16 雪奈と友達と算数の授業
消費税が算数脳を鍛えます。
宿題。夏休みの宿題。
人によって消化の仕方は違うと思う。
夏休みを最後まで楽しく過ごせるか、そうでないか。それは宿題の消化方法にかかっていると言っても過言ではないと思う。
「みゆきちゃん。手が止まっていますよ。よーこちゃんも、ねてはダメです」
「うえー。もう、あきた」
「……ねてないよ。ねてない」
今日は我が家で、雪奈と友達2人が集まって夏休みの宿題をやっていた。ちなみに父さんと母さんは外出中なので、僕が雪奈を含めた年少組の監督係、という事になっている。……こと雪奈に関しては、家の中にいる限り監督の必要は無いような気がするけど。それでも何かあった時には助けもいるだろう。僕は宿題のジャマにならない程度の距離を取って、課題図書を読みつつ様子をうかがう事にした。
「ぜったいに、写させませんからね??」
「ユキちゃん、こーいうところ、きびしい」
「ユキちゃん、お母さんみたい」
去年はこうして皆で集まって宿題をする事が無かったから知らなかったけど、雪奈は友達に宿題を写させるタイプでは無かったみたいだった。身内に甘いところがある(ような気がしていた)雪奈にしては、少し意外な気もする。
「甘えグセをつけるようなマネは、しませんからね!!」
どうやら本当に、お母さん目線のようなものらしい。
「みゆきちゃんも、よーこちゃんも。去年は宿題を、お父さんやお母さんに、てつだってもらったんでしょう??今年からは、じぶんでやらないとダメです!!」
「「はぁーい」」
雪奈と雪奈の友達は、雪奈を先生みたいにして、夏休みの宿題を片付けていった。
※※※※※※※※※※※※
「それでは、算数のじかんです」
「「はぁーい」」
宿題の時間が終わって休憩したと思ったら、それとは別に勉強の時間が始まった。この光景を見るのは初めてだったので、ちょっと雪奈に質問してみる。
「宿題の時間は終わったんじゃないの??」
「ここからは宿題ではありません。算数のよしゅうふくしゅう、です」
「どういう事??」
「算数は、基本から積み上げていくものです。九九をかんぺきに、足し算と引き算をあるていど、あんざんで行えるようにできないと、先でつまづきます」
「う、うん」
「2年生の2学期で、九九はぜんぶマスターしなくてはなりません。これは丸あんきするものですから、くりかえし声に出して覚えなくてはなりません。そして簡単な足し算、引き算も、あんきする事で、計算が早くなります。きそはかんぺきに。ワタシは友だちが算数のできない子になるのを見すごすほど、人でなしではありませんよ」
「あ、はい」
「学校で学ぶべんきょうは、社会に出ればやくに立たない、などとよく言いますが。こと算数と国語に関して言えば、じっせいかつで、これほど役に立つ学問もありません。ついでに理科もそうですが……社会に出てバカよばわりされたくなければ、算数と国語だけは、しっかりやっておかなくてはいけないのです。とくに算数ができないと、お買いものも安心してできません。スーパーのレジ打ちがミスするのなんて、よくある事なんですよ??現代で生活するための、ひっすスキルが算数です。わかりますよね??」
「うん。だよね」
「そういうワケで…………」
と、その時。
『『ただいま――』』『ユキちゃん、帰ったよー!!』
玄関の戸が開く音と、父さん達の声。父さん母さん、春奈が買い物から帰って来たみたいだった。
「あ、いらっしゃい」「こんにちは」「美由紀ちゃん洋子ちゃん、こんにちは」
「こんにちはー」「おじゃましてまーす」
リビングに皆が入ってきて。そして。
「ちょうど良かった。アイスあるよ。食べたい人ー!!」
「やったー!!」「はーい!!」「ここにいます!!」「あ、あたしも!!」
父さんがアイスを出すのと同時に、勉強の時間は完全に中断した。
もちろん僕も手を挙げた。夏場のアイスは正義だと思う。
※※※※※※※※※※※※
「じゃあ、つづきを始めますよ」
「「はぁーい」」
アイス休憩を挟んで、算数の勉強が再開したみたいだった。なお、父さんや母さん、春奈も勉強のジャマをしない程度に距離を取って、様子を観察している。雪奈が先生をやる様子が気になるのだろう、と思う。先生役の雪奈は普通に可愛いし。
「ここに千円あります。これでお買いものをしますが、今日の夕ごはんのおかずはギョウザと決まっています。おなかがすいているので、できるだけたくさんのギョウザを作りたいと思います。ブタひき肉は100グラム単位で売っていて、100グラムあたり98円。キャベツはひと玉で400グラムあり、196円します。かならずひき肉の倍の重さのキャベツを材料に使うとして、千円の予算で、ひき肉とキャベツはいくつ買えるでしょうか??なお、ギョウザの皮は買い置きがたくさんあるので、今回のお買いものの中には入りません。あまったお金で買えれば買い足す事にします」
いきなり、リアルな文章問題だった。
僕の記憶によれば、このくらいの長文の、算数の文章問題は3年生から出てくるやつじゃなかったかなあ、と思う。あと、単純計算でもない上に、98円とか196円とかの複雑な数字(しかも3ケタまである)を計算に使う問題は、ちょっと2年生向けではないと思うのだけど。あと、割り算も入ってない??
「……ええ――??雪ちゃん達、2年生だよね……??」
僕の隣で春奈が、口を開けて驚いていた。うん、僕も同じ気持ちだ。問題のレベルとしては、3年生くらい??の問題な気がするし。
「え……これ、2年生で解けるのか……??」
「今の小学2年生って、こんな問題やってるの??」
父さんと母さんが僕に聞いてきたけど、もちろんそんな事は無いと思う。たぶんこれは雪奈が適当に作った問題じゃないかと思う。さすがにこれは、ちょっと無理が……
「はい、できました!!」「あたしも!!」
ガリガリ、カリカリ、とシャーペンの音を少し走らせた後。観客の僕らが迷っている間に、美由紀ちゃんと洋子ちゃんがほぼ同時に手を挙げていた。
「はい、それではフリップをドン!!」
雪奈の声に、二人が手元の紙を前に起こす。
「2玉と4パック!!784円!!」
と、美由紀ちゃん。
「キャベツ2個と、お肉4個!!784円!!」
と、洋子ちゃん。
はい正解です、お見事!!と、雪奈がパチパチと手を叩き、美由紀ちゃんと洋子ちゃんがワーイ、と両手を挙げている。
「速い!!なんで?!あたしまだ計算できてないのに!!」
春奈が驚きの声を上げていた。実は僕もまだ問題を整理してるところだったんだけど。そんな春奈に、美由紀ちゃんと洋子ちゃんが答える。
「ポイントはキャベツだよ。1玉売りで、半割りで売ってないから」
「お肉の倍がキャベツのおもさだから、キャベツ400グラムの半分のおもさの200グラムのお肉がワンセットでしょ??」
「つまりキャベツ1こと、お肉2こがきじゅんで、これがいくつ買えるか、っていう話でしょ?お肉2パックで196円、キャベツも196円だから392円がセット」
「ワンセットほぼ400円だから、3セット買うと1200円くらいになっちゃう。つまり2セットが目いっぱい、って事だよね??」
「392円のセット2こは784円。これがこたえ」
「かみにかけば、まちがえずに分かるよ??」
よく見ると、何やら筆算の式がいくつか、他にもいくつか掛け算の式も書かれている。どうやら紙に書きながら計算していたようだ。確かに、割り算は書いてないみたいだけど…………おかしい。筆算は2年生からやるけれど、3ケタ計算とか3ケタの掛け算とか、3年生の授業のはずだ。どうして2年生の美由紀ちゃん、洋子ちゃんが出来るんだ。雪奈は別として。
「はい、それではギョウザのタネは、全部で重さはどれだけ??」
「「1200グラム」」
「では、ひとつのギョウザに12グラムのタネを使うとして、ギョウザはいくつできるでしょうか??」
「「100こ!!」」
「はい。正解です。では、家族5人で100個のギョウザを分けます。子供3人は誰もが同じだけ、お父さんとお母さんは一人あたり、子供二人分のギョウザを食べます。子供一人あたりのギョウザはいくつでしょうか??ギョウザが余るとすれば、それはいくつ??」
ガリガリガリガリ。カリカリカリカリ。シャーペンの音が響く。
「…………割り算??3年生でやるよね??」
「……式の組み立て次第じゃ、解の無い一次方程式なんだが」
「この子達、小学2年生だったわよね??」
観客の口から、それぞれの感想が漏れ出てしまう。雪奈はいったい、どういう授業をやっているんだ。これは本当に2年生の算数なんだろうか。ちょっと違う気がする。
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「……なるほど」「こども7人ぶんかあ」
「おちつけば、それほどむずかしくないでしょう??」
今日のお昼の、メインのおかずはギョウザだ。美由紀ちゃんと洋子ちゃんも、一緒に我が家でお昼を食べる事になっていて、家にも連絡してある。なお、皆合わせて7人いるけれど、一人当たり10個くらいの予定でギョウザを包んでいる。問題よりも少し少ない数のギョウザになる予定だった。
「にちじょう生活で算数をおぼえるのは、だいじなんですよ。日ごろから計算するクセをつけておかないと」
と言う雪奈だった。でもちょっと難しいんじゃないの??と言うと。
「インドの方にくらべれば、よっぽどマシです。あっちの方じゃ小学校でも落第しますし、そもそも2ケタの九九までを、あんきしなきゃならないんです。それともやりますか??2ケタの九九を」
やりたくないなあ、と思う。2ケタの九九って、ちょっと想像がつかない。
「アラビア数字は、あっちの方の人が発明しましたからね。やっぱり数学がとくい、なんでしょうかねえ」
そんな事を言いながら、黙々とギョウザを包む雪奈。算数とは全然関係が無いと思うけど、ギョウザを包むのは雪奈がいちばん上手だ。まるで店売りのような形に包む。ユキちゃん上手だねー、とか友達二人に言われながら、ギョウザの包み方を教える雪奈だった。これは間違いなく前世の記憶による技術なんじゃないかな、と思ったりするけれど、この程度だったら本当にネットに動画とかが上がってる気もする。これはよく分からない。
なお、僕も春奈もあまり包むのが上手じゃないので、雪奈の手元を盗み見ながら包んでいた。……どうして雪奈みたいに上手にできないんだろう。不思議だ。
※※※※※※※※※※※※
ニンニク控えめのギョウザを食べ終えて、一休みして。
「それじゃちょっと、かんたんな問題を出しましょうか」
「よーし、こーい!!」
「じゅんびオッケー!!」
雪奈がまた問題を出そうとしていた。今日は算数漬けなのだろうか……とか思いつつ、僕と春奈も身構える。年少組よりも先に正解してやろうと、やる気を出す。
「地球からイスカンダル大星雲まで、およそ14万8千光年あります」
なんかいきなりスゴイのきた。何かのアニメの設定だろうか。
「光年、というのは『光が一年かかって進むきょり』の事で、きょり、長さのたんいですね。つまり、光の速さで14万8千年かかります。そしてハヤタ君は地球からイスカンダル大星雲までりょこうしようとしています。なお、光の速さは、一秒でおよそ30万キロメートル進む速さです」
「ハヤタ!!ムチャだ!!」「やめてー!!」
美由紀ちゃんと洋子ちゃんが声を上げるが、僕もそう思う。春奈は手元の紙にメモを取っていた。やる気のようだ。
「地上から宇宙までおよそ5キロメートルとして、ハヤタ君は秒速12キロで宇宙空間までジャンプします」
「ハヤタすごいな!!」「オリンピックでメダルがとれるよ!!」
いや、ハヤタ君はおそらく人間じゃないと思うけど。
「ハヤタ君は宇宙空間では秒速30万キロで飛ぶことができます。さて、ハヤタ君が地球からイスカンダル大星雲までとうちゃくするのに、およそ何年かかるでしょうか??一年は地球時間で3千153万6千秒とします。せいげん時間は1分です」
『えぇー』という声が上がるも、問題文とタイマーを表示したタブレットの画面を、こちらへと向ける雪奈。タイマーのカウントが進み、そして。
「はい!!わかりました!!」
「はいはい!!」「はーい!!」「はい」
春奈、美由紀ちゃん、洋子ちゃんに少し遅れて僕も手を挙げる。
「ちぇっ。引っかかりませんか。カンタンすぎましたかね」
残念です、と言う雪奈だった。
いつもこの調子で美由紀ちゃん達に算数を教えているのだろうか。あまり気にしなかったけれど、二人ともイスカンダル大星雲までの距離の数字とかを全然気にしてなかったし、大きい数字の単位なんかも教えているのかも知れない。まだ2年生の1学期が終わったばかりなのに、3ケタの筆算を普通にやってたし、割り算も掛け算と足し算引き算で実質的にこなしていたし。いいのかなぁ、ここだけ算数塾みたいな事やってて。
「どうせ、さいきんの小学生の文章もんだいはトンチもんだいとかパズルみたいなのが多いですし、こんなのはきそりょくトレーニングです。あとはおうようですよ。なれてきたら、はやめに分数計算でもやらせますかね。あ、もちろん九九はくりかえしふくしゅうしますよ。九九を早めにたたきこんでおかないと、ずっとくろうしますからね」
「そんなに先に進んで、大丈夫なの??」
先生の授業とかに影響が出ないのかな、と気になってしまう。
「どうせ算数の先には、びせきぶん、というぜつぼうが待っているのです。今のうちに算数への苦手いしきを持たないようにしておきましょう。算数……数学は、どんな仕事についても必要なものですから。……いっその事、カンタンな面積計算までは、覚えさせましょうか。九九をマスターすれば、ピタゴラスの定理くらいは、りかいできるでしょう」
「よく分からないけど、やりすぎは良くないと思うよ」
ちょっとブレーキかけておこうと思う。
そんな訳で。雪奈は今日も友達と、雪奈のマイペースで夏休みを過ごしていた。あと、読書感想文の他も、たまに春奈の宿題を見てもらった方がいいかな、と思ったりした。特に算数は教えてもらった方がいいような気がする……。そんな事を思ってしまう、そんな夏の日の一幕だった。
ある日、消費税率が変化したりして、お買い物に衝撃が走る――!!
……という思い出は、誰にでも1回くらいはあると思います。カンタンな暗算は、お買い物には必須ですよね。九九は大事。
ギョウザは最初400個くらいに設定していましたが、『そんなに食う家族がそうそういるか』という脳内ツッコミの結果、100個に落ち着きました。
今後もゆるくお願いいたします。今回で8万字ギリでクリアーしたし、集英社のイベントタグつけようっと。もう締め切りまで1カ月切ってるけど、宣伝効果あるかなー??