリ理解する。
「それじゃあ、1番は誰なんだ!!」
春奈が打ち合わせ通りのセリフを言っていた。
「――――」
雪奈が、無言で自分を指し示す。どうやら、ここまでが一連の流れのようだった。
「……うーん、せっかく見た目のいい女の子ですし、ウインクの一つでも飛ばしたほうが、いいでしょうかね??」
「よーし、やってみよう!!」
春奈がタブレットのカメラモードを起動しつつ、雪奈の撮影会を始めようとしていた……雪奈が何か調子に乗って決めポーズやら何やらの研究を始めた時は、大体こうなる。
しばらく雪奈の撮影会が続いた後、雪奈は買ったばかりの白ギターで、適当な演奏を始めていた。春奈がさらに撮影を続けていた。雪奈、ギターを演奏できたのだろうか。今までギターが家に存在しなかったせいで知らなかった技能……僕も、少しだけ背筋を延ばして聞き入る。
「にんげんなんて――ちゃらーららららーららー」
雪奈がギターの弦を適当にジャカジャカ鳴らしながら歌っていた。
「にんげんなんて――ちゃらーららららーららー」
同じフレーズが続いていた。前奏なんだろう。
「にんげんなんて――ちゃらーららららーららー」
まだ続いていくようだった。
「にんげんなんて――ちゃらーららららーららー」
まだまだ続いていた。
「にんげんなんて――ちゃらーららら」
「……雪ちゃん、後の歌詞は覚えてないの??」
我慢できない春奈が聞いてくれた。
「いえ、この歌はこれだけです。あきるまでリフレインします」
「「そうなのぉ?!」」
「キャンプファイヤーを囲んで歌うと、けっこう盛り上がりますよ。もっとも、歌う人がどれだけバリエーションを効かせて長く続けられるか、という芸ですけれど」
「なんなのそれ」「意味わからないんだけど」
「それは作った人に言ってくださいよ」
どうやら、本当にある歌のようだった。曲名は何なんだろうか。
――なんて事を考えていると、雪奈が別の曲??を演奏し始めた。聞いていると、ちゃんとメロディーになっている。どこかで聞いたような、少し淡々とした曲だ。どうやら、簡単な曲を演奏できる技術を持っていたらしい。素直に驚く。
「ちゅうーぶのだいちを、ふるわせるー♪ ドリルのひびきを耳にしてー♪ ちゅーうぶ球場つめかけたー♪ ぼくらのこころを、おどらせるー♪ いいぞ、がーんばれ、ドリラーズ♪♪ ほーえろドリラーズ♪♪」
「「それ知ってる!!」」「「中部ドリラーズの歌だ!!」」
野球の応援歌だった。確か、毎年バージョン違いが作られるやつ。愛知県を本拠地にしている球団だったと思う。それ以上は知らないけれど。
「この曲、カンタンなのです。曲調もスローですし、一定のフレーズを、ずーっとくり返すだけなので。れんしゅう曲に使える感じだと思っておぼえました。もちろんフレーズは、作曲した方が作った、いちばん最初のやつです」
確かに、そんな感じな気がする。曲もゆっくりだったし。
「昔の『ギターれんしゅう曲』は、ちょっとアウトかと思いましたし。これが適当かと」
「んん??それ何??昔のやつって??」
春奈が聞き返していた。
「古い映画のBGMです。デジタルビデオのない時代なので、リテイクを繰り返せば繰り返すほどにさつえい費用がかさむ時代なのですが、カントクがコダワリを捨てずに撮影しまくった結果、BGMを演奏するオーケストラをやとう、お金がなくなった……という裏エピソードのある映画ですよ」
「「うわぁー」」
監督なにやってんの、と思ってしまう。
「その結果、『ギター1本で』演奏される、ものすごくショボくて物悲しいBGMが全編で流れる事になったのですが……この映画、『第2次世界大戦を題材にした反戦映画』だったので、その物悲しさが逆にひょうかされましてね。どういうワケやら、名曲あつかいになってしまったのです」
「「うへぇー」」
話だけ聞くと、残念すぎるエピソードだった。
「現在のような、ふくざつなコードも使われてないので『ギター練習曲』としては、もの悲しさをむしすれば、確かに良い曲なのですが……ワタシが演奏すると、ちょっとシャレにならないので」
「「なんで??」」「あれ……なんだったかな」「どこかで聞いたような……」
単純に疑問をぶつける僕と春奈。それに対して、やたらと首をかしげる父さん母さん。
「……あらすじだけを、さっといきますよ」
そう、雪奈は宣言して、少し早口で、こう言った。
「……目の前で敵軍戦闘機の機銃掃射で両親を殺された、幼い女の子がとある家で世話になるのですが、女の子は幼過ぎて『 人が死ぬという事 』『 お葬式とは何か 』というものを理解できず、仲良くなった男の子とガーデニングのように『 動物や虫のお墓 』を作る遊びに熱中するのです。ですがホンモノのお墓から色々持ち出したために何やかやあって、女の子は孤児院に引き渡される事になってしまうのですが、引き取り先の孤児院の人がちょっと目を離したスキに女の子は人混みにまぎれて迷子になり、知っている人など誰も居ない街中で、男の子の名前を悲しげに叫びつつ、どこかへ消えてしまうのです」
「「いやぁああああああ!!」」「思い出した!!」「やめてえ!!」
悲鳴を上げる僕ら。雪奈は、何かの曲を奏で始める。
ポロロン ポロロン ポロロ ポロロン……ポロロ ポロロ ポロロ ポロロン
「「やめやめやめ!!」」「禁止!!それ禁止!!」「ウチでは禁止です!!」
思わず叫ぶ僕達。物凄く悲しい感じの曲だった。こんなのが練習曲なの?!
「禁じられてしまいました」
「「それが言いたかったの?!」」
最後は父さんと母さんがハモって叫んでいた。どうやら何かのネタだったらしい。
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結局。
雪奈は例の『中部ドリラーズの応援歌』を作った人の曲を何曲か(どういうワケか、どれもこれも曲調がよく似ていた)練習曲として時々弾いて、気の向くままに歌っていたりした。たいていが面白い感じの歌詞か、熱血ヒーロー系の歌詞だったので特に問題なかった。……まあ、例の物悲しすぎる曲以外で陽気な曲なら何でもいいと思っていたけれど。
「――かーわるんだ、かわるんだー。ステキなローボーにぃー♪」
また、歌声メインのギターがオマケ、みたいな歌と曲が聞こえてくる。
僕には、雪奈のギター技術が向上しているのかどうか、まったく分からない。でも、雪奈が楽しそうに歌っているのだから何でもいいかな、と思う。春奈は春奈で相変わらず、雪奈の動画やら写真やらを撮りまくっているし。
そして現在のところ、僕はギターを覚える気がまったく沸いて来ない。基本的に音楽の授業のリコーダーも苦手なのに、ギターなんてカッコよく弾ける気がしないのだ。それこそ本当に部屋の壁にでも立てかけて、ギターを昔やってました的なインテリアとして使う未来しか思い浮かばない。未来のエアーギタリスト的なやつになってしまうのだろうか。
仮にギターを覚えるにしても……練習曲には、陽気な曲を選びたい。例の物悲しい曲は絶対にゴメンだ。
「――わぁーれは、か・い・け・つぅ!!」
ジャカジャン!!と、楽しそうに弦をかき鳴らす雪奈の姿を見ながら。
やっぱり、音楽は人を元気づけたり、楽しい気分になるために奏でたり聞いたりするものだよなぁ……と。そう思う僕だった。
ギターと聞いてフォークギター(アコースティックギター)を思い浮かべるか、それともエレキギターを思い浮かべるか。人それぞれでしょうね。ギターは奏でるものか、それとも打楽器として使うものか、人を殴るものか、叩き割ってステージで燃やすものかと。イメージもそれぞれでしょう。
最近、妹の方だけをヒマをみつけて書いたり書き直したりしていました。更新の方向性も間隔もてきとうです。ゆっくりのんびり、ゆるーくお付き合いください。