12 受け持ちのあの子は転生者かもしれない(確信)
とある教師に、ともだちが生まれた日。
久しぶりの、受け持ちの子達。「せんせー、こんにちは!!」と、かわいい声を久しぶりに聞いた、夏休み明けの2学期が始まって間もなく。
またもや事件が起きた。木村くんが保健室に運ばれたのだ。お昼休みに、教室で脳震盪を起こして。木村くんの事だから、椅子や机にでも上ってふざけていたのかと、子供たちに事情を聞くと。
「ワタシがはんにんです」
雪奈ちゃんが自首してきた。そして、その直後。
「ユキちゃんはわるくないよ!!」
「きむらのバカがわるい!!バカだもんあいつ!!」
「ユキちゃんをまたデブっていったんだよ!!」
「ぼく、きむらくんにけっとばされたよ!!」
「あいつ、2がっきから、ちょうしにのりすぎだよ!!」
「きむらがわるい!!バチがあたったんだよ!!」
「ユッキーは、きむらとあそんでやっただけだよ!!」
「あいつがかってにケガしたんだよ!!ざまーみろだ!!」
「きむらやっぱバカ!!バカだよあいつ!!」
木村くんの擁護が一切出てこない、雪奈ちゃん弁護団と化した子供たちがいた。少しだけ、木村くんと仲のいい子は黙っていたけれど、積極的に口を開くような事はなかった。弁護できる様子では無かったのか、それとも今のこの空気に、口を開くことができないのか。
聞き取り調査をすると、こんな感じだったようだ。
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『おいユッキー!!ヒーローごっこしようぜ!!』
と、唐突に木村くんが雪奈ちゃんをヒーローごっこに誘ったそうだ。
雪奈ちゃんの友達は『相手にしない方がいいよ』と言い、男の子の一部も『あいつ本気で蹴ってくるからやめといた方がいいよ』と言ったらしいが、雪奈ちゃんは快諾したらしい。
『いいでしょう。しかし、ワタシはニチアサの【ペルソナファイター・ウォッチメン】も、たまにしかみていませんし、あまりくわしくないのですが』
『はなしはてきとうだよ!!おまえ、【かいじん】な!!なまえは、【メガトンかいじんデブゴロン】だ!!』
と、木村くんは得意げに言ったそうだ。どうも用意していた筋書きらしかった。
雪奈ちゃんの友達は『ふざけるなバカきむらー!!』と憤慨していたが、意外にもノリノリで引き受けた雪奈ちゃん。他にも木村くんと仲の良い男の子を数人混ぜて、そのままヒーローごっこが始まったそうだ。
男の子から聞いた話によると、木村くんは夏休み中に少し背が伸びたそうで、『強くなった』と、自信をつけたらしい。2学期になってから『特訓』と称して、男の子相手に飛び蹴りとかを日常的にやっていたらしく、だんだん手が付けられなくなってきていたようだった。……知らなかった。
そして、ヒーロー(木村くん)と、メガトン怪人デブゴロン(雪奈ちゃん)の対決シーンになったのだけれど……
『よおーし、きょうこそ、おま』
『ははははは!!とんでひにいるなつのむし、とは、きさまのことだ、なもなきヒーローよ!!おまえのせいぎなど、ただのひとりよがりだということを、ここでおしえてやる!!』
雪奈ちゃんいわく『クライマックスシーンなら、まずはヒーローがピンチに陥るのは定番です』『登場シーンからやらないなら、とりあえずはピンチにならないと』との事で、何か言おうとするヒーローのセリフを完全に塗りつぶして、怪人のセリフと攻撃から始まったらしい。雪奈ちゃんとしては、ヒーローのピンチと反撃は、ワンセットでヒーローもののロマンなのだという。
『ちょっ、ま』
『あしもとにちらばる、このがれきこそが、きさまのぼひょうだ!!じごくでこうかいするがいいわ、このまぬけめ!!くらえ!!デブゴロン・チャージ!!』
そして怪人の体当たり(デブゴロン・チャージ)がヒーローに炸裂。
吹き飛ばされたヒーロー(目撃した子の話によれば、ちょっと空を飛んだらしい)は床に倒れ、動かなくなってしまったという事だった。
雪奈ちゃんの脳内シナリオ的に続くはずだった、ヒーローの反撃がなくなってしまったため、怪人がヒーローを介抱して、色々あってヒーローは保健室に運ばれてしまうという、とても残念な物語の結末だった、という事だった。ヒーローは脳震盪と判断され、大けがには至っていないものの、念のため精密検査を行う事になり、そのまま退場した。怪人の完全勝利で、次回に続く、みたいな。テレビだったら、次回からヒーロー交代か、新フォームの追加とかで商品点数が増える展開だと思う。
木村くんの御両親には、ちゃんと説明した。
どうやら、ご家庭でも少し調子に乗りすぎな様子があって、色々と行動が雑になってきていたらしい。雪奈ちゃんはロールプレイをしていただけだし、本人も反省しているので無罪。むしろ、普段の行動に問題があった木村くんを、後日、お説教しなくてはならないだろう。それと。
「バーカ。きむら、バーカ」
「よわー。きむら、よわー。バーカ」
「きむら、くちばっか。バーカ」
「よわいもんイジメ。バカきむら」
「こんどキックしてきたら、ユッキーにいいつけてやる。バーカ」
「バーカバーカバーカ」
クラスにおける木村くんの立場が、壊滅的に悪くなったというか、クラス内カーストの最下層へと転がり落ちてしまった感がある。ここも少しフォローしないといけない。かろうじて、前から仲の良かった男の子友達が付き合ってあげているみたいだけど、その他大勢のクラスメイトからは総スカン状態だ。『もっと木村くんに優しくしてあげてください』と、帰りの会で言ってあげないとダメかもしれない。むしろ、雪奈ちゃんに仲介を頼むべきなのかも。
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「きむらくんに、すこしでいいので、やさしくしてあげてください」
と、雪奈ちゃんが帰りの会で言ってくれたおかげで、少しだけ木村くんに対する風当りは弱くなった。なお、その時の話だけれど……
「ユキちゃん、なんでコイツにやさしくしなきゃなんないの?!コイツわるいヤツじゃん!!こんなヤツ、いらない子でいいよ!!」
「そーだ!!」「そーだ!!」「コイツきらい!!」
雪奈ちゃんの友達の美由紀ちゃんが反論した事で、むしろ木村くんを吊るし上げる空気になりそうだったのだけれど。
「……みなさん、だれでも、しっぱいも、まちがいも、どこかでかならず、やらかすものです。そして、だれもが『じぶんに、やさしくしてほしい』と、おもっているでしょう??」
雪奈ちゃんが、静かに語り掛けていた。
「やさしくしてほしい、とおもうのならば。よゆうのあるときだけでも、ひとにやさしく。その、ひとにたいする、やさしさが、なさけが。めぐりめぐって、いつかじぶんへと、かえってくるのです。『なさけは、ひとの、ため、ならず』……これは、ひとにやさしくするのは、じぶんのためなんですよ、ということばです。いつかじぶんが、とてもこまったとき。だれかにたすけてほしい、とおもうのなら、すこしでもいい、ひとにやさしくしてみましょう。きむらくんも、こんかいのけんで、はんせいしたはずです」
雪奈ちゃんが木村くんを見る。木村くんはビクッとなって目を逸らした。
「いまいちどだけ、きむらくんにチャンスをあげてください。このとおりです」
雪奈ちゃんが頭を下げる。サラリーマンのような、教育されたような腰の角度の礼だ。就職面接練習とかで、あれを叩きこまれた記憶がある。完璧な角度だった。
「……わかった。こんどだけ」
美由紀ちゃんが、納得いかないけど、という表情で、分かったと言うと、他の子達も同じように「こんどだけなー」「つぎはゆるさない」とか言いながら、とりあえず分かった、という反応を示した。
とりあえず今回も何とかなった。
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ちなみに、その後の木村くんだけど。
クラスの学級委員(といっても、ほぼ名前だけの役職だ)の子に、『今日の木村くんの様子はどうだったか』を、毎日聞くようにしてみた結果。
「きょうも、きむらはバカだったよ!!」
みたいな『日刊きむらバカニュース』みたいなものを聞く事になった。話を要約するに、だいたいこんな事みたいだった。
『ユッキー!!しょうぶだ!!』
『やれやれ。こりない子ですねえ』
正面から勝負を仕掛ければ卑怯じゃないから悪くない、という理屈で、毎日1回、雪奈ちゃんに何かしらの勝負を挑むようになったのだという。
ある時は、給食の早食い勝負。
ある時は、体育の徒競走。
ある時は、すもうで。
ある時は、雲梯の移動距離で。
すべての面で雪奈ちゃんが圧勝したかといえば、そうではない。時には互角な事もあったという。しかし、雪奈ちゃんが『おみごとです』と言って拍手をすると、木村くんはたちまちカンシャクを起こして『あしたはちゃんと、たおしてやる!!』と言い、また翌日になると雪奈ちゃんに勝負を挑むのだ。
ちなみに、木村くんが完敗しているのは、勉強の勝負。小テストの点数で勝負をした場合は完全に敗北。それは仕方ないと思う。雪奈ちゃんは1学期からこちら、定期テストでは100点しか取ってない。最初からレベルが違うのだ。
――というか。私はちょっと疑っているのだけれど。
雪奈ちゃんはもしかして、『前世の記憶を持つ転生者』ではないのだろうか。あの論理的思考能力、落ち着いた物腰、同級生に対する寛容な態度、慣用句の正しい知識、サラリーマン的な礼(腰の角度)、定期テストの点数。
もちろん、こんな事は誰にも言えない。同僚の先生に言おうものなら『いいお医者さんを紹介しましょうか』と言われかねないし、学生時代の友達にでも言えば『有給取って温泉にでも行ったら??』と言われるだけだろう。自分でも、ちょっとどうなのかしらん、と思わなくもないのだ。これは心の奥に秘めておかなくてはならない。どこかの自称有識者とやらに『ネット小説の読みすぎだ』と思われたら、ネット投稿小説を攻撃される理由にもなりかねない。絶対に口外してはならない、私だけの秘密だ。
……まあ、教え子の中に、前世の記憶を持つ転生者が混ざっていたとしても、何の問題もない。むしろ、子供を近くで見守ってくれる仲間が増えたようなものだ。気づかないふりをして、ぜひとも仲良くなるべきだ、と思う。
「……ところで雪奈ちゃん、創作ダンスって、どんなのがいいと思う?」
ある時。先生達の間で、毎年問題になる難問を、雪奈ちゃんに聞いてみた事がある。
「そうさくダンスなど、やめればいいとおもいます」
「……ええ――」
「あんなもの、きょうしにふたんをおわせるだけです。よさこいダンスまがいのダンスをかんがえるために、どれだけきょうしがムダなじかんをすごしているか。すぐにてっぱいすべきです!!」
「……でもまあ、ええと。いちおうダンスの時間は教育として取られてるし」
「ぼんおどりを、おしえればいいじゃないですか!!なんでいまどきのがっこうは、ぼんおどりをおしえないのですか!!れきしぶんかのけいしょう、というきょういくだって、あるでしょう?!ちいきのぼんおどりでも、みいけたんこうぶしでもいい、はげしいのがよければ、はるこまでも、おどらせておけばいいのです!!あれはかんたんです。ワタシはすきですよ、はるこま!!」
あ、なんだか雪奈ちゃん、お父さん達と同じ世代な気がしてきた。
「ことしから、ぼんおどりをおしえましょう!!なんなら、ワタシがまえで、おどってもかまいません。つごうよくも、ワタシはきんぱつ、あおいめ。こんなガイジンじみたようしのムスメがおどれば、いやがるこどもも、イヤイヤながらもおどらざるをえないでしょう。おおむらせんせい、ぜひとも、きょういくしゅにんに、ていあんしてください!!」
「考えておきます」
「なんだったら、『マザーグースおんど』でもいいですよ」
「アレはまずいでしょ。というか、今の子は知らないと思うし」
「ちょっとまえに、さいたまけんみんをディスるマンガがヒットしましたし、いがいにしられているのでは?ちょっとむかしのマンガもいいものですよ」
「小学1年生にBLはダメだから」
「そういえばそうでした」
やっぱり雪奈ちゃんは私よりも年代が上だと思う。あのマンガ、私もお母さんのマンガコレクションで読んで知ったくらいなんだから。最近の子供が知ってるわけないと思う。
その後も雪奈ちゃんは『訳の分からない創作ダンスより、盆踊りの方がよっぽどいいのに』みたいな事をブツブツと言っていた。もしも木村くんが圧勝したいと思うなら、ダンス勝負でも挑んだ方がいいのかも知れない。きっと雪奈ちゃんは創作ダンスとかラップとかは苦手だと思う。
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とか何とか。
日々の小さなイベントをこなしていたら、木村くんがご両親の仕事の都合で、引っ越し・転校をする事になった。クラスでお別れ会を開いたが、なんだか微妙な感じになったのは、まあ仕方のない事だと思う。
木村くんは男の子の間では、それなりの立場を持つことができた(少なくとも表面上は)ようだったが、女の子や、大人しい男の子の間では全然人気が無かった。先生との交換日記的なノートにも、木村くんの悪口がところどころに書いてあったし、『日刊きむらバカニュース』の題材になる、『きむら VS ユッキー』の勝負でも、木村くんが負けると大喝采が起きるみたいだったし。というか、交換日記ノートのネタの半分以上はそれだった。ある意味で大人気だったのかも知れない。
――木村くんが転校していってから、本当に平和そのものだ。……こんな感想、教師として抱いていいものかと、少し考えてしまう。
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「……すこし、さみしくなりましたねえ」
雪奈ちゃんが、老成した大人のように、しみじみと言う。
「木村くんが、転校した事が?」
「……できのわるいこほど、かわいいと。いうじゃありませんか」
そういう言葉、同級生のセリフじゃないと思うなあ。
「バカはぜんぜん、かわいくないよ」「もうわすれた」
「そんなことよりユキちゃん。プリンあまってるらしいよ」
「ほう。それはききずてなりません。ジャンケンですね」
「あたしもジャンケンやるー」「ぼくもー」
しみじみと木村くんの思い出を口にした雪奈ちゃんだったけど、給食どきというのが間違いだったかもしれない。あっという間に木村くんの思い出はプリンに負けた。
雪奈ちゃんはクラスで、まとめ役というか相談役みたいな立ち位置になっている。落ち着きがあって、賢くて、物知りで、体が大きくて力が強い。となりのクラスと揉め事になった場合も、雪奈ちゃんが出て行けば大抵なんとかなる。困った事があると、先生のところよりもまず先に、雪奈ちゃんのところへ相談が持ち込まれるくらいなのだ。
少しさみしいが、役割分担というものだと思っておこう。きっと転生者だし。
「こどものせいかつも、だいぶかわりましたが。むかしとかわらないところも、ありますね。ほほえましいものです」
「そうですね」
雪奈ちゃんは時々こういう事を言うから、ちょっと変だと思われているというか。自分が転生者だとバレないような立ち回りに関しては無頓着な気がする。私も思わず、同僚か先輩の先生と話しているような気分になったりする事があるのだけれど……
「雪奈ちゃんて、いくつになったんだっけ??」
「4がつうまれの、7さいです!!」
彼女には時々この質問を問いかけてみる必要があるような気がする。この質問をすると、決まった反応を返してきて、自分の年齢を思い出したような感じになるからだ。
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実際のところ、彼女が本当に、前世の記憶を持つ転生者なのかどうかは分からない。雪奈ちゃんもじきに大きくなって、昔の事にくわしい、大人ぶった子供という認識になって、周囲に埋没していくのかも知れない。ファンタジー小説みたいに特別なスキルだとか超能力だとかを持っているわけでもなさそうだし、私は私で、事情を知っている大人として、彼女を見守ってやらなくてはいけない。そう思うのだ。
そんな彼女も、もう2年生、8歳になった。前世の記憶持ちの転生者かもしれない彼女は、私の受け持ちの生徒として今日もマイペースに学校生活を送っている。時々、先生の私と、少し歳の離れた友達みたいに話をしながら。
……もちろん、意識的に年配なのは雪奈ちゃんの方だ。この子、絶対にお父さんの世代に近いと思う。私はそう思うのだ……確証は無いのだけれど。いつかその事を聞ける時が来たらいいなあ、と。そんな事を思いながら、私は今日も今日とて、先生をやっているのだった。
当小学校では、不審者対策として、名札の着用は校内のみ、となっています。また、名札の使用は低学年のみとし、中学年以上はお互いのコミュニケーションの上で名前を覚えるように指導しています。
もしかしたらツッコミを受けるかもしれないので、いまのうちに記述しておこうと思いました。最近は物騒ですものねえ。まあ、不審者対策として名札がほぼ撤廃されたのは、かなり昔だと思いますけれど。今どきは平仮名も含めて、幼稚園でけっこう習いますし、小学生の情報量が年々増えている気がします。あと10年後にはどうなっているんでしょうか。
ときどき思いついたネタを書き留めたり書きなぐったりしているので、野球の方の進捗が遅れたり遅れなかったり。どちらも適当に更新していきます。今後とも、ゆるーくお願いいたします。